第 5 章 「聴解学習」に関するビリーフの特徴
5.2 カテゴリー別の「聴解学習」ビリーフの特徴
5.2.4 日本の言語、文化の背景知識の要素の重視
「聴解学習に影響する要素」に対する回答を11の項目に集計した(表5.4)。
表 5.4「聴解学習に影響する要素」の項目の平均を賛否比率
項目 M SD 賛成 中間 反対
39.日本語・日本文化に関する背景知識が聴解の効果に大きく関わる。 3.91 0.81 0.79 0.15 0.06
35.省略や同音異義語が聴解の効果に大きく関わる。 3.86 0.80 0.76 0.17 0.07
34.話し手側の性別や、話すときの態度及び文末表現などが聴解の効果に大きく関わる。 3.77 0.78 0.69 0.26 0.05
32.聴く内容に興味があれば、聴解の効果も高まる。 3.75 0.86 0.69 0.22 0.09
36.接続詞・副詞・助詞が聴解の効果に大きく関わる。 3.72 0.85 0.67 0.25 0.09
33.日本語と中国語の語順・拍などの相違が聴解の効果に大きく関わる。 3.63 0.83 0.61 0.30 0.09
29.語彙や文法の量は高ければ、聴解能力も高くなる。 3.61 0.87 0.59 0.30 0.11
31.集中する能力が高ければ、聴解能力も高くなる。 3.56 0.82 0.58 0.32 0.10
37.外来語が聴き取りにくい。 3.46 0.96 0.53 0.30 0.18
30.記憶能力が高ければ、聴解能力も高くなる。 3.31 0.89 0.41 0.43 0.16
38.中国語の聴解能力が高ければ、日本語の聴解能力も高い。 2.65 0.91 0.17 0.36 0.47
「聴解学習に影響する要素」について、肯定的な傾向が見られるものとして、「39.日本 語・日本文化に関する背景知識が聴解の効果に大きく関わる。(M=3,91)」、「35.省略や同 音異義語が聴解の効果に大きく関わる。(M=3,86)」の 2 項目が挙げられる。次に、「34.
話し手側の性別や、話すときの態度及び文末表現などが聴解の効果に大きく関わる。
(M=3.77)」、「32.聴く内容に興味があれば、聴解の効果も高まる。(M=3.75)」、「36.接 続詞・副詞・助詞が聴解の効果に大きく関わる。(M=3.72)」についても肯定的なビリーフ を持っている学習者は少なくない。一方、否定的なビリーフの傾向を示す項目としては、
母語の聴解能力との関連性に関する「38.中国語の聴解能力が高ければ、日本語の聴解能 力も高い。(M=2.65)」が挙げられる。
このカテゴリーにおいては強く肯定されるビリーフは得られなかったが、「背景知識」、
「日本語言語的特徴」及び「話し手の特徴」が聴解学習に影響する重要な要素であると思 っている学習者が多いことがわかった。近年の外国語教育における聴解に関する先行研究
69 の中では、聴き手が様々な知識、すなわち「背景知識」を有しているからこそ、聴いた情 報について予測したり推測したりすることが可能であると言われている。Underwood
(1989)は、聴き手の「背景知識」を活性化するために、聴解授業をデザインする際に「事 前活動」の時間を十分設けなければならないと主張している。しかし、尹(2002a)では、
中国4大学で行われている聴解授業は、いずれの場合もテープを聴かせる前に、「前作業」
を行わないのが特徴であると報告されている。
次に、本調査で、2番目に強い肯定的なビリーフ「日本語の言語的特徴」について、尹(1999)
は、聴解に影響する要因について大学生に対して調査を行い、その結果から「知らない単 語」、「慣用句」、「同音異義語」といった日本語言語的な特徴に関するものが上位 3 位であ ると報告しており、本調査と同じ傾向が見られた。
また、3 番目に高い肯定的なビリーフ「話し手の特徴」について、張(2010)は、イン ターネットの普及により、学習者にとって日本のニュースやドラマ(アニメ)等の様々な
「生」の素材を聴く機会が増え、様々な人が話す日本語を聴けるようになっていると述べ ている。この結果と合わせて見ても、聴解学習における「話し手の特徴」という要因が多 くの学習者に認識されるようになっていると考える。
今回の結果から、中国人日本語学習者は聴解学習において「背景知識」という要素の役 割が最も重要であると思っていることがわかった。しかし、教育現場では「背景知識」を 活かせる「前作業」が十分行われていないことから、学習者が持っているビリーフと適合 していない問題が考えられる。また、「日本語の言語的な特徴」は聴解学習に影響する最も 大きい要因ではないが、学習者にとって重要な要素であることが考えられる。そして、「話 し手の特徴」については、多くの学習者が聴解学習に影響する要因であると考えている。
それは、近年、学習者の聴解学習の素材が豊富になっているためであると考えられる。以 前であれば、学習者は聴解を学習する際に、聴解授業以外で日本語を聴く機会は少なく、
