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中国人日本語学習者の聴解学習に関するビリーフ研究 ―中国の大学における日本語を主専攻とする大学生を対象に―

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2013 年度博士論文

中国人日本語学習者の聴解学習に関するビリーフ研究

―中国の大学における日本語を主専攻とする大学生を対象に―

2013 年 9 月

宇都宮大学国際学研究科博士後期課程

国際学研究専攻

学籍番号

094604K

氏名 芦 暁博

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目 次 第1 章 研究の背景と目的 ... 1 1.1 研究の背景 ... 1 1.1.1 言語学習に関するストラテジーの概念 ... 3 1.1.1.1 学習ストラテジーとコミュニケーション・ストラテジー ... 3 1.1.1.2 聴解学習ストラテジーと聴解ストラテジー ... 4 1.1.2 聴解学習に関するビリーフ研究の必要性 ... 5 1.1.2.1 聴解学習の重要性 ... 5 1.1.2.2 聴解学習ストラテジーに関するビリーフ研究の必要性... 6 1.1.3 中国人日本語学習者の聴解学習に関するビリーフ研究の必要性 ... 6 1.2 研究の目的と課題 ... 8 1.3 本研究の構成 ... 9 第2 章 日本語教育におけるビリーフ研究の概観 ... 11 2.1 ビリーフの概念 ... 11 2.2 先行研究 ... 12 2.2.1 ビリーフ研究の先駆:Horwitz(1987)の BALLI 調査 ... 12 2.2.2 ビリーフ研究の調査方法 ... 13 2.2.3 日本語教育におけるビリーフ研究 ... 14 2.2.3.1 学習者・教師のビリーフの解明 ... 15 2.2.3.2 ビリーフと学習ストラテジー使用の関連 ... 15 2.2.3.2 その他のビリーフ研究 ... 16 2.3 本研究の位置づけ ... 18 第3 章 中国の大学における日本語の聴解教育の現状 ... 20

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3.1 中国の日本語教育の展開 ... 20 3.2 中国の大学における日本語の聴解教育の実態 ... 24 3.2.1 『教学大綱』から見た聴解教育の到達目標 ... 24 3.2.2 中国人の日本語聴解学習に関する先行研究 ... 27 3.2.3 聴解教科書から見た聴解教育の形式 ... 29 3.2.3.1 「教科書Ⅰ」における「健康」に関する練習問題 ... 32 3.2.3.2 「教科書Ⅱ」における「健康」に関する練習問題 ... 34 3.2.4 聴解教育の実際の例―3 人教師に対するインタビュー調査 ... 37 3.2.4.1 調査概要 ... 37 3.2.4.2 調査結果 ... 38 3.2.4.3 まとめと考察 ... 42 3.3 第 3 章のまとめ ... 44 第4 章 聴解学習ビリーフに関する調査概要 ... 46 4.1 調査期間及び場所 ... 46 4.2 調査対象者 ... 46 4.3 アンケート調査方法 ... 48 4.4 調査ツール ... 49 4.4.1 「聴解学習」に関する調査票の作成 ... 50 4.4.2 聴解学習ストラテジーに関する調査票の作成 ... 56 4.5 分析方法 ... 61 第5 章 「聴解学習」に関するビリーフの特徴 ... 63 5.1 「聴解学習」に関する BALLI 調査 ... 63 5.2 カテゴリー別の「聴解学習」ビリーフの特徴 ... 63 5.2.1 日本語学習の適性 ... 63

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5.2.2 実利的な動機づけの傾向 ... 65 5.2.3 日本文化に関する知識の必要性 ... 66 5.2.4 日本の言語、文化の背景知識の要素の重視 ... 68 5.2.5 「発音練習」、「前作業」、「補助教材」への期待 ... 70 5.2.6 教師の指導法に対する要求 ... 71 5.3 第 5 章のまとめ ... 72 第6 章 聴解学習ストラテジーに関するビリーフの特徴 ... 75 6.1 日本語教育における聴解ストラテジーに関する先行研究の概観 ... 75 6.2 カテゴリー別の聴解学習ストラテジーの特徴 ... 76 6.2.1 音声と文字表現の結びつきの聴き方の重視 ... 76 6.2.2 「メモする」や全体意識の聴き方の重視 ... 77 6.2.3 推測の聴き方の重視 ... 79 6.2.4 計画性と実践の重視 ... 80 6.2.5 内心に関わるストラテジーの重視 ... 81 6.3 第 6 章のまとめ ... 82 第7 章 聴解学習ビリーフに関する因子分析 ... 84 7.1 「聴解学習」ビリーフに関する因子分析 ... 84 7.1.1 因子構造 ... 84 7.1.2 因子間の相関関係 ... 89 7.1.2.1 「聴解学習」ビリーフ因子の間における学習者の回答の分布 ... 92 7.1.2.2 「聴解学習」ビリーフ因子に対する学習者の傾向 ... 96 7.1.3 学年別と大学別で差が出た「聴解学習」ビリーフの要素 ... 98 7.2 聴解学習ストラテジービリーフに関する因子分析 ... 101 7.2.1 因子構造 ... 101

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7.2.2 因子間の相関関係 ... 104 7.2.2.1 聴解学習ストラテジービリーフ因子の間における学習者の回答の分布 ... 105 7.2.2.2 聴解学習ストラテジービリーフ因子に対する学習者の傾向 ... 106 7.2.3 学年別と学校別で差が出た聴解学習ストラテジービリーフの要素 ... 107 7.3 「聴解学習」ビリーフと聴解学習ストラテジービリーフの関連 ... 108 7.4 第 7 章のまとめ ... 109 第8 章 結論と今後の課題 ... 112 8.1 本研究の課題と解答 ... 112 8.1.1 本研究の課題 ... 112 8.1.2 「聴解学習」ビリーフの特徴 ... 113 8.1.3 聴解学習ストラテジービリーフの特徴 ... 114 8.1.4 聴解学習ビリーフに存在する要素 ... 116 8.2 本研究の意義 ... 117 8.3 今後の課題 ... 118 参考文献 ... 121 附録

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第 1 章 研究の背景と目的

1.1 研究の背景 第二言語教育1は、1980 年代頃から教師主導型の一方的な教授法・教室活動から学習者を 中心とした学習活動へと視点が変化してきている。研究者の間では学習者の学習行動、そ れを支える学習者の認知、心理などの要因が注目されるようになった。 「私は日本語学習に特別な能力を持っている」、「私は日本語を上達させるためにはたく さん語彙や文法を覚えることが重要だと思う」、「日本語の授業は教師が中心に進めるべき だと思う」などのような、学習者が言語学習、学習効果、指導方法などに対する意識的・ 無意識的に抱いている態度や信念はビリーフ2と言われている。Horwitz(1987)は、学習 者が持っているビリーフの違いが、学習者の教室活動への取り組み方やストラテジーの使 用に差となって現れるため、まず学習者の言語学習に対するビリーフを把握することが重 要であると指摘し、さらに、このような学習者の持つ言語学習ビリーフが教室活動や指導 方法と合わない場合、学習効果に影響を与える可能性があると述べている。Horwitz のビリ ーフ研究については、学習者の多様な学習行動やタイプを特徴付けるうえで有効であり、 ビリーフ研究を通じて学習者の学習行動を理解することができ、新しい教授法の導入が可 能になることが指摘されている。これ以後、第二言語教育分野において言語学習に関する ビリーフ研究が注目されるようになり、多くの研究が行われるようになった。 これらの研究の中でも注目されているのは、学習者の言語学習ビリーフと学習ストラテ 1 教育分野において外国語と第二言語については、学習環境の違いにより区別している。例えば、 「日本の英語学習や海外の日本語学習などのように日常的なコミュニケーション手段となら ない環境で学ぶ場合は外国語と呼ぶ。日本で学ぶ日本語やアメリカで学ぶ英語などを第二言 語と言って区別する。しかし、言語習得研究では、その区別の必要性がない場合は、広い意 味でどちらも母語に続いて2 番目に習得する言語、母語以外の言語ということで、第二言語 と呼んでいる」(『新版 日本語教育辞典』2005、p.682)。本研究はこの観点を受け、「第二言 語」とする。 2 第二言語教育分野におけるビリーフに関する用語の扱い方は様々である。英語では“Belief”、 “Beliefs”という用語が多く用いられているが、日本語教育の分野では、「確信」、「信条」、「ビ リーフ」、「ビリーフス」というような訳語が使われている。2012 年に出版された『研究社日 本語教育事典』では、「ビリーフ」という用語が正式に載せられていることから、「ビリーフ」 という用語は日本語教育分野で既に定着していることが言える。このことから、本研究では、 「ビリーフ」という用語を用いることとする。

