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聖室の組織と活動 1 - 1 聖室施設の名称

第 2 章 ハノイ聖室の組織と活動

第 1 節 聖室の組織と活動 1 - 1 聖室施設の名称

ハノイ聖室は、住宅と食堂が立ち並ぶホアマー通りの一角にある。裏手に高層な造りの 民家やホテルが迫り、隣には、客で賑わう食堂が軒を連ねる。

敷地は、上部に防犯用の鉄の柵がついた1メートル70センチほどのコンクリート製の白 塗りの壁に囲われており、内側には数種類の木々が植樹されている。通りに面した南面の 鉄製扉が、聖室へのただ一つの出入り口となる。この正門は、毎月 2 回の朔望日といくつ かの大儀礼日以外は、基本的に固く閉じられている。

建物自体は、その一部がカオダイ教施設特有の三角屋根が突き出た 2 本の塔を有する造 りである。外壁は、南部地域のカオダイ教施設に多く見られるような赤、黄、青のトリコ ロールカラーからなる鮮明な色使いとは異なり、暖色の落ち着いたクリーム系の色で塗装 されている。カオダイ教施設とわかるような異彩を放つ目立った外装ではないため、門上 に記された「首都ハノイ聖室(Thánh ThấtThủ Đô Hà Nội / タイン・タット・トゥ・ドー・

ハ・ノイ)」の文字を注意深く見なければ、それがカオダイ教宗教施設と判別することは難 しい(写真1)。

約70㎡の敷地内に入ると、小さな前庭があり、左手に前代表フォー師の記念碑がある(写 真2)。記念碑は、1998年にフォー師が亡くなった後に建立された1。聖室を訪れた所属の信 徒は、施設内に入る前に必ずこの碑に拝礼する。記念碑前には、陶製の鉢に入った植木が 整然と並べられ、季節の花を咲かせている。

ハノイ聖室の施設は三棟からなる。正門を入って正面に建つのが、事務室(phòng văn phòng / フォン・ヴァン・フォン)を擁する建棟である2。その左手には「宝殿(bửu điện / ビュウ・

ディエン)」施設が併設する。正門右手には、事務室の建棟と半分向き合うかたちで、客室

1 フォー師は、本山のベンチェー聖会に戻り亡くなっている。葬送儀礼は、ベンチェー聖会 でおこなわれ、ハノイ聖室からもホアを含む20名の在家信徒が参列した。

2 「宝殿(bửu điện / ビュウ・ディエン)」は、カオダイ教の用語で「正殿(chánhđiện / チ ャイン・ディエン)」とも呼ばれる。

写真1 首都ハノイ聖室

写真2 敷地内から見た宝殿施設外観、手前はフォー師の記念碑

写真3 ハノイ聖室の中庭。左手の木の陰に、敷地への入り口である鉄製の扉がみえる

図10 ハノイ聖室一階の間取り図

棟(nhà phòng khách / ニャー・フォン・カィック)が建つ(図10)。各建棟を表す固有の名 称はない。「宝殿」などのカオダイ教特有の名称や、「客室」といった一般名称はあるが、

ハノイ聖室の信徒が日常的にこうした語を使うことはない。それぞれの部屋への移動は、

文脈に合わせて「(中に)入る」を意味する「ディーバオ(đi vào)」といった動詞や、「あち ら」を意味する「キア(kia)」などの指示代名詞によって表わされる。ただし「宝殿」に行 く行為に関しては、「レン(lên)」の語が使われる。「(高いところに)のぼる」ことを意味 するこの語を信徒の誰かが発したときには、「宝殿」に行くことを示唆していると、みなが 共通に理解する。

1-1-1 事務室

事務室は、儀礼後に行われる説法や会議のほか、事務作業や事務連絡、応接室としても 用いられる。代表者のホアは、食事や睡眠を含めて一日の大半をここで過ごす。「宝殿」施 設に近い西側と客室に近い東側の二カ所に出入口があり、信徒はいずれかの前で靴を脱ぎ、

事務室やその先の「宝殿」施設に出入りする。室内には、約40人分の椅子と長テーブルが 置かれており、「宝殿」施設側を上座としてホアが中央に座し、その右側に男性、左側に女 性がそれぞれ職位の階級と年功序列に従って席に着く。また壁には、ホアの席の頭上にホ ーチミンの肖像画が、北側にはバンチンダオ派の標語である「慈悲(từ bi / トゥー・ビー)・

博愛(bác ái / バック・アイ)」の文字と、同派の教宗グェン・コック・トゥオンの写真が掲

げられている。

写真4 事務室内正面。「宝殿」施設が奥に続く3 正面には、故ホー・チ・ミン主席の肖像画が飾られている

3 この写真は、2011年9月の補足調査で撮影した。2005年から2006年の長期調査中にはな かったテレビが購入され、事務室正面に設置されていた。

写真5 事務室内全体

事務室の並びには台所と男性用トイレがある。ホアは炊事を全くしないため、台所には 最低限の炊事道具しか備え付けられていない。電気炊飯器はあるが、主に供養儀礼等で祭 壇に供える菜食の準備や、外部からの宿泊者のための食事の準備が必要な時にのみ使われ、

日頃はほとんど使用されない。ちなみにハノイ聖室内には、近年ハノイの一般家庭に普及 しているガスコンロや冷蔵庫はない。そのため料理の用意をする必要がある場合には、聖 室活動を支える中心グループの女性たちがそれぞれの自宅で個別に調理したものを聖室に 持ち込むか、あるいは事務室の建棟の屋上で、練炭や携帯コンロを使い煮炊きする。水は 敷地内にある井戸から電気ポンプで汲みあげる。飲料水としてだけでなく調理やトイレ、

