第 3 章 ホ・ダオの理想と現実
第 1 節 ホ・ダオの概念
1 - 1 「教理」におけるホ・ダオ
ホ・ダオとは、宗派の本山となる「聖会(あるいは聖座)」を頂点とする組織のなかで末 端の信徒集団をさす(図6参照)。
以下で紹介するのは、教典『新律(タン・ルワット/ Tân Lưật)』に明記されたホ・ダオの 規約である[Tòa Thánh1992: 9]1。なお、訳文中の「ホ」はホ・ダオの略語である2。
・ どこでも一つの「ホ」を設立し、独自の「聖室」を持つことが許される。その統括 は、職位者にあたらせる。(Nơi nào cóđông tín riêng mộtHọ,đặt riêng một Thánh Thất có môtvị chức sắc làm đầu caitrị.)
1 序章でもふれたように、『新律』はカオダイ教の教理を構成する複数の教典のうちの一つ である。カオダイ教が設立された翌年の1927年に成文化され、教団内部で公布された。そ の内容は、①各職位の体系と役割、②その人数、③信徒が守るべき教則、④ホ・ダオの設立、
⑤五戒、など全9章から構成され、そのうちホ・ダオに関しては、第4章部分で述べられて いる。
2 ここでは、日本語訳のあとに原文を付している。『新律』は、従来の日本語訳として[高津 1986a]があるが、本論文では、ホ・ダオの特徴に着目して、今回改めて訳出している。
・ 「ホ」の設立には、「教宗」の許可を必要とし、その地域の権力者の許可を必要と する。(Sự lậpHọ phải có phépĐức Giáo Tôngvà phải do nơi quyền người.)
・ 「ホ」所属の信徒は、「ホ」の代表を務める職位者の命令に従わなければならない。
その土地の人々と同じように、教理に反して(土地の規範を)勝手に変更すること はできない。(Bổn đạo trongHọ phải tuânmạnglịnhcủa chức sắc làm đầu trongHọ, nhứt nhứtphải do nơi người, chẳng đặng tự chuyên mà trái Đạo.)
・ 「ホ」所属の信徒は、毎月の「朔望日」である2日間は、儀礼への参加と説法を聞 くために、聖室に滞在しなければならない。喪に服しているものは除く。(Một tháng hai ngày sócvọng bổn đạophải tựulại Thánh Thất sở tại mà làm lễ và nghedạy. Trừ ra ai có việc dược chế.)
・ 職位者は「聖室」で、毎日子の刻、卯の刻、午の刻、酉の刻に4回の小儀礼(tiểu lễ) をおこなわなければならない。時間はそれぞれ、朝の 6 時、昼の12時、夕方の 6 時、そして深夜 12 時の定刻に礼拝をしなければならない。儀礼の前には、鐘をな らす。これら礼拝の時間がきたら、「ホ」所属の信徒(bổn đạo)は、それぞれに「聖 室」を訪れ、読経をおこなう。(Chức sắc giữ Thánh Thất mỗi ngàyphải làm tiểu lễ bốn lần theo tử thờiTỳ,Ngọ,Mẹo, Dậu. Mỗi thờiphải cúng đúng 6 giờ sáng, 12giờ trưa, 6 giờ tối và 12giờ khuya. Đổ một hồi chuông trước khi hành lễ. Trong mấy thời nầy, bổn đạo muốnđếntụng kinh tùyỷ.)
布教活動を通じて新設されたホ・ダオは、基本的にその土地の名を冠してよばれる傾向 にあり、布教活動に従事した職位者がしばしばその代表者になる。ホ・ダオ設立後、本山 である「聖会」は、代表者の求めに応じて、そのホ・ダオの中から別の職位者を新たに任 命し、ホ・ダオ活動の補佐にあたらせる。こうして、ホ・ダオの代表者を中心に、地域に ねざしたカオダイ教の信徒集団の形成につとめる。
ホ・ダオが設立されると、成員となる信徒は代表者の管理下におかれ、その命令に従う ことが『新律』には定められている。基本的には、ホ・ダオが所有する「聖室」で月 2 回 の「朔望礼」とその後の説法に参加することや、菜食、積徳行為といった宗教的行為に従 事すること、また毎日 4 回の「小礼」をおこなうことが求められている。これを「四時礼 拝」とよぶ。他方、信徒の活動は、土地の規範に反してはならないことも規定されている3。
3 例えば、ある地域において慣習化されているさまざまな祭礼や各種の通過儀礼などがカオ ダイ教のそれと異なる場合、ホ・ダオの活動はその土地の規範に合わせて柔軟に実施され たことが考えられる。それが、カオダイ教信仰が、それほど抵抗を受けることなく布教先
カオダイ教の教理と土地の規範が整合しない場合は、土地の規範が優先される。
なお、カオダイ教に関わる用語の定義と解説をまとめた『カオダイ辞典』によると[Đức Nguyên(ed.)2000c:1469-1470]、ホ・ダオを、英語の parish、仏語のparoisse と同一視でき る行政区分上の「区」あるいは「県」レベルを範囲とした「教区」に相当すると説明して いる。こうした語用は、ベトナムのキリスト教(カトリック)の信徒集団でも認められる4。
1 - 2 「家族」としてのホ・ダオ
ホ・ダオは本来、「ホ(họ)」と「ダオ(đạo)」の二つの名詞からなる言葉である。ここで は、それぞれの語を区分し分析的に検討することで、『新律』では明記されないホ・ダオの もう一つの意味を示していく。
