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前項動詞が他動詞である「心理的志向」の「v かける」

第 5 章 語彙的複合動詞「 v かける」の再分析 ― 語彙概念構造の観点から ―

5.6 語彙的複合動詞「v かける」の前項動詞と後項動詞の意味関係及び LCS

5.6.3.2 前項動詞が他動詞である「心理的志向」の「v かける」

本項では、前項動詞が働きかけの意味を表す「誘いかける」と、前項動詞が伝達の意味 を表す「話しかける」を例にして、由本(2008)が提唱した「V1のLCSがV2のy項に代入 されることによって形成される語彙的複合動詞の補文構造」(以下、「V1のLCSがV2のy 項への代入」と略す)という仮説でうまく説明されるかどうかについて検討する。しかし、

その前に、由本(2008)で提示された仮説と、その仮説でうまく説明された例「攻めかける」

における項の具現化について確認しておきたい。次の(31)を見られたい。

121 (31) xがzに攻めかける。

[x] CONTROL [[x] CAUSE [BECOME [y] BE [ON [z]]]]

攻める: [Event[x] CONTROL [[x] ACT ON [z]]]

由本(2008:21)によれば、上記のように、V1のLCSがV2のy項に代入され出来た複合 動詞のV2が単独動詞として使われると、その目的語はV1が表す意味に対応する2項事象 名詞となるが、その事項名詞の項は、当該複合動詞においては、V2の項と同定されること になる。このことを「攻めかける」を例にして具体的に示すと次のようになる。

5-7 a.わが軍が敵に攻撃をかける。x =わが軍、y = 攻撃、z=敵 b.わが軍が敵を攻撃する。x =わが軍、z =敵

c.わが軍が敵に攻め(=攻撃)かける。x =わが軍、z =敵

「攻めかける」をそのV2、すなわち、「かける」を単独で使って表すと、5-7a「わが軍が 敵に攻撃をかける」のようになる。このとき「かける」の目的語となる「攻撃」81は2項事 象名詞である。なぜならば、5-7bが示すように、「攻撃する」は「ガ格」(=x) と「ヲ格」(=

z)を取るからである。(31)によれば、この「攻撃」が取る「ガ格」(=x)と「ヲ格」( =z)はV2 である「かける」のyに代入され、それぞれ「かける」の「ガ格」(=x)と「ニ格」(z)と同定 されることになる。

次に、「誘いかける」に代表される前項動詞が働きかけの意味を表す「vかける」と、「話 しかける」を典型的な例とする、前項動詞が伝達の意味を表す「vかける」を検討する。

まず、「誘いかける」についてであるが、由本(2008)によれば、「誘いかける」は「誘いを かける」のようにパラフレーズできるということから、「V1 のLCSがV2 の項として代入 された構造」で分析可能と指摘されている。以下では、項の同定およびその具現化の観点 から、由本(2008)の仮説に従って「誘いかける」を具体的に分析してみる。

5-8 a.太郎が花子に誘いをかける。x =太郎、y =誘い、z =花子 b. ?太郎が花子を誘う。x =太郎、z =花子

c.太郎が花子を映画に誘う。x =太郎、z =花子、w =映画 d. *太郎が花子に映画の誘いをかける。

e. *太郎が花子に映画を誘いかける。

81 由本(2010)では、「攻める」の意味を表す事象名詞が「夜襲」とされているが、本研究は、「攻

めかける」と関係づけられる事象名詞としては「攻撃」の方が「夜襲」よりも適切だと考える。

従って、この例では「攻撃」を用いた。

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5-9 a. A社がB社に新薬(の)共同開発の誘いをかける。x = A、y = (wの)誘い、z = B社 b. A社がB社を新薬(の)共同開発に誘う。x =A社、z=B社、w =新薬(の)共同開発 c. A社がB社に新薬(の)共同開発を誘い(=誘い)かける。

由本(2008)による「誘いかける」の分析は、5-8a が示すように、「攻めかける」と同じも のである。しかしながら、5-8b、5-8cが示すように、「誘いかける」の振る舞いは「攻めか ける」とは異なる。すなわち、「誘う」(=「誘い」)は「攻める」(=「攻撃」)とは違って3 項動詞なのである82。そこで、3項動詞である「誘う」に対応する3項の事象名詞「誘い」

を用いて「かける」の文を作ってみると 5-9a、5-9b、5-9c のようになる。このうち、5-9a と5-9bの関係を見ると、5-9bの「誘う」の取る「ヲ格」が5-9aの「誘いをかける」の「ニ 格」に対応しているところは、先に見た「攻撃する」の「ヲ格」と「攻撃をかける」にお ける「ニ格」の関係と同じである。しかし、「誘う」は「攻撃する」とは異なり、「ニ格」