掃除といったハノイ聖室内におけるすべての活動にこの水を使用する。皿洗いや洗濯等の 水仕事は、この井戸の周辺でおこなわれる。トイレは水浴び場と兼用で、1畳程度の部屋の 中央に間仕切りを設けてふたつの個室に分かれている。水浴びに使用する水は、個室の外 に置かれた水甕に貯めて使う。使用後は、電気ポンプで井戸から汲み上げ、手桶で注ぎ足 す。近年ハノイ市内の一般家庭に普及しているシャワーはない。

1-1-2 「宝殿」施設

「宝殿」施設は、一階の「報恩祠(báo ân từ / バオ・アン・トゥ)」と、二階の「宝殿」

からなる。一階の「報恩祠」には、祖先が祀られている。ここで供養儀礼などの通過儀礼 がおこなわれる。

南側入り口からみて正面に、「祖先の祭壇(bànth̀ơ tổ tiên / バン・トー・トゥ・ティエン)」 がある。祭壇上の壁に、祖先を意味する「七祖九玄」と漢字で書かれた板が張られ、ここ が祖先の霊を祀ることを指し示す。それを挟むようにして、向かって右側には男性の、祖

写真6 報恩祠内部、水色のカーテン奥は「祖先の祭壇」

先の霊が、左側には女性の祖先の霊が祀られることを意味する「諸真霊男派(chư chơn linh nam phái)」および「諸真霊女派(chư chơn linh nữ phái)」という板が、それぞれ貼られている。

これは、天界で至高神に仕える祖霊たちの功績を讃える意味を示している。

祭壇は 2 段からなる。上段の中央にバンチンダオ派教宗であるグェン・ゴック・トゥオン の遺影が飾られ、その前にはベトナムで一般的な、祖霊を祀るための香炉が置かれている4。 それを挟んで右側が男性の故人、左側が女性の故人の遺影が、実際の血縁関係や出自原理 とは無関係に並べられている。下段には、向かって右側に花瓶に活けられた花が、左側に は果物が供物として供えられる。そして最も手前にもう一つの香炉が置かれる。ハノイ聖 室で執行される各儀礼では、この香炉に線香が焚かれる。

4 伝統的な死生観では、あの世にいる祖先の魂は、生前同様の生活をしていると考えられて いる。そのため子孫たちは、祖先が生活に必要な食料や紙製の日用品などを祭壇上に供え る。それら供物は、香炉に供えられた線香の煙をつたってあの世に送られると考えられる。

死者儀礼の詳細については第5章で詳述する。

写真7 「祖先の祭壇」

「報恩祠」の左横には 6 畳程度の部屋が設けられている。この部屋には5 台のベッドと

「大礼」用衣装を保管する収納棚が置かれている5。以前は、聖室に止住する出家者が使っ ていた。現在は、施設内に止住するホアがベッドのひとつを占有しているが、この部屋自 体が彼女の私部屋になっているわけではなく、朔望日には男性が儀礼用の道服に、「大礼」

日は「礼士(lễ sĩ)」の役職のあるものたちが儀礼用の衣装に着替えるための部屋として使 う6

二階は「宝殿」である。神格を祀った「天板」と「八卦台」が備えられている(図11)。

「宝殿」内の配置は、「天板」が天界の領域、信徒の跪拝するスペースが人間界の領域、そ して「八卦台」が人間を律する法界の領域として理解され、信徒の自己修行を導くための

5「大礼(lễ lớn)」とは、カオダイ教の諸神格や創設記念日などにまつわる、カオダイ教の

儀礼のなかでもとりわけ重要な年中儀礼をさす。

6「礼士(lễ sĩ)」は、「大礼」のみでみられる信徒の役割である。第5章で詳述している。

写真8 「宝殿」内部、正面の肖像画はバンチンダオ派教宗グェン・ゴック・トゥオン、

その奥にカオダイ教の神々を祀った天板がある

見取り図と考えられている[Bui1991]。

天界は、神格がいる領域であり、各神格を祀る「天板」および関帝聖君と観音菩薩(仏 母ともよばれる)の祭壇が奉じられている。写真7の中央に写るのが「天板」である。「天 板」は2層からなる。第一層目では、各神像が祀られる。最上段には至高神である玉皇上帝 を象徴する「天眼」の絵が掲げられ、その下、中央に「太極燈(đèn Thái Cực / デン・タイ クック)」とよばれるランプがある7。「太極燈」の下に各神像が続く。上段左から孔子、仏 陀、老子が、次に観音菩薩、李太白、姜帝君、そしてその下中央にイエス・キリストの順 でそれぞれの像がならぶ。イエス・キリストの左右には、一対の鶴の置物がある。第二層 目では、各神像への供物が供えられる。各神像に最も近い場所には、左から茶葉の入った 茶碗、中央に酒の入った3つのグラス、右に真水が入った茶碗がおかれる8。それらをすべ

7 世界を照らす光の象徴と考えられている。

8 カオダイ教の世界観では、酒の入った3つのグラスは、人間の感情に関わる重要なエネル ギーを表している。またそれぞれが仏教、キリスト教、道教の宝玉を表していると同時に、

天・地・人類をも表象している。さらにその天・地・人類は、天が太陽・月・星を、地が 火・水・空気を、人類が細胞、気、心を表している。真水とお茶の入ったそれぞれの茶碗 は、至高神によって人類にもたらされた精霊を表すが、前者は右側の陽の側に置かれてお り、神から降臨された善良な精霊を、後者は右側の陰の側にあり、世俗的な感情によって 支配された有害な精霊を表している。