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博士学位論文 複合動詞 動詞連用形 + かける の研究 呂芳

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九州大学学術情報リポジトリ

Kyushu University Institutional Repository

複合動詞「動詞連用形+かける」の研究

呂, 芳

https://doi.org/10.15017/1398299

出版情報:九州大学, 2013, 博士(比較社会文化), 課程博士 バージョン:published 権利関係:全文ファイル公表済

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博士学位論文

複合動詞「動詞連用形+かける」の研究

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要 旨

複合動詞「動詞連用形+かける」は、日本語の複合動詞の中でも使用頻度が高い、いわゆ る典型的な複合動詞のひとつであるにも拘わらず、これまでそれを中心に扱った研究は極 めて少なかった。本論文はそのような複合動詞「動詞連用形+かける」の実態を、特に同 形式の後項動詞である「-かける」と本動詞「かける」との意味的・統語的な関係、前項 動詞と後項動詞「かける」の意味的・統語的関係といった観点から明らかにした複合動詞 「動詞連用形+かける」の総合的研究である。以下、本論文を構成する各章の内容を示す。 第1 章では、本論文の目的と研究方法を述べ、第 2 章では、先行研究を概観した。 第 3 章では、複合動詞「動詞連用形+かける」の意味機能に深く関わる本動詞「かける」 の様々な意味を、その格体制、また、その「ヲ格」「二格」に出現する名詞の特徴に注目 しながら整理した上で、ラネカー(1987,1988)に基づき、各意味の間の関係を説明する本動詞 「かける」のネットワーク・モデルを提示した。 第4 章では、複合動詞「動詞連用形+かける」の意味用法を、第 3 章で明らかになった本 動詞「かける」の意味特徴との関係という観点から検討した。まず、複合動詞「動詞連用 形+かける」は、影山(1993)が提示した統語的テストに従って「指向」を表す語彙的複合動 詞「v かける」と「始動」局面を表す統語的複合動詞「V かける」に分けられることを示し た。次に、「指向」の「v かける」は、その意味特徴および格体制から本動詞「かける」の 拡張と見なされること、一方、「始動」の「V かける」は、それが表わす「当該事態の中断」 という意味が本動詞「かける」の基本的用法が表す「対象の<「点的」な接触=不安定(不 完全)な接触>」と概念的に関わっていることから本動詞「かける」の拡張と見なされるこ とを明らかにした。 第5 章では、語彙的複合動詞「v かける」の前項動詞(v)と後項動詞「-かける」の意味的・ 統語的関係を影山(1993)が提唱する語彙概念構造理論を用いて考察した。その結果、前項動 詞(v)と後項動詞「-かける」の関係については、 (i)前項動詞が後項動詞の「手段」または 「様態・状況」と解釈されるタイプ、(ii) 前項動詞と後項動詞が「補文関係」になるタイプ、 (iii) (i)(ii)のいずれのでもないタイプの 3 種類があること、語彙概念構造理論は(i)(ii)のタイ プはうまく説明できるが、(iii)のタイプは説明できないことを示した。 第6 章では、統語的複合動詞「V かける」の「タ形」、すなわち、「V カケタ」の意味特 徴と前項動詞の種類の関係を考察した。その結果、「V カケタ」は当該事態が「中断」した ことを表すが、開始点と終結点の二つの限界点を持つ動詞が前項動詞になった場合の「中 断」は、当該事態の開始そのものの「中断」、あるいは、開始した当該事態が終結点へ到 達することの「中断」を表し、開始点と終結点が重複した一つの限界点しか持たない動詞、 あるいは、限界点として開始点しか持たない動詞が前項動詞になった場合の「中断」は、 当該事態の開始そのものの「中断」を表すことを示した。 第7 章では、寺村(1984)が同じ「始動局面動詞」と呼ぶ「V かける」「V はじめる」「V

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ii だす」の間に見られる相違点をその「タ形」を基に考察した。その結果、①「V カケタ」は 工藤(1995)の動詞分類の中の「主体変化動詞」また「内的限界動詞」を前項動詞として取り やすいのに対し、「V ハジメタ」「V ダシタ」は共に工藤(1995)の分類の中の「主体動作動 詞」を前項動詞として取りやすく、前項動詞の限界性の有無については明示的な傾向は見 られなかった、②「V カケタ」は当該事態の「中断」、「V ハジメタ」は当該事態が開始後、 終結点に向かって展開したこと、「V ダシタ」は当該事態の突発的な「開始」のみを表すこ とが明らかになった。 第8 章では、統語的複合動詞「V かける」の意味機能とテンス・アスペクトの関係を考察 した。その結果、①完成相の「V かける」、継続相の「V かけている」の意味解釈には前項 動詞の「限界点」のあり方が関係する、②限界点が一つしかない動詞の完成相「V かける」 は当該事態が開始する前の「中断」、その継続相「V かけている」は当該事態の開始点への 「接近」を表す、③開始点と終結点の二つの限界点を持つ動詞の完成相「V かける」のうち、 当該事態の開始前の局面が認知しにくい動詞の完成相「V かける」は当該事態が開始した後 の「中断」、その継続相「V かけている」は当該事態の開始後の終結点への「接近」を表し、 当該事態の開始前の局面が認知しやすい動詞の完成相「V かける」は当該事態の開始の「中 断」および当該事態が開始した後の「中断」、また、その継続相「V かけている」は当該事 態の開始点あるいはその終結点への「接近」の両方を表すことを明らかにした。 第9 章では、本論文のまとめと今後の課題を述べた。

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目 次

1 章 序論 ... 1 1.1 本研究の背景 ... 1 1.2 本研究の目的と研究方法 ... 2 1.3 本研究の構成 ... 3 1.4 本論文における表記法 ... 4 第2 章 先行研究概観 ... 5 2.1 はじめに... 5 2.2 本動詞「かける」に関する先行研究... 5 2.2.1 認知意味論的な観点からの研究 ... 5 2.2.2「かける」の格体制に着目した研究 ... 7 2.3 複合動詞の一般に関する先行研究 ... 9 2.3.1 日本語学(国語学)における複合動詞の扱い ... 9 2.3.2 語彙概念意味論の立場からの複合動詞の扱い ... 12 2.4 局面動詞とアスペクト ... 16 2.4.1「局面動詞」という用語について ... 16 2.4.2 日本語動詞の完成相と継続相 ... 17 2.4.2.1 日本語の動詞分類 ... 18 2.4.2.1.1 金田一(1950)... 18 2.4.2.1.2 奥田(1977) ... 18 2.4.2.1.3 工藤(1995) ... 19 2.4.2.1.4 須田(2000) ... 20 2.4.2.2「スル/シタ」と「シテイル/シテイタ」の対立 ... 21 2.4.3「始動局面動詞」としてのアスペクト形式 ... 24 2.4.3.1 始動局面を表す「動詞連用形+かける」... 25 2.4.3.2 始動局面を表す「動詞連用形+はじめる」 ... 26 2.4.3.3 始動局面を表す「動詞連用形+だす」 ... 27 2.5 まとめ:先行研究の問題点と本研究の課題 ... 27 第3 章 本動詞としての「かける」の意味用法 ―認知意味論的な観点からの分析― ... 33 3.1 はじめに... 33 3.2 先行研究とその問題点 ... 33 3.3 辞書における「かける」の記述 ... 34 3.4 分析の枠組み ... 36 3.4.1「かける」の格体制と名詞の分類 ... 36

