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第 8 章 結論と今後の課題

8.1 本研究の課題と解答

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113 8.1.2 「聴解学習」ビリーフの特徴

中国人日本語学習者の「聴解学習」に関するビリーフの特徴は以下のとおりである。

① 中国人日本語学習者の日本語学習の適性

今回の調査結果では今までの研究結果で明らかになった「外国語学習に才能のある人は いるが、自分にはその才能がない」と異なり、中国人日本語学習者の中で日本語学習に適 性があると考えている人が多くいた。それは、日中両国が文化的に近いこと、特に漢字を 使用していることから受ける影響のためであると考えられる。しかし、この日本語学習の 適性は漢字に頼れない聴解学習に当てはまらないことが推測できる。

② 実利的な動機づけの傾向

実利的な動機づけとして、学習者は「希望する職業につくため」聴解を学習するという 項目に対する肯定的な傾向が強かった。このような実利的な動機づけの傾向を把握した上 で、今後の聴解教育を改善するために、聴解教育の内容では、将来職業に就くための内容 を充実することにより、学習者の聴解学習に対する学習意欲を促すことが可能であり、必 要であると考える。また、学習者は聴解学習と通じて、日本語の全般的な能力を上達させ たいという動機づけに肯定的なビリーフを持つ学習者も少なくない。そのことから、学習 者は聴解が日本語能力において重要な役割を果たすと考える学習者が多いことも考えられ る。

③ 聴解学習における背景知識の役割の重視

今回の調査結果において、「背景知識の役割」という要素が含まれている項目は、「聴解 学習の性質」と「聴解学習に影響する要素」のカテゴリーの中で最も肯定的なビリーフ項 目だった。このことから、中国人日本語学習者にとって「背景知識」は聴解学習において 非常に重要な要素であると考えられていることが見られる。しかし、中国の聴解教育の現 場で行われている教授法や教室活動は、学習者のビリーフに応えていない可能性があると 見られる。

一方、現在新しく作成した教科書の中では、「背景知識」の役割を重視する教室活動が導 入されるようになり、今後の聴解教育において、学習者の期待が応えられる聴解授業を実 現する可能性が考えられる。

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④ 伝統的な教授法・教室活動への否定的な傾向

本調査結果から、伝統的な教授法・教室活動として挙げられる「繰り返し」と「聴き取 り練習」の教室活動に対してやや肯定的なビリーフの傾向が見られるが、今までの「直ち に聴く」、「教師中心型の授業活動」のような伝統的な教授法・教室活動について、否定的 なビリーフを持っている学習者が多くいるという結果がわかった。

序章の1.1.3で述べた中国人日本語学習者の聴解能力が相対的に低いという現状になっ

た一つの原因は、この現行の教授法・教室活動は学習者聴解学習ビリーフに応えていない ことが挙げられる。中国人日本語学習者はどのような伝統的な教授法・教室活動について 否定的なビリーフを持っているかを把握することにより、その教授法・教室活動を改善す ることが可能であり、学習者のビリーフに合うような教授法・教室活動を実施することが できると思われる。

⑤ 聴解授業を担当する教師に対する指導法の期待

今回の調査結果から、学習者は聴解授業を担当する教師に対して最も期待しているのは 効果的な指導法であることがわかった。教師の発音や教師の日本社会経験、およびネイテ ィブスピーカーより、学習者は聴解授業において、効果的な指導法が最も期待しているこ とが当然の結果として得られた。このビリーフの傾向に基づき、教師は聴解授業で効果的 な指導法で進めば、学習者の期待を応えることができ、学習者の教室活動に参加する意欲 を高めることが可能であるだろう。

以上のような中国人日本語学習者の「聴解学習」ビリーフの特徴を把握することにより、

彼らのビリーフと合った聴解教育を行うことにより、聴解の学習効果が上がると考える。

8.1.3 聴解学習ストラテジービリーフの特徴

中国人日本語学習者への調査から、聴解学習ストラテジーに関し以下の3点の特徴がみ られた。

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① メタ認知ストラテジーに対する強い肯定的なビリーフ

今回の調査結果から、メタ認知ストラテジーに対して、中国人日本語学習者は高い評 価をしていることがわかった。このビリーフの傾向に基づき、学習者があまり用いていな いメタ認知ストラテジーについて、積極的に指導に活用することによって、聴解の学習効 果が上がる可能性があると考えられる。例えば、「計画を立て日本語の聴解に十分時間をあ てる」というメタ認知ストラテジーについて最も高く評価されていることから、教師に求 められているのは、学習者に毎回の授業の達成目標を伝え、限られている授業の内で、学 習者自身が自らの状況に合わせて学習計画が立てられるようにすることであると言えよう。