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2 ジー3の使用の関連性である。Wenden (1987)と Rubin(1987)は、言語学習ビリーフ は学習ストラテジーの選択と使用の基盤になるため、学習者のビリーフを理解することで、 学習者の学習ストラテジーの選択や使用に対する意識を知ることができると述べている。 また、前述した Horwitz(1987)の研究に続き、Horwitz(1988)は、学習に望ましくな いビリーフを抱くことによって学習ストラテジーの使用の範囲を制限し、学習を防げる要 因になる可能性があると指摘している。 2000 年代に入ると、日本語教育分野においても、学習者が持つビリーフと学習者が使用 している学習ストラテジーの関連性に関する研究が見られるようになってきた。その中で 代表的な研究としては呉(2007)が挙げられる。呉(2007)の結果により、韓国人日本語 学習者が持っているビリーフの「日本語学習に際しての願望」、「積極的な言語学習態度」 の2 因子は言語学習ストラテジー使用に極めて有効であることがわかった。 これらの研究結果は、言語学習ビリーフが学習ストラテジーの選択、使用の基になって いるということを示唆している。すなわち、言語学習というものに対して学習者が抱いて いるビリーフは、学習ストラテジーの使用に影響を及ぼす大きな要因であることがわかっ た。しかし筆者は、この両者の関連性について、そもそも学習者が学習ストラテジーを使 う前の段階で、学習ストラテジーというものについてどのようなビリーフを持っているか を知る必要があると考えた。 その理由は、以下の通りである。前述したように、言語学習ビリーフは学習者の学習行 動を支える重要な要素であり、さらに、学習に望ましくないビリーフを抱くことによって 学習ストラテジーの使用の範囲を制限し、学習を防げる要因になる可能性がある。この考 え方からすると、学習行動の中で、学習者が自分がどのような学習ストラテジーを使おう か、何を基準にして決めるかを考える際に、そのストラテジーに関するビリーフに影響を 受けることが想定される。学習ストラテジーを指導する際に、言語学習ビリーフの調査だ けでなく、さらに踏み込んで、学習者の学習ストラテジーに関するビリーフを予め把握し ておくことで、学習者が使用している学習ストラテジーの心理的要因がわかり、また、そ のビリーフに合う学習ストラテジーを指導することにより、学習効果が上がる可能性があ る。以上のことから、学習者のビリーフと学習ストラテジーの使用の関連性を明らかにす る前に、学習者自身の持つ学習ストラテジーに関するビリーフを解明する意義があると考 える。 3 学習ストラテジーの定義について、1.1.1.1 で詳しく説明する。

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3 1.1.1 言語学習に関するストラテジーの概念 1.1 では、言語学習におけるビリーフ研究が非常に重要であること、特に学習ストラテジ ーに関するビリーフ研究の必要性について述べた。本節では、聴解学習ストラテジーの概 念について説明する。 1.1.1.1 学習ストラテジーとコミュニケージョン・ストラテジー 第二言語教育において、学習ストラテジーの概念に関しては、多様であるが、大学英語 教育学会(2005)では、学習ストラテジーについて、「言語を習得する目的とした計画や手 段の全般」と定義されており、「学習」という言葉は、教室という環境で言語を学ぶことに 限らず、第二言語や母語も含む言語の全般を学ぶことを意味する。 さらに、大学英語教育学会(2005)では、学習ストラテジーと似た概念としてコミュニ ケーション・ストラテジー4が挙げられており、コミュニケーション・ストラテジーの概念 については、Stern(1983)の概念に基づき、「コミュニケーション・ストラテジーとは、 十分に習得していない第二言語で意思疎通するときに起こる種々のトラブルに対処する技 術のことである」と定義されている(大学英語教育学会 2005;p.41)。 上述の 2 つの定義から、学習ストラテジーは、言語学習における意思疎通のための解決 策のみならず、学習者の心理や行動を含む総合的なものであるのに対して、コミュニケー ション・ストラテジーは第二言語を学習する過程で起きる問題に対する特定の解決策であ ると考えられる。すなわち、学習ストラテジーは観察可能な身体的行為のみにとどまらず、 観察不可能な精神的活動を含むものであると言える。 4 コミュニケーション・ストラテジーを学習ストラテジーと同義に考えるか、或いは学習ストラ テジーに含まれるものと考えるかについては、まだ議論があるのが事実であるが、本研究は、 この2 つの概念の相違に焦点を当てる。

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4 1.1.1.2 聴解学習5ストラテジーと聴解ストラテジー 1.1.1.1 で述べた学習ストラテジーとコミュニケーション・ストラテジーの相違を聴解学 習に当てはめれば、聴解学習ストラテジーと聴解ストラテジーの相違も推測できる。 これまでの聴解学習に関する先行研究では、「聴解ストラテジー」という用語が使われて いる。また、横山(2006)は、Rost(2001)の定義を翻訳し、改めて示している。その定 義は以下の通りである。 「聴解ストラテジーは、聞き手が音声言語を理解に結びつける際、特に不完全なインプ ットや部分的な理解を補う際に用いる意識的な計画である。」(横山 2006;p.12) この定義から、これまでの先行研究で取り上げられている聴解ストラテジーは、学習者 が聴解の過程において聴き取れないことや理解できないことを理解するために用いる特定 の解決策であることが言える。例えば、「推測」、「予測」、「問題特定」、「聞き流し」などの ような聴解ストラテジーが挙げられる。 本研究では、先行研究で行われてきた特定の聴解ストラテジーに対して学習者がどのよ うなビリーフを持っているかという調査ではなく、聴解過程における、より全般的なスト ラテジーに関するビリーフを把握する。そのために、「聴解学習ストラテジー」という用語 を用いることとする。聴解学習ストラテジーの定義は、「聴き手が音声の言語を理解するこ とを目的とした計画や手段の全般である」とする。 学習ストラテジーとコミュニケーション・ストラテジー、聴解学習ストラテジーと聴解 ストラテジーの関係について図1.1 のように示す。 5 本研究の題目における聴解学習に関するビリーフは、一般的な聴解学習に関するビリーフ(聴 解学習ストラテジーというカテゴリーを含まれていない)と聴解学習ストラテジーに関する ビリーフの2 つの部分に分けられている。前者は題目と区別するために、「聴解学習」とする。

