第 3 章 本動詞としての「かける」の意味用法 ― 認知意味論的な観点からの分析 ―
3.4 分析の枠組み
3.4.2 ラネカーのネットワーク・モデルと比喩
認知意味論では、語の多義性はカテゴリー拡張(category extension)、すなわち、カテゴリ ーは中心的な事例から、そのいくつかの非中心的な事例へと拡張していくことによって生 じたものとしている。このような認知意味論におけるカテゴリーの考え方はいわゆる古典 的カテゴリー観31とは異なるものである。認知意味論における語彙項目のカテゴリーについ ての研究には、レイコフによるプロトタイプに基づく語彙的カテゴリー化と、ラネカーの プロトタイプとスキーマに基づくカテゴリー化がある32。両者は古典的カテゴリーを批判す ること、また、カテゴリーにプロトタイプ効果(prototype effect)が観察されるとする点にお いて同じ観点を持っている。しかし、河上(1996:72)が紹介したように、カテゴリーの構成 員の関係、特に、語彙カテゴリーについて、ラネカーは、「語彙的カテゴリーは非常に複雑 で、各カテゴリーに必ずしも一つの明白なプロトタイプあるいは「超スキーマ」33が存在す るとはかぎらない」とし、「語の意味は一つのプロトタイプあるいはスキーマに関するもの ではなく、ネットワーク全体を含むものである」としている。それに対し、レイコフは語 彙的ネットワークについて、中心的なメンバーとその中心的なメンバーに関係づけられた 非中心的なメンバーによって構成されていると考えている(ibid.:72-73)。
本研究では、「かける」の各意味間の関係を検討するにあたり、ラネカーのカテゴリー拡 張の観点から考察していく。そこで、本節では、ラネカーが語の多義性を説明する際に用 いたネットワーク・モデルについて紹介し、それに関係する概念、すなわち、カテゴリー 拡張を引き起こす原因(動機づけ)としてのメタファー、シネクドキーという比喩のことにつ いても触れておく。
31 古典的カテゴリー観では、カテゴリーの構成メンバーは、[+]か[-]で区別される必要十分条 件によって定義された集合であり、すべてのメンバーがその必要十分条件を満たしており、その カテゴリーのメンバーの間に中心や周辺といった区別はないと考えてきた。つまり、カテゴリー にプロトタイプ効果(prototype effect)はない、ということである。Cf.河上(1996), pp.28-32
32 レイコフのカテゴリー化はプロトタイプ的な意味を中心に、メタファーやイメージ・スキー マ変換などの動機づけによって周辺的な意味に拡張し、各意味に関連づけられている、いわゆる
「放射状カテゴリー」を形成するということになる。一方、ラネカーはカテゴリー化について、
プロトタイプからの拡張だけではなく、スキーマによる拡張も可能とし、ネットワーク内のすべ ての節点がプロトタイプに直接に関係しなくてもよいと考え、プロトタイプとスキーマによって ネットワークは動的に絶えず発展していくものとしている。
33 超スキーマはいわゆるスーパースキーマのことで、3.6.2で詳しく紹介する。
38
ラネカーは、使用頻度の高い語は一般に多義的であり、意味のネットワークを形成して いるとし、英語のringを例にして、以下の図3-1のようなモデルを提案している34。
A(ring,<輪状の装飾品>)
B(ring,<指につける輪状の装飾品>) C(ring,<鼻につける輪状の装飾品>)
図3-1 ラネカーのネットワーク・モデル
図3-1が示すラネカーのネットワーク・モデルに従うならば、各節点は語の確立した意味 を表し、節点同士は、スキーマ関係と拡張関係という二つの基本的なタイプのカテゴリー 化関係によって関連づけられている。
今、各節点の語の確立した意味を、それぞれA(ring,<輪状の装飾品>)、B(ring,<輪状の装飾 品>)、 C(ring,<鼻につける輪状の装飾品>)とするならば、スキーマ関係とはAとB、AとC の間に見られるものであり、[[A]→[B]], [[A]→[C]]と表示される。これは、[B]あるいは[C]
が[A]を詳細化または具体化したものであることを示したもので、[A]と[B]、[A]と[C]の間に そのような関係があるとき、[A]は[B]あるいは[C]に対してスキーマ的ということになる。
一方、拡張関係とは[[B]--> [C]]のように破線で表示されたBとCの間に見られるもので、
これは基本的意味[B]の持つ意味要素のある部分が保留されると同時に他の一部が変更され、