② 社会情意ストラテジーの役割の重視

「リラックスする」、「自分を褒める」のような学習者の内心に関わる社会情意ストラテ ジーについて、中国人日本語学習者に積極的な態度が見られた。これまでの先行研究で観 察されなかった社会情意ストラテジーに関して、実際に学習者が強いビリーフを持ってい ることが言える。この聴解学習ストラテジーに関するビリーフの傾向に従い、教師が聴解 の授業でリラックスできるような雰囲気を作ることや、「自分評価」のような学習者が自ら 自分の努力の成果や、自分の成長が見られるための指導方法が考えられる。

③ 「音声と文字の結びつき」、「メモする」、「推測する」に対する高い評価

聴解学習において、この3つの聴解学習ストラテジーの役割について、中国人日本語学 習者は高く評価した。中国人日本語学習者の母語である中国語は漢字で表記しているため、

目に見えない音声の情報を聴いた時も、文字表記、すなわち、中国語に連想しやすいこと が考えられる。しかし、5.3で分析したように、中国人日本語学習者は日本語学習に適正 があると考えているが、聴解学習に対して「苦手意識」を持っているという傾向が見られ る。その原因は、中国語にある漢字による影響であると考えられる。学習者は聴解学習ス トラテジーにおける音声と文字の結びつきが役立つと思うような原因も、中国語で使って いる漢字であろう。そのため、今後の聴解学習ストラテジーを指導する際に、文字をどの ように有効に聴解の音声と結び付けるのかは一つの課題になっていると考える。

また、「メモする」や「推測」というストラテジーについて適切な指導を加えるこ とで、聴解の学習効果の向上につながる可能性があると筆者は考える。

116 以上の結果から、中国人日本語学習者が聴解学習ストラテジーに関して肯定的なビリー フを持つ傾向が明らかになった。これらの結果に基づき、中国人日本語学習者は聴解学習 ストラテジーに対して積極的なビリーフを持ち、様々な聴解学習ストラテジーを用いた教 授法や教室活動を受け入れる素地が整っていることが言える。

8.1.4 聴解学習ビリーフに存在する要素

本研究では、聴解学習に潜在する要素を探り出すために、「聴解学習」ビリーフ調査と聴 解学習ストラテジービリーフ調査の結果について因子分析を用い、それぞれのビリーフに 潜在する因子を抽出した。

また、学習者の学年別と学校別によって聴解学習ビリーフに差が出るかを検証した。さ らに、「聴解学習」ビリーフの因子と聴解学習ストラテジービリーフの因子との間に関連性 があるかを調べるために、因子間の相関関係を算出した。その結果は以下の通りである。

まず、「聴解学習」ビリーフでは、「聴解の効果に影響する要素への注目」、「聴解学習の 動機と目的の保持」、「伝統的な学習方法と考え方の是認」、「教師と補助教材への期待」、「テ キストの深い理解の希望」、「中国語による有利さ」、「正確さ志向」の7因子が抽出された。

因子間の相関関係を算出した結果、「テキストの深い理解の希望」因子と「正確さ志向」因 子について、他の多くの因子と相関が見られた。

中国人日本語学習者は聴解学習の際に、テキストの理解と聞き取りの正確さに執着する 傾向が強い。学習者のテキストへのこういった傾向に基づき、今後、学習者のテキストに 対する期待を応えるために、教師はテキストについて研究し、また、教材を作成する際に、

テキストの内容を充実することにより、学習者の「聴解学習」ビリーフに合わせ、学習効 果が上がる可能性がある。

さらに、学習者の学年別と学校別による「聴解学習」ビリーフに差が出るかを検証した 結果、学年別では「伝統的な学習方法と考え方の是認」因子に、学校別では「教師と補助 教材への期待」因子に有意な差が出た。この結果から、教育側が学習者に適しているカリ キュラムや、聴解の指導方針を制定することにより、学習者の「聴解学習」に対するビリ ーフの要素を変えうることが考えられる。

次に、聴解学習ストラテジービリーフでは、「能動的な聴き方志向」と「メタ認知と社会