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ii 3.4.2 ラネカーのネットワーク・モデルと比喩 ... 37 3.5「かける」の格体制とその意味特徴 ... 39 3.5.1「かける」の意味特徴:「ヲ格」名詞が「具体物」を取る場合 ... 39 3.5.1.1「かける 1」の意味... 39 3.5.1.2「かける 2」の意味... 41 3.5.1.3「かける 3」の意味... 42 3.5.1.4「ヲ格」名詞が「具体物」を取る場合の「かける」の拡張用法 ... 43 3.5.1.5 まとめ:「ヲ格」名詞が「具体物」を取る場合の「かける」 の意味特徴... 48 3.5.2「かける」の意味特徴:「ヲ格」名詞が「抽象物」を取る場合 ... 50 3.5.2.1「ヲ格」名詞が「精神的・心理的負担」を示す場合 ... 50 3.5.2.2「ヲ格」名詞が「言語活動」を示す場合 ... 51 3.5.2.3「ヲ格」名詞がその他の抽象語を取る場合 ... 52 3.5.2.4 その他の「かける」の表現 ... 54 3.5.3 まとめ:「かける」の多義性 ... 55 3.6「かける」のネットワーク・モデル ... 58 3.6.1 家族的類似性について ... 59 3.6.2 ネットワーク・モデル:スーパースキーマについて ... 60 3.6.3 多義語としての「かける」のネットワーク ... 61 第4 章 複合動詞「動詞連用形+かける」の意味特徴とその統語構造-本動詞「かける」と の比較の観点から-... 65 4.1 はじめに... 65 4.2 複合動詞「動詞連用形+かける」の先行研究およびその問題点 ... 65 4.3 語彙的複合動詞と統語的複合動詞 ... 67 4.4 語彙的複合動詞としての「v かける」と統語的複合動詞としての「V かける」 ... 71 4.4.1「指向」の「v かける」と語彙的複合動詞... 71 4.4.1.1 代用形「そうする」による置換の可否 ... 72 4.4.1.2 サ変動詞による置換の可否 ... 73 4.4.1.3 主語尊敬語の可能性 ... 73 4.4.2「始動」の「V かける」と統語的複合動詞 ... 75 4.4.2.1 代用形「そうする」による置換の可否 ... 75 4.4.2.2 サ変動詞による置換の可否 ... 75 4.4.2.3 主語尊敬語の可能性 ... 76 4.5 複合動詞「動詞連用形+かける」の意味用法 ... 77 4.5.1 本動詞「かける」の意味用法 ... 77 4.5.2 複合動詞後項としての「-かける」の意味用法 ... 78

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iii 4.5.2.1 語彙的複合動詞「v かける」の意味特徴 ... 79 4.5.2.1.1「v かける 1」の意味特徴と本動詞「かける」の意味特徴 ... 79 4.5.2.1.2「v かける 1-1」の意味特徴と本動詞「かける」の意味特徴... 80 4.5.2.1.3「v かける 2」の意味特徴と本動詞「かける」の意味特徴 ... 82 4.5.2.1.4「v かける 3」の意味特徴と本動詞「かける」の意味特徴 ... 84 4.5.2.1.5「v かける 1-1-1」の意味特徴と本動詞「かける」の意味特徴 ... 85 4.5.2.2 統語的複合動詞「V かける」の意味特徴... 88 4.5.2.2.1「始動」の「V かける」の意味特徴に関する先行研究 ... 88 4.5.2.2.2「V かける」の意味特徴と本動詞「かける」の意味特徴... 89 4.5.2.3 複合動詞「動詞連用形+かける」と本動詞「かける」との関係から見た複合動詞後項 「-かける」の文法化 ... 91 4.5.2.4 複合動詞「動詞連用形+かける」と本動詞「かける」との関係 ... 94 第5 章 語彙的複合動詞「v かける」の再分析 ―語彙概念構造の観点から― ... 97 5.1 はじめに... 97 5.2 語彙的複合動詞「v かける」の前項動詞の種類について ... 97 5.3 語彙的複合動詞における前項動詞と後項動詞の意味関係-影山(1999)...100 5.4 語彙概念構造―影山(1996) ...101 5.4.1 事態と語彙概念構造の基本 ...101 5.4.1.1.状態の LCS ...102 5.4.1.2 状態変化の LCS ...104 5.4.1.3 活動の LCS ...105 5.4.1.4 使役状態変化の LCS ...105 5.4.2 語彙概念構造と項構造の結びつけについて ...106 5.5 語彙的複合動詞の語彙概念構造―由本(2005) ...108 5.6 語彙的複合動詞「v かける」の前項動詞と後項動詞の意味関係及び LCS ...109 5.6.1「依拠接触」を表す「v かける」の LCS ...109 5.6.2「志向接触」を表す「v かける」の LCS ...112 5.6.3「心理的志向」を表す「v かける」の LCS ...116 5.6.3.1 前項動詞が自動詞である「心理的志向」の「v かける」 ...119 5.6.3.2 前項動詞が他動詞である「心理的志向」の「v かける」 ...120 5.6.4「志向移動」を表す「v かける」の LCS ...124 5.6.5「把捉」を表す「追いかける」について ...125 5.7 まとめ:語彙的複合動詞「v かける」の意味と構造 ...128

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iv 第6 章 統語的複合動詞「V かける」の意味特徴 ―文末言い切り形式「V カケタ」の意味 を中心にして― ... 131 6.1 はじめに...131 6.2 統語的複合動詞「V かける」に関する先行研究およびその問題点 ...131 6.3 観察 ...135 6.3.1 観察対象 ...135 6.3.2 観察方法 ...136 6.3.3 観察結果 ...137 6.3.3.1「BCCWJ2009 モニター版」の検索結果...137 6.3.3.2WEB 検索の結果 ...139 6.3.3.3「V カケタ」に前接する動詞の出現傾向のまとめ ...144 6.4 考察:統語的複合動詞「V カケタ」の意味特徴について ...144 6.4.1「V カケタ」の前項動詞が「内的限界動詞」の場合 ...145 6.4.1.1「(A・2)主体変化動詞+カケタ」の意味特徴について ...145 6.4.1.2「(A・1)主体動作・客体変化動詞+カケタ」の意味特徴について ...152 6.4.1.3 自他対応となる動詞が前項動詞になる場合 ...157 6.4.1.4「内的限界動詞+カケタ」の意味特徴のまとめ ...160 6.4.2「V カケタ」の前項動詞が「非内的限界動詞」の場合 ...163 6.4.2.1「(A・3)主体動作動詞+カケタ」の意味特徴について ...163 6.4.2.2「(B)内的情態動詞」+カケタ」の意味特徴について ...166 6.4.2.3「(C)静態動詞」と「V カケタ」の関係について ...168 6.4.2.4「非内的限界動詞+カケタ」の意味特徴のまとめ ...169 6.4.3 統語的複合動詞「V カケタ」の統一的意味 ...171 第7 章 始動局面を表す「V かける」と「V はじめる」「V だす」との比較対照 ―文末のV カケタ」「V ハジメタ」「V ダシタ」を中心にして― ... 173 7.1 はじめに...173 7.2 始動局面「V はじめる」「V だす」に関する先行研究および問題点 ...173 7.2.1 始動局面を表す「V はじめる」...174 7.2.2 始動局面を表す「V だす」 ...175 7.2.3 まとめ:始動局面動詞「V はじめる」「V だす」に関する先行研究の問題点 ...177 7.3 観察Ⅰ:「V ハジメタ」 ...178 7.3.1 観察対象と観察方法 ...178 7.3.2 観察結果Ⅰ:「V ハジメタ」 ...178 7.3.2.1「V ハジメタ」の前項動詞の傾向 ...178 7.3.2.2「V ハジメタ」の意味特徴について ...179