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5 図 1.1 学習ストラテジーとコミュニケーション・ストラテジー、聴解学習ストラテジーと聴 解ストラテジー 1.1.2 聴解学習に関するビリーフ研究の必要性 1.1.2.1 聴解学習の重要性 日常生活における言語活動では、成人は 40-50%を「聴解」に、25-30%を「会話」に、 11-16%を「読解」に、そして 9%を「作文」に費やしていると言われている(Rivers 1984)。 すなわち、聴解は日常生活において最も大きな割合を占める言語活動であることがわかる。 また、日常生活のコミュニケーションにおいては、話し手の発話を聴いて理解できないと、 コミュニケーションを成立させることが困難になる場合が多いため、聴解は非常に重要な 役割を果たしている技能であるといえる。第二言語教育において、聴解は理解の過程とし て、他の技能の学習を促進できるため、4 技能の中で最も重要な技能であると言われている (Dunkel 1991;Rost 1990)。 したがって、近年、第二言語教育、および日本語教育の分野では、聴解学習の重要性に ついて注目されるようになっており、学習者の聴解メカニズムの解明や聴解ストラテジー 指導に関する研究が盛んになっている(Rost 1990;Mendelson 1995;水田 1995,1996; 横山2004,2005;尹 2005)。

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6 1.1.2.2 聴解学習ストラテジーに関するビリーフ研究の必要性 聴解学習に関する先行研究の中で、聴解学習に影響を与える様々な要因に関する研究が 注目されている。特に、聴解ストラテジーについては、学習者が聴解ストラテジーを効率 的に活用することにより、聴解の効果が上がることが多くの研究で検証されてきた (O’Malley 他 1989; Vandergrift 1992;横山 2005;尹 2005)。 しかしながら、聴解学習ストラテジーに関するビリーフ研究は見あたらないため、ここ では聴解学習ストラテジービリーフ研究の必要性について考える。 聴解学習ストラテジーに関するビリーフ研究がなぜ必要なのかについて、具体例を挙げ てみる。例えば、このような状況が考えられる。聴解学習の教室場面で、教師は学習効果 があると思う新しい聴解学習ストラテジー―「推測」を授業に導入しようとした時、学習者 はこのストラテジーに対して、あまり興味がないといった場合がある。教師は、この学習 者の消極的な態度を見て、このストラテジーの導入は無理だと考えてしまう。そして、そ の授業における聴解の学習効果が上がらないおそれがある。実際は、学習者はほかの聴解 学習ストラテジー、例えば、「学習者同士協力する」とか、「自己モニター」のような聴解 学習ストラテジーに対して期待している。それにも関わらず、さらに教師はほかの聴解学 習ストラテジーを導入した場合、そのストラテジーが学習者の心の中で望んでいないもの であれば学習者の学習意欲を低下させる結果につながる可能性もある。また、教師が学習 者に合う聴解学習ストラテジーを見つけるまで、長い時間がかかる恐れもあると考える。 そのため、聴解の教育現場では、聴解学習ストラテジーを導入する前に、学習者が聴解 学習ストラテジーに対してどのようなビリーフを持っているのか、その傾向を解明するこ とが必要なのである。 1.1.3 中国人日本語学習者の聴解学習に関するビリーフ研究の必要性 本研究で中国人日本語学習者の聴解学習ビリーフを取り上げる理由は、以下の 2 点であ る。 第一に、中国人日本語学習者の聴解能力が低い点が挙げられる。中国における日本語学

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7 習者数は世界第二位であり6、さらに、その多くが中・上級の日本語学習者であると言われ ている。しかし、聴解能力に注目すると、宿(1991)は、中国の大学における日本語教育 では「聴解」、「会話」の2 技能の養成に力を入れてきたにもかかわらず、結果的に「読解」、 「作文」の能力に優れ、「聴解」、「会話」の能力においては低い学習者が多くなっていると 指摘している。また、中国人日本語学習者の一般的な傾向として、聴解技能はコミュニケ ーション能力の4 技能の中で、他の 3 技能に比べ、相対的に低いことが報告されている(国 際交流基金 2009)。そして、聴解技能が低い原因について、尹(2005)は、聴解の授業で は教師主導型の指導法をとっているためだと述べている。これまでの調査の結果からも中 国人日本語学習者の聴解能力は相対的に低いという現状が見られる。 1.1 で述べたように、学習者の持つ言語学習ビリーフが教室活動や指導方法と合わない場 合、学習効果が下がる可能性がある。 ここで、筆者の体験について述べる。筆者は中国の大学で日本語の聴解授業を 1 年間担 当したことがある。その聴解授業で学習者に聴いた内容について話し合いや討論をさせよ うと試みたが、学習者の態度は消極的・受動的であったため、うまくいかなかった。 このような結果となった原因は、学習者が中学校、高校時代の外国語授業で深く馴染ん できた受動的な学習方法で学んできたことが挙げられる。すなわち、長期の外国語学習に おいて、学習者たちは受動的な学習方法に対して肯定的なビリーフを持つことが考えられ る。 この学習者の持つビリーフが現行の聴解教授法と合っていないことが中国人日本語学習 者の聴解能力が相対的に低い原因ではないだろうか。その観点から筆者は、中国人日本語 学習者の聴解学習に関するビリーフ研究の必要性を考えた。 第二は、中国の日本語教育分野における聴解学習に関する基礎研究が不足していること である。2000 年代に入り、第二言語教育分野で聴解教育が重視されるようになったことに 伴い、中国人日本語教育研究者の中では、聴解教育の問題が認識されるようになってきた。 中国人日本語学習者の聴解能力を向上させるために、中国の日本語教育分野において、聴 解に関する新しい教授法が導入され、その効果を検証する実証的な研究が始まっている(尹 2002a、2005;杜 2009;)。 6 国際交流基金(2009)は、海外における日本語学習者数の多い国(地域)は、韓国 964,014 人で第1 位、中国 827,171 人で第 2 位、インドネシア 716,353 人で第 3 位であると報告して いる。

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8 これらの新しい聴解の教授法は教育現場で検証され、学習効果があると考えられる。し かしながら、このような新しい教授法の導入、定着には中国人日本語学習者の受け入れる 姿勢や態度、すなわち聴解学習に関するビリーフも重要な要素であると考える。学習者の ビリーフと合致しない教授法を導入したとしても、学習者の学習意欲が低下し、聴解学習 の効果が上がりにくくなる可能性がある。一方、中国人日本語学習者の聴解学習に関する ビリーフに関しては十分調査されていないのが現状である。 また、喬(1997)、桂(1997)、尹(1999)の研究では、中国人日本語学習者は聴解学習 に対して「苦手意識」が強いという報告がされている。しかし、中国人日本語学習者は、 聴解学習において具体的にどのようなことが苦手だと思われているか、聴解学習にどのよ うな意識を持っているかということについての基礎研究はほとんど皆無である。この「苦 手意識」は、学習者の聴解学習に関するビリーフと深く関わるものである。これらの解明 の糸口としても、中国人日本語学習者の聴解学習に関するビリーフ研究は必要であると考 える。 1.2 研究の目的と課題 1.1 の研究背景を踏まえ、本研究では、中国人日本語学習者の聴解学習に関するビリーフ の特徴を明らかにすることを目的とし、以下の2 つの課題をとりあげる。 ①中国人日本語学習者が「聴解学習」に関してどのようなビリーフを持っているか。 中国人日本語学習者の「聴解学習」における「聴解学習の動機」、「聴解学習に影響する 要素」、「教師の教授法・教室活動」などに対して、どのような項目について肯定的なビリ ーフをもっているか、否定的なビリーフを持っている項目はどのような項目なのかについ て考察する。さらに、因子分析の手法を用いて、学習者の「聴解学習」ビリーフの中に存 在する因子を探る。 ②中国人日本語学習者は聴解学習ストラテジーに関してどのようなビリーフを持ってい るか。 近年、中国の聴解教育現場において、導入されるように始まった「推測」、「聞き流し」、 「自己モニター」などのような新しい教授法が目指す学習ストラテジー教育に含まれる聴

