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自他対応となる動詞が前項動詞になる場合

第 5 章 語彙的複合動詞「 v かける」の再分析 ― 語彙概念構造の観点から ―

6.4 考察:統語的複合動詞「V カケタ」の意味特徴について

6.4.1.3 自他対応となる動詞が前項動詞になる場合

6.4.1.1と6.4.1.2では、「Vカケタ」の前項動詞が「(A・2)主体変化動詞」と「(A・1)主体 動作・客体変化動詞」を取る場合の「Vカケタ」の意味特徴を考察した。一方、工藤(1995) によれば、「(A・2)の③ものの無意志的な変化動詞」は「 (A・1)の①客体の状態変化・位置 変化をひきおこす動詞」とは自他対応をなしている。そこで、本項では、6.4.1.1 と 6.4.1.2 で考察した結果を踏まえながら、自他の対応関係にある動詞が「-カケタ」に前接する際 の状況について調べる。表 6-6102は、本研究が取り上げた自他の対応関係にある動詞 36 組 と、そのそれぞれが「-カケタ」に前接した頻度数を示したものである。

102 表 6-6は、自動詞が「-カケタ」に前接した「自+カケタ」の件数から、対応する他動詞が

「-カケタ」に前接した「他+カケタ」の件数を引いた数の差が高い順から並べたものである。

なお、表の単語の横にある数字は「自+カケタ」と「他+カケタ」の差のことを意味する。自動 詞を前項動詞とした「自+カケタ」の方が対応する「他+カケタ」より件数が多い場合は、当該 動詞の横に「+差の件数」、逆に、対応する「他+カケタ」より件数が少ない場合は、「-差の件 数」で表示している。他動詞を前項動詞する場合も同じ表記の仕方をしている。

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表6-6対応する自他動詞が「-カケタ」に前接した頻度数 自動詞 「自+カケタ」

の件数

「他+カケタ」

の件数

他動詞

倒れる 113 128 15 -113 倒す

外れる 60 77 17 -60 外す

消える 41 62 21 -41 消す

固まる 39 39 0 -39 固める

溶ける 38 39 1 -38 溶く

切れる 35 64 29 -35 切る

抜ける 30 35 5 -30 抜く

潰れる 26 55 29 -26 潰す

入る 22 42 20 -22 入れる 下がる 17 17 0 -17 下げる

取れる 13 22 9 -13 取る

曲がる 9 9 0 -9 曲げる 染まる 8 8 0 -8 染める 閉まる 7 9 2 -7 閉める 変わる 7 10 3 -7 変える 集まる 7 8 1 -7 集める

壊れる 7 94 87 -7 壊す

破れる 5 14 9 -5 破る

直る 4 4 0 -4 直す 広がる 4 4 0 -4 広げる 移る 2 3 1 -2 移す

割れる 2 11 9 -2 割る

隠れる 2 2 0 -2 隠す

揃う 2 3 1 -2 揃える

砕ける 1 2 1 -1 砕く

乾く 1 1 0 -1 乾かす 濡れる 1 1 0 -1 濡らす 留まる 1 1 0 -1 留める 温まる 0 0 0 0 温める

塞がる 0 0 0 0 塞ぐ

汚れる 0 0 0 0 汚す

混ざる 0 0 0 0 混ぜる

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散らかる 0 0 0 0 散らかす 冷える -1 0 1 1 冷やす 落ちる -13 101 114 13 落とす

崩れる -24 47 71 24 崩す

表6-6によれば、次のことが分かる。

まず、当該自他対応動詞の「-カケタ」に対する前接の可能性を見るならば、全36組の うち、「倒れる↔倒す」から「留まる↔留める」までの 28 組において、自動詞の方が「-

カケタ」に前接する頻度が高い。残りの8組のうち、「温まる↔温める」から「散らかる↔ 散らかす」は前項動詞として「-カケタ」に前接した例が今回の検索ではどちらも 0 であ り、自動詞であれ他動詞であれ、「-カケタ」に前接する可能性自体が極めて低いというこ とが分かる。そして、残りの3組、具体的には、「冷える↔冷やす」、「落ちる↔落とす」、「崩 れる↔崩す」のうち、「冷える↔冷やす」については、他動詞「冷やす」を前項動詞とした

