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女性たちの相互行為と「語り」の共有

第 2 章 ハノイ聖室の組織と活動

第 5 節 女性たちの相互行為と「語り」の共有

前述したように、聖室に「帰った」中心メンバーの女性たちの行動は、ホアの考え方と 価値観によって、一定の規範性をおびたものとなる一方で、客室棟一階の部屋のなかでの 女性たちは、比較的自由な行動が可能となる。家族自宅から持ってきたおやつをつまみあ い、冗談を言い合い大声で笑うこともある。「白いアオザイ」に着替えるときは、手の届き にくい脇の下の位置にあるホックをかけあう。高齢者は、若年者に近寄り、ホックをかけ てくれるようにと無言で合図を送る。こうしたやり取りは、部屋の外では、基本的に見ら れないものである。

部屋のなかと外との空間実践の違いが顕著にあらわれるのが、「夏経」の期間である。読 経期がはじまったばかりの頃は、女性たちも張り切ってハノイ聖室に集まり、部屋のなか での雑談も絶えない。ひまわりの種や蒸し芋、果物などをもってきては、早めに来たメン バー同士がベッドに寝転がって、おやつを食べながら雑談に興じる。それは、読経時間間 際まで続き、5分前ごろになってようやく急いで着替えを始めるほどである。そして、一旦 外にでるとメンバーは一様に無口になり、「宝殿」施設に向かう。

読経がちょうど 1ヶ月目を過ぎた 6月頃になると彼らの疲労はピークをむかえる。ハノ イ聖室施設に到着し、在家坊に入るや否や、彼らはすぐさまベッドや床に座り込んだり寝 ころんで、会話もなくお互いの顔を見合す。その後トーンの落ちた声で、その日の参加者 は誰か、体調不良で読経を欠席する者は誰か、全部で何人集まるかを確認し、自分はどれ ほど疲労が蓄積し、現在どのような病気を抱えているか、お互いの身体の状態を報告しあ う。読経が始まったばかりの頃のような大きな笑い声が部屋のなかに湧きおこることもな い。

中心メンバーの女性たちは、部屋のなかで、ひとつのベッドの上に2名、3名と身をよせ あって座ったり、寝転びながら、おしゃべりに興じる。とりわけメンバー個人の家族と健 康に関して、そしてハノイ聖室の活動と代表者のホアに関してが、主な話題になる。

家族に関する語りでは、夫や子供、そして両親や親族にいたるまで、家族に関わるさま ざまな話題が話される。したがって、彼女たちは相互の家庭環境の事情をおおよそ把握し ている。例えば、通事のホイアンが、夫の親族について話はじめる。「この前、夫の親族が 家譜をつくりなおしたんだよ。夫は 8 人兄弟姉妹の末の息子だから、その仕事に直接はか かわっていないけれど」。すると、礼生のヒエンがたずねる。「アンさんは最近元気なのか」。

「アン」とは、ホイアンの夫の名前である。ホイアンの夫はカオダイ教の信徒ではないた め、聖室を訪ねることはない。しかし、日頃から客室棟の部屋で話をしている彼女たちは、

互いの家族構成はもとより、家族、親族に関するある程度の情報は共有しているのだ。

他のメンバーに関しても同様である。通事のシウが聖室に「帰らない」日が続くと、「シ ウは最近姿を見せないが、どうしたんだ」と誰かしらが心配しはじめる。すると、ホイア ンが「『夫』の体調が悪いらしくて、田舎にかえっているみたいだよ」と言う。彼女たちが

「夫」と表現するのは、シウが同居する内縁の「夫」である(前節で詳述)。シウと「夫」

との関係は、メンバーたちの間では周知の事実だ。このように、当人が直接話さずとも、

他のメンバーが報告することで話題が共有されることもある。私の家族についての話題も、

いつのまにか共有されていた。

他方、自己の健康に関する語りは、生死にかかわるような重篤な疾患ではなく、高齢者 に特有の関節痛、腰痛、視力の衰え、高血圧にともなうさまざまな軽度の疾患などが話題 となる。中心メンバーの女性たちの誰もがそうした何らかの病いを抱えている。部屋では 常に、その病いがいかに深刻な状態か、それによって自分がいかに苦しい状況に置かれて いるかを語りあう。白内障によって視力がおち、それが原因で転倒したことや、気候の変 動からくる偏頭痛による不眠症、原因不明の背中の痛みで寝返りがうてないなど、転倒時 のシーンの回想や、痛みを示唆する身振りなどもあわせて、個別の症状が語られる。それ と同時に、効能があるとされる治療法や薬に関する知識、その使用法や薬が売られる薬局 の場所に関する情報も詳細に語られる。