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9 解学習ストラテジーに対する学習者のビリーフの傾向を把握する。また、因子分析の手法 を用いて、聴解学習ストラテジービリーフに存在する因子を探る。 1.3 本研究の構成 本研究の構成は以下の通りである。 第 1 章では、中国人日本語学習者の聴解能力が低いという背景を踏まえ、中国人日本語 学習者が持っている聴解学習に関するビリーフの傾向を把握する必要性について述べる。 第 2 章では、言語教育分野におけるビリーフ研究の概念、調査方法を概観する。また、日 本語教育におけるビリーフ研究の中で、「学習者・教師のビリーフの解明」と「ビリーフと 学習ストラテジー使用の関連」という 2 つの研究課題を取り上げることにより、本研究の 位置づけを確認する。第 3 章では、中国における日本語教育の展開を概観し、現行の『教 育大綱』、中国人日本語学習者に関する先行研究、現場で使用している聴解教科書、および 3 人の日本語教師に対するインタビュー調査による聴解授業の実態という 4 つの観点から、 中国の大学における日本語の聴解教育の現状を明らかにする。また、それらから、聴解学 習に関するビリーフ研究の必要性を検討する。第4 章では、中国の 3 大学で行った調査の 概要について説明する。第5 章、第 6 章では、中国人日本語学習者の聴解学習に関するビ リーフについて、第 4 章で説明した調査方法を用いて、実施した「聴解学習」および聴解 学習ストラテジーに関するビリーフ調査について述べ、その結果について、カテゴリーご とに分析する。第 7 章では、学習者が持っている聴解学習ビリーフに潜在する要素を探り 出すため、第5 章、第 6 章の調査結果について、因子分析を用い、「聴解学習」および聴解 学習ストラテジーに関するビリーフに潜在する要素について考察する。最後の第8 章では、 本研究の要約と今後の課題について述べる。以下の図1.2 で、本研究の構成を示す。

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10 図 1.2 本研究の構成 第1 章 研究の背景と目的 研究背景:1980 年代以後、第二言語教育における言語学習ビリーフ研究が盛んになって いる。聴解は重要な言語技能であるが、聴解学習に関するビリーフ研究はほ とんどない。中でも、中国人日本語学習者の聴解能力が低い問題を解決する ために、新しい教授法の導入、定着には、学習者の聴解学習に関するビリー フ研究が必要である。 研究目的:中国人日本語学習者の聴解学習に関するビリーフの全体像を明らかにする。 本論 第2 章 先行研究 ・日本語教育におけるビリーフ研究 ・本研究の位置づけ 第3 章 中国の聴解教育の現状 ・日本語教育の展開 ・大学における聴解教育の実態 第4 章 聴解学習ビリーフに関する調査 ・「聴解学習」ビリーフ調査 ・聴解学習ストラテジービリーフ調査 第5 章 「聴解学習」ビリーフ ・アンケート調査の分析 第6 章 聴解学習ストラテジービリーフ ・アンケート調査の分析 第7 章 聴解学習ビリーフに関する因子分析 ・「聴解学習」ビリーフの因子分析 ・聴解学習ストラテジービリーフの因子分析 ・考察 第8 章 結論と今後の課題 ・全体の総括 ・今後の課題

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第 2 章 日本語教育におけるビリーフ研究の概観

本章では、第二言語教育及び日本語教育におけるビリーフに関する先行研究を踏まえ、 本研究で取り扱う聴解学習ビリーフを定義する。また、日本語教育におけるビリーフに関 する先行研究から得られた示唆についてまとめ、本研究の位置付けを確認する。 2.1 ビリーフの概念 1950 年代から、言語を学習する際における学習者の態度(attitudes)、動機づけ (motivation)、達成感(Language achievement)などの学習者の心理的な面に注目した 本格的な研究が始まった。1980 年代半ば、第二言語教育分野においても、このような学習 者の内的な学習観、すなわちビリーフに関する研究が注目されるようになってきた。 第二言語教育分野における先行研究で取り扱う言語学習ビリーフに関しては、様々な用 語や定義が用いられている。Barcelos(2003)は、第二言語教育分野で取り扱うビリーフ に関する用語と定義をまとめており、久保田(2007)によって翻訳されている(附録 1 参 照)。例えば、Wenden(1986)では、「Beliefs」という用語が用いられ、「経験や敬意を持 つ他者の意見に基づく意見であり、学習者の行動の仕方に影響を与えるもの。」と定義され ている。また、Riley(1994)では、「Representations」という用語を使い、「言語と個別 言語の本質、言語構造と言語使用の本質、思考と言語の関係、アイデンティティと言語の 関係、言語と思考力の関係、言語と学習者の関係、等に関する一般的な考え。」と定義され ている。その中に共通していることとして、言語と言語本質に関わるものという解釈があ る。それに加えて、Barcelos(2003)は、ビリーフは、認知的概念であるだけでなく、経 験や問題から生じた社会的構成体であると述べている。 本研究では、これらの定義に基づき聴解学習に関するビリーフについて、以下のように 定義する。 「聴解学習ビリーフとは、学習者が聴解学習の本質や学習方法などに関して、自らの経 験や知識などから形成された考え、信念である。」

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12 2.2 先行研究

2.2.1 ビリーフ研究の先駆:Horwitz(1987)の BALLI 調査

第二言語教育分野におけるビリーフ研究を大きく発展させた一人にHowitz(1985、1987) がいる。Horwitz(1985)は、語学教師向けのビリーフ調査票FLAS(Foreign Language Attitude Survey)(De Garcia, Reynolds,& Savignon 1976)を援用して教師向けの調査 票BALLI (Beliefs About Language Learning Inventory)(全27項目)を開発し、それ を学習者に対しても使用することで、学習者向けBALLIの開発を考案した。その後、Horwitz (1987)は、アメリカ国内の大学で英語を第二言語(ESL)として学習する様々な文化的 背景の学習者に対して学習者向けBALLI(全35項目)を用いてビリーフ調査を行なった。 回答方法は、調査項目の内容にどの程度同意できるかについて、リッカート尺度による5段 階の判定(「強く賛成-1」から「強く反対-5」まで)を行うというものである7

BALLIの全項目は5つのカテゴリー、すなわち外国語の適性(Foreign language aptitude)、 言語学習の困難度(The difficulty of language learning)、言語学習の本質(The nature of language learning)、学習とコミュニケーション・ストラテジー(Learning and

communication strategies)、動機づけ(Motivations)から構成されている。このBALLI 調査の結果から、学習者のビリーフとストラテジー使用には関係があり、誤ったビリーフ は効果の少ないストラテジーに導かれる可動性があること、また学習者が持っているビリ ーフは認知スタイルや情意的な諸要因に比べ、教室活動の仕方に影響されやすく、可変的 であることも報告された。 Horwitz(1987)は、BALLI調査には二つの目的があると述べた。一つは研究のための 道具として、学習者と教師の言語学習に対するビリーフを評価することである。Horwitz (1987)はBALLIを用いて調査することで、①学習者のビリーフの特性と、ビリーフが学 習ストラテジーへ与える影響の理解;②教師がある教育手法を選ぶ理由の理解;③教師の ビリーフと学習者のビリーフの相違の決定;といったことができると述べている。 もう一つの目的は教育のための道具として教師向けワークショップで利用したり、教師 が学習者の言語学習ストラテジーを改善したりするために学習者との話し合いの中で利用 するというものである。 7 35 項目のうち 1 項目(BALLI 15 番)は「1 日に 1 時間の言語学習で、その言語をとても上 手に話せるようになるのにどれくらいの時間がかかるか」という質問で、回答は5 択である。

