第 3 章 ホ・ダオの理想と現実
第 3 節 理想的なホ・ダオの実現
毎月 1 日と 15 日(旧暦)におこなわれる「朔望礼」は、ホアが理想とするホ・ダオが実 現する数少ない機会である。ここでは、「朔望礼」におけるホアの態度を述べていく。
3 - 1 儀礼前
本儀礼当日の16時頃になると、ホアは髪や着衣を整えて、信徒の「帰り」を待ちはじめ る。最初に聖室に「帰った」信徒が、外壁の外から事務内にいるホアを呼ぶと、ホアは門 扉を開錠して彼らを迎え入れる。これ以降、門扉は、引き続き他の信徒が出入りするため 開け放たれる。信徒が多く集まる時にのみ見られる光景である。
概ね通事のシウや礼生のチエンなど、中心メンバーが、いち早く聖室に「帰る」。彼女た ちはホアに向かって挨拶をするが、ホアがそれに応えることはない。その後、彼女たちは、
ホアから客室棟の鍵を借り、一階の左端の部屋とその隣の部屋の鍵を開けて、他の信徒が
「帰る」ための準備をはじめる。儀礼が始まる時刻が近づくにつれて、信徒が徐々に集ま りだし、前庭は彼らが乗ってきたバイクで埋まる。
中心メンバーを除く信徒は、敷地内に入ると、客室棟一階の左端の部屋かその隣の部屋 に入室し、着替えをしながら儀礼のはじまりを待つ。ほとんどが、事務室内のホアに挨拶 をすることもなく、客室棟の部屋にまっすぐ向かう。30 名ほどの女性たちで双方の部屋は いっぱいになり、着替えをするのも困難なほどである。男性信徒の3、4名は、聖室に「帰 る」と、「報恩祠」左隣りの部屋で着替える。
他方ホアは、儀礼のための準備をする。神格に献上するための上奏文の用意や、儀礼終 了後の説法会で信徒たちに報告する資料と「天板」に備えられた供物に関するそれぞれの 担当者への説明と指示など、矢継ぎ早にこなしていく。そしてこれら一連の作業を済ませ、
儀礼開始10分前頃になると、「白いアオザイ」に着替え、「正配師」用の白い頭巾「ルップ
(lup)」をかぶり、正装する21。
3 - 2 本儀礼
夕方 5 時になると、信徒は「宝殿」に入り、左手を右手に重ねるバットアンティの所作 で儀礼のはじまりを待つ。ただし、ホアが「宝殿」に入らない限り儀礼ははじまらない。
ホアは概ね10分程度遅れて「宝殿」にあがってくる。時には、ホアがなかなかあがってこ
21 ルップは、女性派の高職位者が着用する儀礼用の白い頭巾をさす。
ないため、中心メンバーが、ホアの様子を窺いに、階下におりることもある。
ホアが「宝殿」に上ってくる気配を感じると、信徒たちはおしゃべりをやめ、静かにな る。そして彼女が定位置につくのを見計らってから、通事らが目で合図しあい、ようやく リン(鈴)が鳴らされ、「朔望礼」がはじまる。そのあいだホアは、一言も話すことはない。
したがって、他の信徒たちもおしゃべりを慎む。
「宝殿」では、職位の序列と年齢順にしたがって信徒が整列する。「天板」を正面にして 中央の最前列にホアが、そのうしろに女性の礼生が年齢順に三名ずつ並ぶ。「天板」を挟ん で男性の領域である右側と女性の領域である左側は、それぞれに職位者である礼生が先頭 となり、その後ろに職位のない道友が年齢順につづく。ここで、ホアを筆頭とするハノイ 聖室としてのホ・ダオの組織体系が可視化される。
その後、読経班の先導によって『天道経(Kinh Thiên Đạo / キン・ティエン・ダオ)』が 読まれ、クン・ライ、すなわち跪拝の所作が繰り返される。読経の合間に、ホアが、ハノ イ聖室の日々の安寧への感謝と祈願が書かれた上奏文を恭しく読みあげる。そのあいだ、
ホアの読むスピードに合わせて、礼生の男性アインマイと通事の女性シウが太鼓とリン
(鈴)を鳴らす。ホアが読み終わるのを見計らって、「読経班」の最前列に控えていた通事 のチュンがホアに近寄り、火をつけたマッチを差し出して、上奏文に火をつける。そして 燃え上がる上奏文が香炉に置かれると、チュンはそれを観音菩薩の祭壇隣にある台に置き、
奉納する。ここでは太鼓とリンが多少早く鳴らされ、ホアによって読みあげられた上奏文 が、至高神を頂点とするカオダイ教の諸精霊たちに奉納されたことが強調される。その後 はまた読経とクン・ライが繰り返される。「朔望礼」でのすべての読経がおわると、「天板」
