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第 5 章 「聴解学習」に関するビリーフの特徴

5.3 第 5 章のまとめ

第5章では、中国の大学で日本語を主専攻とする学習者を対象に、「聴解学習」ビリーフ に関するアンケート調査を行った。その結果について、「聴解学習」ビリーフの全体的な特 徴を以下の5点にまとめる。

①中国人日本語学習者の日本語学習の適性

これまでの中国人日本語学習者を対象にしたビリーフ研究では、中国人学習者は「自分 には外国語学習の才能がない」という強いビリーフを持っていると報告されている(尹2001、

板井、1997)。今回の調査結果ではこれらの研究結果と異なり、学習者は「自分には日本語

学習には特別な才能がある」というビリーフを肯定する傾向が最も強かった。このような 結果については、日中間が文化的に近いこと、特に、両言語においては漢字を利用してい るため、中国人学習者の日本語学習ビリーフに影響を与えていることが考えられる。

一方、中国人学習者は日本語の聴解能力が低いという問題が存在する。『日本語能力試験 の分析評価に関する報告書』(2007、2008、2009)においても、聴解、文字・語彙、読解・

文法の 3 つの試験項目の中で、中国人日本語学習者は文字・語彙の成績が相対的に高く、

聴解の成績が最も低いと報告されている。また、中国人日本語学習者は聴解学習に対して

「苦手意識」を持つことが言われる。その原因としては、聴解においては文字は音声とな り、それを視覚的に捉えることができないので、漢字による聴解学習の有利さがなくなる ことが考えられる。

②実利的な動機づけの傾向

本調査の結果から、学習者は「希望する職業につくため」や「日本語能力を向上させる ため」のような実利的な聴解学習の動機や目的について肯定的なビリーフを持つ学習者が 多いことがわかった。

このことから、このような実利的動機づけのビリーフを把握した上で、今後、聴解教育

73 で就職に役立つような内容を充実させることで、学習者の聴解学習の意欲を促すことがで きると考える。また、聴解学習を通じて、日本語の全体的な能力を上達させたいと考える 学習者が多いことから、学習者が聴解を日本語能力の中で重要な役割を果たすものとして 見なしていることが考えられる。

③聴解学習における「背景知識」の役割の重視

聴解学習における「背景知識」の役割については、非常に肯定的なビリーフの傾向が見 られる。表5.3の「聴解学習の性質」と表5.4の「聴解学習に影響する要素」の中から、学 習者は日本文化に関する背景知識について聴解学習で最も必要な要素であり、聴解の学習 効果に最も大きく影響する要因であると思っていることがうかがえる。また、表5.5の「望 ましい聴解の教授法・教室活動」において、「文化背景の紹介」については、2 番目に高い 数値になった。

以上のことから、中国人日本語学習者は「背景知識」が聴解学習において非常に重要な 要素であると思っていることが分かる。しかし、聴解教育現場の状況については、尹(2002a)

の調査によると、中国の大学で行われている聴解の教室活動では「背景知識」が十分に活 用されていないと指摘されている。さらに、3.2.4のインタビュー調査結果から、3 人の聴 解授業における指導法では、聴く内容に関する「背景知識」の紹介活動はないことがわか った。このことから、現在の中国の聴解教育現場で行われている教室活動は学習者のビリ ーフの傾向に適合していない可能性があると考える。

しかしながら、3.2.3.2で紹介した新しく作成された聴解教科書(「教科書Ⅱ」)を見ると、

聴解の教室活動における「背景知識」の活用が重視されており、今後の聴解教育において、

学習者の期待が応えられるような聴解授業が行われることが期待される。

④伝統的な教授法・教室活動への否定的な傾向

伝統的な教授法・教室活動については否定的な傾向が見られる。表5.5の「望ましい聴解 の教授法・教室活動」の中で、「繰り返し」、「書き取り練習」のような従来の教室活動につ いてやや肯定的なビリーフを持つ学習者も存在することが見られるが、「直ちに聴く」、「教 師中心型の教室活動」のような一部の伝統的な教授法・教室活動に否定的なビリーフを持 つ学習者が多く見られた。そのことから、学習者は伝統的な教授法・教室活動に関して否 定的なビリーフの傾向が見られる。

74 序章で述べたように、教室で行われている教授法・教室活動は学習者の持つビリーフと 合わない場合、学習効果に影響を及ぼすおそれがある。また、3.2.4のインタビュー調査結 果から、3人教師のうち、2人とも伝統的な教師中心型の指導法をとっていることが見られ た。学習者がこのような指導法や教室活動に対して否定的なビリーフを持つことにより、

授業活動への参加意欲がなくなり、聴解の学習効果の低下を招く可能性が考えられる。し たがって、中国人日本語学習者の聴解能力が相対的に低い要因の一つとしては、教育現場 で行われている指導法や教室活動が学習者のビリーフと適合していないことではないかと 考えられる。

⑤聴解授業を担当する教師に対する指導法の期待

今回の調査結果から、学習者が聴解授業を担当する教師に対して最も期待しているのは 効果的な指導法であることがわかった。

しかしながら、尹(2005)は、現在の中国の大学では、日本語の聴解授業を担当する教 師はほとんど教育経験の少ない若い教師であり、学校側は聴解授業を重視していない傾向 があると述べている。また、3.2.4のインタビュー対象者も3名とも若い30代の教員であ り、彼らの聴解指導法から見ると、3人とも聴解の指導法に関する認識が不足していること がみられる。以上のことから、学習者が教師に対して効果的な指導法を求めている一方で、

現状ではそれらの学習者のビリーフに応えられる体制が整っていないことが分かる。

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