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21. 信教の自由

21.03 米国国務省が2009年2月25日に発行した「2008年の人権問題に関する報告 書」(USSDによる2008年の報告書)には、以下のように記述されている。

「憲法はイスラム教を国教として定め、法律、社会的秩序、および道徳に従 うことで各自が信仰したい宗教を信仰する権利を定めている。政府は、総じ てこの権利を尊重している。政府は宗教を基盤としていないが、いくつかの 政党は宗教を基盤としている。宗教的な少数派に対する差別は政府の側にも 一般社会の側にも存在しており、少数派に属する人々は政府機関、政党、お よび司法機関に就職する際に不利益を被っている。」[2b](第2c)

21.04 この報告書はさらに、「政府は様々な宗教に対し、礼拝所の設立、聖職者の

教育訓練、宗教的な目的の移動、および国外の宗教関係者との関係性の維持 を認めている」と記述している。政府は外国からの伝道者が国内で活動する ことを認めており、法律は国民が改宗することを許している。[2b](第2c)

21.05 「2008 年の信教の自由に関する報告書」には、「シャリア(イスラム法)は

公式には実践されておらず、非イスラム教徒に対して適用されていない。し かし、この法律はイスラム教社会で起きる民事上の問題に大きな影響力を与 えている…。婚姻、離婚、および養子縁組に関する家族法は、個人が信仰し ている宗教によって内容が若干異なる。各宗教は、独自の家族法を定めてい るのである…。信仰が異なる者同士の婚姻について法律上の制約は存在しな い」と記述されている。この報告書にはさらに、「公立の学校では宗教教育 が行われており、両親は自分の子どもに宗教教育を受けさせる権利を持つ。

しかし、政府により雇用された宗教教育の教師は、子どもたちに教える宗教 に実際には所属しておらず、そうした教育を行う資格も有していない」と記 述されている。[2p](第II節)2005 年 2 月 25 日付のBBC Newsの記事による と、政府に登録されているイスラム神学校の数は 8,000 に及ぶという。これ 以外にも「数万にも及ぶ」イスラム神学校が非公式に設立されており、これ らは政府の監督下にない。[20aw] 「2008 年の信教の自由に関する報告書」

は、「最近の」米国政府による調査結果について言及し、バングラデシュに

は「25,000」を超えるイスラム神学校が存在しているが、政府により設立さ

れたものと、民間で設立され運営されているものがあると指摘している。こ の報告書はさらに、「公立のヒンズー教系、仏教系、またはキリスト教系の 学校は存在していない」と記している。[2p](第II節)(第 26 節:子どもを取 り巻く環境:教育を参照すること。)

21.06 「2008 年の信教の自由に関する報告書」には、以下のように記述されてい

る。

「政府は異教徒間の相互理解を促進するための対策を講じている。例えば、

宗教的な祝日の前日に政府の指導部が声明を出し、平和を呼びかけると同時 に、平和を乱す者に対しては断固たる措置を講じるとの警告を発している。

治安の維持をさらに強化し、公式の声明を出すことで、政府はドゥルガー・

プジャ、クリスマス、復活祭など、キリスト教やヒンズー教の祝典の平和的 な遂行を後押ししている。」[2p](第II節)

21.07 「2008 年の信教の自由に関する報告書」には、「2001 年以降、政府は過激 派の標的になりやすい法律の執行官を宗教上の祭典やイベントに配置してい る」と記述されている。[2p](第III節)

21.08 ダ ッ カ を 拠 点 に す る 独 立 系 の 人 権 擁 護 団 体 Bangladesh Hindu Bouddha Christian Oikya Parishad(BHBCOP)は、2008年にバングラデシュで起きた 合計 369 件に上る暴力事件、および脅迫に関わるその他の犯罪行為を一覧で 示した報告書を発行した。これらの事件では、宗教的な少数派に属する人々 が被害者となり、彼らの宗教に関係する神聖な肖像画や資産が破壊され、損 傷を受けた。この報告書を読む限り、こうした事件のうち宗教的な動機によ るものがどの程度占めているのかは明らかではない。多くの場合、犯人は

「無信仰者」、「テロリスト」、または「原理主義者」であると思われる。

これらの事件の多くは、バングラデシュの報道機関を通じて報道されてい

る。[57a](これらのデータは、英国のバングラデシュ・ヒンズー教、仏教、

およびキリスト教統一協議会(Bangladesh Hindu Baudha Christian Unity Council(BHBCUC))の協力を得て提供された。)

21.09 「2008 年の信教の自由に関する報告書」には、以下のように記述されてい

る。

「宗教省は、イスラム教基金、ヒンズー教福祉信託、および仏教福祉信託と いう宗教的および文化的な活動を目的とした3つの基金を管理している。キ リスト教の共同体は、宗教的な事項に関する政府による介入を一貫して拒否 し続けている。ヒンズー教福祉信託は、2008年6月までに政府から総額145 万ドル(9,800万タカ)に上る資金を受けている。この資金の大半は、寺院を 拠点にした識字教育と宗教教育のプログラムに充てられている。この資金は また、寺院の修復、火葬に関する作業の改善、および貧困に苦しむヒンズー 教徒の家庭に医療サービスを提供することにも充てられた。政府の基金のう

