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観察結果Ⅰ:「V ハジメタ」

第 7 章 始動局面を表す「 V かける」と「 V はじめる」「 V だす」との比較対照 ― 文末の

7.3 観察Ⅰ:「V ハジメタ」

7.3.2 観察結果Ⅰ:「V ハジメタ」

本項では、7.3.1の方法で観察された結果を見ていく。以下では、まず、「Vハジメタ」に おいて出現した前項動詞の傾向、次に、「Vハジメタ」の前項動詞の種類とその意味特徴の 関係について論じる。

7.3.2.1Vハジメタ」の前項動詞の傾向

本項では、まずデータベースにおいて検索された「Vハジメタ」を基に、「Vハジメタ」

に出現する前項動詞の傾向を述べる。データベースで検索された「Vハジメタ」の前項動詞

を工藤(1995)の動詞分類に従ってまとめると、表7-1110になる。

表7-1「Vハジメタ」に出現した前項動詞の種類とその出現頻度

前項動詞の種類

A外的運動動詞 B内的情態動詞 C静態動詞

A・1 A・2 A・3 B・1 B・2 B・3 B・4 C 前接した件数

(全件の割合)

78(8.3%) 200(21.5%) 581(62.3%) 28(3.0%) 19(2.0%) 14(1.5%) 12(1.3%) 0

859(92.2%) 73(7.8%) 0(0%)

合計 932(100%)

表7-1は今回の調査で検索されたデータを、工藤(1995)の動詞分類にしたがってまとめた

110 「-ハジメタ」に前接した動詞の詳細は付録表7-1を参照されたい。

179 ものである。

表 7-1 によれば、今回検索されたデータから見ると、文末に出現した「V ハジメタ」計 932件のうち、「(A)外的運動動詞」が全体の92.2%を占め、「-ハジメタ」に前接した割合が 一番高く、「-ハジメタ」と結びつきやすいということが分かる。次に、「(B)内的情態動詞」

は、「-ハジメタ」に前接した件数は少ないが、全く出現しないわけではなかった。それに 対し、「(C)静態動詞」が「-ハジメタ」に前接した例は今回の調査では一例もなかった。

また、表 7-1 によれば、「(A)外的運動動詞」は、確かに、「-ハジメタ」に前接すること は多いが、その下位分類を見ると、「-ハジメタ」に前接する割合は一様でないことが分か る。「-ハジメタ」に前接した「(A)外的運動動詞」の総件数 859 件の中で、「(A・3)主体動 作動詞」の件数は581件で全件数の約2/3、62.3%を占めている。それに対し、「(A・2)主体 変化動詞」は全件数の21.5%、「(A・1)主体動作・客体変化動詞」は全件数の8.3%しか占め ていない。このことから「(A・3)主体動作動詞」は「(A・1)主体動作・客体変化動詞」、「(A・ 2)主体変化動詞」に比べて、特に、「-ハジメタ」に前接しやすいという傾向があることが 分かる。一方、「(B)内的情態動詞」が「-ハジメタ」に前接した件数を見ると、総件数 73 件のうち、前接した割合がもっとも高かったのは28件の「(B・1)思考動詞」で、「Vハジメ タ」全件数の3.0%、その次は、19件の「(B・2)感情動詞」、14件の「(B・3)知覚動詞」、12 件の「(B・4)感覚動詞」であった。このように、「(B)内的情態動詞」は全体的に「-ハジメ タ」に前接する割合は極めて低い。

以下では、上記の観察結果を踏まえ、「-ハジメタ」に前接した動詞の種類ごとに「Vハ ジメタ」の意味特徴を検討する。

7.3.2.2Vハジメタ」の意味特徴について

本項では、上で見た「Vハジメタ」の前項動詞の傾向を踏まえ、それらの前項動詞の種類 と「Vハジメタ」の意味特徴の関係を見る。以下では、「Vハジメタ」の前項動詞として出 現する割合の高かった動詞の種類順に、当該動詞が「Vハジメタ」の前項動詞として出現す る場合の「Vハジメタ」の意味特徴を検討していく。

7.3.2.2.1(A)外的運動動詞」が「Vハジメタ」の前項動詞になる場合

本項では、工藤(1995)において、「スル」と「シテイル」のアスペクト的な対立を持つと される「(A)外的運動動詞」が「-ハジメタ」の前項動詞となる場合の「Vハジメタ」の意 味特徴について検討していく。以下では、「(A)外的運動動詞」の下位分類のうち、「-ハジ メタ」に前接する割合の高い順に議論を進めていく。まず、「-ハジメタ」に前接する頻度 のもっとも高かった「(A・3)主体動作動詞」から見る。

