第 4 章 在家信徒の宗教的行為
第 2 節 ダオ・ミンの行為主体
ハノイ聖室の在家信徒は、ホ・ダオ活動内における職位を主な基準として、大きく二つ にわけられる。一方は、主に職位者によって構成される中心メンバーである。もう一方は、
1 それぞれの違いは、第1章で詳述した。
主に「道友(đạo hữu)」とよばれる、いわゆる一般信徒に分類されるものたちである2。以 下にみていきたい。
2 - 1 中心メンバー
ハノイ聖室の活動を支えるのは、主に職位のある、女性 14名、男性3名の計 17名から 構成される中心メンバーである。中心メンバーは、職位別にみると、「礼生」が女性 5 名、
男性1名、「正治事」が女性1名、「副治事」が女性2名、「通事」が女性2名、男性2名と なる。残りの4 名は職位のない女性の「道友」で、そのうちの 1名は礼生への昇格を辞退 している。「中心メンバー」という用語は、前述の通り、他の信徒との区別のためにここで 用いるものであって、彼らの自称ではない。在家信徒たちが、中心メンバーと「道友」を 区別するために使う固有の用語は特にない3。
中心メンバーは、それぞれに地縁関係、社縁関係、親族関係のいずれかを介して入信し ており、また入信歴には10年から30年以上と個人差がある。
彼らは、74 歳のザウという女性の礼生をリーダー格としながらも、比較的対等かつ固有 な関係によって結ばれている。とりわけ女性のメンバーたちは、この関係を基盤にして聖 室活動に関与している。
彼女たちが関わる聖室での活動は多岐にわたる。「朔望礼」や特定の「大礼」、死者儀礼 への参加はもちろんのこと、夏と冬の読経とその後の説法会にも、ほぼ毎日参加する。信 徒としてのこうした宗教活動に加えて、各職位者は、教理に則した個別の職務にしたがっ て、各種儀礼の準備や儀礼執行時の補助、聖室施設の管理、そして出家者であるホアの世 話等、聖室に関わる活動の全般を担っている。そして職位のない「道友」4名は、人手が必 要な大掃除などに参加し、職位者たちを手伝う。
代表者であるホアと中心メンバーとの相互交流も頻繁にみうけられる。前章でも述べた ように、彼女たちは、ホアの苦悩の聞き役である。また彼女たちは、聖室で暮らすホアの 食事や体調管理のサポートもする。教理上では、こうした活動は信徒の積徳行為である「功 果」とみなされる。ただし、ホアの高圧的な態度を主な理由として、中心メンバー以外の 他の在家信徒は、ホアから距離をとっているため、ホアの生活の直接的なサポートは、実 質上中心メンバーが担っている。
これらの活動を通じて、中心メンバーの女性たちは聖室に「帰る」頻度が高く、共に過 ごす時間も長い。また彼女たちは、聖室以外でも、日頃から頻繁に連絡を取りあっている。
近隣に居住するメンバー同士は互いの自宅を訪問しあい、また遠方に住むメンバーとは頻 繁に電話連絡をとる。そして、聖室活動に関する事柄はもちろんのこと、個人的な話題も
2 信徒たちが日常において「道友」という語を使うことはほとんどない。ここでは、「中心 メンバー」との違いをわかりやすくするために「道友」の語を使っている。
3 しいてあげるとすれば、第2章の組織体系で述べた「管理班」と「治事班」、あるいは個 別の職位が用いられるが、普段はほとんど使われない。
さまざまに話しあっている。
彼女たちは、長年の聖室活動を通じて、さまざまな経験を共有しながら、彼女たち特有 の関係を構築してきた。そこでは、職位や年功の序列の理念が取り払われた、比較的対等 な関係性が保たれている。
その関係は、第 2 章でも述べた来客棟一階の部屋内での彼女たちの発言や行為に顕著に あらわれる。例えば、部屋の中での彼女たちの位置関係があげられる。部屋の中における 女性たち個々人の配置は、比較的変動する。例えば、着替えるときに、自分の身体をドア の扉で隠すために入り口の壁ぎわを好む者もいれば、出入りの利便性から入り口近くを選 択する者もいる。あるいは早く聖室に到着した場合には、奥のベッドに身を横たえて待つ 場合もある。リーダー格であるザウが、下手のベッドで着替えをする場合もあれば、職位 のない道友のブオンが奥のベッドで寝転がっていることもある。部屋の中のどこに座るか、
あるいはどこで着替えるか等の身体の配置には、個人の比較的に自由な意思が反映されて いる。ベトナム社会における年齢の序を重んじる道徳観念や、既述のようなカオダイ教の 職位の序列が、部屋の中での女性たちの位置関係に反映されることは、ほとんどないので ある。女性たちは、5 畳という空間に、多いときで15名が入り、おおよその定位置を確認 して、譲りあいながら休憩や着替えをするのである。