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13 ビリーフ研究については、その後、学習者自身の特徴(性別や出身国)、学習環境(第二 言語か外国語か)、学習する言語によるビリーフの特徴の違いの研究や、学習ストラテジー の習得・使用とビリーフの関係の把握、様々な学習者の特性(態度、動機づけ、認知スタ イルなど)とビリーフの関係の把握などのように多様な展開をしていく。 このようなビリーフ研究の展開にともない、ビリーフ研究の調査方法も変化してきた。 2.2.2 ビリーフ研究の調査方法 近年、ビリーフ研究の広がりにより、調査方法も以前のBALLI 調査より多様に変化して いる。Barcelos(2003)は、これまでのビリーフ研究の方法についてまとめ、「標準的アプ ローチ(normative approach)」、「メタ認知アプローチ(metacognitive approach)」、「文 脈的アプローチ(contextual approach)」の 3 つの方法論にわけた(附録 2 参照)。この 3 つのアプローチの中でも、「標準的アプローチ」は質問紙法とも言われ、ビリーフ研究でよ く利用されている。 この質問法について、杉本(2003)は、質問紙法の長所として一度に多くのデータを収 集することができ、大規模なデータの統計解析が可能であり、分析の結果の信頼性が高く、 結果の一般化を行いやすいことを挙げている。一方で久保田(2007)は、質問紙法には、「① 個人の内面を深く捉えることが難しい;②調査対象者の防衛が働きやすい;③年齢、言語 能力などの適用者に制限がある」という三つの短所があると指摘している。 本研究は、中国人日本語学習者の一般的な聴解学習に関するビリーフを把握するために、 多人数の学習者を調査対象とする。より一般的、信頼性の高い調査結果を得るために、質 問紙法を用いて調査する。そして、質問紙法の短所に関して、以下のような対応策をとっ ている。 ①中国人日本語学習者の聴解学習に関するビリーフの一般的な特徴を明らかにすることを 目的とするために、学習者個人の聴解学習ビリーフの特徴を調査対象外とする。学習者 個人の聴解学習ビリーフの解明は今後の課題とする。 ②学習者の防衛の心理を軽減するために、調査票の中で、本調査の目的、調査結果が成績 と無関係なことを説明する。 ③学習者の日本語能力の限界を考慮し、調査表は中国語に翻訳する。 本研究の調査方法に関しては第4 章で詳しく述べる。

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14 2.2.3 日本語教育におけるビリーフ研究 日本語教育におけるビリーフ研究は1990 年代に入ってから盛んになっており、これまで の日本語教育分野においての主なビリーフ研究としては、橋本(1993)、水田他(1995)、 斎藤(1996)、岡崎・堀(2000)、岡崎(2001)、尹(2001)、片桐(2005)、久保田(2006)、 呉(2007)などが挙げられる。先行研究で取り扱われている研究課題は概ね次の 5 点に整 理できる。①学習者・教師のビリーフの解明;②ビリーフと学習ストラテジー使用の関連; ③特定グループのビリーフの比較;④ビリーフと言語能力の関連;⑤ビリーフの変容。そ の中で①の学習者・教師のビリーフの解明は、多くのビリーフ研究で共通している課題で あり、ビリーフ研究の基本的課題であると言える。本研究の課題でもあり、次節で、その 課題に関する代表的なビリーフ研究について詳しく紹介する。また、次々節では②のビリ ーフと学習ストラテジー使用の関連に関する先行研究についても、本研究との研究視点の 異なりについて述べる。その他のビリーフ研究については、最後の節で概観する。 2.2.3.1 学習者・教師のビリーフの解明 学習者・教師のビリーフの解明とは、厳密に言えば、学習者、あるいは教師が持ってい る日本語学習に対するビリーフの傾向や特徴を解明することであると言える。日本語学習 ビリーフに関する先行研究の中で、この課題を取り上げている主な研究としては、橋本 (1993)、片桐(2005)、久保田(2005)が挙げられる。 まず、橋本(1993)は、学習者の日本語学習ビリーフの特徴の解明を課題とした研究を 行った。この研究では、筑波大学留学センター予備教育課程、初級日本語学習者46 名を対 象に、1991 年春学期~1992 年春学期の三つの学期にわたって BALLI アンケート調査と BALLI の運用に関する討論を行った。そして、これらの結果から、学習に悪影響を及ぼす ビリーフは修正できる可能性があることが得られた。修正を行うことで、学習ストラテジ ーの使用にも変わり得ることが報告されている。さらに橋本(1993)は、今後の BALLI 調査が言語学習全般のみではなく、言語学習の中で特定領域に適用できる可能性があるこ とを言及している。 片桐(2005)も、学習者のビリーフの解明を課題として研究を行った。この研究では、

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15 フィリピン大学における日本語受講生 156 名を対象にし、ビリーフ調査を実施した。その 調査票は、7 領域(①教師の役割;②教授法・教室活動について;③言語学習の性質につい て;④文字学習について;⑤コミュニケーション志向について;⑥言語習得と日本語;⑦ 言語学習と文化の関係について)にわたる50 項目からなる。この調査結果では、フィリピ ン日本語学習者の特徴として「学習者参加型の教室活動を望む」、「文法重視」、「誤りに対 する寛容性がやや低い」、「<1 日 1 時間の学習で外国語が 1-2 年で上手になる>に賛成す る人が多い」などの結果が得られたこと、さらに、学習期間の長い学習者はより実践的・ 自律的・統合的な志向が強くなる傾向が示されたことも報告されている。 以上の二つの学習者のビリーフ研究のほか、教師の日本語教育に関するビリーフ研究も いくつか存在する。しかし、そのほとんどは、現地ノンネイティブ日本語教師と日本在住 の日本語教師の比較、あるいはある国・地域のノンネイティブ日本語教師を対象にする個 別研究がほとんどである。久保田(2006)は、海外で日本語教育に携わるノンネイティブ 日本語教師 415 名から得られたビリーフ調査の結果に基づき、因子分析を用いてノンネイ ティブ日本語教師のビリーフの特性を分析した。因子分析の結果、「正確さ志向」8と「豊か さ志向」92 因子が抽出された。また、被験者の各因子に対する尺度得点を算出し、性別、 年齢など 7 種類の属性ごとに平均値を比較した結果、「正確さ志向」の因子は性別、地域、 日本語運用能力、教授対象、また、「豊かさ志向」の因子は前述の属性に加え日本での学習 経験の有無の違いによって有意差のあることが見出された。 2.2.3.2 ビリーフと学習ストラテジー使用の関連 ビリーフと学習ストラテジーに関する研究では、学習者が持つビリーフが学習ストラテ ジーの使用にどのような影響を与えるかについて検証されている。 8 「正確さ志向」因子には、「言語の構造や発音の面での『正確な』産出をめざし、そのた めに授業では文法の詳しい知識を与え、練習においても正確さを求め、学習量を重視し、 教師自身にもできるだけネイティブに近い『正確さ』を求める傾向がある」。(久保田2007、 p.59) 9 「豊かさ志向」因子には、「ことばの知識を教科書どおりに与えるのではなく、ことばの 背景にある文化を重要と考え、教養としての日本語の学習、ことばを学ぶことやコミュ ニケーションの楽しさを学習者自身に体験させることを重要だと考える傾向がある」。 (久保田2007、p.60)