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v 7.3.2.2.1「(A)外的運動動詞」が「V ハジメタ」の前項動詞になる場合 ...179 7.3.2.2.2「(B)内的情態動詞」が「V ハジメタ」の前項動詞になる場合 ...188 7.3.2.2.3「(C)静態動詞」が「V ハジメタ」の前項動詞になる場合 ...189 7.3.2.2.4 まとめ:「V ハジメタ」の前項動詞とその意味特徴 ...190 7.4 観察Ⅱ:「V ダシタ」 ...191 7.4.1 観察対象と観察方法 ...191 7.4.2 観察結果Ⅱ:「V ダシタ」 ...192 7.4.2.1「V ダシタ」の前項動詞の傾向 ...192 7.4.2.2「V ダシタ」の意味特徴 ...193 7.4.2.2.1「(A)外的運動動詞」が「V ダシタ」の前項動詞になる場合 ...193 7.4.2.2.2「(B)内的情態動詞」が「V ダシタ」の前項動詞になる場合 ...200 7.4.2.2.3「(C)静態動詞」が「V ダシタ」の前項動詞になる場合 ...201 7.4.2.2.4 まとめ:「V ダシタ」の前項動詞とその意味特徴 ...201 7.5 考察:「V カケタ」「V ハジメタ」「V ダシタ」の異同 ...204 7.5.1「V カケタ」「V ハジメタ」「V ダシタ」における前項動詞の傾向 ...204 7.5.2「V カケタ」「V ハジメタ」「V ダシタ」の意味特徴の比較対照 ...207 7.5.2.1 当該事態の「中断」の表示の有無:「V カケタ」対「V ハジメタ」「V ダシタ」 ...207 7.5.2.2「V ハジメタ」と「V ダシタ」の対照 ...209 7.5.2.2.1「主体の意志性」の表示の有無 ...209 7.5.2.2.2 事態の「突発的生起」の表示の有無 ...211 7.5.2.2.3「話し手の知覚的反応」の表示の有無 ...212 第8 章 複合動詞「動詞連用形+かける」のテンス・アスペクト的意味特徴 ―本動詞「か ける」との比較の観点から― ... 215 8.1 はじめに...215 8.2 完成相「-ル/-タ」と継続相「-テイル/-テイタ」について ...215 8.3 本動詞「かける」の完成相と継続相...218 8.3.1 基本的用法の「カケル/カケタ」と「カケテイル/カケテイタ」 ...218 8.3.2 拡張的用法の「カケル/カケタ」と「カケテイル/カケテイタ」 ...224 8.3.3 まとめ:本動詞「かける」の完成相と継続相の意味特徴 ...226 8.4 複合動詞「動詞連用形+かける」の完成相と継続相 ...228 8.4.1 語彙的複合動詞「v カケル/v カケタ」と「v カケテイル/v カケテイタ」 ...228 8.4.1.1 基本的用法の「v かける」の完成相と継続相 ...229 8.4.1.2 拡張用法の「v かける」の完成相と継続相 ...231 8.4.1.3 語彙的複合動詞「v かける」の完成相と継続相の意味特徴:本動詞「かける」の完成相と継続 相の意味特徴との関係 ...234

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vi 8.4.2 統語的複合動詞「V カケル/V カケタ」と「V カケテイル/V カケテイタ」 ...238 8.4.2.1 統語的複合動詞「V かける」の完成相:「V カケル」「V カケタ」 ...239 8.4.2.1.1 観察:統語的複合動詞「V カケル」 ...239 8.4.2.1.1.1 観察対象と観察方法...239 8.4.2.1.1.2 観察結果:完成相「V カケル」 ...240 8.4.2.1.1.2.1 完成相「V カケル」の前項動詞の傾向 ...240 8.4.2.1.1.2.2 完成相の「V カケル」の意味特徴...243 8.4.2.1.1.2.3 まとめ:「V カケル」の前項動詞とその意味特徴 ...248 8.4.2.2 統語的複合動詞「V かける」の継続相:「V カケテイル」「V カケテイタ」 ...250 8.4.2.2.1 観察:統語的複合動詞「V かける」の継続相 ...250 8.4.2.2.1.1 観察対象と観察方法 ...250 8.4.2.2.1.2 観察結果:「V カケテイル」「V カケテイタ」 ...251 8.4.2.2.1.2.1「V カケテイル」「V カケテイタ」の前項動詞の傾向 ...251 8.4.2.2.1.2.2「V カケテイル」「V カケテイタ」の意味特徴 ...256 8.4.2.2.1.2.3まとめ:「V カケテイル」「V カケテイタ」の意味特徴と前項動詞の関係...266 8.4.2.2.2 考察:統語的複合動詞「V かける」の完成相と継続相の対照 ...268 8.4.2.2.2.1「V かける」の完成相と継続相に出現する前項動詞の傾向 ...268 8.4.2.2.2.2「V かける」の完成相と継続相の意味的相違...270 8.4.2.2.2.3 統語的複合動詞「V かける」の完成相と継続相の意味特徴: 本動詞「かける」の完成相と継続相の意味特徴との関係 ...283 第9章 結論 ... 287 9.1 本研究の研究課題から見た複合動詞「動詞連用形+かける」の統語的と意味的振る舞い ...287 9.2 今後の研究課題 ...294 参考文献 ... 297 付録表 ... 303 付録表6-1 文末形「V かける」:『現代日本語書き言葉均衡コーパスモニター公開データ』による検索結果 ... 305 付録表6-2 文末形「V かけました」:インターネットの検索エンジンによる検索結果... 307 付録表7-1 文末形「V はじめた」:『現代日本語書き言葉均衡コーパスモニター公開データ』による検索結果 ... 317 付録表7-2 文末形「V だした」:『現代日本語書き言葉均衡コーパスモニター公開データ』による検索結果 ... 329 付録表8-1 文末形「V かけます」:インターネットの検索エンジンによる検索結果 ... 335 付録表8-2 文末形「V かけています」:インターネットの検索エンジンによる検索結果... 339 付録表8-3 文末形「V かけていました」:インターネットの検索エンジンによる検索結果... 345

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1 章

序 論

1.1 本研究の背景 日本語の複合動詞1は、これまで言語学、日本語学など様々な立場から数多くの研究が行 われてきた。例えば、斎藤(1992)、斎藤・石井(1997)を代表とする構成要素間の意味的・統 語的関係性を分析する語構成論の研究もあれば、影山(1993)、影山・由本(1997)をはじめ、 語の形態だけに留まらず、前項動詞と後項動詞がどのような過程を経て新たな語に合成さ れるかを分析するような語形成論の研究もある。また、複合動詞構成要素の意味と単独用 法との比較対照という観点から、複合動詞の意味的な特徴と統語的な振る舞いを記述する 研究2もある。さらに、「動詞連用形+はじめる」「動詞連用形+つづける」「動詞連用形+おわ る」のように、前項動詞の表す運動の局面を取り出す複合動詞、いわゆる寺村(1976)が三次 的アスペクト形式と呼んでいるものについての研究も盛んに行われている3 そのような背景の中で、複合動詞「動詞連用形+かける」は使用頻度が高いにもかかわら ず、それを取り上げた研究は極めて少ない。複合動詞「動詞連用形+かける」は、従来、「指 向」と「始動」の二つの意味を表すとされてきたが、この意味的な違いがその統語的振る 舞いにどのように反映されるかといった観点からの考察は少ない。また、後述するように、 この「指向」と「始動」を表すとされる「動詞連用形+かける」は語彙的複合動詞と統語的 複合動詞に二分されることになるが、そのうち語彙的複合動詞の「動詞連用形+かける」の 構成要素である前項動詞と後項動詞の関係、また、前項動詞と後項動詞の合成過程および 統語的要素の受け継ぎなどの問題は先行研究において言及されていない。一方、統語的な 「動詞連用形+かける」についても、その前項動詞の出現傾向、また、前項動詞の種類と「動 詞連用形+かける」の意味解釈との関係、さらに、その文末が「-ル」「-タ」「-テイル」 「-テイタ」といった異なるテンス・アスペクト形式を取る場合の意味解釈など、まだ明 らかにされていない課題が多々ある。 また、一方、近年、複合動詞の研究においては、特に、認知言語学の観点から、後項動 詞の機能をその本動詞としての意味と比較対照し論じるということが行われている。しか 1 本研究のいう複合動詞とは、「落ちかける」「食べかける」のように、「動詞連用形+動詞」から なる二つの動詞結合を指す。また、本研究では、複合動詞の構成に関して、先行する動詞構成要 素を「前項動詞」、あるいは、単に「前項」、「V1」、後続する構成要素を「後項動詞」、あるいは、 単に「後項」、「V2」と呼ぶ。 2 例えば、斎藤(1985)、杉村(2006)は本動詞「返す」と複合動詞「-返す」の意味的な関係につ いて論じている。また、姫野(1977)、山崎(1993)は本動詞「だす」と開始を表す複合動詞「V だ す」の意味的な関わりについて検討している。 3 日本語の三次的アスペクト形式の研究としては、小田(1986)をはじめ、岩崎(1988)、李(1992)、 山崎(1993, 1995, 1999)、呉(1993, 2000)、朴(2000)、浜田(2001)などが挙げられる。それらの研究 では、特に、運動の「開始」局面を表す「動詞連用形+はじめる」、「継続」を表す「動詞連用形 +続ける」、「終了」を表す「動詞連用形+終わる」が取り上げられている。

