第 5 章 語彙的複合動詞「 v かける」の再分析 ― 語彙概念構造の観点から ―
6.2 統語的複合動詞「V かける」に関する先行研究およびその問題点
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第 6 章
統語的複合動詞「V かける」の意味特徴
-文末言い切り形式の「Vカケタ」の意味を中心にして-
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次的アスペクトと呼んだ。寺村(1984:176)では、統語的な「V かける」を時間的相としな がら、その意味について、「事象の開始を表すが、はじまってまもなくそれが中止された場 合に使われる例がほとんどである」と述べている。
佐久間(1966)と寺村(1984)は、統語的複合動詞「V かける」の位置づけをはっきりさせた 点で評価される。しかし、「Vかける」の意味特徴については、次の二つの問題点があるよ うに思われる。まず、両者とも「Vかける」の意味特徴と前項動詞との関係について言及し ていない点である。つまり、前項動詞の意味特徴が「Vかける」の意味解釈に与える影響、
前項動詞の種類によって「Vかける」の意味するところがどのように変わってくるかなどに ついて、何も言及されていないのである。しかし、第 2 章の先行研究で見たように、統語 的複合動詞「Vかける」の前項動詞のタイプと「Vかける」全体の意味特徴の関係に注目し た研究がないわけではない。
金田一(1976)は、統語的複合動詞の「Vかける」の前項動詞と「Vかける」の意味特徴と
の関係について詳しく論じたものである。金田一(1976:51-52)はアスペクト的用法の「Vか ける」を、「動作が始まって、途中まで行われたこと」を示す「始動態」と「動作・作用が 実現する寸前に達した」ことを示す「将現態」に分け、前項動詞が瞬間動詞の時の「Vかけ る」は「将現態」、前項動詞が継続動詞の時の「Vかける」は「始動態」を表すとしている。
しかし一方で、同書(ibid.:52)は、「読みかける」のような「継続動詞+かける」では、「本を まさに読もうとする」のような「将現態」と「本をすでに2,3ページを読みかけた」という
「始動態」の二つの意味解釈が可能であり、そのような場合の「読む」は継続動詞が臨時 に瞬間動詞として用いられたものであるとしている。
一方、姫野(1979)は、金田一が提示した「Vかける」の「始動態」、「将現態」という意味 解釈について、特に、その前項動詞が継続動詞の場合の観点から再検討したものである。
その結果、姫野(1979:53-54)は、「継続動詞+かける」は「むしろ、その動作の持続部分の 始まりに目をつけると始動態になり、前の状態からその動作に入るという変化の瞬間性が 強調されると将現態になる」、「ほとんどの「継続動詞+かける」は、本来的にこの二つの 態をあわせもっている」と結論づけると同時に、「-かける」が瞬間動詞に後接する場合は 基本的に「将現態」を表すが、そうでないケースもあることを指摘した。つまり、同論文 によれば、「いわゆる結果動詞85のあるものについては、必ずしも将現態のみと言い切れな い場合が出てくる。すなわち、変化の過程をもつものに『かかる』や『かける』がつくと、
その過程の初めの段階を示すことになる」(ibid.:53-54)ということである。一方、同じく姫 野氏が執筆した『日本語教育辞典』(1982:371)は、「始動」の意の「Vかける」が継続動詞 に付いた場合には、「始動してその途中」、あるいは、「始動寸前」の状態、また、瞬間動詞 に付いた場合には、「始動寸前」が表されるとしている。この「始動寸前」と「始動してそ の途中」という意味は金田一(1976)のいう「将現態」と「始動態」に相当するものと考えら れる。
85 姫野(1979)の結果動詞は金田一(1976)の「瞬間動詞」に相当する。
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金田一(1976)と姫野(1979)は、前項動詞の種類と「V かける」の意味特徴との相互関係に 注目している点で評価されるだろう。しかし、その前項動詞の分類がどちらも金田一(1950) の「継続動詞」、「瞬間動詞」という事態の時間の長さに基づくものとなっている点は問題 である。姫野(1979)も指摘するように、「継続」か「瞬間」か、という意味特徴による動詞 分類では必ずしも「Vかける」のアスペクト的用法はうまく規定できないからである。
また、金田一(1976)、姫野(1979)のいずれも、統語的な「V かける」は「将現態」と「始 動態」の二つの意味を表すとしているが、第2章でも触れたように、先行研究の中には、「V かける」が持つとする複数の意味特徴を、統一的な観点から捉えようとしたものもある。
まず、李(1992:80-81)は、上記の「始動態」、「将現態」という見方とは別に、「Vかける」
の意味を、「中断の予想を含みとして持っている<不完全な実現>」を示すか、「中断の予 想のない<不完全な実現>」を示すかという観点から考察した。つまり、主体の意志性と 関わっている「動作動詞」が「-かける」に前接する場合には、「中断の予想を含みとして 持っている<不完全な実現>」の意味、ものの変化を表す「変化動詞」が「Vかける」の前 項動詞として出現する場合には、「中断の予想のない<不完全な実現の状態>」の意味を表 すということになる。そして、李(1992:79,87)は、これまで<はじまり>を表す局面動詞と して扱われてきた「Vかける」を始動局面から区別して、不完全な実現を表す<不完全動詞