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16 日本語教育分野では、ビリーフと学習ストラテジー使用の関連に関する研究は呉(2007) のほかは、あまり見られない。 呉(2007)は、ビリーフと学習ストラテジーの因子間の関係を明らかにするために、6 大学で日本語を専攻としている韓国人大学生 208 名を対象にして調査を行った。ビリーフ の調査表はHorwitz(1987)と板井(1997)を参考にし、67 項目からなる韓国版 BALLI を作成した。そして、学習ストラテジーの調査表としてOxford(1990)の SILL(Strategy Inventory for Language Learning)を修正した韓国版 SILL を作成した。

呉(2007)の調査では、「日本語学習に際しての願望」と「積極的な言語学習態度」の 2 因子は、言語学習ストラテジー使用に極めて有効であることが確認できた。一方で、母語 や教科書に頼る「言語学習の性質」因子は学習ストラテジーに望ましくない影響を与えて いることが明らかになった。 学習者が持っている学習に望ましくないビリーフは、学習ストラテジーの使用を制限す ることになり得ることが予測されている(Horwitz 1988)ため、ビリーフと学習ストラテ ジーの使用の関連性を調べることが、先行研究での課題になっている。 しかし、1.1.2 で述べたように、学習者の使用する学習ストラテジーは、学習ストラテジ ーに関するビリーフに影響される。学習者自身の言語学習ストラテジーに関するビリーフ の解明を先に行う必要がある。 そこで、本研究では、呉(2006)の視点と異なり、中国人日本語学習者の聴解学習スト ラテジーに関するビリーフの解明を一つの課題とすることとした。 2.2.3.3 その他のビリーフ研究 本研究とは直接的には関連がないが、参考として周辺の先行研究について以下にまとめ る。 まず、2.2.3 に挙げた③の特定グループのビリーフの比較とは、異なる文化・社会の背景 で日本語を学習する学習者及び教師間のビリーフを比較、或いは同じ文化・社会の背景に おける学習者と教師のビリーフを比較することである。この課題を取り扱った主な先行研 究としては、水田他(1995)、と岡崎智己(2001)が挙げられる。 水田他(1995)は、台湾の大学 1 年次に在籍する日本語学習者 46 人、オーストラリアの 大学1 年次に在籍する日本語学習者 65 人を対象にビリーフの比較調査を行い、その結果、

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17 2 群では、32 項目のうち 12 項目において有意差が認められたと述べている。しかし、両グ ループの日本語学習者の抱くビリーフの差が生じる要因については言及されなかった。 岡崎智己(2001)は、異なるグループの日本語教師のビリーフを比較する研究を行った。 岡崎智己(2001)の調査結果からは、日本人教師には教養としての、中国人教師には実用 としての外国語学習を志向する傾向の違いがあることが明らかになった。 次に、④のビリーフと言語能力の関連という研究課題では、学習者が持っている言語学 習ビリーフと学習成績との間に関連があるかどうかを検証している。 岡崎・堀(2000)は、韓国の大学の 1 年生の日本語学習者を対象にして Horwitz の BALLI を用い、日本語の学習成績とビリーフの間の相関関係、及びビリーフによる日本語の学習 成績の予測の 2 点を研究課題としてビリーフ調査を行った。その結果、ある特定のビリー フを強く持っているか否かが学習の成功と結びつく可能性があることを見出した。 尹(2001)は、中国の首都師範大学における日本語を主専攻とする 1、2、3 年生 89 名 を対象にして調査を行い、日本語能力とビリーフとの間に相関があるかどうかを調べるた めに、1、2、3 年生の学年末の「精読」10の成績と、BALLI の 34 項目の平均値を用いて相 関係数を求めた。その結果、34 項目のうち「8.日本語を話すためには日本文化に関する知 識が必要だ(-)11「19.女性は男性より外国語を学ぶことが得意だ(+)」「22.日本語 学習の最初の段階で誤りが訂正されないと後で直すのが難しい(+)」「25.外国語を聞い て理解するより話すほうが簡単だ(+)」「28.外国語を学ぶのに最も重要なのは、自分の 国の言葉から翻訳することだ(-)」の5 つの項目について学習成績との間に正や負の相関 が見られることが分かった。 以上の研究結果から、学習者が持っている日本語学習に関するビリーフと言語能力には 関連性があることが指摘できる。 最後に、⑤のビリーフの変容という研究課題では、学習者・教師のビリーフが経験や環 境などの影響により、どのように変化するかを検証している。代表的な先行研究としては、 斉藤(1996)と岡崎・堀(2000)が挙げられる。 斎藤(1996)は、自分の学習方法や学習成果に不満や疑問を持っている学習者は、現状 や学習方法に満足している学習者に比べ、教師が提起する新しい方法を受け入れやすい傾 10「精読」は、 1、2 年生の場合は、文法、文型を中心とする授業、3 年生の場合は、読解 を中心とする上級日本語の授業である。 11 (-)は、負の相関で、(+)は正の相関である。

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18 向にあり、その結果を支えているビリーフも変容しやすいと述べている。 岡崎・堀(2000)は、日本語学習の前後でのビリーフの変化を研究課題の一つとし、Horwitz のBALLI 調査票に改定を加えたものを使用し、質問紙調査を行った。その結果、日本語学 習を経験してもその前後でビリーフの大半が変化しないことを導き出した。 2.3 本研究の位置づけ 以上のような先行研究の成果と課題を踏まえ、本研究を以下のように位置づける。 ① 日本語教育における聴解学習に関するビリーフ研究の初の試み 2.2.3 で日本語教育におけるビリーフ研究を概観したように、これまでの先行研究では日 本語学習全般に関するビリーフ研究が一般的であり、聴解学習に対して特化したものは見 られない。日本語学習における技能別ビリーフ研究としては、田中・北(1996)、田中(2005) 及び片桐(2009)の作文学習に関するビリーフ研究が見られるが、聴解学習に関するビリ ーフ研究は筆者の調べた限りではほぼ皆無である。 第 1 章で述べたように、聴解は言語学習において重要な技能であり、学習者の聴解学習 行動を理解し、新たな聴解指導方法を導入するためにも、学習者の聴解に関するビリーフ 研究は非常に重要であると考える。 ② 聴解学習ストラテジーという概念づけとそれに基づくビリーフ研究 2.2.3.3 でも述べているように、これまでの日本語教育分野において「ビリーフと学習ス トラテジー使用の関連」に関する先行研究は少ない。学習ストラテジーの使用に焦点をあ てる研究が一般的である。一方で、学習者が使用している学習ストラテジーを支えている 学習ストラテジービリーフに関する研究はほぼ見当たらない。 本研究では、第二言語教育分野における学習ストラテジーとコミュニケーション・スト ラテジーの概念の相違に基づき、聴解に関する先行研究における聴解ストラテジーに関す る概念を参考に、本研究で取り上げる新たな聴解学習ストラテジーに関する概念を考案し た。さらに、これまでのビリーフ研究で抜けていた聴解学習ストラテジーに関するビリー フに着目する。

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19 ③ 中国人日本語学習者の聴解学習に関する初のビリーフ研究 1.1.2 で述べたように、中国人日本語学習者の聴解能力は他の言語技能に比べ、相対的に 低いと言われている。それにもかかわらず、中国の日本語教育分野における聴解学習に関 する基礎研究は不足している。 そこで、本研究では、中国の大学で日本語を主専攻とする大学生を対象に、聴解学習に 関するビリーフの特徴を把握することにより、今後の中国人日本語学習者の聴解教育にお ける新しい教授法の導入・定着に対し、基礎的な研究成果の提供を行う。