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2 しながら、「動詞連用形+かける」については、そのような観点からの研究は管見の限りま だない4。上記のように複数の用法を持つ「動詞連用形+かける」の意味機能を考察するにあ たっては、単にその前項動詞と後項動詞「-かける」の意味的および統語的関係を明らか にするのみならず、後項動詞「-かける」と本動詞「かける」の統語的および意味的関係 も検討する必要があろう。そこで、本研究では、本動詞「かける」の意味的な特徴と統語 的な振る舞いとの関係に注目しながら、複合動詞「動詞連用形+かける」に対する意味的お よび統語的観点からの総合的研究を目指していく。 1.2 本研究の目的と研究方法 本研究は、複合動詞「動詞連用形+かける」の意味機能を主に、本動詞「かける」との比 較対照、また、それに前接する動詞の種類という観点から明らかにすることを目指す。そ の際に、本研究は以下のような研究方法を用いたい。 まず、複合動詞「動詞連用形+かける」と深く関係する本動詞「かける」を取り上げ、本 動詞「かける」の各意味用法を記述したうえで、その格体制、特に「ヲ格」「ニ格」に出現 する名詞の特徴に注目しながら、ラネカー(1987,1988)が提示した「ネットワーク・モデル」 に従い、各意味間の関係を説明する本動詞「かける」のネットワーク・モデルを提示する ことによって、本動詞「かける」の意味用法と各意味間の関係を明らかにする。 また、これまで単に複合動詞「動詞連用形+かける」として扱われてきた同形式を、影山 (1993)が提示した統語テストに基づき、語彙的複合動詞と統語的複合動詞に二分した上で、 それらの意味特徴を確認し、それらの意味特徴と本動詞「かける」のネットワーク・モデ ルの関係を明示する認知モデルを提案する。 続いて、複合動詞「動詞連用形+かける」のうち語彙的複合動詞と判断された用法につい て、影山(1993)の提唱する語彙概念構造(Lexical Conceptual Structure、以下 LCS と略す)理論 を参考にしながら、その前項動詞と後項動詞「-かける」の合成過程および項の同定、統 語的要素の受け継ぎの問題を解明し、それらの間の意味的および統語的関係を示す。 さらに、統語的複合動詞と判断された「動詞連用形+かける」については、まず、それを、 始動局面を表す形式として位置づけた上で、その前項動詞としてどのような動詞が出現す るか、また、当該前項動詞が「-かける」に前接した際の意味解釈とはどのようなものか、 さらに、当該「動詞連用形+かける」の文末に出現したテンス・アスペクト形式とその意味 解釈の関係はどのようなものかを、工藤(1995)の動詞リストとそのインターネット検索の結 果を基に記述的に明らかにした上で、考察していく。そして、最後に、統語的複合動詞「動 詞連用形+かける」の意味機能を確定する。 4 松田(2011)は第二言語習得者の立場から、本動詞「かける」と「指向」の「動詞連用形+かける」 の意味的な関連性について認知図式、いわゆる、「コア図式」を用いて論じている。しかし、本 動詞「かける」と「指向」の「動詞連用形+かける」との統語的な関係、また、本動詞「かける」 と「始動」の「動詞連用形+かける」の意味的および統語的な関わりについては触れていない。

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3 1.3 本研究の構成 本論文は、本章を含む以下の全9 章から構成されている。 まず、第2 章では、複合動詞「動詞連用形+かける」についての先行研究を概観したうえ で、先行研究に見られる問題点を指摘し、本研究の課題を明らかにする。 続く第3 章では、複合動詞「動詞連用形+かける」の後項動詞である「-かける」と深く 関係している本動詞「かける」の意味特徴を検討する。本動詞「かける」は様々な意味・ 用法で使用されることから、通常、多義語として取り扱われている。そこで、本章では、 多義語を分析する際に、特に、有効とされる認知意味論の観点から、本動詞「かける」の 多義性をその格体制、とりわけ、「ヲ格」「ニ格」に出現する名詞の性質との関係に注目し ながら整理する。そして、その整理結果に基づき、本動詞「かける」の多義性を説明する ネットワーク・モデルを提案する。 第 4 章では、これまで「指向」と「始動」という二つの意味を付与されてきた複合動詞 「動詞連用形+かける」について、影山(1993)が提示したテスト、すなわち、「代用形「そう する」による置換が可能か否か」、「主語に対する尊敬語化が可能か否か」、「受身文化が可 能か否か」といった統語テストを用いて、「指向」の「動詞連用形+かける」は語彙的複合 動詞、「始動」の「動詞連用形+かける」は統語的複合動詞であるということを提示する。 その後、語彙的複合動詞「動詞連用形+かける」および統語的複合動詞「動詞連用形+かけ る」の意味特徴および統語的振る舞いを、本動詞「かける」の連続性に注目しながら検討 していく。 第5 章では、第 4 章で語彙的複合動詞「動詞連用形+かける」と確認された「動詞連用形 +かける」の前項動詞と後項動詞の意味関係および合成過程を語彙概念構造(LCS)の理論的 枠組みから再検討する。そして、同じ語彙的複合動詞とされている「動詞連用形+かける」 の諸用法には、前項動詞と後項動詞「-かける」が合成過程、格素性と項の受け継ぎなど に相違が見られる点を示す。 第6 章では、第 4 章で統語的複合動詞「動詞連用形+かける」と確認された「動詞連用形 +かける」の文末「タ形」に焦点をあて、その意味特徴を前項動詞の時間構造という観点か ら検討する。前項動詞の分類には、動詞を「スル-シテイル」というアスペクト対立の有 無およびその時間構造における限界点の有無によって分類した工藤(1995)の動詞リストを 用い、「-かけた」に前接する動詞の傾向を探るためにインターネット検索を利用した。 第7 章では、統語的複合動詞「動詞連用形+かける」を「始動」局面を表す三次的アスペ クト形式という観点から考察する。先述したように、寺村(1976)は統語的複合動詞「動詞連 用形+かける」を「動詞連用形+はじめる」「動詞連用形+だす」と共に「始動」局面を表す 三次的アスペクト形式のひとつとしていた。そこで、本章では、同じく「始動」局面を表 すとされる統語的複合動詞「動詞連用形+かける」と「動詞連用形+はじめる」「動詞連用形 +だす」の相違を、前接する動詞の傾向、当該前項動詞が各形式に前接した際の意味特徴、 といった観点から明らかにする。なお、第 6 章と同じく、前項動詞の分類には工藤(1995)

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4 の動詞リストを、また、前接動詞の傾向を探るためにインターネット検索を利用した。 第8 章では、複合動詞「動詞連用形+かける」のテンス・アスペクト的意味特徴を、特に、 文末に出現する「動詞連用形+かける/動詞連用形+かけた」「動詞連用形+かけている/動詞連 用形+かけていた」に焦点を当てながら論じる。まず、語彙的複動詞「動詞連用形+かける」 の文末言い切り形式に見られるテンス・アスペクト的意味特徴を述べた後、同じく統語的 複合動詞「動詞連用形+かける」の文末言い切り形式に見られるテンス・アスペクト的意味 特徴を見る。なお、統語的複合動詞「動詞連用形+かける」のテンス・アスペクトの意味特 徴を扱う際には、第6 章、第 7 章と同じく、前項動詞の分類のために工藤(1995)の動詞リス ト、また、前接する動詞の傾向を探るためにインターネット検索を利用した。 最後の第9 章では、本研究のまとめと今後の課題を提示する。 1.4 本論文における表記法 本研究における例文、各種記号の扱い、表記方法は以下のとおりである。 (1) 例文には、各章ごとの通し番号をつけて表記する。例えば、第 2 章の五番目の例文なら、 2-5 というように表記する。 (2) 引用例の出典は、例文の後の( )内に示す。なお、当該例がインターネットから引用さ れたものの場合は、それが出現したサイトを示す。 (3) 例文や考察対象語句の文頭に付された「*」は当該表現が文法的には容認できないこと、 また、「?」は当該表現の文法容認度が低いことを示す。なお、「?」の数が多いほど、そ の文法容認度はより低くなることを示す。 (4) 例文中、考察の対象となっている箇所は太い字体で表示し、主語は二重直線( )、副詞 句は直線( )、主語、副詞句以外のは波線( )で示す。また、考察の対象となる格助詞 は□で囲んで示す。 (5) 図表の番号は、各章ごとの通し番号をつけて表記する。例えば、第 3 章の二番目の図は 図3-2、第 3 章の二番目の表は表 3-2 というように示す。