それに加えて、女性たちの間でつかわれる呼称にも、彼女たちの対等な関係は表われる。
彼女たちのあいだでは、「呼捨て」が慣習化しており、特に 10 年以上の関係を経たもの同 士はその傾向が強い。ベトナム社会では、年長者が自分より若年のものを「呼捨て」する ことはさほど問題視されないが、自分より年長者あるいは社会的地位の高いものに対して、
相応しい呼称を使わなかったり、敬称をつけなかった場合は、敬意を欠いた行為とみなさ れる。そこには、理念としての年功の序や父系原理にもとづいた道徳的規範が、厳格では ないものの反映されるのだ。
ハノイ聖室の中心メンバーも、代表者のホアに対して、年齢の近いものであれば、「姉さ ん」を意味する「chị / チ」、あるいは50歳代以下の者は、女性の「先生」を意味する「cô / コォ」を使って呼び、彼女に対する敬意を示す。またホアの前では、メンバー同士を相互 に呼捨てすることもなく、理念上のふるまいがとられる。しかし、ホアの監視がなく、彼 女たちだけの場合には、呼捨てが頻発する。とりわけ左端の部屋では、それが顕著にみう けられる。リーダー格のザウは、彼女たちの関係について次のように言う。
「ヒエンもタイも、ここにいるものたちはみんな知り合って長い『タン・マット』な仲で す。何にも気を遣う必要はない。何かあれば、それぞれに助け合っています。仏教のお寺 ではこうはいかないでしょう。儀礼が終われば、みな別々に帰るだけで、親しくなること なんてありません。私たちとは違うのです」4
4 2004年7月、聖室でチュンと二人での会話から。
彼女たちは、このような固有の関係を「タン・マット(thân mật)」な関係と表している。
これに関しては、終章で、改めて検討する。
2 - 2 「道友
」「道友」とは、いわゆる一般信徒をさす。彼らは、親族関係や地縁関係を介してカオダ イ教に入信している5。入信の契機となったこの関係性は、入信後の聖室活動の基盤にもな っている。聖室までの行き来の同伴相手や儀礼前後の雑談相手、説法会での席の並び方、
そして聖室の掃除当番などにそれがあらわれる。
「道友」がハノイ聖室に「帰る」のは、基本的に儀礼に参加するためである。ただし、
彼らは、第 2 章で述べたようなカオダイ教の数ある儀礼すべてに参加するわけではない。
月に2 回の「朔望礼」と、玉皇上帝生誕記念儀礼、仏母儀礼、開道記念儀礼の 3 つの大儀 礼(年中儀礼)、そして死者儀礼にのみ参加する傾向が強い6。彼らが、儀礼への参加以外で 聖室に「帰る」ことはほとんどない。40歳代から50歳代のなかには、毎週日曜日に当番制 になっている聖室の清掃に参加しているものもいる7。ある60歳代の女性の「道友」は言う。
「私の家族は、祖母の代から信仰しています。私の嫁が 4 世代目にあたるの。1 日と 15 日の儀礼と日曜日の「功果」(ここでは、聖室の清掃を特定している)にはチュアに帰る わ。ダオ・ミンでは、1日と15日はチュアに帰ると決まっているからね」
彼女の語りにみられるような活動への認識は、大半の「道友」に共通するものであるが、
掃除に参加するのは少数派である。
ハノイ聖室での活動を通じて入信後に新たに知り会った「道友」同士の関係は、入信年 数の長短や入信の際の後見人との関係によって個人差はあるが、相互の距離が適度に保た れた関係といえる。「道友」たちは、儀礼日に聖室に「帰る」と、客室棟一階の部屋で着替 えをしながら、老親や自分の体調について、あるいは子供たちのことなど、互いの近況を 報告しあう。
しかし、儀礼のあとの説法会が終了するや否や急いで席を立ち、帰り支度をはじめ、個々 に、あるいは仲間とともに家路につく。聖室に居残り、「道友」同士で教理の勉強をしたり、
あるいはおしゃべりに興じるものはいない。
代表者であるホアとの関係も同様である。「道友」個々人がホアと話しをするのは、死者 儀礼等の儀礼の執行が個々に必要な場合や、家族や知人の道友が病気になったことの報告
5 第2章、入信の経緯において詳述。
6 仏母儀礼と死者儀礼については第5章で詳述する
7 聖室の清掃は、主に40歳代から50歳代の女性の在家信徒が、当番制で取り組む。ただ し、この世代のすべての女性が参加しているわけではない。ホ・ダオ内に、義母や夫、兄 弟姉妹などがいる女性が主に参加している。聖室の清掃は、教理上、積徳行為である「功 果」に含まれるが、それを重視して、清掃当番への参加を積極的に申し出る信徒はいない。