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第 3 章 中国の大学における日本語の聴解教育の現状

序章の1.1.2 では、筆者の体験、日本語能力試験、及び中国における日本語聴解教育から、 中国人日本語学習者の聴解学習に関するビリーフ研究の必要性を述べた。本章では、この ような研究の背景を踏まえ、中国における日本語教育を概観し、『教学大綱』12における聴 解教育の指導方針、中国人日本語学習者に関する先行研究、教育現場で利用する従来の教 科書と新しく作成された教科書との比較、および教育現場で行われている聴解授業の実態 という 4 つの観点から、中国の大学で行われている聴解教育の現状について詳しく分析を 行う。 3.1 中国の日本語教育の展開 本節では、中国における日本語教育の歴史を踏まえ、中国の外国語教育における日本語 教育の展開を概観する。また、国際交流基金によって作成された『海外の日本語教育の現 状 日本語教育機関調査・2009 年』(以下『調査 2009』とする)の調査結果に基づき、中 国における日本語教育の現状を把握する。 中国で最も早く日本民族と日本語について記録されているものは『三国志』の「魏志倭 人伝」である。中国における日本語教育の歴史は16 世紀半ばを過ぎてから始まると考えら れ、日本語教育と日本研究に関する書物が少しずつ編集されるようになった。清の時代に なると日本の明治維新に影響を受け、1892 年から 1912 年の間に、当時の政府は日本から 多くの教師を招き、中国の各地で日本語と人文基礎科学の教育を行った。中国で初めて日 本語教育が盛んになったのはこの時期であると言われている。1940 年代の中国では、文法 教育を中心にした日本語教育が行われるようになった。 現代の中国の日本語教育は中華人民共和国成立(1949 年)から主に 3 つの段階を経てき たと考えられる。以下で、各段階における中国の外国語教育及び日本語教育の概観につい て確認する。 (1)第一段階:模索の時代(1949 年~1970 年代) 中華人民共和国成立から50 年代末にかけては、同じ社会主義国である旧ソ連から大きな 12 『教学大綱』は、日本の『学習指導要領』の趣旨や内容と同様である。

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21 影響を受けていた。政府は1950 年~1952 年に「一辺倒」13政策を実施した。その結果、多 くのロシア語人材を養成するため、それまでの高等教育機関における外国語学科はロシア 語学科に取って替わられることとなった。 1950 年代末から、旧ソ連との関係が悪化したことに伴い、ロシア語一辺倒の外国語教育 は見直され、英語をはじめ、他の外国語教育が盛んになりはじめた。この時期には、高等 教育機関における日本語学科の設置が増え、日本語教育も発展し始めた。しかし、1966 年 からの「文化大革命」の10 年間、外国語教育は再度冬の時代を迎える。 その後1972 年、日本との国交が回復したことに伴い、中国の日本語教育は第一次ブーム を迎えた。特に東北三省14を中心に日本語教育を始める中等教育が急増し、1973 年、1974 年には中等教育における日本語学習者数はピークに達し、全国で30 万人を超えていたと言 われる。この地域と内モンゴル自治区に集中している朝鮮族やモンゴル族の日本語学習者 にとっては、日本語は母語に近いため学習しやすく、今でも日本語を第一外国語として学 習する人が多く存在している。 (2)第二段階:成長の時代(1978 年~90 年代) 1978 年、改革開放の政策が実施されることで社会は大きな転換期を迎えた。政策は外国 語教育においても大きな変化をもたらした。 「文化大革命」の影響により、これまでの外国語教育の目標は「国のために人材を養成 する」であった。したがって、学習者の学習動機も一様に「国のため」であった。しかし、 改革開放以来、外資企業の大量進出や海外留学ブーム、海外旅行の増加などにより、外国 語学習動機が多様に現れるようになった。 日本語教育もこの時期から1980 年代にかけて学習者数が急増し、第二次のブームといわ れる発展期に入った。1982 年、教育部は中等教育に関する教学大綱の策定と統一教科書の 作成に先立ち、中等機関における初めての日本語教育ガイドラインとなる『中学日本語教 学大綱』を制定した。また、日本語を英語と同じように大学入試の外国語科目の一つとみ なすようになった。 そして、1980 年代後半から、外国語教育は知識習得より運用能力を重視する方針に変わ 13 1950 年代初期、中国の外交は「一辺倒」政策をとったため、ロシア語は当時の最も需要の 高い外国語になり、その結果、外国語教育もロシア語「一辺倒」政策をとった。 14 東北三省は、黒龍江省、吉林省、遼寧省のことを指す。

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22 った。すなわち、「コミュニケーション能力」を養成する教育指導方針が本格的に始まった のである。同時に日本語教育においても、「日本語によるコミュニケーション能力を重んじ る」という目標が掲げられた。 さらに、1990 年代に入ると、中国経済、社会の発展に伴い、「素質教育」15が全面的に推 進された。それにより、外国語教育の目的も、思想教育、文化的素養の習得、知力開発と 多様化した。日本語教育では1992 年に『九年制義務教育全日制初級中学日本語教学大綱(試 用)』が教育委員会により発表され、1992-1995 年には初級中学用の統一教科書が出版され た。また、1996 年に『全日制普通高級中学日本語教学大綱(供試験用)』が発表され、 1996-1998 年に『全日制普通高級中学教科書 日本語(試験本)』が人民教育出版社から出 版された。 この時期、小・中学校における日本語教育は、英語教育の普及の影響を受け、日本語学 習者数が減少する傾向が見られた。しかし一方で、日本語学科を設置する大学が増加し、 日本語教育が徐々に高等教育に定着し、発展してきた。 (3)第三段階:新たな挑戦の時代(21 世紀~) 21 世紀に入ってから、中国の日本語教育は新たな課題に直面している。『調査 2009』の 調査結果により、1998 年~2009 年の中国における日本語教師数、機関数及び学習者数は大 幅に増加していることがわかった(図3.1 参照)。 図 3.1 1998 年~2009 年中国における日本語教師数、学習者数及び教育機関数の変化 『調査2009』により筆者作成 15 国家教育委员会(1997)『关于目前积极推进中小学实施素质教育的若干意见』では、素質教育 とは、「教育を受ける者及び社会の長期的な発展の需要に着目し、全ての学習者に向けること を趣旨とする。主として教育を受ける者の態度、能力を養成すること、また、道徳的・知的・ 身体的などの面において、生き生きとした、活発で主体的な発達を促進することを基本的特徴 とする教育である。」と定義されている。

