18.03 USSDが発行した2008年の報告書には、以下のように指摘されている。
「数百種類の日刊紙や週刊誌が存在している…。国営の報道機関に加え、民 間の報道機関が2つ存在する。」
「国営のラジオ局とテレビ局が1局ずつ存在する。民間の衛星テレビ局が10 局あり、同じく民間の衛星ラジオ局が3局ある。外国を拠点にしたライセン ス取得済みの2つの衛星テレビ局が国内にニュースを配信している。通常、
ケーブル放送局は政府による干渉を受けることなく業務を行っている。しか し、ケーブル放送局は税金を支払っていないとの理由で、複数の国際的な放 送チャネルを削除するように強いられている…。24時間体制でニュースの放 送を行っているCSBは2007年9月に(適正なライセンスを取得していない との理由で)放送が禁止されたが、[2008]年末の時点でも依然として放送 が禁止されている。」
「政府は、外国の出版物と英語について検証および検閲を行った。政府が運 営する映画の検閲会議は、国内および外国の映画について検証し、当局に対 し、国家の保安、法律、および治安、宗教的な感情、猥褻、外交関係、名誉 毀損、または盗用に関連した理由で映画を検閲するか、禁止するように指示 した。ビデオやDVDのレンタル店には豊富な種類の映画が在庫として存在し ており、政府によるこれらのレンタル品に対する検閲行為は散発的であり、
効果を上げていない。」
「個人やグループがインターネットを経由して意見を平和的に表現すること は概ね可能であるが、地元の人権擁護団体はインターネットの通信内容への 政府による監視が継続的に行われていると指摘している。国境なき記者団
(Reporters Sans Frontières – RSF )は警察が記者の電子メールの内容を監 視していると主張している。さらに、統合部隊により拘束された記者と政界 の人物は、彼らの電子メールのログオンとパスワードを差し出すように強要 されたと伝えている。」
「政府は、学問の自由と文化的な行事について制約を課していない。しか し、政府当局はデリケートな問題を孕む宗教や政治に関する事項について研 究を行うことを控えるように呼びかけている。」[2a](第2節a)
18.04 2009年4月1日、NGO団体Odhikarは以下のように報告している。
「政府は先頃、バングラデシュ国民によるyoutube.comを含むいくつかのウ ェブサイトの閲覧に対し、厳格な検閲制度を適用した。バングラデシュ遠隔 通信規定委員会(Bangladesh Telecommunication Regulatory Commission) は、『国家の安全』を守るとの名目でいくつかのウェブサイトの閲覧を禁止 した。しかし、政府は『国家の安全』を守るとの名目で禁止されるべきコン テンツと情報の具体的な種類を公式には指定していない。」[46s]
ジャーナリスト(記者)の処遇
18.05 「2007 年の人権に関する懸念事項」と題する Odhikar の報告書は、2007 年 において負傷したジャーナリストは 35名以上、逮捕されたジャーナリストは 13 名以上、襲撃を受けたジャーナリストは 35 名、脅迫を受けたジャーナリ
ストは 83名にそれぞれ達していると伝えている。また同報告書によると、ジ ャーナリストに対して起こされた訴訟は13件に上っている。[46l] (p14)
18.06 「国境なき記者団」(Reporters Sans Frontières – RSF)が2008年2月8日 に発行した年次報告書には、以下のように記述されている。
「独立して活動する記者を標的にした軍による逮捕、虐待行為、および検閲 の発生件数は、物理的な攻撃と殺人予告による脅迫行為の発生件数を上回っ た…。政治的な武装勢力や犯罪者から物理的な攻撃を受けた記者、または殺 害予告による脅迫行為を受けた記者の数は大きく減少した。その一方で、記 者が逮捕される件数が著しく増え、2007年には約40件に達した。国内で実 権を握っていた軍は、独立して活動する記者の言論を抑圧する目的で報道の 自由に対する重大な違反を犯した…。複数の記者が、捜査を目的とした治安 部隊による拷問を受けた…。[2007年]8月に外出禁止令が発令された日の 晩に15名以上の記者が逮捕され、さらに30名の記者が首都に配置された警 察官と兵士による暴行を受けた…。イスラム聖戦士のグループは弱体化して いたものの、記者に対する脅迫行為を続けていた。2007年5月、イスラム過 激派のグループは国会(Jatiya)の記者クラブを襲撃するといって脅迫した。
2007年4月には、過激派はチッタゴンの日刊紙「Bhorer Kagoj」の記者を標 的にした殺人予告を含む手紙を送り付けた。」[9k]
18.07 第 10節で詳しく説明しているように、ジャーナリスト兼人権活動家であるタ
ンセーム・カリル(Tanseem Khalil)氏が 2007年 5月 11日未明に逮捕され た。ヒューマン・ライツ・ウォッチが2008年2月に発行した報告書の中で、
カリル氏は自身が行った活動を「反国家的である」として非難した軍諜報総 局(DGFI)の職員に拘束され、尋問を受けたと発言している。彼は目隠しを され、酷い暴行を受け、脅され、偽の供述書を書かされたと語っている。5 月 11日の夜にカリル氏は釈放された。[10f] また、同じくジャーナリストで、
ニュース専門チャンネルの CSBに所属し、ラジシャヒ県ジャーナリスト組合 の総書記を務めるジャハンギル・アラム・アカシュ(Jahangir Alam Akash)
氏は、2007 年 10 月に強要の存在について主張したとの理由で、緊急行動部 隊(RAB)のメンバーに逮捕されたとの報告があった。(Odhikar)[46l] (p14)
(ジャーナリスト保護委員会、2008年2月)[51b] 国境なき記者団は、アカシ ュ氏が陸軍キャンプに連行され、拷問を受けた上、2007年11月 19日に保釈 されたと伝えている。[9k] しかし、Odhikar が発行した 2007 年度人権報告書 によれば、「ジャーナリストを標的にした襲撃や逮捕の件数は、諜報機関に よる他の形態の脅迫行為の比ではない」という。ジャーナリストたちは、
DGFI を名乗る人物から日常的に電話を受け、彼らがある特定の話題について 報道した場合、または特定の写真を掲載した場合、「思いも寄らない結果」
を招くことになるとの脅迫を受けているのである。[46l] (p14)
18.08 ジャーナリスト保護委員会は、2009 年 3 月 23 日付の「殺されずに済んだ 2009年」と題する特別報告書の中で、以下のように記述している。
「当局は、2000年から2005年までに発生した少なくとも7件のジャーナリ ストの殺害事件を解決することができなかった。被害者は、主として犯罪、
汚職、および政情不安によるものであった。解決されなかった事案には、
2004年に起きた事件記者であるカマル・ホサイン氏の残忍な手口による殺人
事件がある。彼は自宅から連れ去れらてから数時間後に、頭部を切断された 遺体として発見された。地元メディアの弁護士は、バングラデシュ当局によ る調査の先延ばしと裁判の度重なる延期により、司法に対する信頼が揺らい でいると語っている。」[5d]
18.09 USSDが2008年に発行した報告書には、以下のように記述されている。
「[2008年、]治安維持に携わる当局者により攻撃され、逮捕され、襲撃さ れたジャーナリストの数は減少した…。ジャーナリスト、編集者、および報 道関係者によれば、報道機関に対する脅しや圧力は非常事態宣言が施行され ていた間に増したという…。ダッカの数多くの編集者とジャーナリストは、
尋問を受け、政府と軍にとって有利な証言をするためにDGFI[軍諜報総局]
の本部に呼び出されたと伝えている。」[2b](第2節a)
第7節:知る権利に関する法令を参照すること。
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