前に並んでいたホアたちは左右に分かれて並ぶ。その後「読経班」全員が「天板」前に進 みでてクン・ライをする。信徒全員がクン・ライを終えると、儀礼の終了をしらせるリン
(鈴)と太鼓がならされる。
「宝殿」での「朔望礼」が終わると、信徒たちは一階の「報恩祠」におりる。供養儀礼 等の死者儀礼がある場合、信徒たちは祭壇を左右に囲んでたち、ホアによって誰のための 儀礼であるかが告げられた後、儀礼開始の太鼓の音を合図にして全員で読経をはじめる。
そのあいだホアは、祭壇上の祖先に対して茶や水を繰り返し供える。その後ホアの指示に したがい、信徒たちが順に祭壇前に出て、礼拝をする。
「報恩祠」での儀礼がない場合、信徒は祭壇前で簡単な礼拝をして、すぐに客室棟に移 動し、着替える。ホアは、「宝殿」に多少居残り、「天板」上の花を確認したり、供物につ いて「通事班」の信徒たちに指示をだす。その後、階下に降りて、供物の分配の差配に気 を配りながら、事務室の所定の席につく。
3 - 3 説法会
説法会は、事務室で行われる。信徒たちは、中央のテーブルにそれぞれ着席する。ここ での席順も、職位の序列と年齢順が守られる。ホアが上座となる最前列の中央に座り、そ
れを挟むかたちで右側が男性、左側が女性と配置される。男性は、礼生のアインマイが筆 頭で、その後年齢順にアインサウ、アインフンと並ぶ。女性も同様で、礼生の中でも最高 齢のクイが筆頭となり、80歳代、70歳代礼生、通事と、職位の序列と年齢順にしたがって 席につく。50歳代、60歳代の通事たちは、祭壇から下ろした果物を他の一般信徒に分配し たり、茶を準備する役割がある。そのため席につかないか、あるいは仕事が終わった後に 下座の空いている席に座る。
職位者以外の信徒たちの席次は、年齢順と入信年数の原則にゆるやかにしたがってはい るものの、職位者ほど厳格ではない。また女性が圧倒的に多いため、男性側にも着席する。
通事による果物の分配が終わる頃、ホアは事務連絡をはじめる。本山のベンチェー聖会 からの報告がある場合は、アインマイがホアに代わって代読する。それが終わると、ハノ イ聖室の活動について連絡をはじめる。供養儀礼や病人の見舞いの予定などを信徒たちに 伝え、それぞれへの参加を指導する。その間、隣同士雑談している者がいると、治事らが 私語をやめるように注意する。そして連絡が一通り終わると、体調がいいときには席を立 って背筋を伸ばし、声のトーンを落とした穏やかな語り口で説法をはじめる。
「ハノイ聖室ホ・ダオは、ここに掲げられた(事務室壁のバンチンダオ派教宗グェン・
ゴック・トゥオンの写真をみながら)長兄のもと、兄弟姉妹として互いに慈しみあいな がら 『修行』しています。儀礼がある日はもちろん聖室に帰り、厳かに『師』に仕え、
日々の安寧を報告しなければなりません。なぜなら『師』は、私たちの『父』であり、
ホ・ダオは皆、その『子ども』だからです。『子ども』たちが『親』を敬うのは当然のこ とです。そして『子ども』同士も、『兄弟姉妹』として互いを思いやらなければなりませ ん。病気のものがいれば皆で見舞い、何か問題を抱えているものがいれば、解決できる ように手を取りあって協力し合わなければなりません。それこそが、私たちが守るべき
『師』の教えなのです……」
説法は、ホアがこれまでの出家生活において、どのようにホ・ダオの活動に取り組み、
それを統括してきたか、といった過去の経験談とカオダイ教の教理を関連させた話題が語 られることが多い。教典の一節やバンチンダオ派教宗の詩が冒頭で読まれることもあるが、
大半は、ホアが理想とするホ・ダオのかたちが語られる。すなわちそれは、信徒たちが聖 室という「家」に集い、教理を基礎とするホアのダオ観念に従った「修行」に努めながら、
相互に敬意を示し配慮しあう関係である。
それは、ホ・ダオの代表者としてのホアの態度にも表われる。アオザイは常に純白さを 保つ。跪拝行為の姿勢は乱れることがない。通事の信徒たちの仕事である果物の分配にも 気を配り、信徒全員に果物がいきわたったかを必ず確認したうえで、儀礼に参加しなかっ た信徒に対しても家族や近隣の信徒に届けさせる。高齢者や病身の信徒に対しては、他の ものよりも形や色のいい果物を与え差異化を図る配慮をする。説法会で若手の信徒が雑談