第 4 章 複合動詞「動詞連用形 + かける」の意味特徴とその統語構造-本動詞「かける」と
4.5 複合動詞「動詞連用形+かける」の意味用法
4.5.2 複合動詞後項としての「-かける」の意味用法
4.5.2.3 複合動詞「動詞連用形+かける」と本動詞「かける」との関係から見た複合動詞後項
91
4-43 a.太郎はレポートを書いたが、途中で止めてしまった。(筆者作例)
b. *太郎はレポートをかけたが、途中で止めてしまった。(同上)
以上のことから、「Vかける」における本動詞「かける1」の「拡張」とは、本動詞「か
ける1」の抽象レベルでの概念的拡張、すなわち、本動詞「かける1」の意味特徴、当該対
象物と目標物の「接触」のあり方が非常に「不安定」であることのみを引き継いだものと 言うことができる。
92
4-44から4-46の「指向」の「vかける」は本動詞「かける」の格体制「Aは(が)BにCを かける」とまったく同じである。4-47の格体制は、本動詞「かける」の格体制のうち、「ヲ 格」が欠けているように見えるが、その意味は「太郎が花子に言葉をかけた」ということ であり、その点からすれば、4-47 も本動詞「かける」の格体制を維持していると解釈する ことができる。4-48 については、C の「ヲ格」として、「大勢のファン」自身を想定する しかなく、いわゆる「再帰化」が起こっている。つまり、「大勢のファンが会場に自分自 身を詰めかけた」ということである。最後の「追いかける」は概念的には「太郎が目標と なる花子に向かって自分自身を移動させている」ということになり、本動詞の格体制とは うまく合致していない。以上をまとめるならば、本動詞「かける」の格体制という観点か ら見ると、4-49 の「追いかける」以外は何らかの形で本動詞「かける」の格体制が維持さ れていることが分かる。
一方、統語的複合動詞「Vかける」の格体制は、4.5.2.2.2で見たように、本動詞「かける」
の格体制からは完全に逸脱している。つまり、以下の例文が示すように、統語的複合動詞
「Vかける」は、語彙的複合動詞とは異なり、その格体制を決定するのは前項動詞であり、
本動詞「かける」の格体制は維持されない。
4-50(=4-41) 太郎は交通事故で、死にかけた。
4-51(=4-42) 太郎はレポートを書きかけたが、途中で止めてしまった。
以上、格体制という統語的な観点から、「vかける」「Vかける」は本動詞「かける」と 比較対照した。その結果、語彙的複合動詞「vかける」は基本的に本動詞「かける」の格体 制を維持しており、それに対し、統語的複合動詞「Vかける」は本動詞「かける」の格体制 から逸脱している。このことから、統語的複合動詞「Vかける」は語彙的複合動詞「vかけ る」より文法化が進んでいるということができる。
次に、語彙的複合動詞「vかける」、統語的複合動詞「Vかける」と本動詞「かける」と の意味的な関係について見ていく。
まず、姫野(1999)が「依拠接触」とした「立てかける、もたせかける」のようなグループ は、対象物が目標物の一端とそれ以外のものの一端という「二点」によって支えられてい るという点において、「作業員たちは山と山の間に電線をかける」に代表される本動詞「か ける2」の用法に対応する。したがって、本研究はこの「依拠接触」の「vかける」を本動 詞「かける2」の拡張用法「vかける1」とする。また、姫野(1999)が「志向接触」と呼ぶ「打 ちかける、投げかける」といった用法における対象物はある一端から別の一端へ移動する ため、当該二点によって支えられているわけではないが、その移動の描く軌跡は「vかける 1」と同じく本動詞「かける2」の用法に対応することから、本研究は、このグループを「v かける1-1」と見なすことにする。さらに、姫野(1999)が「志向移動」とした「押しかける、
93
詰めかける」のグループは、対象物と動作主が同一である点において他のグループとは異 なっているが、その対象物=動作主があるところから目標物へ向かって移動するという点 においては、上の「vかける1-1」と共通する。よって、本研究は「志向移動」のグループ
は「vかける1-1」の拡張用法「vかける1-1-1」と見なすことにする。
一方、姫野(1999)が「打ちかける、投げかける」と同じく「志向接触」のグループに入れ ている「覆いかける、振りかける」については、対象物と目標物との接触の仕方という観 点から別扱いにすべきだと考える。つまり、「打ちかける、投げかける」における対象物 と目標物の接触の仕方はそれぞれの一端が接触するという「点的」なものであるのに対し、
