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語彙的複合動詞と統語的複合動詞

第 4 章 複合動詞「動詞連用形 + かける」の意味特徴とその統語構造-本動詞「かける」と

4.3 語彙的複合動詞と統語的複合動詞

本節では、影山(1993)を基に、いわゆる複合動詞が語彙的複合動詞と統語的複合動詞に二 分されることを確認した後、本章の対象とする「指向」の「vかける」と「始動」を表す「V かける」が語彙的複合動詞と統語的複合動詞のどちらに属するかを明らかにする。

影山(1993:75)は、日本語の複合動詞を(1)のように、語彙部門で形成される語彙的複合動 詞(A類)と、統語部門で形成される統語的複合動詞(B類)に分けている。

(1) A類:飛び上がる、押し開く、泣き叫ぶ、売り払う、受け続く、解放する、

飛び込む、聞き渡す、(隣の人に)話しかける、こびり付く、飲み歩く、

歩き回る、踏み慌す、誉め讃える、語り明かす、震え上がる、呆れ返る、

持ち去る、沸き立つ

B類:払い終える、話し終わる、しゃべり続ける、食べすぎる、食べ損なう、

働き出す、食べかける45、しゃべりまくる、走りぬく、数え直す、見慣れる、

登りきる、やりつける

影山(1993:83)

影山(1993:75-79)は、A類、B類の複合動詞は、同じ「V+V」の形をしているので形態

上の区別はつかないが、それぞれ形成される部門が異なっているので、文法的な性質の側 面では違う、と指摘している。しかし、その前に、語彙的複合動詞と統語的複合動詞はど ちらも、統語的最小のまとまり、つまり、語であることを証明しておく必要がある。そこ で、ここでは、語彙的複合動詞と統語的複合動詞が文法的な性質においてどのような相違 があるかを見る前に、両者が語としてどのように分析されるかということを先に確認して おきたい。そのためには、まず、影山(1993)のいう「語の形態的緊密性」を見ておく必要が ある。影山(1993)によれば、「語の形態的緊密性」とは(2)のようなものである。

(2) 語の形態的緊密性

語というものは形態的に緊密なまとまりを形成し、その内部に統語的な要素を介入させ ることはできないという性質がある。

影山(1993:76)

影山(1993:76)によれば、当該複合語が「形態的緊密性」を持つ場合には、(3)(4)のよう

に、「さえ」「も」といった副助詞をその内部に割り込ませることはできない。

45 ここでは、「話しかける」「食べかける」がそれぞれ語彙的複合動詞(A類)、統語的複合動詞(B 類)として取り上げられている。しかし、影山(1993)が語彙的複合動詞(A類)と統語的複合動詞(B 類)を判別するために提示した統語テストが具体的にどのように「動詞連用形+かける」に応用 されたのかについては分からない。したがって、本研究では改めて「動詞連用形+かける」に対

して影山(1993)の統語テストを行う。

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(3) 山登り→*山さえ登り、中華料理→*中華も料理

(4) 語彙的複合動詞:*飛びも上がる、*押しも開く

統語的複合動詞: *払いも終える、*話しも終わる

影山(1993:76)

特に、(4)から、影山(1993:76)に従えば、本章が対象とする語彙的複合動詞および統語的

複合動詞はどちらも一語と見なされることが分かる。

次に、影山(1993)のいう語彙的複合動詞と統語的複合動詞がどのような基準によって決め られているのかを見る。

影山(1993:78)によれば、複合動詞を構成するV1(=前項動詞)とV2(=後項動詞)の意味関 係に注目すると、A類の語彙的複合動詞では、V1がV2の、動作の様態・手段(押し開ける、

転げ落ちる、もみ消す)、付帯状況(飲み歩く、嘆き暮らす、語り明かす)、並行動作(泣き叫 ぶ、恋い慕う、忌み嫌う)、アスペクト(泣き止む、おしきる、聞き漏らす)等として機能す るが、一方、B類の統語的複合動詞におけるV1とV2の意味関係はV1がV2の補文となる いわゆる補文関係46にあると言う。また、影山(1993:80-92)は語彙的複合動詞と統語的複合 動詞は表4-2のような統語的基準によって区別することができる、と述べている。以下、影 山が挙げたこれらの統語的基準を、順を追って見て行く。

表4-2 A類語彙的複合動詞とB類統語的複合動詞の統語的分類基準

統語テスト項目 A類:語彙的複合動詞 B類:統語的複合動詞

①代用形「そうする」 × 〇

②主語尊敬語 × 〇

③受身形 × 〇

④サ変動詞 × 〇

⑤重複構文 × 〇

まず影山(1993:80)は、語彙的複合動詞と統語的複合動詞との違いとして、代用形「そう

する」による置き換えの可否を挙げている。すなわち、(5)に挙げた例のように、V1が「そ うする」によって置き換えできない複合動詞は語彙的複合動詞、(6)の例のようにV1が「そ うする」によって置換可能な複合動詞は統語的複合動詞と見なしているのである。

46 ここでいう補文関係とは、例えば、「手紙を書き終える」は「手紙を書くことを終える」、「雨 が降り始める」は「雨が降ることが始まる」「ワープロを使い慣れる」は「ワープロを使うこと に慣れる」のように置き換えができることを指す。

