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まとめ:「かける」の多義性

第 3 章 本動詞としての「かける」の意味用法 ― 認知意味論的な観点からの分析 ―

3.4 分析の枠組み

3.5.3 まとめ:「かける」の多義性

以上、「ヲ格」名詞が「具体物」あるいは「抽象物」を取ることによって、「かける」の 意味特徴がどのように変化するかを見てきた。ここでは、これまで検討してきた「かける」

の様々な意味を確認すると同時に、それらの意味の間にある関係をまとめる。

「ヲ格」の指示対象が「具体物」を示す時、「かける」の基本的意味は以下の三種類にま とめられる。

①「かける 1」:動作主が対象物を目標物に接触させて対象物の重さを目標物の一点に預 けることによって目標物(支点となるモノ)に留め、その対象物をそこからぶら下げる、

という意味を表す。このとき、「ニ格」名詞は、通常、目標物の一端と見られる部分と なる。つまり、部分的な「接触」ということである。

②「かける2」:動作主が対象物を目標物に接触させて対象物の重さを目標物(の両端)にま たぐような形で預けることによって固定させる、という意味を表す。「ニ格」の指示対 象を構成する接触点は両端二点からなり、その「接触」は部分的なものである。

③「かける 3」:動作主が対象物を目標物にそれを覆うような形で接触させる、という意 味を表す。「かける 3」では、その「接触」は「かける 1」「かける 2」とは異なり、目 標物が常に、対象物の下に位置しており、「接触」は面的となる。

以上のことを「かける」の格体制という観点から見るならば、次のようになる。

「かける」の「Aは(が)BにCをかける」という格体制において、Aが「有生(ヒト)」、B が「目標物(モノ)」、Cが「具体物(モノ)」のとき、「かける」は、AがCに働きかけ、Cの 一部がBに接触、あるいは、C全体がBに接触し、Bに支えられた状態になる、という一 連の作用を示すことになる。そして、この作用の結果、「ヲ格」の指示対象Cと「ニ格」の 目標物Bとの間には、CがBに接触した形でBに支えられるという空間的な位置関係が示 されることになる。本研究は、「かける」が表す「CがBに接触した形でBに支えられた空 間的な位置関係」のことをその基本的意味「かける 1」「かける2」「かける3」に共通の意 味「かけるⅠ」とする。

一方、「ヲ格」名詞が「抽象物」に変わると、「かける」の意味特徴は基本的用法から比

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喩的用法に拡張されたものとなる。具体的には、①「ヲ格」名詞が精神的・心理的負担を 示す名詞を取ると、「かける」はその意味を、対象物が目標物に接触し、対象物の重さを預 けるという「かける1」の意味から、心理的・社会的重さを目標物に対して及ぼす、という 意味へ拡張する。このとき、「ニ格」の指示対象は、当然、「人」に限られる。②「ヲ格」

名詞が言語活動を示す名詞を取ると、「かける」は対象物を目標物の一端からもう一端にま たぐような形で接触するという「かける 2」の意味から、「ニ格」の指示対象となる目標の 人に「言語」そのものが届き、それが当該人物に作用するという意味へ変化する。③「ヲ 格」名詞が「時間、お金」を取るときには、「かける」は「ニ格」が示す指示対象に対して

「使う、費やす」という意味になる。

以上のことを「かける」の格体制から見るならば、「Aは(が)BにCをかける」において、

A が「有生(ヒト)」、Bが「経験者(ヒト)/出来事(コト)」、Cが「出来事(コト)」を取るとき、

「かける」は、Aが出来事名詞Cの備える作用をBに加えるということを表す、とまとめ ることができる。すなわち、「ニ格」の指示対象 Bが「ヲ格」が示す「出来事(コト)」の作 用を受けるということである。本研究は、比喩的用法の「かける」が示す「Cが示す作用を Bに加える」という意味を「かけるⅡ」とする。

以上、「ヲ格」名詞が具体物から抽象物へと変わるにつれて、「かける」の意味特徴も基 本的用法から比喩的用法へ拡張していくことを見た。この基本的用法から比喩的用法への 拡張過程は「かける」の多義性と深く関わっている。つまり、「ヲ格」名詞が「具体物」を 取る時の「かける」の意味は基本的であり、それを先に見たラネカーの多義語のネットワ ークに当てはめれば、図3-1のスキーマ関係の[A]に相当する。一方、「ヲ格」名詞が「抽象 物」を取る際の「かける」の意味はその基本的意味から拡張されたものとなり、ラネカー のネットワークに当てはめれば、図3-1の拡張関係の [B]となる。この「ヲ格」名詞が具体 物から抽象物へと変わる際に見られる「かける」の意味の拡張は、「ニ格」名詞の解釈にも 影響を与える。例えば、「かける」の拡張用法としての「かける1-1」(例:ドアに鍵をかけ る)、「かける 3-1」(例:砂をふるいにかける)は「ニ格」名詞として「具体物」を取ってい たが、「かける 1-1」における「ヲ格」名詞はその指示対象が内在的に持つ機能に言及する ものであり、「かける 3-1」における「ヲ格」名詞は「ニ格」名詞の指示対象が持つ内在的 機能・作用を受ける対象を示していたからである。

以上のことをまとめるならば、表3-2のようになる。

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表3-2「かけるⅠ」と「かけるⅡ」の比較対照

格体制 格の意味特徴・

意味役割

「かける」

の意味

か け る

Aは(が)BにCをかける

A: 具体的(人) 動作主 B: 具体的(モノ)