「Vハジメタ」の前項動詞になった「(A・3)主体動作動詞」の下位分類とその出現頻度を まとめると表7-2になる。

180

表7-2「Vハジメタ」の前項動詞になった「(A・3)主体動作動詞」の下位分類とその出現頻度

前項動詞 の種類

(A3)主体動作動詞

人の動作 ものの動き

①主体動作・

客体動き

②主体動作・

客体接触

③人の認識・言 語・表現活動

④人の意志 的動作

⑤人の長期 的動作

⑥ものの非意志的 な動き

前接した件数 (全件の割合)

19(3.2%) 93(16.0%) 281(48.4%) 102(17.6%) 11(1.9%) 74(12.7%)

507(87.3%) 74(12.7%)

合計 581(100%)

表7-2によれば、「-ハジメタ」に前接した「 (A・3)主体動作動詞」は、まず、主体が「人」

か「もの」かによって分けることができる。すなわち、「-ハジメタ」に前接した「(A・3) 主体動作動詞」総581件のうち、主体が「人」のものは507件で全体の87.3%、一方、主体が

「もの」のものは74件で全体の12.7%であった。この結果から、「Vハジメタ」は「人」が主 体となる「(A・3)主体動作動詞」を前項動詞とする傾向が高いということが分かる。これは、

換言すれば、「-ハジメタ」が「動作主性」、「意志性」が強い動詞に後接しやすいというこ とを示すものである。

次に、主体が「人」の場合の「(A・3)主体動作動詞」が「Vハジメタ」の前項動詞として の傾向を見る。主体が「人」の場合の「(A・3)主体動作動詞」の総507件のうち、もっとも

「-ハジメタ」に前接する割合の高かったのは281件の「③人の認識活動・言語活動・表現 活動動詞」で、全体の半分近く48.4%を占めており、「-ハジメタ」に一番前接しやすい動 詞であった。その次は、102件で全体の17.6%を占めた「④人の意志的動作動詞」、93件で全 体の16.0%を占めた「②主体動作・客体接触動詞」であった。一方、主体が「もの」の「⑥ ものの非意志的な動き」を表す動詞が「-ハジメタ」に前接したのは、先にも述べたよう に、74件で全体の12.7%を占めるのみであった。

以下では、「(A・3)主体動作動詞」を主体が「人」と「もの」に分けた上で、その下位分 類が「-ハジメタ」に前接する割合の高い順に、「Vハジメタ」の意味特徴を検討していく。

主体が「人」である動作動詞のうち、「-ハジメタ」に前接しやすいのは、「③人の認識 活動・言語活動・表現活動動詞」、「④人の意志的動作動詞」、「②主体動作客体接触動詞」

である。まずこれらの動詞が「-ハジメタ」に前接した例を参照されたい。

7-1 「ぼく、どうしても許せなかったんだ」少年はとぎれとぎれに話しはじめた。有坂は 少年の話すままにまかせた。(魔性の季節)

7-2 私は女の後に付いて歩きはじめた。女は丸善の角を曲がって、東京駅の方へ歩いて行 く。私はどこ迄も付いて行って見ようと思った。(贋世捨人)

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7-3 四歳になる三男はごはんが気に入ったとみえる。カプサのとなりに座って食べはじめ た。ふだんは食が細い子なのによく食べた。(住んでみたサウジアラビア)

(A・3)の②③④の動詞は、人間の意志性を明示しやすく、その意志性はこれらの動詞が「-

ハジメタ」に前接しても消えることはない。また、後項動詞「-ハジメタ」は、前項動詞 の示す動作が開始されたことを示している。7-1の「話しはじめた」では、話すという動作 が始まり、波線をつけた「少年の話すままにまかせた」というコンテクストから、「話す」

という動作がしばらしく続いたことが分かる。7-2と7-3でも、波線部の文脈から後項動詞

「-ハジメタ」がただ前項動詞の示す動作が開始しただけではなく、当該動作が始まって からしばらく持続したことが分かる。

森田(1977:274)は「Vはじめる」の用法について、「自然現象、無意志行為、意志的行為、

いずれの例も見られる。『-始める/-終わる』(終えるも用いる)のコンビで、継続する作 用・動作の開始意識が強い」と述べている。この指摘は、上記の 7-1から 7-3で観察された