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5

2 章

先行研究概観

2.1 はじめに 本章では、本研究の研究対象である複合動詞「動詞連用形+かける」についての先行研究 を概観した上で、先行研究における問題点を指摘し、また本研究ではそのような問題点を どのように解決していくのかを述べていきたい。以下では、本論文の各章の内容に従い、 それに関係する先行研究を紹介していく。具体的には、次のようになる。第2 節では、第 3 章で扱う本動詞「かける」の意味についての先行研究を紹介すると同時に、その問題点を 指摘する。続いて、第3 節では、第 4 章および第 5 章で扱う複合動詞「動詞連用形+かける」 に関する先行研究、具体的には、これまでの複合動詞一般に対する研究の動向、また、そ の研究方法、特に、語彙的複合動詞を扱う際に役立つと思われる研究を概観する。第 4 節 では、第6 章から第 8 章で検討する局面動詞としての「動詞連用形+かける」に関する先行 研究、また、当該形式が表す意味と直接関係することになる日本語動詞の分類、ならびに、 アスペクト形式について述べる。 2.2 本動詞「かける」に関する先行研究 本節では、本動詞「かける」の先行研究について概観する。 本動詞「かける」の意味特徴に関する先行研究を見ると、鍋島(1997)、 廣瀬(2004)、白石・ 松田(2007)を代表とする認知意味論の観点から「かける」の多義を記述するものもあれば、 成田(1978)、蔦原(1984)のように「かける」の「ニ格」「ヲ格」に出現する名詞の性質によっ て「かける」の意味を記述するものもある。また、国広(1982)のように「かける」の多義構 造およびその多義間の意味的な連続性に注目する研究も見られる。以下では、上記の先行 研究を紹介すると同時に、その問題点を指摘する。 2.2.1 認知意味論的な観点からの研究 本項では、本動詞「かける」の意味を認知意味論的な枠組みで取り扱った先行研究、鍋 島(1997)、廣瀬(2004)、白石・松田(2007)を取り上げる。 鍋島(1997)は「かける」の多義を共時的に考察し、比喩が「かける」の意味を拡張してき たと主張するものである。そして、「かける」の意味を1.「ぶらさげる」意味の「かける」、 2.「おおいかぶす」意味の「かける」、3.「ふりかける」意味の「かける」、4.「言葉をかけ る」、5.「圧力をかける」、6.「負担をかける」、7.「天秤にかける」などのいくつかの用法に まとめて、それらの関係を比喩という観点から検討している。そのうち、4 の「言葉をかけ る」の用法は、「言葉は流体である」というメタファーによって3 の「ふりかける」意味の 「かける」から拡張されるとしている (ibid.: 81)。また、「困難は重いもの」というメタフ

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6 ァーに基づき、困難や厄介なことを表す「負担」という語は「かける」と共起するとして いる(ibid.: 82)。 このように、鍋島(1997)の特徴は、「かける」の様々な意味の間にある関係はメタファー によって動機づけられるとしている点にある。しかしながら、鍋島(1997)は、「屋根に梯子 をかける」「ドアに鍵をかける」「審議に時間をかける」のような「かける」の典型的用法 は扱っておらず、その「かける」のメタファーによる動機付けについても不明である。ま た、「かける」の各意味を数字「1.2.…」で表記しているが、この数字が何を意味するのか も分からない。鍋島(1997)は取りあえず、1.「ぶらさげる」意味の「かける」、2.「おおいか ぶす」意味の「かける」、3.「ふりかける」意味の「かける」は 4.以降の「かける」とは別 の基本的意味としている。しかし、数字の小さい方が「かける」のより基本的な意味で、 数字が大きくなるほどその拡張と理解されることになると、例えば、4.「言葉をかける」は 5.「圧力をかける」よりも基本的意味ということになるが、そのような理解でよいのか否か は分からない。また、そのような理解でよいとしても、その根拠は示されていない。 鍋島(1997)と同じく「かける」の基本的意味を抽出したものとしては、廣瀬(2004)がある。 廣瀬(2004)は、「かける」の基本的意味を<物理的設置>とし、同時に、この「かける」の 基本的意味には「のせる」「さげる」「かぶせる」という類義語に対応する三つの別義があ ると指摘した。また、それらは互いに意味のネットワークを形成するとした上で、それを Langacker(1987,1988)のネットワーク・モデル5の枠組みで提示している。このように、廣瀬 (2004)の考察の中心は、「かける」の基本的意味<物理的設置>と「のせる」「さげる」「か ぶせる」に対応したその3 つの別義との関係を明らかにすることにあり、上述の鍋島(1997) が扱った「言葉をかける」「圧力をかける」「負担をかける」といった「かける」の拡張的 意味までには及んでいない。しかし、本研究は、本動詞「かける」の意味を網羅的に扱う 際には、その基本的意味のみならず拡張的意味も扱う必要があると考える。 一方、「かける」の複数の意味を一つのコア図式6を用い、認知意味論の観点から説明しよ うとしたのが白石・松田(2007)である。白石・松田(2007)は、第二言語習得の立場から、一 般に多義語は意味習得の困難な語彙項目の一つであるとした上で、「かける」のコアを「対 象A を対象 B に向けて移動させ(動線 L)、A を B に交接触させること」と仮定し(ibid.:39)、 コア図式のどこに焦点を当てるかによって「かける」の意味特徴が異なってくると主張し ている。つまり、対象A に焦点が当てられると、「かける」は「(1)留める用法」、対象 B に 焦点が当てられる場合には「かける」は「(2)覆う用法」、動線 L に焦点を当てると「(3)向か う用法」という意味特徴になるとし、それぞれの典型的な例として、「壁に絵をかける」、「荷 物に覆いをかける」、「言葉をかける」を挙げている。これら3 つの用例のうち、「言葉をか

5 Langacker(1987)では“Schematic Network model”という用語が用いられているが、本研究は籾

山(2001)に倣い、「ネットワーク・モデル」という用語を使うことにした。

6 松田(2007:36)は「コア図式論」を「母語話者の言語直感の背後にある概念イメージ(コア)を、

多くの用例を通して分析的に捉え、それを一つの認知図式(コア図式)に表して説明しようとする ものである」と規定している。

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7 ける」の「ヲ格」は他の 2 例のそれとは異なり「抽象物」である。この「ヲ格」名詞の性 質の違いは「かける」の意味に直接関係してくる。すなわち、「壁に絵をかける」「荷物に 覆いをかける」における「かける」は、「ヲ格」の指示対象「絵」「覆い」と「ニ格」の指 示対象「壁」「荷物」が実際に物理的に接触することを表すが、一方、「言葉をかける」の 「かける」は、「ヲ格」の指示対象「言葉」が何かあるいは誰かに物理的に接触することを 表さない。また、「言葉をかける」においては、「壁に絵をかける」「荷物に覆いをかける」 とは異なり、「ニ格」名詞も表示されていない。このように、「かける」の、特に、「ヲ格」 の名詞句の性質の違いに留意しない白石・松田(2007)が提示したコア図式は、結果的に、そ の「ヲ格」の名詞句の性質の違いから生じる「かける」の意味的および統語的違いをうま く説明することができない。これは、換言すれば、「かける」の意味を考察する際には、そ れが取る「ヲ格」「ニ格」の名詞句の性質に注目しなければならないことを示唆するもので ある。 以上、認知意味論の観点から、「かける」の多義性について記述した主たる先行研究を見 た。これらの研究は、本動詞「かける」が表す様々な意味の間にある関係性に注目した点 において共通し、評価される。しかしながら、一方で、どの研究も「かける」の多義的意 味の類似性に注目し過ぎるあまり、その類似性が容易に認められない「かける」の意味用 法を見落とす傾向がある。また、いずれも「かける」の基本的意味は設定するものの、そ こから他の意味への拡張のあり方の説明が十分とは言えないようにも見える。さらに、認 知意味論的観点から「かける」の多義性を扱った研究では、その基本的意味から拡張的意 味を考察するにあたり、「かける」の格体制との関係が看過されてきたという問題もある。 次項では、この「かける」の格体制とその多義性に注目した先行研究について見る。 2.2.2「かける」の格体制に着目した研究 本項では、本動詞「かける」の持つ格体制からその意味特徴を考察した成田(1978)、蔦原 (1984)を見る。 成田(1978:19-20)は、「かける」の取る格体制を「N1 が N2 に N3 をかける」とし、その うち、N1 は動作主、N2 は目標あるいは受け手、N3 は対象と規定している。そして、「かけ る」の「ニ格」「ヲ格」に出現する名詞(N2 と N3)によって、「かける」の意味特徴を、次の ような「設置」「情報の移動」「面的接触」「状態変化」「心理的負担」という五つの種類に 分けている(ibid.:20-25)。 (i) N2、N3 が「具体物」を取る場合、N2、N3 が一部分接しており、N3 の重みが N2 に預 けられていることを表し、この類の「かける」の用法は「設置」とされている。 (ii) N2 が「人」N3 が「音声手段」(言葉/電話)を示す名詞を取る場合、N3 が動作主から N2 へ伝達されることを表し、この場合の「かける」を「情報の移動」と呼んでいる。 (iii) 「設置」に似た用法として「面的接触」という意味を表す「かける」がある。これは