[C]という拡張された意味になることを表したものである。
上記で見られたスキーマ関係と拡張関係はメタファー、シネクドキーという比喩が契機 になって起こるものでもある35。籾山(2001:34)によれば、メタファーとは、二つの事物・
概念の類似性に基づき、一方の事物・概念を表す形式を用いてもう一方の事物・概念を表 すこと、また、シネクドキーとは、一方のより一般的な意味を持つ形式を用いてより特殊 な意味、あるいは、逆に、より特殊な意味を持つ形式を用いてより一般的な意味を表すこ とを指す36。
また、籾山(2001:37)によれば、先に見たラネカーのネットワーク・モデルにおけるスキ ーマ関係と拡張関係を比喩の観点から見ると、スキーマ関係は[A]と[B]、[A]と[C]間の具体 化あるいは抽象化関係を示すことからシネクドキーに相当し、拡張関係は[B]と[C]が共通点 を持ちつつ部分的に異なる点があることを示すことから、メタファーに相当するというこ
34 以下は、松本編(2003)の第3章と第4章に基づくもので、用例も同書からの引用である。
35 籾山(2001),pp.37-38
36 比喩の下位分類としてはさらにメトニミーがある。籾山(2001:34)によれば、メトニミーとは、
二つの事物・概念の隣接性に基づき一方の事物・概念を表す形式を用いてもう一方の事物・概念 を表す。なお、籾山(2001)で「メタファー」「シネグドギー」「メトニミー」と呼ばれているもの
は籾山(1997:31)では、「隠喩」「提喩」「換喩」という用語を用いてそれぞれ定義されている。
39 とが分かる。
一方、ラネカーのネットワーク・モデルは、プロトタイプとスキーマという観点から捉 えることもできる(ibid.: 39)。ラネカーは、ネットワークにおける節点の中で、最も確立さ れていて、認知的際立ちが高く、また、最初に習得され、中立的なコンテクストで最も活 性化されやすいといった特徴を有するものをプロトタイプ37と呼んでいる。例えば、上で見 た“ring”の場合、B(ring,<指につける輪状の装飾品>)という意味がプロトタイプであると考え られる。それに対して、スキーマ38とは、カテゴリーのすべてのメンバーあるいは一部のメ ンバーに適合する抽象的な意味で、図3-1ではA(ring,<輪状の装飾品>)がそれに相当する。
つまり、プロトタイプはスキーマの詳細化或いは具体化したものであり、スキーマはプロ トタイプの抽象化したものということになる。
以上、ラネカーのネットワーク・モデルを概観したが、このモデルは本研究が対象とす る「かける」の多義性およびその構造を分析・考察する際の有効な枠組みになると考える。
以下では、まず、3.4.1で見た「かける」の「ヲ格」の名詞の性質-「具体物」か「抽象物」
か-と「ニ格」の名詞の特徴の関係を観察しつつ「かける」の意味記述を行い、その後、「か ける」の多義構造を上記のラネカーのネットワーク・モデルに従い検討していく。
3.5「かける」の格体制とその意味特徴
「かける」の格体制をもう一度確認すると、「Aは(が)BにCをかける」ということにな る。A は動作主(Agent)、B は目標(Goal)あるいは受け手(Participant)、C は対象(Objective)で あるが、Bは「ニ格」名詞、Cは「ヲ格」名詞を示す。本節では、この「かける」の格体制 と「ヲ格」「ニ格」に出現する名詞の意味に注目しながら、「かける」の意味特徴をまとめ ていく。以下では、「かける」の「ヲ格」に出現する名詞が「具体物」か「抽象物」かによ って、「かける」の意味を基本的意味と拡張的意味に二分した上で議論を進めていく。まず、
「ヲ格」に「具体物」が出現する際の「かける」から見る。
3.5.1「かける」の意味特徴:「ヲ格」名詞が「具体物」を取る場合
本項では、「ヲ格」に「具体物」を表す名詞が出現する際に、「かける」の意味がどのよ うに解釈されるかを、3.3の辞書の記述と 3.4で見た多義語を分析する枠組みに基づきなが ら検討する。
3.5.1.1「かける1」の意味
本研究では先に見た『岩波』の意味記述のうち、第一義「1.ある所に支えとめる」の「① 物を動かして端(と見られる部分)を他の面や一点に(固定的に)とめる」を「かける」の基本 的意味「かける1」とする。この「かける1」の用例としては以下のものがある。
37 松本編(2003),p.169
38 松本編(2003),p.169
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3-1 紳士は帽子掛けに帽子をかける。(『日本語基本動詞用法辞典』39)
