第 4 章 聴解学習ビリーフに関する調査概要
4.4 調査ツール
4.4.2 聴解学習ストラテジーに関する調査票の作成
言語学習ストラテジーの使用を測定するツールとして、Oxford(1990)のSILL(Strategy Inventory for Language Learning)に基づき作成される調査票が多くの研究で利用されて いる。本研究では、従来の研究とは異なり、聴解学習ストラテジーの使用状況を測定する ことではなく、様々な聴解学習ストラテジーについて学習者がどのようなビリーフを持っ
57 ているかを調査する。そこで、今回の聴解学習ストラテジーのビリーフ調査票は、Oxford
(1990)の言語学習ストラテジーの分類37に従い、「記憶ストラテジー」、「認知ストラテジ ー」、「メタ認知ストラテジー」、「補償ストラテジー」と「社会情意ストラテジー」38の5つ のカテゴリーに分け、計35項目とした。さらに、聴解学習ストラテジーの使用に関する研
究(尹2001b、2005)、横山(2008)等を参考にし、学習者の聴解学習ストラテジーに関す
るビリーフ調査票BALLIを考案した。調査票は「聴解学習」のBALLI調査票と同様に、
中国人日本語教師 2 名から助言を得た上で、中国版に翻訳された。この調査票は、学習者 の聴解学習ストラテジーに関するビリーフ調査であるため、各項目の回答方法については、
従来の「5.よくやる~1.ほとんどやらない」のような利用頻度の回答から、「5.非常に 役立つ」、「4.役立つ」、「3.どちらともいえない」、「2.あまり役立たない」、「1.全然役 立たない」のようなビリーフの回答に設定した。各カテゴリー及び質問番号は以下の通り である。
①記憶ストラテジー:4項目(1,2,3,4)
②認知ストラテジー:12項目(5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16)
③補償ストラテジー:4項目(17,18,19,20)
④メタ認知ストラテジー:8項目(21,22,23,24,25,26,27,28)
⑤社会情意ストラテジー:7項目(29,30,31,32,33,34,35)
各カテゴリーにおける項目の設定の詳細は以下の通りである。
カテゴリー1.記憶ストラテジー
Oxford(1990)を参考にした項目:4項目
1.文章のような長い内容を聴くとき、段落ごとにキーワードでまとめる。
2.日本語を聴きながら頭の中で内容のイメージを作る。
3.新しく聴いた言葉の音声を文字表記と結びつける。
4.新しい言葉や表現を繰返し聴く。
37 Oxford(1990)の言語学習ストラテジーの詳細は附録7を参照する。
38 Oxford(1990)が考案したストラテジーの分類では、情意ストラテジーと社会ストラテジー
が分けられているが、聴解学習ストラテジーに関する先行研究Vandergrift(1997)では、こ の2種類のストラテジーを「社会情意ストラテジー」の一つにした。本稿はVandergrift(1997)
の分類に参考し、調査票を考案した。
58 聴解学習における記憶ストラテジーとは、音声素材を学習者が蓄え、コミュニケーショ ンなどのようなアウトプットをする場合に、蓄えたことを想起させる働きを持つストラテ ジーである。このカテゴリーにおいて、連鎖(項目1)、イメージや音との結びつけ(項目2、
3)、繰り返し練習(項目4)による記憶するという聴解学習ストラテジーについては、Oxford
(1990)の分類を参考に作成した。
聴解学習における情報処理の過程では、記憶力が重要な役割を果たす。学習者は聴解学 習に対してどのような記憶方法が有効であると思われるかを調べることにより、聴解授業 における有効な記憶ストラテジーに関する指導の実施が可能となる。
カテゴリー2.認知ストラテジー
Oxford(1990)を参考にした項目:6項目
5.音声を聴きながらシャドーイング練習をする。
6.正しい発音を注意しながら聴く。
7.初めて聴いた音声をその漢字の形に変換する。
8.キーワードや重要だと思うところにメモしながら聴く。
9.聴いた内容を中国語に訳して理解する。
10.わからないことや気になることは聴いた後で全部調べる。
尹(2001b、2005)と横山(2008)を参考にした項目:5項目
11.聴いた内容が重要であるかどうかを判断して、聴き取れなかったところを聞き流す。
12.聴きながら内容のキーワードを探る。
13.全体の意味や流れに注意して聴く。
14.まず聞き流し、再び繰り返して聴く。
15.聴いた後、できるだけ多くの文法や語彙を覚える。
認知ストラテジーは多様性に富み、繰り返しや分析、要約に至るまで様々な手段が含ま れているため、聴解学習に必要、且つ不可欠な手段であり、学習者に最も頻繁に用いられ ているストラテジーとされている。音と文字システムの練習(項目5、6、7)、訳す(項目 9)、分析・推論(項目8、10)に関する聴解学習ストラテジー項目はOxford(1990)の分 類を参考に作成した。また、尹(2001b)が考案した聴解学習ストラテジー調査票の項目(項 目15)、及び尹(2005)で行った聴解学習ストラテジーの調査結果(項目11、12、13、16)、 及び横山(2008)における聴解学習ストラテジーの分類(項目14)、を参考に5 項目を設 定した。