69 (5) 遊び暮らす → *そうし暮らす 押し開ける → *そうし開ける 追い払う → *そうし払う 仕舞い込む → *そうし込む 見落とす → *そうし落とす 泣き叫ぶ → *そうし叫ぶ

(6) 調べ終える → そうし終える 秘密をしゃべりまくる → そうしまくる 食べすぎる → そうしすぎる 手紙を出し忘れる → そうし忘れる

影山(1993:80)

次の「主語尊敬語」に関する語彙的複合動詞と統語的複合動詞の違いとは、(7)(8)に見ら れるように、「お~になる」の主語尊敬表現形式が複合動詞の内部に出現できるか否かを問 題にしたものである。

(7) 手紙を受け取る → *お受けになり取る 泣き叫ぶ → *お泣きになり叫ぶ

(8) 歌い始める → お歌いになり始める しゃべり続ける → おしゃべりになり続ける

影山(1993:84)

影山(1993:84)によれば、(7)のように「お~になる」が複合動詞の内部に出現できないも

のは、V1とV2が全体としてひとつの動詞を形成する語彙的複合動詞であり、一方、(8)の ように「お~になる」が複合動詞の内部に出現できるものはV1とV2が互いに独立した統 語的複合動詞で、その内部に主語尊敬語を挿入できるのも、V1が独自の主語を取ることが できるためである、としている。

また、影山(1993:87)は、語彙的複合動詞と統語的複合動詞が異なる部門で語形成される ことを示すために、以下のような複合動詞内における受身形の可否を論じている。

(9) *書かれ込む (cf.書き込む)/ * 押され開ける (cf.押し開ける)

(10) 名前が呼ばれ始めた/愛され続ける

影山(1993:87)

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影山(1993:87)によれば、(9)のようにその内部においてV1の受身形が不可能なものは語 彙的複合動詞、(10)のようにそれが可能なものは統語的複合動詞ということになる。すなわ ち、語彙的複合動詞のV1とV2は語彙部門で合成されたものであるため、その一部である V1を取りだし受身化することはできないが、統語的複合動詞のV1とV2の合成は統語部門 で合成されたものであることから、V1だけをV2 とは独立的に受身化することが可能にな る、ということである。

さらに、影山(1993:88)は、語彙的複合動詞と統語的複合動詞の違いは、以下のように、

V1 が同義的なサ変動詞と置き換えできるか否かにも現れるとし、(11)のようにそれが不可 能なものを語彙的複合動詞、それが可能なものを統語的複合動詞としている。この違いも、

上述のように、語彙的複合動詞のV1とV2は語彙部門で合成され全体として一語を成すの に対し、統語的複合動詞のV1とV2は統語部門で合成された互いに独立したものであるこ とを示すものである。

(11) *壁にポスターを接着し付ける (cf.貼り付ける) *柵をジャンプし越す (cf.飛び越す) *吸引し取る (cf.吸い取る) *沸騰し立つ (cf.沸き立つ)

(12) 見続ける/徹夜で見物し続ける

弱りきる/衰弱しきったフーンさんは病床で上を向いたまま… 調べ尽くす/調査し尽くす

手紙を出し忘れる/投函し忘れる

影山(1993:88)

最後に、影山(1993:91)は、語彙的複合動詞と統語的複合動詞の違いは、「飲みに飲む」

のような、「VしにVする」の重複構文の可能性の有無にも現れると指摘している。つまり、

(13)のように、この構文が不可能な複合動詞は語彙的複合動詞、(14)のように、この構文が 可能なものは統語的複合動詞と見なしているのであるが、この違いもこれまで見てきた、

語彙的複合動詞のV1とV2の間には形態的緊密性があり、その結果、両者は分離不可能な のに対し、統語的複合動詞のV1とV2の間にはそのような緊密性はなく、両者は互いに独 立したものであることに因る。

(13) *行方不明の子供を探しに探し歩いた。

*トーナメントを勝ちに勝ち抜いた。

*子供たちに愛情を注ぎに注ぎ込んだ。

*敵を待ちに待ち構えた。

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(14) 大臣はそれをひた隠しに隠し続けた。

彼女は結婚問題で苦しみに苦しみ抜いた。

選手たちは、公式戦の開幕を控えて、走りに走りこんだ。

鍛えに鍛え抜かれた身体。

その日は運がつきにつきまくった。

影山(1993:91)

以上、影山(1993)が提示する語彙的複合動詞と統語的複合動詞を区別する統語的テストお よびその結果について見た。影山(1993)によれば、これらの統語テストのすべてにおいて、

語彙的複合動詞はそれを認めず、統語的複合動詞はそれを認めるという明確な違いが見ら れるのは、まず、語彙的複合動詞のV1とV2の合成は「語彙部門」、統語的複合動詞のV1 とV2の合成は「統語部門」というように、両複合動詞におけるV1とV2の合成の部門が 異なること、また、その結果、語彙的複合動詞ではV1とV2が形態的緊密性を保ち、全体 で一語となっているのに対し、統語的複合動詞ではV1とV2が独立した語として機能する ことに因る、ということになる。以下では、この影山(1993)の語彙的複合動詞と統語的複合 動詞を区別する統語的テストをもとに、複合動詞「動詞連用形+かける」がどのようなタイ プに分類されるかを検討していく。