第 4 章 在家信徒の宗教的行為
第 3 節 信徒としての徴し
本節では、ハノイ聖室に集う人びとを、カオダイ教の信徒として徴しづけるものについ て述べていく。とりわけ、彼らがダオ・ミンとの関連のなかで重視する3つの行為、「天板」
の所有、クン・ライとよばれる跪拝行為、「道服」の着用に着目する。
3 - 1 「天板」の所有
カオダイ教の在家信徒の特徴のひとつは、自宅に「天板」を所有していることである。「天 板」は、祖先の祭壇とは別に設けられる。カオダイ教の教典のひとつである『新律』にお いて、入信し信徒となったものは、カオダイ教の神格を祀るための祭壇、すなわち「天板」
を自宅に設け、個別の「修行」の場とすることが規定されている。聖室に「帰る」ことが 叶わない信徒は、自宅の「天板」にむかって「四時礼拝」をおこなうことが求められるの だ。「天板」は、聖室の「宝殿」にある「天板」を縮小して模倣した形態をとり8、自宅のな かでも最も清潔な場所に設置することが理想とされる。
3-1-1 「天板」の形態
ハノイ聖室の在家信徒のなかでは、礼生の女性フオンが所有する「天板」が、信徒たち が理想とする型に最も近いものである。彼女の「天板」は、タテ 150 センチメートル、ヨ コ 120 センチメートルほどの大きさの、木製漆塗りで、在家信徒のなかで最も大型のもの である。「天板」上には、中央の最上位に「天眼」図、その下に電燈と各神格の立像が並び、
その下の段の右側に果物をのせた皿、左側に花瓶に生けられた花、その下には「天板」に 向かって左側にお茶、右側に真水、そのあいだに 3 つのコップに入れられた酒、その下に 香炉、香炉を挟んで左右に電燈が置かれている。そして「天板」の前には、光沢のあるサ テンのカーテンがかけられ、左右に結ばれている。フオンの「天板」は、神像に関しては もちろんのこと、それぞれの小物の配置にいたっても聖室の「宝殿」内にある「天板」を 正確に模倣しており、教典に則した形態をとっている。
礼生の女性スワンも、フオンと同様に、大型の「天板」をもつ。5階建ての現在の家を新 築した際に、最上階に「天板」と祖先の祭壇用の部屋を設け、新たに造りなおしたものだ。
部屋に入るとすぐ左手に「天板」が設置され、その右手には祖先の祭壇が置かれている。「天 板」上には、フオンのものとは異なり各神格の立像はなく、至高神の表象である「天眼」
図を壁中央に掲げた形式をとっている。
他方、治事の女性シウや道友の女性ランの「天板」は、フオンやスワンとは異なり、簡 素な形式をとる。壁に「天眼」図を貼り、その前に30センチ程のスチール製あるいは木製 の棚をつくって、供物としての花や果物、そして水を捧げ、香炉を置いている。また、通 事の女性ホイアンの「天板」は、香炉と電燈一本、そして供物としての花と果物を供えた 棚を、天井近くに設置した形態をとる。脚立等に乗らないと届く高さではなく、よくみな ければ「天眼」図が貼ってあることもわからない。さらに、中心メンバーのリーダー格で あるザウでさえも、簡略な「天板」の形式をとっている。
3-1-2 「天板」をめぐる語り
最も理想的な「天板」を持つフオンは次のように言う。
8 「天板」の形式については、第2章の聖室施設の名称で述べた通りである。
「ダオ・ミンはこうして必ず自分の家に『天板』をもたなければならない。うちの『天 板』は夫の両親が造ったもので、義父は、『礼生』の職位者だったから、家にもダオに 従った『天板』を置いたんだよ。当時はタイニン派だったから、『天板』を設置した時 は、タンロン聖室ホ・ダオの代表者が家にきて、天板安置儀礼をしてくれたんだ。今 は私が管理している。朝と夕方の 5 時には、ここに座って読経をするのが私の日課に なっている」
スワンも、フオン同様に毎日朝5 時と夕方5時の2回の読経を日課にすることにふれな がら、自宅「天板」を次のように説明する。「息子が家を建てたときに、『天板』を置くた めにこの部屋を作ってくれた。ダオ・ミンでは『天板』を、家のなかで一番高くて清潔な 場所に置かなければならないんだ。ここはいいだろ。『天板』をおくのにちょうどいい。こ こで私は朝と夕方の2回読経をする」
写真15 スワンの自宅の「天板」。水色のカーテン上部の陰に、至高神の表象である「天眼」
の図が掲げられている
他方、シウは「こんなに小さな『天板』だから、人に見せるのは恥ずかしいのだけれど・・・。
『夫』がつくってくれたんだよ。本当はもう少し大きな『天板』を家のなかに作りたいの だけれど、今はお金もないし、これで十分だと思っているよ」と言いながら、私を屋上の