>としたのである。この点に関して、本研究は、取りあえず「Vかける」は始動局面動詞の 一つとした上で、それを同じく始動局面動詞とされる「Vはじめる」「Vだす」と比較対照 させながら、その意味特徴を記述し、考察していきたい。また、「Vかける」の意味解釈と その前項動詞との関係について、李(1992)のように、まず「Vかける」の意味特徴を規定し、
その意味特徴に基づき、「Vかける」の前項動詞の種類をまとめるというのではなく、本研 究では、逆に、予め「Vかける」に出現する前項動詞を分類しておき、当該の種類の動詞が
「-かける」に前接した場合の意味特徴を観察、その結果から、「Vかける」に出現する前 項動詞の種類とその意味解釈との関係をまとめていく。
李(1992)に続き、「V かける」の意味特徴を統一的な観点から捉えているものとしては、
朴(2000)がある。朴は「Vかける」の詳細な調査を行った上で、そのアスペクト的な意味を
「間近に迫った未来のことを記述する<将然相>」(ibid.:101)と定義した。すなわち、朴
(2000:101)によれば、<将然相>を表す局面動詞「V かける」の意味の本質は「限界達成
の(直)前」の局面を指し示すことにあり、従来「Vかける」に付与されてきた「将現」、「始 動」、「途中」といった意味は、前項動詞の意味特徴や構文的条件などによって派生する付 加的な意味ということになる。
朴(2000)のように、「Vかける」のアスペクト的な意味を統一的に捉えようとする立場は、
後で見るように、結果的には本研究の立場と近いものである。しかし、朴(2000:113-114) は、前項動詞が変化動詞を取るときの「Vかける」の意味特徴は必ずしも「中断・中止」に はならないとし、その証拠として、次の6-186を挙げている。朴(ibid.:114)によれば、この例
86 6-1は朴(2000:114)の例(185)である。
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の「Vかける」は、波線が示す文脈からすると、前項動詞「伸びる」が表す事態の「中断・
中止」ではなく、その達成限界へ向かう過程を表していると言う。
6-1 昨日、ここの通りにあるワンタン屋の焼跡では、裏庭の芭蕉が新芽を一尺五寸ぐらい も伸ばしていた。もとの茎は爆風で根元からぽっきり折れ、あとかたも無くなって、
新芽と云ってよいか筍と云ってよいか巻き込んだ茎が伸びかけていた。ところが、今 日は二尺の上も伸びている。一日に五寸以上伸びているその実状には、農家に生まれ て樹木を見られて来た僕も驚いた。 (黒雨)
確かに、朴が主張するように、6-1の「伸びかけていた」が示す事態は「伸びる」の中断 を表したものではない。しかし、だからと言って、6-1は、朴(ibid.:114)が述べるように、本 当に「Vかける」に付与された「中断・中止」の意味特徴に対する反例と言えるのであろう か。というのも、「伸びかけていた」の文末形式は継続相の「-テイタ」であり、「中断・
中止」を表すとされる「Vかける」に特有の完成相「スル/シタ」ではないからである。言 い換えるならば、これは、朴(2000)が「Vかける」の意味特徴を考えるにあたり、その文末 形式のテンス・アスペクトを考慮していないことを示すものである。しかしながら、いま だ「Vかける」の意味特徴とその文末形式のテンス・アスペクトの関係は明らかにされてい ないことを考慮するならば、朴(2000)の主張をそのまま批判するわけにはいかないだろう。
そこで、本研究は、統語的複合動詞「Vかける」の意味機能を探るにあたり、文末に出現す るテンス・アスペクトの違い、すなわち、「Vカケル」「Vカケタ」「Vカケテイル」「Vカケ テイタ」に注目しながら考察を進めていく。なお、本章では、その「タ形」、すなわち、「V カケタ」に焦点を当てて検討していくが、それは統語的複合動詞「Vかける」を扱った先行 研究の中で取り上げられるのが専らこの「タ形」であること、また、第7章において、寺
村(1984)において同じ「始動局面動詞」とされた「Vはじめる」「Vだす」と「Vかける」
を比較対照する際に、各形式の「タ形」を用いたことに因る。統語的複合動詞「Vかける」
の意味機能とそのすべてのテンス・アスペクト形式、つまり、「Vカケル」「Vカケタ」「V カケテイル」「Vカケテイタ」との関係については、改めて第8章で取り上げる。
以上、統語的複合動詞「Vかける」の先行研究を概観し、その問題点を指摘した。以下、
上で指摘された先行研究の問題点を解明するために本研究が用いた方法を示す。
まず、第一に、「Vかける」の意味特徴を把握するために、6.3において「Vかける」の実 態観察を行う。同観察の目的は、統語的複合動詞「Vかける」の前項動詞として出現する動 詞のタイプの傾向を知ることで、コーパスとしては『現代日本語書き言葉均衡コーパスモ ニター公開データ(2009年度) (「BCCWJ2009 モニター版」)』(国立国語研究所)とインター ネットWWWページを用いた。また、6.4では、6.3で実施された観察結果の考察を行うが、
統語的複合動詞「Vかける」の意味特徴と前項動詞の種類との関係について論じる。なお、
「-かける」に前接する前項動詞の分類にあたっては、「スル/シテイル」のアスペクト対立
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の有無、および、「主体動作」「主体変化」「客体変化」という概念に基づく工藤(1995)の動 詞分類を用いることにした。以上の観察およびその考察の結果を踏まえ、最終的には、統 語的複合動詞「Vかける」の本質的な意味機能が何であるかを明らかにしていきたい。