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8 N2、N3 が共に「具体物」であり、N3 が平たいものか粒状かあるいは液体・気体であ り、N3 の重みを N2 に預けないということで「設置」を表す「かける」とは異なる。 (iv) N3 が道具を表す名詞、N2 が具体物あるいは人を取る場合、「かける」はN3(道具として) を用いることによって N2 になんらかの状態の変化をもたらすという意味を表し、「状 態変化」とされている。 (v) N3 が心理的なもの、N2 がその影響を受ける人間を取る場合、「かける」の表す意味特徴 は「心理的な負担」と呼ばれている。 成田(1978)は、「かける」の意味特徴を「かける」の格体制、特に「ニ格」「ヲ格」に出現 する名詞との関係から記述しようとした点で評価できるものである。しかし、「ニ格」「ヲ 格」に出現する名詞のその分類には問題がある。例えば、(i)「ニ格」「ヲ格」に具体物が出 現する際の「設置」とされている「かける」の用法には、「壁に体重をかける」「新聞に圧 力をかける」という例があがっている。確かに、「ニ格」の名詞はどちらも具体物であるが、 その「ヲ格」の名詞の「具体物」の度合は異なっており、特に、「圧力」は「具体物」とは 認められないものである。この「ヲ格」の名詞の指示対象の違い、すなわち、「具体物」か 「抽象物」という違いは、「壁に体重をかける」と「新聞に圧力をかける」の間に見られる 意味的相違と無関係ではない。しかし、成田(1978)の分類では、その違いがうまく反映され ていない。また、成田(1978)の分類では、「ヲ格」に出現する名詞と「ニ格」に出現する名 詞との関係、つまり、「ヲ格」に出現する名詞の違いによって「ニ格」に出現する名詞がど のように影響されるか、「かける」の意味解釈がどのように変わっていくかということにつ いて、体系的な説明ができない。 「かける」の意味特徴を「かける」の取る格体制との関係から記述しようとした研究に は、蔦原(1984)もある。 蔦原(1984)は「かける」の格体制を「A は B に C をかける」とし、「ニ格」名詞B、「ヲ格」 名詞C にどういう語が出現するかによって、その意味を次の 4 種類に分類した。①B、C が 「具体物」を取る時、C を移動させ、固定的存在物 B を支えとして C を固定させる意味を 表す。②B が「具体物」、C が「抽象事」を取る時、B に C という働きかけ、影響を及ぼす という意味を表す。③B、C が「具体物」を取る時、機能的能動的役割をする C が B に働き かける意味を表す。④B が「具体物」「抽象事」、C が「時間」「お金」に関する語を取る時、 B に C を使う、費やすといった意味を表す。 このように、蔦原(1984)は、成田(1978)と比べると、「かける」の「ニ格」「ヲ格」に出現 する名詞それぞれに対して、「具体物」か「抽象事」という明白な分類を行っている点で評 価される。また、その分類は「かける」の様々な意味をその格体制と当該の格を取る名詞 の性質から整理したものとして興味深い。しかしながら、成田(1978)と同様に、それが「か ける」の多義性とどのような関係があるかについては何も言及していない。 上で指摘された先行研究における問題点を解決するため、本研究の第3 章では本動詞「か

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9 ける」が持つ様々な意味用法を、その格体制、特に「ヲ格」に出現する名詞の性質と当該 「かける」の意味との関係に注目しながら整理し、その結果を認知意味論の観点に基づく ネットワーク・モデルでまとめたい。また、第 4 章では先行研究ではほとんど言及される ことがなかった本動詞「かける」と複合動詞「動詞連用形+かける」の用法との関係を、両 者の意味的および統語的特徴を比較対照させることを通して明らかにしていきたい。 2.3 複合動詞一般に関する先行研究 本項では複合動詞「動詞連用形+かける」の先行研究を見る前段階として、従来、複合動 詞一般に関してどのような研究が行われてきたかを簡単に紹介し、複合動詞「動詞連用形+ かける」を分析する際に、特に有効と思われる研究方法を提示していきたい。 「複合動詞の研究」と言う場合には、まず、それを構成する前項動詞と後項動詞の関係 について触れなければならないだろう。この複合動詞の前項と後項動詞の関係については、 寺村(1984)、長嶋(1976)、山本(1984)、姫野(1982)を代表とする日本語学(あるいは国語学)の 観点からの研究、また、影山(1993,1996)、松本(1998)、由本(2005)を代表とする概念意味論 からの研究がある。以下では、複合動詞をめぐるこの主要な二つの立場を紹介していく。 2.3.1 日本語学(国語学)における複合動詞の扱い 本項では、複合動詞一般に対する日本語学(国語学)の立場から見た研究のうち代表的なも のと思われる寺村(1984)、長嶋(1976)、山本(1984)、姫野(1982)を取り上げる。 寺村(1984:167)は、複合動詞を構成する前項動詞、後項動詞の独立性という観点から、 複合動詞を以下のように4 種類に分けている。 イ:自立語V+自立語 V (呼び入れる、握りつぶす、殴り殺す…) ロ:自立語V+付属語 v (降り始める、呼びかける、泣き出す…) ハ:付属語v+自立語 V (差し出す、振り向く、引き返す…) ニ:付属語v+付属語 v (切り上げる、取り持つ、仕込む…) 「自立語V」は、当該動詞が本動詞で使われる際の意味、文法的特徴が複合動詞の中に出 現する際にも保持されている動詞、一方、「付属語 v」は、当該動詞が本動詞で使われる際 の意味、文法的特徴が複合動詞の出現する際にはまったく保持されていない、あるいは、 それとはかなり異なっている動詞を指す。寺村(1984)によれば、上記 4 種類の複合動詞のう ち、イとロはさまざまな動詞の組み合わせが可能で生産性が高いが、ハとニは生産性が低 いという。また、アスペクトを表すロの後項動詞は、「時間的相」「空間的相」「密度、強度 の相(心理的相)」に分けられている。そのうち、「始動」を表す「動詞連用形+かける」は、 事態が始まって、まもなくそれが中止したことを表す「時間的相」とし、一方、「指向」を 示す「動詞連用形+かける」はある目標に向かっての動きを表す「空間的相」とされている。