写真16 中心メンバーのリーダー格であるザウの自宅の「天板」
角につくった屋根付きの「天板」に案内してくれた。またランも新築した自宅の最上階に 作った「天板」を見ながら、「今までは家が狭かったから、適した場所に『天板』を置くこ とが適わなかったけれど、ようやく『天板』のための部屋を設けることができた。次は、
もう少し大きな『天板』にしたいと思っているけれど、今は経済的に難しい」と言う。
さらにホイアンは、棚のうえの供物を並べ替えながら、「ダオ・ミンでは、『天板』をも たなければならない。でも家族では、私しか(カオダイ教を)信仰していないし、家も狭 いから、小さな『天板』しか置くことができないんだ」と私に説明してくれた。
3-1-3 「天板」形態の相違の背景
信徒が所有する「天板」の形態に相違がみられる背景には、彼女たちをとりまく個別の 家庭環境がある。
フオンやスワンのように大型の「天板」を所有する信徒の場合は、自分の親の世代から カオダイ教を信仰している。例えば、フオンの場合は、亡くなった夫とその両親が、タン ロン聖室ホ・ダオに所属する信徒で、生前は「礼生」の職位者を務めていた。「天板」は、
彼らがつくったもので、それ彼女が引き継いだ。彼女たち以外にも、比較的教理に従った 大型の「天板」をもつ信徒が 3 名いるが、いずれも親世代から信仰と「天板」を継承して いる。
ただし、このようなケースは少数派である。ハノイ聖室の在家信徒の大半は、シウ、ホ イアン、ランのように「天眼」図と、香炉、花や果物の供物を置く簡略化した「天板」を 所有している。彼女たちはその理由を、個別の家庭環境や経済状況にあると語る。例えば、
ホイアンの場合は、フオンとスワンと同じように、亡くなった両親から信仰を継承した二
世信徒である。しかし婚姻した男性(夫)は宗教には興味がなく、カオダイ教信徒でもな い。3人の子供も信仰していない。家族はホイアンがカオダイ教を信仰していることについ て何も言わないが、自宅の祭壇に関しても無関心であるという。すなわち彼女の場合は、
非信徒との婚姻が、「天板」の形態を選ぶ際に影響をあたえていると考えられる。
シウとランの場合は、経済的な理由をあげる。未婚の彼女たちは、ホイアンのように、
夫や家族の意向に気を遣う必要はない。しかし、「天板」を造る費用は、全て個々人の負担 となる。経済的な支援を期待できる家族がいないのである。そのため教典に則した形式の
「天板」をもつことは叶わないのが現状である。
『新律』では、「天板」を設置する部屋が信徒たちによる個別の「修行」の場として示さ れている。実際に、フオンやスワン、シウ、ランを含めた在家信徒のなかには、「天板」の ある部屋を読経の場として語る信徒は多い。しかし「天板」の形式的な面に関しては、高 い位置に設置する点と、至高神の図像、香炉と供物を置く点が守られる以外は、柔軟な対 応がとられており、それが問題視されることもない。
3 - 2 「白いアオザイ」の着用
カオダイ教の信徒は、信徒特有の衣装である「道服(đạo phục / ダオ・フック) 」を着 て、儀礼に参加する。ハノイ聖室の在家信徒は、道服との関連においてもダオ・ミンを語 る。
3-2-1 「道服」の型
「道服」は、ベトナムの民族衣装アオザイの形状に似た、白色の上衣と長ズボン一組を 基本形とする。男性信徒は、これに黒い帽子を被る。
「大礼」では、性別、職位に応じて、上衣の色と装飾、帽子等の小物が異なる。男性は、
「教士」以上の職位者になると、職位の所属先ごとに赤、黄、青に分かれた上衣を着用し、
帽子もそれに対応したものを被る。女性は、白色の上下一組で統一されているが、「礼生」
以上の職位者はルップとよばれるベールを被り、ハスの花の飾りがついた止め具をつける。
ルップは、高職位者になると形状が異なる。「道服」に関する規則は、宗派によっては、小 物の色や形状に多少の相違があるが、基本的には共通している。
ハノイ聖室が所属するバンチンダオ派の場合、女性信徒の上衣は、上述のようなアオザ イ同様のタイプと作務衣型で裾が長めのタイプの二種類ある。これらの上衣に幅広のズボ ンを組み合わせるのが基本形となる。男性に関しては、上述のものと相違はない。
在家信徒は、「道服」を「白いアオザイ(aó dài tráng)」と通称する。なぜなら、ハノイ聖 室には、青、赤、黄色の色鮮やかな道服の上衣を着る高職位の男性信徒がいないため、信 徒たちの「道服」は白一色で統一されるからである。
「白いアオザイ」は、信徒が行き慣れた仕立屋で個別に仕立てることができる。しかし彼 らのあいだでは、バンチンダオ派のホーチミン市中央聖室であるドウ・タイン聖室に仕立