「冷やしかけた」は1例、「冷えかけた」は0例であった。どちらも「-カケタ」に前接す る可能性は低いと言える。一方、「崩れる↔崩す」では、他動詞「崩す」の方が明らかに「-

カケタ」に前接する可能性が高かった。また、「落ちる↔落とす」については、自動詞の「落 ちる」、他動詞「落とす」のどちらとも「-カケタ」に前接しやすく、両者を合わせた頻度 数は全36組のもっとも高かったが、頻度数としては他動詞「落とす」の方が自動詞「落ち る」よりも若干高かった。

次に、表6-6の中で表6-3の「Vカケタ」に前接した上位60語の中に入っている自他動 詞のペア(「自+カケタ」「他+カケタ」の件数がどちらも 10 以上の組)を見てみると、「落 ちる↔落とす」「崩れる↔崩す」の組以外では、すべて対応する自動詞の方が「-カケタ」

に前接しやすかったことが分かる。ただ、「-カケタ」に前接する可能性のある自他の差に ついては組ごとに異なり、「壊れる↔壊す」の組のように、両者が拮抗しているものもあれ ば、「外れる↔外す」「切れる↔切る」などの組のように、自動詞の方が明らかに前接しや すいもの、また、「崩れる↔崩す」のように他動詞の方が前接しやすいものまで様々である。

ただし、「崩れる↔崩す」の他動詞が「-カケタ」に前接した例に関しては、その多くが「バ ランス/体調を崩しかけた」という定型表現であった点を考慮すべきである。同様のことは

「落ちる↔落とす」の組についてもあてはまる。というのも、「落とす」が「-カケタ」に 前接した例のほとんどは「命を落としかけた」という定型表現であったからである。

以上のことから、ものの無意志的変化を表す自動詞とそれに対応する他動詞に見られる

「-カケタ」に前接する可能性をまとめるならば、まず、当該自動詞の方が対応する他動 詞よりも「-カケタ」に前接しやすいと結論づけることができる。このことは、「Vカケタ」

が当該事態の「中断」を表すということとうまく合致する。なぜなら、「ものの無意志的主 体変化」に対応する他動詞は「主体動作・客体変化動詞」であり、それは常に主体の意図 を含意するものだからである。換言すれば、「Vカケタ」が「主体動作・客体変化動詞」と

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結びつきにくいのは、主体が当該事態の「中断」を意図しながらその行為を行うこと自体、

世間知的に理解しがたいものだからなのであろう。実際、本研究のWEB検索によれば、主 体の意図を表す「わざと」と「Vカケタ」(「Vかけました」)が共起した例は極めてまれで あった。このことからも、「Vカケタ」は主体の意図性とは関係のない、客観的状況の「中 断」を表す表現と言うことができる。

6.4.1.4「内的限界動詞+カケタ」の意味特徴のまとめ

6.4.1では、6.3の観察結果で「Vカケタ」の前項動詞として出現することが多いことが判明

した工藤(1995)の「内的限界動詞」と「Vカケタ」の意味特徴を考察した。その結果は、以 下のようにまとめられる。

工藤(1995)の言う「内的限界動詞」とは、先にも見たように、「<そこに至れば運動が必

然的に尽きるべき目標としての内的時間的限界>(ibid.:72)」を有した動詞のことであり、同

じ工藤(1995)が提示した動詞分類の中では、「(A・2)主体変化動詞」と「(A・1)主体動作・客

体変化動詞」がそれに相当する。そこで、本節では、これら2種類の動詞グループのそれぞ れが「-カケタ」に前接した場合、「Vカケタ」全体がどのような意味になるかを、特に、