3-2 太郎は壁に絵をかける。(『大辞林』)
3-1は、動作主「紳士」が、対象物となる「帽子」を、目標物となる「帽子掛け」に接触、
留まらせ、そこにぶら下げる、という一連の動きを表し、3-2は、動作主「太郎」が対象物 である「絵」を移動させ、目標物となる「壁」に接触、留まらせ、そこからぶら下げる、
ことを表していることになる。
一方、「ニ格」に出現した「帽子掛け」「壁」において実際に「帽子」が「接触」するの は「帽子掛け」の一部分であり、「絵」が「接触」するのも「壁の表面に設置された釘のよ うな突起物」で、いずれもその「接触」は「点的」なものと言える。つまり、「ニ格」の無 生の名詞は先に見たメトニミーに基づく表現と解釈される。
さらに、「ヲ格」名詞として出現した名詞は、「ニ格」名詞との接触点を支点としながら、
そこから垂れ下がる対象でもあり、このとき、対象物の重さは目標物の一点に集中する。「ニ 格」の指示対象は「接触」される目標物として、具体物で、無生でもある。また、「ヲ格」
の対象物と「ニ格」の目標物の接触のし方に注目すると、放っておくと落ちてしまう「帽 子」「絵」を目標物である「帽子掛け」「壁」がそれを支えるという形で、落ちようとする下 向きの力とそれを阻止しようとする力が拮抗し、その結果、対象物がある程度の安定性を 確保しているということが分かる。しかし、この安定性は対象物と目標物との「部分的な 接触」によるものなので非常に不安定なものである。
以上の「かける」の意味は、次のような「かける1」としてまとめられ、図3-2のように 図示される。
「かける 1」の意味:<動作主が> <対象物を> <目標物に> <接触させて> <対 象物の重さを> <目標物の一点に> <預けることによって> <目標物(支点となる モノ)に> <留めて> <そこから> <ぶら下げる>
目標 動作主
対象物
図3-2
39 本章の例は『日本語基本動詞用法辞典』、『大辞林』に記載されたものおよび筆者の作例から なっている。また、辞書に載っている例に主語がない場合には主語を補足して記載する。なお、
以下では、『日本語基本動詞用法辞典』は『日』、『大辞林』は『大』と略記する。
く ぎ 釘
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図3-2では、プロファイルされた要素は実線の太線で、プロファイルされていない要素は 実線の細線で、文中で背景化される要素は破線で示す。以下、「かける」についての認知図 式にはこれと同じ表示方法を利用する。
3-1、3-2 と同様に解釈される「かける」の用例としては3-3、3-4、また、「ニ格」が明示
されない用例としては 3-5、3-6 がある。3-5、3-6 のように、目標物を示す「ニ格」名詞が 明示されない場合は、接触点が背景化され、接触されたモノが前面化されたと解釈される。
3-3 花子が肩にショルダーをかける。(筆者作例)
3-4 太郎がフックにコートをかける。(同上)
3-5 太郎がめがねをかける。(『大』)
3-6 店は新しい看板をかける。(『日』)
以上、「かける1」の意味特徴およびその代表的な用例を見た。次に、「ヲ格」に「具体物」
が出現する「かける」のほかの用法を見る。
3.5.1.2「かける2」の意味
本項では、「かける1」の意味とは別に、先に見た『岩波』の意味記述のうちの第三義「3.
一方から他方にさし渡す」の「①一方から他方にさし渡す。物の間やまわりにさし渡す。(両 端を支えとし)またぐように渡す。」を「かける」の基本的意味「かける2」とし、この「か ける2」の意味特徴と用法を見る。「かける2」の用例としては以下のものがある。
3-7 作業員たちが山と山の間に電線をかける。(『日』)
3-8 川に橋をかける。(『大辞林』)
3-7 の「かける」は「ヲ格」の示す対象物である「電線」が、「ニ格」の示す目標物であ る谷間の一端にある山からもう一端にある山をまたぐ形で固定されることを表す。3-8の「か ける」も同じく、対象物の「橋」が、目標物の「川」の一端からもう一端にまたぐような 形で固定されることを表している。このとき、「ニ格」名詞-「山と山の間」「川」-と「ヲ 格」名詞-「電線」「橋」-の「接触」の仕方は部分的であると同時に、接触点は「ニ格」
名詞の指示対象に想定される二点である。
また、この「かける2」には、以下の3-9から3-11が示すように、「ヲ格」の対象物の一 端は「ニ格」が示すものの一端、また、もう一端は文には明示されていない他のものの一