を取る 3 項動詞である。この「誘う」の取る「ニ格」が「誘いをかける」においてどのよ うに表されるかを見ると、5-8d、5-9aが示すように、「名詞+ニ+誘う」は「名詞+連体詞「ノ」

+誘い」に置き換えられる。ただし、この置換が可能なのは、5-9a の「新薬(の)共同開発」

のように当該名詞が事象名詞のときだけであり、5-8d の「映画」のような普通名詞では難 しくなる。これは「誘う」が人に何らかの行動を勧めることを意味する動詞であることに 因ると思われる。そして、この「名詞+連体詞ノ+誘いをかける」が、最終的に、5-9cが示 す「名詞+ヲ+誘いかける」に対応することになる。この「誘いかける」において、先に見 た「攻めかける」にはなかった「ヲ格」が出現するのは、2項動詞である「攻めかける」の 前項動詞「攻める」とは異なり、この複合動詞の前項動詞「誘う」が 3 項動詞であること に因る。以上のことから、「誘いかける」のLCSは以下の(32)のように示される。

(32) xがzにwを誘いかける。

[x] CONTROL [[x] CAUSE [BECOME [y] BE [ON [z]]]]

誘う: [[x] CONTROL [BECOME [w] BE [ON [z]]]

一方、伝達系の意味を持つ動詞が「vかける」に出現する場合は、次のようになる。

82 「誘う」が3項動詞なのにも拘らず、5-8aが「攻撃をかける」と同じく容認されるのは、「誘 いをかける」という表現が3項動詞の「誘う」とは異なる特別の意味、すなわち、「誰かを誘惑 する」という2項動詞的な意味を持つからである。しかし、「誘う」という動詞自体に「誰かを 誘惑する」といった意味はない。それゆえ、5-8aは自然でも、対応する5-8bは不自然というこ とになる。

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5-10 a.太郎が花子に言葉をかける。x =太郎、y =言葉(=話)、z =花子 a’.太郎が花子にその話をかける。x =太郎、y =言葉(wの話)、z =花子

b.太郎が花子にそれを話す。 x =太郎、z =花子、w =それ

c.太郎が花子にそれを話しかける。

由本(2008)は「話しかける」を「言葉をかける」にパラフレーズしているが、本研究は、

この由本(2008)の「言葉をかける」における「言葉」は「話」あるいは「話の内容」を意味 するものとして議論していく。

「話しかける」の前項動詞「話す」は、5-10b が示すように、「ガ格」、「ニ格」、「ヲ格」

を取る 3 項動詞と解釈される。このとき「話す」の「ガ格」および「ニ格」と「かける」

の「ガ格」および「ニ格」の同定は容易である。一方、「話す」の「ヲ格」(それ)の同定に ついては次のようになる。上で見た「誘いかける」の前項動詞「誘う」も「話す」と同じ く3項動詞であるが、そこでは、「かける」の目的語になった事象名詞「誘い」に前置され た「名詞+連体詞ノ」が「誘いかける」の「ヲ格」に置換されていた。「話しかける」にお いても、これと同じ操作が行われると考えられる。つまり、「かける」の目的語になる事象 名詞「話」に前置された「その」が「話しかける」の「ヲ格」として具現化されることに なるのである。このように考えるならば、前項動詞が 3 項動詞の場合の「心理的志向」の

「vかける」を由本(2008)の枠組み、すなわち、「V1のLCSがV2のy項への代入」という

「補文構造」で統一的に説明できることになる。「話しかける」のLCSは(33)のように提示 することができる。

(33) xがzにwを話しかける。

[x] CONTROL [[x] CAUSE [BECOME [y] BE [ON [z]]]]

話す: [[x] CONTROL [BECOME [w] BE [ON [z]]]

しかしながら、「心理的志向」の「vかける」の中にも由本(2008)の解釈ではうまく説明で きないものはある。例えば、「呼びかける」である。

5-11 a. *太郎が花子に呼びをかける。x =太郎、*y =呼び、z =花子

a’. *太郎が花子にその呼びをかける。x =太郎、y =*呼び(wの呼び)、z =花子 b.*太郎が花子にそれを呼ぶ。 x =太郎、z =花子、w =それ

b’ 太郎が花子をそれに呼ぶ。 x =太郎、z =花子、w =それ c.太郎が花子にそれを呼びかける。

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5-11a、5-11a’が示すように、「呼びかける」においては、まず、「かける」の目的語となる