「覆いかける、振りかける」における対象物と目標物の接触の仕方は対象物が目標物の上 に位置するという「面的」なものである。本研究は、この「点的」接触と「面的」接触の 違いは無視できないものと考え、「覆いかける、振りかける」は「打ちかける、投げかけ る」とは別グループに入れる。そして、「覆いかける、振りかける」における対象物と目 標物の接触の仕方は、「太郎は車にシートをかける」に代表される本動詞「かける3」にお ける対象物と目標物の接触の仕方に類似することから、同グループは本動詞「かける3」か らの拡張と見なし、「vかける2」と記す。
最後に、姫野(1999)が「心理的志向」と呼ぶ「話しかける」のグループは、意味的に本動 詞の「言葉をかける」に類似していることから、本動詞「かける 2’」からの拡張として見 なし「vかける3」とする。
以上、語彙的複合動詞「vかける」の諸用法と本動詞「かける」の関係を見た。その結果、
語彙的複合動詞「vかける」は、基本的に、「ヲ格」の示す対象物が「ニ格」の目標物の両 端、あるいは、「ニ格」の目標物の一端とそれ以外のものの一端の二点に接触し、それら に支えられることを表す本動詞「かける2」の拡張用法と見なすことができることが分かっ た58。
それに対し、「始動」の意味を示す統語的複合動詞「Vかける」は、当該事態が開始し途 中で「中断」する、あるいは、当該事態の「未成立」に焦点を当てその「開始」そのもの が「中断」するということを示す表現である。この統語的複合動詞「Vかける」が示す当該 事態の「中断」は、本動詞の基本的意味「かける1」の「対象物の目標物に対する<不安定 (不完全)>な接触」ということと概念的に密接な関係を持ったものだと思われる。したがっ て、本研究は、統語的複合動詞「Vかける」は本動詞「かける1」の拡張と考える。
このように、これまで「指向」を表すとされてきた語彙的複合動詞の「vかける」は本動 詞「かける2」の拡張、同じく従来「始動」を表すとされてきた統語的複合動詞の「Vかけ る」は本動詞「かける1」の拡張と解釈されることになるが、同じ本動詞「かける」の拡張 と言っても、語彙的複合動詞「vかける」の本動詞「かける2」からの拡張のあり方と統語
58 しかし、「指向」の「vかける」の用法の中には、数は少ないものの、「太郎は車にシートを覆 いかける」のように、本動詞「かける 3」、また「太郎は花子に話しかける」のように、本動詞
「かける2 ’」から拡張される用法もある点は無視すべきでない。
94
的複合動詞「Vかける」の本動詞「かける1」からの拡張のあり方には違いがある。
先述したように、語彙的複合動詞「vかける」は、基本的に、本動詞「かける2」の格体 制を維持しているが、統語的複合動詞「Vかける」は本動詞「かける1」の格体制は全く維 持していないからである。この語彙的複合動詞「v かける」と統語的複合動詞「V かける」
との間に見られる本動詞「かける」の格体制の維持に関する相違は、それらの本動詞「か ける」からの拡張のあり方の違いを明示したものである。換言するならば、統語的複合動 詞「Vかける」の「拡張」は、本動詞「かける」のもっとも基本的な意味「かける1」の中 から抽象された意味特徴<不安定さ>のみを引き継いだものと言うことができるのである。
以上、複合動詞「動詞連用形+かける」、すなわち、語彙的複合動詞「v かける」および 統語的複合動詞「Vかける」をその意味特徴から本動詞の「かける」と比較対照した。その 結果は、両者における後項動詞「-かける」の文法化の度合として記述することができよ う。語彙的複合動詞「vかける」の後項動詞「-かける」には本動詞「かける」の意味特徴 がほとんど残っているが、統語的複合動詞「Vかける」の「-かける」には本動詞「かける」
の持つ「CがBに接触した形でBに支えられた空間的な位置関係」の「かけるⅠ」の意味 も「Cが示す作用をBに加える」の「かけるⅡ」の意味も消失し、そこに残っているのは、
本動詞「かける」が持つ基本的意味「かける 1」の「対象物の目標物に対する<不安定(不 完全)>な接触」の「<不安定(不完全)な接触」の概念的意味だけであった。このことか ら意味的な観点からも統語的複合動詞「Vかける」は語彙的複合動詞「vかける」よりも「文 法化」されていると言うことができる。