59 中国人日本語学習者の聴解学習におけるメタ認知ストラテジーに関するビリーフの特徴 を見出すことにより、「聞き流し」や、「メモする」のような認知ストラテジーに対して受 け入れられるかどうかを判断し、今後の聴解授業で行われている教授法や教室活動に対す る参考になると考える。
カテゴリー3.補償ストラテジー Oxford(1990)を参考にした項目:2項目 17.聴きながらこれからの内容を予測する。
18.話し手のイントネーションやボイスなどの、音声の特徴を手掛かりに聴く。
尹(2001b)を参考にした項目:2項目
19.聴き取れないところは前後のつながりから推測する。
20.視覚的資料がある場合はそれを見ながら聴く。
補償ストラテジーは第二言語を理解したり、発話したりする際に足りない知識を補う目 的で使うものである。中でも、推測ストラテジーは聴解過程において、自分に与えられた インプットに対して既習知識を動員し、言語的または非言語的な手掛かりを使って意味を 推測する役割を果たしている。知的な推測に関する聴解学習ストラテジー項目はOxford
(1990)を参考に項目17、18を作成した。また、尹(2001b)を参考にし、文脈による推 測、視覚的材料の利用の項目19、20を加えた。
聴解は非常に能動的な過程であると言われるため、聴解過程において様々な手掛かりや 学習者自身の既有知識などを総動員することで、聴解の学習効果は上がれると考えられる。
この補償ストラテジーに関するビリーフの傾向から、杜(2009)で検証された新しい聴解 教授法としての「音声クローズ」という授業活動の導入の可能性が検討できる。
60 カテゴリー4.メタ認知ストラテジー
Oxford(1990)と尹(2001)を参考にした項目:6項目 21.既に持っている知識を関連づけて聴いて理解する。
22.自分の聴解力を高めるための目標を立てる。
23.計画を立て日本語の聴解に十分時間をあてる。
24.日本の映画やドラマ番組(ニュース)のビデオやDVDを見る/日本の歌やラジオを聴く。
25.日本人と会話する機会を多く見つけて、たくさんの日本人の友だちを作る。
28.学習者同士と日本語で会話する。
尹(2005)を参考にした項目:2項目
26.後続内容を聴いて、前に聴いた内容について修正する。
27.聴く途中で理解に問題が生じた部分を常に認識する。
聴解学習におけるメタ認知ストラテジーとは、認知作用を越え、或いは認知作用を伴っ て機能するものであり、学習者が自らの認知作用をコントロールする働きを持ち、全ての 聴解学習の過程で用いられているものである。本調査では、既有知識の活用(項目 21)、
順序立て・計画する(項目 22,23)、実践の機会の求め(項目 24,25、28)の聴解学習 ストラテジーに関する項目はOxford(1990)の分類と尹(2001b)の調査項目を参考に設 定した。また、尹(2005)では、中国人日本語学習者が利用している聴解学習ストラテジ ーを調査した結果、自己モニターや注意の問題の特定というメタ認知ストラテジーが観察 された。それらを参考に項目26、27を設定した。
中国人日本語学習者の聴解学習のメタ認知ストラテジーに関するビリーフの特徴を把握 することにより、学習者に聴解学習の目標を立たせるとか、聴解の授業で日本の番組やド ラマなどの「生」の素材を聴かせたり見せたりするような指導法や教室活動が考案できる。
カテゴリー5.社会情意ストラテジー
Oxford(1990)を参考にした項目:7項目
29.聴いた後、自分がどう感じているか他の人と話し合う。
30.上手く聞き取れた時、自分を褒める。
31.少し難しい内容を聴こうとする。
32.緊張しないようにリラックスする。
33.聴き取れないところやわからないことについて教師や学習同士に質問する。
34.間違えたことろを先生に訂正してもらう。または、学習者同士で訂正し合う。
35.日本語が堪能な人と協力して聴く。
61 本調査における社会情意ストラテジーは、学習者が聴解学習に与える感情・態度・動機 などの情意的な行動であり、また、他人を聴解学習に巻き込む行動である。これまでの聴 解学習ストラテジーに関する先行研究では、このカテゴリーに触れている研究が少ない。
しかし、社会情意ストラテジーの活用により、学習者の聴解能力を実際生活場面に応用で きると考えられる。筆者はOxford(1990)の分類である自分の不安の軽減、勇気づけ、感 情の把握、他人との協力等の項目を参考にし、聴解学習ストラテジーに関する 7 項目を設 定した。
尹(2005)は、教師に対するインタビュー調査により、中国人日本語学習者は聴解学習 に対して消極的な態度を持っており、中国の大学で行われている日本語の聴解授業は教師 主導型の授業が主であるという現状を指摘している。しかし、実際、学習者は聴解学習に 対してどのような感情的なビリーフを持っているのか、また、自分が参加できる超過授業 に対して本当に抵抗的なビリーフを持っているのかについての調査はなかった。このカテ ゴリーの傾向に基づき、中国人日本語学習者の聴解学習の社会情意ストラテジーに対して の考えや態度を把握することが可能と考える。