べき事象名詞を取り出すことが難しい。また、「呼びかける」における前項動詞「呼ぶ」を

5-11b、5-11b’のように3項動詞と考えたとしても、上で見た「誘いかける」、「話しかける」

と同じ分析はできない。このことから、「呼びかける」については由本(2008)の解釈が有効 ではないということになる。

5.6.4「志向移動」を表す「vかける」のLCS

「志向移動」を表す「v かける」としては、「攻めかける、押しかける、詰めかける」な どが挙げられる。先に述べたように、由本(2010)は、「攻めかける」は「攻撃をかける」の ようにパラフレーズすることができることから、上で見た「補文関係」、すなわち、その目 的語として「具体物」を取る後項動詞の項が比喩的に拡張された結果、その前項動詞と後 項動詞が「補文関係」にあると述べている。

次に、「押しかける、詰めかける」について見る。姫野(1999)は「押しかける、詰めかけ る」と「攻めかける」を同じグループに置いているが、以下で論じるように、「押しかける、

詰めかける」と「攻めかける」の間には統語的な違いが見られる。まず、「攻めかける」で

は、5-12b が示すように、「攻める」の「ヲ格」の指示対象が「かける」の「ニ格」の指示

対象と同一であり、それらは項構造で同定が行われ、最終的には、「ニ格」として具現され る。5-12を参照されたい。

5-12 a.わが軍は敵に攻めかける。(筆者作例)

⇒b.わが軍は[わが軍が敵を攻める]ことを敵にかける。

一方、「押しかける、詰めかける」の場合は5-13に示すように、「かける」が要求する「ニ 格」の項と前項動詞「押す、詰める」が要求する「ヲ格」の項が同一ではない。そのため、

合成される複合動詞の LCS内においてそのような同定も容認されないはずである。それに もかかわらず、「押しかける、詰めかける」は適格な複合動詞として認められている。この ことは、「-かける」が「押しかける、詰めかける」の中核動詞ということを示している。

5-13 記者たちは警察署に押しかける。

*警察署を押す + 警察署にかける ⇒ 警察署に押しかける

以上のことから、次のようなことが明らかになる。「攻める」の直接に働きかける対象(目 的語)は「かける」の「ニ格」の指示対象と同一であるため、(31)の「攻めかける」の LCS では、上段の「かける」の着点と下段の「攻める」の直接に働きかける対象が共にzで表記 されている。しかし、「押しかける」の場合は、5-13 が示すように、「警察署」は「押す」

の直接目的語とはならないため、「押しかける」のLCSの前項動詞の意味述語もACT ON

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[z]とは表示されない。そこで、本研究は「押しかける、詰めかける」を5-14のように再分

析した。

5-14 記者たちは警察署に押しかける。(筆者作例)

→記者たちは「「自分たち自身を」「警察署に」かけた」

WHILE 記者たちが「警察署に」「自分たち自身を」押す。

(記者たちは[自分たち自身を]押しながら、[自分たち自身を]警察署にかける。)

5-14の「押しかける」は、主語の指示対象「記者たち」が「ニ格」の示す対象「警察署」

に到達する(接触する)ことを表している。また、前項動詞は、主語の指示対象が「ニ格」の 示す対象に「到達(接触)」する際の様態を表している。したがって、前項動詞の表す事態と 後項動詞の表す事態は同時に進行するものと解釈される。さらに、5-14 のパラフレーズに 従うならば、「-かける」の要求する「ヲ格」、また、前項動詞の要求する「ヲ格」の指 示対象はどちらも主語の指示対象と同じになる。すなわち、「押しかける」において「ヲ 格」が明示されないのは、前項動詞、後項動詞ともに主語の指示対象が再帰的に用いられ たからである。5-13において「*警察署を押す」という分析が不自然になったのも「押しか ける」が再帰的な複合動詞であることに因る。

以上の分析によれば、「押しかける、詰めかける」の LCSは、中核動詞としての「-か ける」が上段、それを修飾する前項動詞が下段に置かれ、関数WHILEが前項動詞と後項動 詞の「様態関係」を示し、上下二段を繋げることになる。また、再帰化が起こっているの で、動作主(外項)と対象(内項)が同一ではあるが、意味役割が異なるので、それぞれ[ⅹ] [x]

で表記することにする。これらのことをまとめると(34)のようになる。

(34)「志向移動」の「押しかける、詰めかける」(vかける1-1-1)のLCS:

ⅹ が[xを]zにvかける

[ⅹ] CONTROL [[ⅹ] CAUSE [BECOME [x] BE [ON [z]]]]

(t1=t2) WHILE [[ⅹ] CONTROL [[ⅹ] ACT ON [x]]]

5.6.5「把捉」を表す「追いかける」について

最後に、把捉を表す「追いかける」を見る。まず、前項動詞「追う」と後項動詞「-か ける」は時間的に切り離すことができないという点から、由本(2005)の枠組みに従うならば、

前項動詞の表す事象と後項動詞の表す事象の間の関係は「様態・付帯状況」か「補文関係」