「Vハジメタ」の意味特徴と合致する。人の意志性が強い動作動詞が「-ハジメタ」に前接 すると、主体の意志性が示されると同時に、当該動作の開始の局面のみならず、動作が始 まってから持続することも含意されるという意味特徴は、以下の7-4、7-5、7-6からも確認 される。

7-4 少年は注意深く凧糸に結んだ金属の輪の紐を解いた。同時に少年と椅子は地面に向か って滑りはじめた。椅子はロープのたるみと、少年の軽いウエイトのために、ゆっく りと地上に到着した。(凧大百科)

7-5 彼は、蛍石そのほかのフッ素化合物をあれこれと試みはじめた。こうして彼はついに、

グリーンランドでとれる氷晶石にぶつかった。(大事業をおこした技術者列伝)

7-6 が、夫を食道破裂で亡くしたことが契機となって―そう、彼女の夫もアル中だった― 四十代半ばから飲みはじめた。アルコールは、まるで彼女が生まれたときからずっと そのときを待っていたかのようだった。(死者の長い列)

今回の調査では、上記7-1から7-6のように動作の開始だけではなく、開始後、当該動作 が持続するということを含意した「動作動詞+ハジメタ」の例が多く検索された。しかし、

だからといって、すべての主体が「人」である動作動詞が「-ハジメタ」に結びつくと、

動作の開始を取り立て、当該動作が続くことを表すわけではない。なぜなら、以下の 7-7、 7-8が示すように、動作の開始だけを表す例も少なくないからである。そのような場合、「V ハジメタ」は、当該事態の客観的な描写となることが多い。

182

7-7 残った三十人ばかりの人間は、バラバラに駅にむかって歩きはじめた。「男は弱いって、

よく書いておられますわね」…(帰路)

7-8 「清兵衛殿に話がしたい」小六の大声が向うに届いたのか、鹿垣のうしろで男たちが あわただしく動きはじめた。「清兵衛殿と話がしたい」「清兵衛じゃ、何の用か」「麓に おりよ、話がある。屋敷に入れて…」(決戦の時)

7-7、7-8の「バラバラに」、「あわただしく」は、動作「歩く」、「動く」の様子を描写する様態 副詞句111である。その結果、これらの「Vハジメタ」には、当該事態を客観的に描写する話し手 (書き手)の視点が感じられる。次に、主体が「人」の場合の動作動詞ではあるが、「-ハジメタ」

に前接する機会の極めて少なかった「①主体動作・客体動き」、「⑤人の長期的動作」が「-ハジ メタ」の前項動詞になった例を見る。

7-9 読経が終わると、若者組の者たちは真言を口の中で呟きながら、青々とした樒の葉 を一枚ずつ、海に流しはじめた。もうすでに何千枚も海に流した後らしく、波打ち 際は樒の葉が緑の帯を成している。(桃色浄土)

7-10 桐は晴香を手放したがらず、晴香もまた祖母になついていることから、再婚夫婦は、

そのまま桐の家で暮らしはじめた。翌年、吉樹がうまれた。(男の始末)

「①主体動作・客体動き」と「⑤人の長期的動作」の動詞は、主体が「人」である他の 動作動詞と同様に、主体の意志性を伴うため、「-ハジメタ」に前接すると、主体の意志性 が明示されることになる。「Vハジメタ」の意味特徴を見ると、7-9、7-10が示すように、動 作が開始しただけではなく、当該動作が開始後、しばらく続いたことも分かる。特に、「⑤ 人の長期的動作動詞」は動作が一定の時間的幅を持つので、それが「-ハジメタ」に前接 すると、当該動作は開始後、持続したことが含意されることになる。

以上、意志性のある「人」が主体となる動作動詞が「-ハジメタ」に前接する際の「Vハ ジメタ」の意味特徴について検討した。この場合の「Vハジメタ」は、主体の意志性を明示 しながら、当該動作が開始されたことを表す。ただし、動作の始まりだけではなく、当該 動作が開始後、しばらく持続するということを含意する場合も多い。次に、「もの」の非意 志的な動きを表す動詞が「-ハジメタ」に前接する場合について見ていく。

「もの」の無意志的な動きを表す動詞が「-ハジメタ」に前接した例としては、次の7-11、 7-12が挙げられる。

111 仁田(2002)は、副詞を結果の副詞、様態の副詞、程度量の副詞、時間関係の四つに分け、そ

れぞれの機能や性質に関する記述・分析を試みたものである。その中で、「バラバラ」のような 動きを表す擬態語は様態副詞に分類されている。