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10 寺村(1984)の研究は、複合動詞を、それを構成する動詞の意味という観点から整理したと いう点では評価されるが、前項動詞と後項動詞の統語的関係、意味的関係についての言及 はない。また、多くの研究ですでに指摘されたように、寺村の分類方法には「自立語」「付 属語」を判断する基準が明示されていないという問題もある。特に、イとハの二つのタイ プについては、前項動詞と後項動詞のうち、どちらが主で、どちらが従ないしは補助形式 的かの判定はかなり直感に頼るところがあり、難しいと、寺村氏自身も述べている7 一方、複合動詞「動詞連用形+かける」自体については、それが表す「指向」と「始動」 のいずれもアスペクト的なものと捉え、前者を「空間的相」、後者を「時間的相」と呼んで いる。しかし、「指向」と「始動」の「動詞連用形+かける」を同じアスペクト形式として 扱うことについては、後述するように、問題があるように思われる。 一方、長嶋(1976)は、複合動詞を構成する前項動詞と後項動詞の間の修飾関係、特に前項 動詞と後項動詞の意味的関係の間に見られる修飾関係から、複合動詞を以下の 2 種類に分 類している。 Ⅰ類:v1+V2(修飾要素+被修飾要素) 例:木を切り倒す ⇒ 木を切る;木を倒す Ⅱ類:V1+v2(被修飾要素+修飾要素) 例:本を読み通す ⇒ 本を読む;*本を通す 長嶋(1976:70-71) 長嶋(1976)の第Ⅰ類の複合動詞は、前項動詞(v1)が後項動詞(V2)を修飾する関係にあり、「N が(を、に)v1」も「N が(を、に)V2」も成立するものであり、第Ⅱ類の複合動詞は、逆に、 後項動詞(v2)が前項動詞(V1)を修飾する関係にあり、「N が(を、に)V1」は成立するが「N が (を、に)v2」は成立しないものを指す。長嶋の研究は、寺村(1984)の研究では言及されなか った前項動詞と後項動詞の統語的関係に注目した点は評価されるが、寺村の 4 分類が長嶋 の 2 分類にすべて収まるかと言えば、それは難しい。例えば、寺村のイ類は長嶋のⅠ類、 寺村のロ類は長嶋のⅡ類に対応するように思われるが、寺村のハ・ニ類は長嶋の分類には 当てはまらない。また、後述するように、長嶋(1976)の分類は、特に、本研究が対象とする 「動詞連用形+かける」の前項動詞と後項動詞「-かける」の意味的な修飾関係を検討する 際に問題になる。なぜならば、「動詞連用形+かける」の中には、「壁に椅子を立てかける」 ⇒「*壁に椅子を立てる;*壁に椅子をかける」、のように長嶋(1976)の分類に当てはまらな いものがあるからである。 複合動詞の前項動詞と後項動詞の統語的な関係に注目したものとしては、山本(1984)もあ る。山本(1984:34)は、複合動詞文の名詞の格を前項動詞と後項動詞のどちらかが支配する 7 Cf.寺村(1984),p.167

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11 かという格支配8の観点から、複合動詞を分類している。山本は、文レベルで「動詞+動詞」 型の第一次結合の複合動詞を、その結合価9や格成分が前項動詞及び後項動詞の本来的な結 合価や格成分と如何に結びつくかを分析し、複合動詞をその格支配のあり方によって、以 下のように4 種類に分けた。 Ⅰ類:複合動詞の格成分が、前項動詞と後項動詞のそれぞれに対応するもの (泣き叫ぶ、抱きかかえる) Ⅱ類:複合動詞の格成分が前項動詞とは対応するが、後項動詞とは対応しないもの (静まり返る、走りとおす) Ⅲ類:複合動詞の格成分が後項動詞とは対応するが、前項動詞とは対応しないもの (打ち重なる、差し迫る) Ⅳ類:複合動詞の格成分が前項動詞とも後項動詞とも対応しないもの (取り乱す、引き立つ) 以上の分類を、例えば、第Ⅰ類の「泣き叫ぶ」と第Ⅱ類の「静まり返る」を例にして説 明すると、以下のようになる。 (1) 子供が泣き叫ぶ ⇒ a 子供が泣く;b 子供が叫ぶ (2) 教室が静まり返る ⇒ a 教室が静まる;b *教室が返る (1)の「ガ格」は、前項動詞「泣く」と後項動詞「叫ぶ」の両方と格支配関係にあり複合 動詞を構成している。このように、当該の複合動詞句において、その「ガ格」が前項動詞・ 後項動詞の両方と格支配関係にあるものはⅠ類と呼ばれる。一方、(2)の「ガ格」は、前項 動詞の「静まる」とは格支配関係にあるが、後項動詞の「返る」とは格支配関係にはない。 このように、複合動詞の格支配が前項動詞によって決まる場合は第Ⅱ類ということになる。 山本(1984)の研究は、複合動詞をその前項動詞と後項動詞の格支配がどのような形で関わ り合っているのかという統語的な観点から分類したもので、複合動詞の統語構造を分析す るに当たり有効であるように思われる。 一方、姫野(1982:122)10は、前項動詞と後項動詞の意味関係から、複合動詞を以下のよう に分類している。 8 山本(1984)によれば、格支配とは、動詞の名詞との共起制限のことであり、動詞の統語的機能 に他ならない。そして、ある動詞がどれだけの数の名詞を格支配するかを「結合価」といい、支 配される名詞を「格成分」と呼んでいる。 9 石綿(1983)によれば、結合価とは「ある述語が、どのような補語をいくつとるか」ということ を示したものである。「化学で、ある原子が他のいくつの原子と結合するかという考え方を言語 学に応用した」ところから、「結合価」という名称が用いられている。 10 『日本語教育事典 縮刷版』に収録されたもの。

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12 (i) V1 が接頭語化したもの:差し付ける=付ける (ii)V1 して V2 する:巻きつける=巻いて付ける (iii)V1 するために V2 する:飾り付ける=飾るために付ける がV2 する(V’2 する11) 読みすぎる=読むことがすぎる (iv) V1 すること を V2 する 読み続ける=読むことを続ける にV2 する 読み慣れる=読むことに慣れる (v) V2 して V1 する:読み通す=通して読む (vi)V2 が他の言葉でしか表せないもの:にらみつける=強く睨む12 (vii) V1 と V2 が一体化しており、意味関係が分析できないもの:落ち着く 姫野(1982)は複合動詞の前項動詞と後項動詞の意味関係に注目し、それによって複合動詞 を細分化した点、とりわけ、(iv)が示すように、アスペクト的な意味を持つ後項動詞の意味 を同一の方法で抽出することを可能にした点で、評価されるものである。しかし、本研究 が対象とする「動詞連用形+かける」を(iv)に即して分析するならば、例えば、「その本を読 みかけた」の「動詞連用形+かける」は、「読むことがかけた;読むことをかけた;読むこ とにかけた」のどれかに当てはまるはずではあるが、実際は、そのいずれも「その本を読 みかけた」の意味解釈には対応しない。つまり、すべての複合動詞、とりわけ、「局面」13 表す複合動詞は姫野(1982)の複合動詞の分類にはうまく収まらないということである。 以上、複合動詞が前項動詞と後項動詞の統語的な関係および意味的な関係からどのよう に分類されるか、また、当該の関係を持つ複合動詞がどのように解釈されるかを主たる先 行研究を基に概観した。その結果、複合動詞「動詞連用形+かける」の分析を行う際には、 前項動詞と後項動詞の間の意味的な関係のみならず、両者の間の統語的関係、特に、複合 動詞が取る格助詞が、前項動詞、後項動詞のどちらによって決定されたものかに注目する ことが重要であることが明らかになった。 2.3.2 語彙概念意味論の立場からの複合動詞の扱い 影山(1993)をはじめ、由本(1996)、松本(1998)などは「語彙概念意味論」(LCS)の枠組みで、 「語形成」という観点から、複合動詞を分析している。影山は語彙的複合動詞の前項動詞 11 姫野(1982:122)の V'2 は、他動詞 V2 に対応する自動詞を表す。例えば、V2 が「始める」な ら V’2 は「始まる」ということになり、「降りはじめる」は、「降ることがはじまる」と言い換 えられることになる。 12 姫野(1982)は、V2 が単独の動詞として用いられない動詞類もこのグループに含まれていると 指摘している。例えば、「行きそびれる」である。 13 「局面」という語については 2.4.1 で述べる。