家族の話題にしても、健康の話題にしても、女性たちにとっては深刻な問題であるわけ ではない。女性メンバー誰もが経験している日常生活といえるだろう。ホイアンは次のよ うに言う。

「毎日孫の世話と家事に追われて、本当に大変です。孫の学校への送迎は夫がやってく れるからまだしも、長女の娘と長男の生まれたばかりの娘の世話をしていると、時間は あっという間に過ぎます。小学校に通う長女の娘は、学校行事も多く、そのための準備 も私がしています。遊戯会の衣装の準備や、宿題の確認。それをしていたら、他の事な んて何にもできません。今は社会もかわって昔とは違うので、なかなかホ・ダオ活動と 両立させるのは大変ですが、でもこうやってここでみんなと話をしている時間は、私が もてる唯一の自由な時間ですし、みんなに家事の大変さもわかってもらえます。ホア先 生に説明してわかってもらえなくても、みんなが助けてくれますから。お互いの家族の 話をすることで、まるで自分のことのようにみんな考えてくれるのです」

あるいは、道友のブオンは、次のように言っていた。

「みんな、ここが痛い、あそこが痛いって、年寄りなんだから当たり前のことです。こ うやって話すことで、痛みをわかちあっているのです。そこでいい薬や治療法がわかれ ば試してみて、また誰かに教えることもできます。私も目が見えなくて、この前道路で 転んでしまって、こんなに青あざができてしまって、数日間聖室に来られなかったけど

(ひざの内出血を見せながら)、一人で家にいるよりは、ここに来て誰かと話をしていた ほうが、楽しいだろ?家でじっとしていたところで、治るわけでもないしね」

部屋の中では、女性メンバーと代表者ホアとの確執に関する話題も語られる。第 3 章で 詳述するように、現在のハノイ聖室では、代表者ホアと在家信徒の女性たちの「修行」を めぐる解釈のズレが、聖室活動に対する考え方の違いとなって表面化しているのである。

その結果、中心グループは、ホアから毎日のように批判されているのだ。批判の対象は、

中心メンバー全員を対象となる場合もあれば、個人が対象となることもある。中心メンバ ーの女性たちは、多かれ少なかれ、誰しもが個人的に批判された経験をもっている。した がってそれぞれの経験は、個別の事象であるものの、その経験は共有されている。礼生の チエンはそうした経験を有する者の一人である。彼女の場合は、ホアによる暴力行為にま で発展した、近年稀にみる衝突であった。

「私が雑巾がけをしようと思ったら、姉さん(ホアの意)が私の雑巾を取り上げて、手 でこうやって殴りかかってきました。本当に恐ろしかった。私は何度も許し求めたので すが、姉さんの怒りはおさまらなかった」

普段は、代表者のホアに対する敬意を表す彼女たちも、部屋では、率直な愚痴をこぼす。

チエンのような一言がきっかけとなって、ホアに対する抵抗の語りが繰り返されることに なる。なかには、第2章でも述べたように、「あのばあさんは」とホアへの敬称も取り払わ れた批判も含まれる。ただし、抵抗の語りは、大概リーダー格のザウがそれをうやむやに することで終息する。したがって、ホアと中心グループという対立が表面化することは決 してない。このことについてザウは次のように語る。

「先生(ホアの意)は、本当に苦しく、寂しい人生を送っている人です。結婚もせず、

家族もなく、たった一人でチュア(聖室の意)に暮らすことがどれだけ苦しいことか。

それを考えたら、何も言えなくなります。他の者たちもそれはわかっているのですが、

やはり、あまりにも批判されると愚痴も言いたくなるのです。でも、私たちは、先生と けんかをするつもりなんてないのです。ただああやって『タン・マット』な仲間たちと おしゃべりをすることで、お互いがわかりあっていればそれで問題ないのです」

ホアに対する抵抗の語りは、女性メンバーの間の秘密として部屋のなかに留めおかれる。

そうしてメンバー間で共有されることで、ある程度形骸化され、抵抗の増幅を回避してい く。

以上のように、中心メンバーの女性たちは、部屋に集い、「語り」を共有することによっ て、それぞれの個別の過去の経験や、現在の家庭環境、あるいは聖室活動への考え方など