ち約36,000ドル(250万タカ)は、毎年行われるドゥルガー・プジャの祭典

に充てられた。1980年代に設立された仏教福祉信託は、2008年6月30日ま でに政府から42,500ドル(300万タカ)に上る資金を受けている。仏教福祉 信託は僧院の修復、僧侶の教育プログラム、およびPurnimaと呼ばれる仏教 生誕祭を祝うために資金を充てている。資金の配分や割り当てられ方につい て、国民から批判の声は上がっていない。」[2p](第II節)

ファトワー

21.10 「2008 年の信教の自由に関する報告書」に述べられているように、「2001

年に、高等裁判所はファトワーとして知られるシャリア(イスラム法)に基 づくあらゆる法律的な判断は違法であるとの判断を下した。しかし、イスラ ム教の聖職者の団体が起こした上訴は係争中であり最終的な判断が下されて いないとの理由で、禁止措置は実行されていない。[2008 年]末の時点でこ の問題は未解決の状態に留まっている」という。[2p](第 ii節)USSD が 2008 年 9月に発行した「2007年の信教の自由に関する報告書」には、以下のよう に記述されている。

「高等裁判所には、ファトワーが違法であるとの判断を下すことで宗教的な 指導者により地元の住民に課されている司法管轄外の懲罰や規制を無効化さ

せる思惑があった。しかし、高等裁判所による禁止措置は、祭典の開催日や 婚姻や離婚の宗教的な有効性といった純粋に宗教的な事柄に対する裁定が含 まれていた。数週間後、イスラム教聖職者の団体が上訴を行ってから数週間 の後、上訴裁判所は訴えが係争中であるときにファトワーに対して禁止措置 を実行できないとして、高等裁判所の判断を保留とした。上訴についての審 理がいつ行われるのかは明らかになっていない。」[2m](第ii節)

21.11 「2008 年の信教の自由に関する報告書」は、イスラム教についての専門知識

を持つムフティー(Mufti)(宗教学者)のみが正当なファトワーを出すこと ができると指摘している。しかし実際には、村の宗教指導者が個々の事案に ついて裁定を下すことがあり、これがファトワーと呼ばれている。特に農村 部では、こうした裁定が、主に女性が犯した道徳上の罪に対する司法管轄外 の懲罰となることがある。[2p](第ii節)BBC Newsによる2001年 2月 13日 付の記事によると、こうした懲罰行為は名前の公表や公の辱めから身体の切 断に至るまで、様々な種類が存在する。[20g] USSD による 2008 年の報告書 には、(ファトワーを通して)宗教的な指導者が関与する場合もある女性に 対する自警行為が 2008 年に複数回発生していると記されている。[2b](第 4 節)

21.12 バリスターM. A. ムイド・カーン(Barrister M.A. Muid Khan)は2009年3月 20 日付の記事の中で、ファトワーに基づき懲罰が下された結果、身体的な苦 痛や耐え難い身体的損傷が引き起こされた場合、これは刑法に違反すること はもちろん、女性と子どもの抑圧に関する法律(特別条項)にも抵触するこ とになり、結果的に長期間にわたる懲役刑の適用対象になると指摘してい る。しかし、ファトワーを出した者がこうした法律規定に基づき有罪の判決 を受けたことはこれまでにない。(UNB)[39bi]

第25節:女性を取り巻く環境 - Vigilantism ヒンズー教徒

21.13 国内避難民監視センター(IDMC)は、同センターが 2006 年 3 月 28 日に発 行した「国内避難民の実態:その状況」において、様々な情報筋からの話と して以下のように記述している。

「[2001年]10月1日の総選挙の次の週に、バングラデシュでは政権を追 われたアワミ連盟の活動家を標的にした攻撃に加え、少数派であるヒンズー 教徒の共同体を標的にした組織的なテロ活動が全国規模で起きた…。2001年 10月8日までに少なくとも30人が死亡し、1,000人以上が負傷した。彼らの 家々は焼き払われ、荒らされ、多くの場合、略奪行為や女性に対するレイプ が行われ、寺院も破壊された…。多くのヒンズー教徒の家族は家を追われ、

『安全』であると思われる場所に避難した。Bangladesh Observerは、バリ サル県の少数派のコミュニティに住む1万人以上の人々が原理主義者の党で あるジャマアテ・イスラミ党の活動家による襲撃を受けて家を追われ、隣の ゴパルガンジュ県に避難した…。他にも多くの者がインドのトリプラ州と西 ベンガルに難民となって流れ出た。(HRF、2002年3月)…イスラム原理主 義者たちは、連続的な[原文のまま]テロ攻撃を開始し、この影響で少数派 の人々はこうした地域で悲惨な状況に追い込まれている。(HRCBM)」[45c]

(p19-20)