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13 と後項動詞の組み合わせについて、「他動性調和原則」14がかかるとしたが、由本(1996)と松 本(1998)は、それに対し、「主語一致の原則」を提案した。以下では、まず、影山の研究を 紹介し、その後に、影山の観点を批判的に受け継いだ由本と松本の研究を紹介する。 影山(1993)は、複合動詞を語彙部門で形成される語彙的複合動詞(A 類)と、統語部門で形 成される統語的複合動詞(B 類)に分けている。そして、後述するように、形成される部門の 違いにより、これらの統語的振る舞いも異なってくると述べている。 語彙部門で形成される語彙的複合動詞は、前項動詞と後項動詞の結びつきが強い。例え ば、「飛び上がる、押し開ける、受け取る、書き込む」などがそれに相当する。語彙的複合 動詞は、その前項動詞と後項動詞の意味関係によって、動作の様態・手段(押し開ける、転 げ落ちる、もみ消す)、付帯状況(飲み歩く、嘆き暮らす、語り明かす)、並行動作(泣き叫ぶ、 恋い慕う、忌み嫌う)、アスペクト(泣き止む、降りしきる、聞き漏らす)に分けられる。ま た、影山(1993)は、語彙的複合動詞の組み合わせについては、「他動性調和原則」がかかる と述べているが、その「他動性調和原則」を説明する前に、以下では、まず、影山の動詞 の分類を確認しておきたい。 影山(1993)は、非対格性(unaccusativity)という概念を用い、日本語の動詞を他動詞、非対 格自動詞、非能格自動詞という 3 種類に分けている。この区分に従えば、いわゆる自動詞 は非対格自動詞と非能格自動詞に二分されることになる。この二種類の自動詞の違いは、 その統語構造の違いに従ったものである。すなわち、影山(1993:46, 47)のいう「非対格仮 説」に従えば、非能格自動詞の主語は、その統語構造において、一般の他動詞の主語の位 置に置かれるが、非対格自動詞の主語は、その統語構造において、一般の他動詞の目的語 の位置に置かれるということである。このことは、影山(1993)が上記の 3 種類の動詞に提示 した項構造にも明らかである。項構造とは述語が要求する項を指定したもので、項構造で は、以下のように、動作主は「外項」(x)、対象は「内項」(y)となる。 (1) 他動詞: (x <y>) 食べる 読む (2) 非能格自動詞: (x < >) 歩く 走る (3) 非対格自動詞: ( <y>) 折れる 起こる 影山(1993:49) また、影山(1993:43)によれば、この非能格自動詞と非対格自動詞の違いは意味的相違に も対応し、非能格自動詞は意図的に動作を行う動作主を主語に取ることが多いのに対し、 非対格自動詞は意図を持たずに受動的に事象に関わる対象を主語に取ることが多いという。 先に述べたように、語彙的複合動詞の組み合わせには「他動性調和の制約」がかかる。 つまり、語彙的複合動詞の組み合わせは同じ外項を持つ動詞同士、あるいは、外項を取ら ない動詞同士によって、複合動詞が作られるということである。この制約に従うならば、 14 統語的複合動詞には、この原則は適用されない。

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14 複合動詞の組み合わせは、「他動詞+他動詞」「自動詞+自動詞」の他に、「他動詞+非能格 自動詞」という組み合わせも可能ということになる。「他動性調和原則」による語彙的複合 動詞の組み合わせをまとめると、以下のようになる。なお、*は組み合わせが不可能な例を 示す。 (4) ①他動詞+他動詞: 吸い取る 追い払う 打ち倒す ②非能格+非能格: 這い寄る 立ち寄る 駆け降りる ③非対格+非対格: 剥げ落ちる 立ち並ぶ 生まれ変わる ④他動詞+非能格: 買いまわる 嘆き暮らす 待ち構える ⑤非能格+他動詞: 泣きはらす 乗り換える 住み替える ⑥他動詞+非対格: *切り落ちる *染め変わる *倒し滑る ⑦非対格+他動詞: *こぼれ落とす *売れ飛ばす *揺れ起こす ⑧非能格+非対格: *目が泣きはれる *走り転ぶ *滑り落ちる ⑨非対格+非能格: *転び降りる *吹きまわる *痛み泣く 影山(1993:118-122) 以上、複合動詞、特に、語彙的複合動詞における組み合わせにかかる制約について見た。 影山(1993)の提示した「他動性調和の原則」は、語彙的複合動詞の前項動詞と後項動詞との 結合を考える上で大いに役立つものである。しかし、この制約はすべての語彙的複合動詞 の組み合わせを説明できるわけではない。次に、影山(1993)の「他動性調和の原則」に対し、 異論を唱える由本(1996)と松本(1998)の研究を紹介する。 由本(1996)は、日本語の語彙的複合動詞の項構造は二つの動詞がそれぞれ持つ項構造から 派生されたものではなく、当該複合動詞を構成する二つの動詞の合成により新たに形成さ れた複合的な意味構造からの写像によって規定されるものと主張している。つまり、由本 (1996)は、日本語の複合動詞化は二つの動詞の意味構造の合成に因るものと考えていること になる。 一方、松本(1998)は、影山(1993)の「他動性調和の原則」の分析を批判し、問題は影山が 非対格動詞と非能格動詞を区別する際の基準にあるとした。例えば、松本(1998:47-49)に よれば、影山(1993)は、「命令形ができるか否か」、「間接受身ができるか否か」というテス トを通し、「降る」「死ぬ」のどちらも非能格動詞と見なし、「降り暮らす」は「非能格+他 動詞」、「死に別れる」は「非能格+非能格」で、それぞれ「他動性調和の原則」を守って いるとしているが、同じ「降る」「死ぬ」が組み合わされた「降り積もる」、「死に絶える」、 「焼け死ぬ」を説明するためには、「降る」「死ぬ」のいずれも非対格動詞と認定しなけれ ば、その文法性は認められなくなる。また、松本(1998:48)は、影山(1993)が主張するよう に「居る」を非対格自動詞と見なすと、「居座る」が問題になるとも述べている。以上のこ とから、松本(1998:72)は、日本語の語彙的複合動詞の組み合わせは動詞の項構造ではなく、

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15 (5)が示すように、動詞の意味構造における「主語一致の原則」によって制約されると主張 した。 (5) 主語(卓立項)一致の原則:二つの動詞の複合においては、二つの動詞の意味構造の 中で最も卓立性の高い参与者(通例、主語として実現する意味的項)同士が同一物を 指さなければならない15 (5)によれば、「主語一致の原則」は語彙的複合動詞を構成する二つの動詞の主語の指示対 象が同じであることを求めるだけであり、それらがどちらも外項、あるいは、内項である 必要はない。その意味において、松本(1998)の「主語一致の原則」は影山(1993)の「他動性 調和の原則」よりも緩い制約と言える。しかし、松田(2002)も指摘したように、「主語一致 の原則」は「*走り転ぶ」のように主語が一致していても非文になる例は説明ができない。 ここまで、影山(1993)の語彙的複合動詞における二つの動詞の組み合わせを見てきたが、 一方、影山(1993)のいう統語的複合動詞は、以下のように、前項動詞と後項動詞が統語部門 まで一定の独立性を維持し、補文関係を取る複合動詞を指す。 (6) 食べすぎる⇒ [食べることが]すぎる (主述関係) (7) 走り続ける⇒ [走ることを]続ける (補足関係) (6)(7)から分かるように、補文関係とは、前項動詞が後項動詞の主語、あるいは、目的語 となる関係を指す。このように、統語的複合動詞では、前項動詞と後項動詞の意味関係は 完全に透明かつ合成的である16 以上、本項では「語彙概念意味論」の立場からの複合動詞の解釈を見た。ここで紹介し た説は、特に、語彙的複合動詞「動詞連用形+かける」を考察する際に大いに役立つもので ある。なぜなら、語彙的複合動詞「動詞連用形+かける」を検討する際には、その項構造だ けでなく、その意味構造とも注目する必要があるということ、また、語彙的複合動詞「動 詞連用形+かける」を扱う際の前項動詞の動詞分類については、その基準をめぐって問題の 多い「他動詞」「非能格自動詞」「非対格自動詞」という区分は避けた方がよいことを示唆 するものだからである。 ここまでは、主に語彙的複合動詞を分析する際に有効と思われる先行研究を紹介した。 15 「(花火が)打ち上がる、(屋根が)吹き飛ぶ」などのような組み合わせの場合、V1 の目的語に当 たる項とV2 の主語に当たる項は同一である。松本(1998:57-58)では、これらの主語不一致型の 複合動詞は、対応する複合動詞形「(花火を)打ち上げる」「(屋根を)吹き飛ばす」が存在する場合 のみ許される、と指摘されている。 16 補文関係は統語的な複合動詞に典型的に見られるが、語彙的複合動詞にも成立する場合があ る。しかし、影山(1993)によれば、語彙的複合動詞に見られる補文関係は統語構造に見られる関 係ではなく、意味構造における関係だとされている。Cf. 影山(1993), p.109

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