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23 さらに、『調査2009』では、2009 年に中国の日本語高等教育機関161,079 機関(全国 の日本語教育機関全体1763.2%)であり、また、日本語高等教育機関における日本語教師 数は9,450 人(全国の日本語教育機関における日本語教師数全体の 60.5%)、日本語学習者 数は529,508 人である(全国の日本語教育機関における学習者数の 64.0%)と報告されて いる(図3.2 参照)。この結果から、中国で行われている日本語教育の中心は高等教育機関 にあることがわかる。 図 3.2 2009 年中国日本語教育機関調査結果 国際交流基金HP:http://www.jpf.go.jp/j/japanese/survey/country/2011/china.html(2012.10.2 参照) また、学習者の日本語学習動機の傾向について、『調査2009』では「将来の就職」のよう な実利志向が依然として高い割合を示しているが、一方で、「マンガ・アニメ等に関する知 識」や「日本語そのものへの興味」のような知識志向の割合が高くなってきたことが報告 されている。その理由の一つとして、張(2010)は、この 10 年あまりの間に、インターネ ットやメディアの急速な普及により、中国人学習者は日本語や日本文化・社会に接触する 機会が学校の授業だけでなく、日常生活にまで拡大している。特に大学における学習者は、 入学時からパソコンを所有し、学生寮でインターネットにアクセスできるようになってい 16 国際交流基金(2009)『日本語教育機関調査 2009』の中で、「高等教育機関」は、日本の大学 院、大学、短期大学、高等専門学校にあたる学校教育機関であると説明されている。本研究 では、4 年制の大学における日本語専攻とする学習者を研究対象とする。 17 ここでの日本語教育機関全体は、①学校教育機関(初等段階・中等段階・高等段階)、②学校 教育以外の機関(民間の語学学校、公的機関が運営する生涯教育機関などが含まれている)、 ③複数段階教育機関(「初等教育と中等教育」、「中等教育と学校教育以外」など、①、②の教 育段階をまたがって日本語教育を実施している機関)のことを指す。(『調査2009』による)

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24 ると述べている。 日本で流行している文化やファッションなどのようなポピュラー・カルチャーは中国の 日本語学習者に大きく影響を与えていることが考えられる。中国人日本語学習者の日本語 学習の動機は以前の実利志向偏重から実利志向や知識志向といった具合に多様化してきて いるのである。 以上(1)~(3)の背景から、中国の外国語教育における日本語教育は長い歴史の中で、 「模索の時代」、「成長の時代」から「新たな挑戦の時代」に入り、学習ニーズに合わせな がら変容していることがわかる。現在、中国における日本語教育は画期的な変化の時期を 迎えている。 このような現状の中、筆者は現行の日本語教育の実態を改めて確認し、学習者の日本語 学習に関してどのような考えや認識を持っているか、またどのように変化しているかを把 握することがこの分野において新たな課題となってきていると考える。 中国人の日本語学習に関するビリーフ研究が今、必要なのである。しかしながら、これ までの中国の日本語教育分野において、学習者の日本語学習ビリーフ研究のような基礎的 な研究は少ない。 本研究では、上記のような中国の日本語教育の背景と課題を踏まえ、中国における日本 語教育のビリーフ研究を取り上げ、今後の日本語教育の改革のための基礎的なデータとし て提供したいと考えた。 3.2 中国の大学における日本語の聴解教育の実態 前節では、中国における日本語教育について概観し、学習者の日本語学習ビリーフに関 する研究が中国の日本語教育の課題であることを述べた。また、でも言及したように中国 における日本語教育の中で聴解教育の実態の把握は大きな課題になっている。そこで本節 では、日本語教育の指導要領である『教学大綱』、聴解教育の主なツールである教科書の二 つの視点から中国の大学における日本語教育の実態を分析していく。 3.2.1 『教学大綱』から見た聴解教育の到達目標 中国の大学における学部レベルの日本語教育は、「日本語専攻」、「非専攻第1 外国語」、「非

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25 専攻第 2 外国語」に分類される。本研究では、「日本語専攻」の学習者を対象とする。「日 本語専攻」の4 年制の「大学本科」18では、1 年・2 年の「基礎段階」、3 年・4 年の「高学 年段階」に分けられている。ここでは、4 年制の「日本語専攻」における聴解教育の概況に ついて、『教学大綱』に沿って紹介したい。 中国の大学で行われている日本語教育の『教学大綱』はこれまで次の表3.1 にあるように 3 部が制定されている。現在、使われている『教学大綱』は中国の教育部19高等学校外語専 業教学指導委員会日本語組によって作成された『高等院校日語専攻課程基礎段階教学大綱 (2001)』(以下『大綱 2001』とする)及び『高等院校日語専攻課程高学年段階教学大綱 (2000)』(以下『大綱 2000』とする)の 2 部である。 表 3.1 中国の大学で行われている日本語教育の『教学大綱』 出版年 教学大綱 1990 年 『高等院校日語専攻課程基礎段階教学大綱』 2000 年 『高等院校日語専攻課程高学年段階教学大綱』 2001 年 『高等院校日語専攻課程基礎段階教学大綱』 基礎段階の『大綱1990』と『大綱 2001』の全体の構成はあまり変更がないため、ここで は『大綱2001』と『大綱 2000』における聴解技能の到達目標20について紹介する(表3.2 参照)。 18 中国の「大学本科」は、日本の大学における4 年制の学部にあたる。 19 中国の教育部は、教育、言語、文字事業を管轄する行政部門である。日本の文部科学省にあ たる。 20 尹(2005)は、『教育大綱』における言語技能の到達目標について翻訳したので、ここでは、 その原文を引用する。

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26 表 3.2『大綱 2001』と『大綱 2000』における聴解技能の到達目標について 聴解技能の到達目標 基 礎 段 階 の 『 大 綱 200 1 』 1 年 ①流れてくる音声の中から正確に各音節を識別することができる。 ②教室用語及び平易な日本語による説明を聴いて理解することができる。 ③習っているテキストと同難易度の聴解教科書及び録音教科書を聴いて理解す ることができる。 ④学校での日常生活をトピックとした談話を聴いて理解することができる。理 解度は80%以上である。 ⑤話し速度が1 分間 200-220 字であり、未知語が 10%以下で、新しい文法事 項のない聴解材料を聴いて理解することができる。2 回聴いた後、大意を理 解し、主なあらすじを掴むことができる。理解度は75%以上である。 2 年 ①日本語による講義及び習っているテキストと同難易度の聴解教科書・録音教 科書を聴いて理解することができる。 ②普通の速度で日本語母語話者が標準語を用いて行う講義あるいは簡単な報告 を聴いて理解することができる。理解度は65%以上である。 ③話し速度1 分間 240-260 字であり、未知語が 10%以上の生の聴解材料を聴 いて理解することができる。1 回聴いた後、大意を理解し、主な内容とあら すじを掴むことができる。また、話し手の気持ちと態度を理解することがで きる。理解度は75%以上である。 ④わが国の国際放送における対日放送のニュース及び文化を紹介するような番 組を聴いて主な内容を理解することができる。理解度は75%以上である。 高 学 年 段 階 の 『 大 綱 200 0 』 3 ・ 4 年 ①普通の速度で日本語母語話者が標準語を用いて行う講義、談話を聴いて理解 することができる。すばやい反応で、正確に理解し、中心的な内容を復唱で きることが要求される。 ②日本のテレビ番組や現場リポート、方言話者による談話を聴いて、重要な内 容とあらすじを把握することができる。 尹(2005)より引用 pp.158-159 表 3.2 に示しているように、1・2 年の基礎段階では、聴解技能の到達目標について、音 声の速度や理解度などのように非常に詳細に定められているに対し、3・4 年の高学年段階 での到達目標は大まかであると言えるだろう。 実際の聴解教育現場において、その到達目標を実現するかどうかについてどのように評 価するかは重要な課題である。例えば、1・2 年の基礎段階の到達目標の中で、聴解の理解 度について具体的な数字で定められている。しかし、学習者が聴く内容に対して80%、75% 以上の理解度に達しているかどうかについて、教育現場ではその理解度を測る方法はない。 すなわち、『教学大綱』における聴解技能の到達目標は実際の教育現場で行っている聴解教 育実務とは必ずしも一致するものではない。 しかも現行の『教学大綱』は10 年以上も前に制定されたものであり、この 10 年間で中 国の日本語教育の構造や学習者のニーズや考えは変わりつつある。そのため、『教学大綱』

参照

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