目標(着点) C: 具体的(モノ)

対象

AがBにCを接触さ せ、Cを空間的にB に 支 え ら れ た 位 置 関係に置く

か け る

Aは(が)BにCをかける

A: 具体的(人) 影響者

B: 具体的(人)/抽象的(コト) 被影響者/目標(出来事) C: 抽象的(コト)

対象

AがBにCの示す作 用を加える

このように、本研究では、「かける」の格体制、特に、「ヲ格」に出現する名詞の違いに よって、「かける」の様々な意味用法を認知意味論的な観点から整理した。その結果、本研 究の本動詞「かける」の意味記述は、以下に示すような点において、先行研究と異なった ものとなっている。

まず、本研究は、「かける」の意味特徴とその格体制との関係に注目した点において、先 行研究の中でも、特に、成田(1978)、蔦原(1984)と共通している。しかし、本研究は、「かけ る」の意味をその「ヲ格」名詞の指示対象の性質の違いによって二分した点、すなわち、「ヲ 格」名詞が「具体物」を指す場合の「かける」の意味をその「基本的用法」、「ヲ格」名詞 が「抽象物」を指す場合の「かける」の意味をその「拡張的用法」とし、この「ヲ格」名 詞の違いが「ニ格」名詞の特徴にも関係してくることを明示した点において異なっている。

さらに、本研究が成田(1978)、蔦原(1984)と最も異なる点は、上述の「かける」の意味の「基 本的用法」と「拡張的用法」の間にはラネカー(1987, 1988)の言うメタファーによる「拡張 関係」があると指摘した点である。言い換えれば、本研究は「かける」の多義性を認知意 味論的な観点から整理し直したということになる。

しかしながら、「かける」の多義性を認知意味論的な観点から検討した研究は本研究だけ ではない。先に見たように、そのような立場からの研究としては、すでに鍋島(1997)、廣瀬 (2004)があった。ここで鍋島(1997)、廣瀬(2004)と本研究の違いを示すならば、以下のよう になる。

まず、本研究は、本動詞「かける」の意味的および統語的観点からの網羅的な記述を目 指したという点において、鍋島(1997)、廣瀬(2004)とは異なっている。例えば、廣瀬(2004)

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は、「かける」の基本的意味を論じるにあたり、「のせる」「さげる」「かぶせる」という 3 種類の類義語に対応する別義を予め設定していたが、本研究は辞書に記載された「かける」

の意味を基に、その意味をできる限り漏らさず拾い上げ、その基本的意味のみならずその 拡張的意味までを視野に入れながら、「かける」の多義的意味間に見られる関係を、先述し たように、「ヲ格」名詞の性質の違いを基に明らかにした。

また、本研究は「かける」の諸意味間の階層性を明示的に示したという点でも先行研究 とは異なっている。例えば、鍋島(1997)は、「絵をかける」における「かける」の意味を本 動詞「かける」の意味「1」とし、「言葉をかける」における「かける」の意味を本動詞「か ける」の意味「4」、また、「負担をかける」における「かける」の意味を本動詞「かける」

の意味「6」と表記していたが、そのように「かける」の意味に付与された数字と本動詞「か ける」の基本的意味、また、その拡張的意味の関係は明らかにされていなかった。それに 対し、本研究では、上述したように、まず、「ヲ格」に出現する名詞が「具体物」の場合の

「かける」の意味をその基本的用法「かける 1」「かける 2」「かける 3」と表記した上で、

「ヲ格」名詞が「抽象物」を表す場合の「かける」の意味を、認知意味論的な観点から、

基本的用法の拡張的用法と見なし、それぞれ「かける1’」「かける2’」と表記した。すなわ ち、本研究では、「1」「2」「3」は「ヲ格」に「具体物」が出現する際の本動詞「かける」

の意味の「基本的用法」、「1’」「2’」は「ヲ格」に「抽象物」が出現する際の本動詞「かけ る」の意味の「拡張的用法」を意味する。さらに、「ヲ格」名詞は「具体物」を指すが、そ の意味が本動詞「かける」の基本的用法とは異なっている「かける」も、本動詞「かける」

の基本的用法の拡張したものと見なし、「かける 1-1」「かける 2-1」のように表記した。こ のとき、例えば、「かける1-1」は、当該用法が「かける1」からの拡張であることを示す。

このように、本研究は本動詞「かける」の多義的意味をその基本的用法から拡張的用法へ の拡張のあり方が明示されるような形で提示したという点で、先行研究とは一線を画して いると言える。

以上、「かける」の多義性およびその意味間の関係についてまとめた。次に、「かける」

の多義間の関係を反映するネットワーク・モデルについて検討する。

3.6「かける」のネットワーク・モデル

3.5 では、多義語「かける」の意味特徴を、「ヲ格」に出現する名詞が「具体物」か「抽 象物」かによって考察した上で、諸意味間の相互関係についてまとめた。本節では、「かけ る」の各意味が全体的にどのように関連付けられるか、また、その間にはどのようなネッ トワークが形成されるかについて考察する。以下では、まず、「かける」のネットワーク・

モデルを検討する際に本研究が依拠する「家族類似性」、「スーパースキーマ」といった概 念を説明し、その後、それらの概念を用いながら、「かける」の諸意味間の相互関係を明示 するネットワーク・モデルを提案する。