そもそも「ホ」とは、「一家、一族」あるいは「姓」といった意味をもつ親族集団に関連 する言葉で、ベトナムの人びとは日常的に使用する。カオダイ教やキリスト教といった、
特定の信仰をもつ個人だけが使用する言葉ではない。
他方「ダオ」とは、漢越語表記では「道」であり、「ダオ・ニョー(đạo nho)」、「ダオ・
ファット(đạo phật)」、「ダオ・カオダイ(đạo cao đài)」が、それぞれ儒道、仏道、そしてカ オダイ道と翻訳できるように、ベトナムの人々が宗教や信仰を表す際に使われる。例えば、
「あなたはどのダオに従っていますか?(Anh /Chị theo đạo nào?)」という場合、宗教や信 仰は何かと尋ねており、すなわちダオとは宗教あるいは信仰を意味している。
さらにより広義では、「社会秩序をただすために従うべき道」、また「哲学の体系」など といった、社会秩序の生成に関わる倫理体系にも共通する言葉として理解される。この語 を含む「ダオ・ドゥック(đạo đức)」や「ダオ・リー(đạo lý)」という言葉は、それぞれに
「道徳」、「道理」と漢訳され、ベトナムの人々の生活世界を秩序づける倫理として理解さ れる。例えば、亡くなった母親に対しては敬愛の念を、父親に対しては尊敬の念をもって 祭祀を執りおこなうことが「ダオ・コン(đạo con)」、つまり「子の道理」であると説明さ れる[Gammeltoft1999:173]。すなわちダオとは、個人を取りまく生活世界を秩序化するため の倫理体系と捉えることができるだろう。
カオダイ教の信徒の文脈に則した場合、この倫理体系としてのダオの基盤となるのがカ
の各地域で信徒を獲得した要因の一つであると考えられる。
4 カオダイ教の組織構造が、カトリックのそれを模倣している点は序論でも述べたとおりで ある。タイニン派は、カトリックとの差異化を図るために、ホ・ダオを、「トック・ダオ(tộc đạo)」という言葉に改めたほか、行政区分にあわせたそれぞれのカテゴリー集団として、
省単位を「チャウ・ダオ(châu đạo)」、区 / 県単位をトック・ダオ、村 / 社単位を「フオ ン・ダオ(hương đạo)」と再規定した。しかし現在は、信徒の減少や政府による行政区の再 編成などの理由から、新たに設けたこれらのカテゴリー集団はあまり機能していない[Đức Nguyên(ed.)2000c:1470]。
オダイ教の教理あるいは世界観であり、ひいてはカオダイ教信仰として理解される。した がって、家族を意味する「ホ」と、信仰や宗教さらには秩序の生成に関わる倫理体系をも 意味する「ダオ」が結びつき創りだされたホ・ダオという言葉は、カオダイ教信仰を共有 する他者同士をつなぐ理念上の関係のあり方、すなわち擬似的な家族関係を表す言葉とし て捉えられていることが指摘できる。その背景には、人間が、「世界の父」たる玉皇上帝と
「世界の母」たる仏母の間の「子供」であり、互いに「兄妹姉妹」関係として結ばれてい ると理解するカオダイ教の世界観がある。これに従えば、カオダイ教の信徒にとって、同 一のホ・ダオに属する個人は互いに「兄弟姉妹」であり、彼らの主な活動の場としての「聖 室」は、彼らにとっての「家」となる。すなわちホ・ダオという言葉は、単なる地理的な 条件にもとづき規定された教区としての意味に加えて、信徒の生き方を規定する倫理体系 としてのダオを共有する個人によって形成された、擬似的な家族関係という意味を内包し た言葉なのである。
1 - 3 ホ・ダオ代表者の位置づけ
ホ・ダオの管理および運営は、代表者がつとめる。このことについては、教典のひとつ である『内律(nội luật /ノイ・ルワット)』の第1章のなかの、「ホ・ダオの代表者について」
に明記してある5。
・ 一つあるいは複数の村落によって構成され、道友数を500名以上抱えるホ・ダオは、
それぞれ教宗による許可のもと、独自の「聖室」を建てることができる。(Mỗihọ đạo gồm một hay nhiều làng có số đạo hưũ trên năm trăm người,đượctạo một cái Thánh Thât songphải có phépcủaĐức Giáo Tông ban cho.)
・ 各ホ・ダオの代表は、「教友」あるいは「礼生」の職位者が務める。(ホ・ダオ内の)
全職位者のなかでも俗世を捨てた者(出家者)が選出されることが望ましい。仏教 寺院における住職やカトリック教会の牧師と同様に、「聖室」に止住して、ホ・ダ オ内の諸事を治め、道徳的な「修行」に関しても習熟した者でなければならない。
(Mỗihọ Đạo có mộtvị Giáo Hữu hay là Lễ sanh làm đâu.Vị nầy đượcchọn lựa trong hàng chức sắc phế đời.hiến thân vào Đạo, thì tốt hơn,phảiở tại Thánh Thất mà điều đình họ Đạo, phân phàn giãi hoà các việc đạo đức tu hành, cũng như một ông sư ở chùa Phật, như ông Cha sở ở nhà thờ vậy.)
・ ホ・ダオの代表者である職位者は、他の地域における「聖室」のことも配慮して「四
5『内律(Nội Luật /ノイ・ルワット)』の第1章「ホ・ダオの統治について(Về Việc CaiTrị)」 の中の「ホ・ダオの代表(ĐầuHọ Đạo)」[Tòa Thánh Tây Ninh1992:21-22]。なお、『内律』は、
これまで日本語訳がない。