前項動詞の表す事態の開始点と終結点のあり方という観点から検討した。

まず、工藤(1995)の「内的限界動詞」が「-カケタ」に前接すると、「Vカケタ」全体は当 該事態が「中断」されたことを意味することになることが明らかになった。ただし、当該 事態の「中断」には、当該事態の開始そのものが「中断」される場合の「将現態」と当該 事態は開始されたもののその終結までには至らなかったという意味での「中断」、すなわち、

「始動態」の2種類がある。この2種類の「中断」にもっとも関与していたのは、前項動詞 の開始点と終結点が重複しているか否かであった。つまり、「死ぬ」のように、事態の開始 点と終結点の間に時間的差がなく、両者が重複しているような動詞が「-カケタ」に前接 した場合の「Vカケタ」は、当該事態の開始自体が「中断」されたことを表す「将現態」に なるが、逆に、「潰す」のように、事態の開始点と終結点の間に時間的差が認められる動詞 が「-カケタ」に前接した場合の「Vカケタ」は、当該事態の終結の「中断」を表す「始動 態」、あるいは、当該事態の開始自体が「中断」されたことを表す「将現態」になるという ことである。このことを各動詞グループの代表的動詞が「-カケタ」に前接した場合を例 にしながら示すと、次の表6-7103のようになる。

103 表6-7は、当該の動詞が「-カケタ」に前接した際、「Vカケタ」が「将現態」「始動態」の 意味を表示するか否かを示したものである。「✔」は当該の意味を表示することを、「-」は当該 の意味を表示しないことを、「△」は特殊の文脈により当該意味を示すことがあるということを 表す。以下同様。

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表6-7「内的限界動詞」と「Vカケタ」の意味解釈の相互関係 前項動詞の種類 前項動詞V Vカケタ 「Vカケタ」の意味特徴

将現態 始動態

ものの主体 変化動詞

a.落ちる 落ちかけた ✔ ― b.枯れる 枯れかけた ― ✔

人の主体 変化動詞

a.入る 入りかけた ✔ ―

b.行く 行きかけた △ ✔

c.立つ 立ちかけた ✔ ―

d.結婚する 結婚しかけた ✔ ―

主 体 動 作 客 体変化動詞

a.落とす 落としかけた ✔ △ b.入れる 入れかけた ✔ △

c.切る 切りかけた ✔ ✔

d.潰す 潰しかけた ✔ ✔

e.外す 外しかけた ✔ ✔

f.出す 出しかけた ✔ ✔

g.作る 作りかけた △ ✔ h.買う 買いかけた ✔ ―

上記の表6-7からは、以下のことが分かる。

工藤(1995)の「(A・2)主体変化動詞」が「-カケタ」に前接する場合、「Vカケタ」の解

釈は「将現態」になる傾向がある。それは、「主体変化動詞」が開始点と終結点の重複した 事態を表すからである。しかしながら、「主体変化動詞」の「Vカケタ」の中にも「始動態」

を表すものがあることには注目すべきである。例えば、「ものの主体変化動詞」である「枯 れる」が「-カケタ」に前接した「枯れかけた」は「始動態」になる。それは、「枯れる」

の表す変化が瞬間的なものではなく、対象の一部分から始まり、最終的には対象全体に至 るという意味において、漸次的なものであること、また、「枯れる」が表わす事態はその開 始前の状況が認知されにくいことに因る。一方、人の移動を表す「行く」が「-カケタ」

に前接した場合にも、「始動態」を表すことがある。このように移動を表す動詞が「-カケ タ」に前接し「始動態」を表す場合は、対象の位置変化というより、むしろ、対象の移動 という動作自体に焦点があたっている。

一方、工藤(1995)の「(A・1)主体動作・客体変化動詞」が「-カケタ」に前接する場合の

「Vカケタ」の解釈は「将現態」と「始動態」の両方が可能である。これは、この「主体動 作・客体変化動詞」の定義自体から予想のつくものである。なぜなら、「主体動作・客体変 化動詞」とは、主体が何らかの動作を客体に加え(あるいは、何らかの動作を行い)、客体に 何らかの変化を及ぼす(あるいは、客体自体を創造する)ことを表すもので、主体が動作を開