聴解授業で使われている音声テキストはほぼ録音室で収録された「読み上げ」の日本語で あったため、常に「話し手」は日本の標準的な日本語で話す人物に限られていた。しかし、
現在、学習者が接する聴解の素材は多様であり、「話し手」は年齢、性別、所属する地域等 により、話している日本語も全部標準語とは限らない。したがって、学習者も「話し手の 特徴」そのものについて気にするようになったと考えられる。
聴解に影響する要因について、尹(2002b)は、「どのような要因が、どのように外国語
70 の聴解に影響を及ぼすのかについては、まだ十分には明らかにされていない。」と述べてい る。しかし、表5.4の結果から、学習者が「日本の言語、文化に関する背景知識が聴解学習 の効果に大きく影響を及ぼす要因である」について、肯定的なビリーフを持っている傾向 が明らかになった。
5.2.5「発音練習」、「前作業」、「補助教材」への期待
「望ましい聴解の教授法・教室活動」に対する回答を13の項目に集計した(表5.5)。
表 5.5「望ましい聴解の教授法・教室活動」の項目の平均と賛否比率
項目 M SD 賛成 中間 反対
49.聴解の授業では正確な発音の練習は効果がある。 3.98 0.76 0.83 0.11 0.05
46.聴く前にテキストに関する文化背景を紹介するのは効果がある。 3.94 0.75 0.84 0.09 0.07
51.授業では教科書以外のものを見たり聴いたりするのは効果がある。 3.82 0.78 0.72 0.23 0.05
42.繰り返しテキストの音声を聴くのは効果がある。 3.78 0.76 0.70 0.26 0.05 43.教師の読み上げる日本語を聴きながら、書きとり練習するのは効果がある。 3.77 0.79 0.70 0.24 0.06 45.聴解の授業では語彙・文法の詳しい説明は効果がある。 3.49 0.79 0.53 0.36 0.10
48.間違ったところを個人的に訂正するのは効果がある。 3.37 0.96 0.50 0.31 0.19
44.聴いたテキストを丸暗記するのは効果がある。 3.30 0.95 0.48 0.30 0.22
52.レベル別のクラスで授業をやるのは効果がある。 3.27 1.03 0.45 0.31 0.24
50.教師がテキストの内容を中国語に翻訳するのは効果がある。 3.17 0.90 0.36 0.43 0.21 47.テキストの内容を聴く前に、何も提示なしで直ちに聴くのは効果がある。 2.75 0.96 0.22 0.37 0.41 40.教室活動は教師を中心に行うのが効果がある。 2.72 0.84 0.13 0.47 0.40
41.聴解の授業では学生同士の意見交換や討論などは時間の無駄である。 2.26 0.91 0.11 0.19 0.69
「望ましい聴解の教授法・教室活動」について、やや強く肯定的に示した項目は、「49.
聴解の授業では正確な発音の練習は効果がある。(M=3.98)」、「46.聴く前にテキストに関 する文化背景を紹介するのは効果がある。(M=3.94)」、「51.授業では教科書以外のものを 見たり聴いたりするのは効果がある。(M=3.82 )」の 3 項目である。その次に、肯定的な 傾向が見られたのは、「42.繰り返しテキストの音声を聴くのは効果がある。(M=3.78)」、
「43. 教 師 の 読 み 上 げる 日 本 語 を 聴 き な が ら、 書 き と り 練 習 す る のは 効 果 が あ る 。
(M=3.77)」のような伝統的な教授法や教室活動に関するビリーフが挙げられる。一方、
否定的なビリーフが見られたのは、「47.テキストの内容を聴く前に、何も提示なしで直ち に聴くのは効果がある。(M=2.75)」、「40.教室活動は教師を中心に行うのが効果がある。
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(M=2.72)」「41.聴解の授業では学生同士の意見交換や討論などは時間の無駄である。
(M=2.26)」の3項目である。
この結果から、学習者の望ましい教授法・教室活動は、「発音練習」、「前作業」、「教科書 以外の素材の視聴」の 3 つであることがわかった。このようなビリーフの傾向に基づき、
聴解授業では、この 3 つの教授法・教室活動を重視しながら行うことで、聴解の学習効果 が上がる可能性が考えられる。
また、伝統的な教授法・教室活動として挙げられる「繰り返し」、「書き取り練習」につ いて、学習者はやや肯定的なビリーフの傾向が見られるが、「直ちに聴く」、「教師中心型」
のような伝統的な教授法・教室活動に対して否定的なビリーフを持っている学習者が多い こともわかった。今までの聴解授業で行われている伝統的な教授法・教室活動の一部は、
学習者の持つビリーフと合っていないことが考えられる。3.2.4のインタビュー調査結果か ら見ても、2 人の教師の指導法では、「直ちに聴く」と「教師中心型」教室活動を行ってい ることがわかった。このような伝統的な教授法・教室活動が続くと、学習者の学習意欲を 低下させ、聴解の学習効果が上がりにくくなる可能性がある。