第 3 章 ホ・ダオの理想と現実
第 4 節 ホ・ダオの現実
本節では、信徒たちに視点をうつす。ここでは、ホアが理想とするホ・ダオのあり方に対 する信徒たちの言動に着目し、ホ・ダオをめぐる信徒たちの意識と態度を検討していく。
4 - 1 活動の現状
ハノイ聖室に集う信徒の活動には、現在、以下に示す二つの傾向がみられる。一つ目は、
毎日の「四時礼拝」には、在家信徒がほとんど参加しないという点だ。したがって、聖室 の「四時礼拝」では、ホアが毎日一人でおこなっているのが現状だ。中心メンバーの女性 道友ランや男性礼生のアインマイが、ときおり日中の聖室を訪れ、ホアとともに昼11時の 礼拝に参加するが、それは聖室に一人で止住しているホアを心配して、様子を見に訪れる のであって、個人の「修行」として「四時礼拝」に取り組むことは二義的なものとして語 られる。
二つ目は、在家信徒が、特定の儀礼への参加のみを重視する傾向である。第 2 章でみた ような数ある年中儀礼の中でも、ハノイ聖室の信徒が参加するのは、「朔望礼」以外、「開 道記念礼」、「玉皇上帝聖誕礼」、「ハノイ聖室開室記念礼」、そして「仏母礼」の4つに偏重 している。この 4 つの儀礼日には、聖室にも比較的の信徒が集まり賑やかになる。しかし それ以外の儀礼に関しては、ホアだけが気にかけ、彼女が単独でおこなうか、中心グルー プのメンバーが2、3名集まり、四時礼拝同様の読経で簡素に執りおこなう。儀礼日である にも関わらず、聖室施設に成員の姿はなく、施設内は閑散としている。
三つ目は、在家信徒の関心が、上述のカオダイ教の神格にまつわる多数の儀礼よりも、
葬送儀礼や供養儀礼といった死者儀礼に向かう傾向にあるという点だ。信徒たちは、死者 儀礼には、それが平日であったとしても時間の都合をつけて参加する。
したがって、普段のハノイ聖室は、ホアが一人で過ごしていることが常態化している。
すなわち、現在のハノイ聖室では、ホアが理想とするホ・ダオのかたちが展開していない といえる。
4 - 2 ホアの苦悩
ホアは、ハノイ聖室ホ・ダオの現状に対して日頃から不満を募らせており、中心メンバー に対して、それを厳しく糾弾している。このようなホアの不満は、ある儀礼日に、ホアが 中心メンバーの女性二人にむかって言い放った以下のような語りで、頻繁に示される。
「うちのホ・ダオときたら、どうしてこうも愚か者ばかりなのだろう。今日は儀礼日だ というのに、(聖室に)『帰った』のはこれだけだ(中心メンバーの二人を指して)。きっ とうちのホ・ダオは誰も覚えていないんだよ。今日がレェ・バ・チャン師の亡くなった 日であるということを。ここに写真が掲げられてあるのに、これが誰であるか知らない のだろう。昔はよかった。ホ・ダオみんなが聖室に集まって、儀礼というといつも賑や かだった。『修行』にも熱心に取り組んだ。『兄弟姉妹』がみんなで競って読経したもの だ。ところが今はどうだい、修行をするどころか、教理を学ぼうとするものなんて誰一 人としていやしない。『聖室』のことを考えているのは、いつも私一人、私一人だよ」
レェ・バ・チャン師とは、バンチンダオ派の開祖のひとりである。その寂滅日には、儀 礼をおこなわなければならない。しかし、儀礼日当日のハノイ聖室には、中心メンバーの 女性二人しか集まらなかった22。ホアは、この現状に対して不満を露呈したのである。
信徒たちの活動に対するホアの不満は、以上のような信徒たちの活動状況に関してだけ ではない。ホアの後継となる出家者がいないということも、彼女の不満を増幅させる一因 となっている。
ホアはこれまで3名の女性を出家者候補として指導してきた。一人はラン(64)である。
ホアは、未婚のランが出家することを望み指導してきた。しかし病気がちであることを理 由にして、ホアに対しては現在まで明確な返事をしていない。ホアは数年前、彼女に対し て「礼生」の職位への昇格を告げたが、彼女はそれも体調を理由に辞退した。それ以来、
ホアからは出家の話題もだされなくなったという。
二人目はラップ(60歳)である。彼女は、19歳のときに許婚から裏切られたことが原因 で結婚式があげられず、その後出家を覚悟してカオダイ教に入信した。以来、独身を通し ている。ホアもゆくゆくは彼女が出家するのだと思い、ホ・ダオの指導的立場になる候補 者として教育してきた。しかし、2000 年に入ってラップが自宅を新築していたことを伝え 聞き、ホアは彼女に「出家の意思があるのであれば、家を建てる必要はないのではないか」
と問いただしたのだという。するとラップは、「年老いた父親の看病があるため出家はでき ない、家は父親の介護のために建てた」と弁解し、それ以来ホアとの関係にもひびが入っ た。彼女は、「朔望礼」への参加も滞るようになり、聖室活動全般から距離を置くようにな った。結果的に出家の話もなくなった。
三人目はシウ(57 歳)である。シウも、身寄りもなく未婚だったことから、ホアは彼女 が出家するだろうと見込んで指導してきた。しかし、ある日、かつての恋人と再会し、内 縁関係となったことをホアに報告し、破門の宣告をうけた。その後、中心グループの女性 たちから引き留められ、聖室に通い続けるうちに、徐々にホアの怒りもおさまったが、出 家の話を持ち出されることはなくなった。
22 グェン・ゴック・トゥオンと共にタイニン派から出奔し、バンチンダオ派を創設した人 物。ハノイ聖室には、創設者のひとりとして、彼の写真も掲示されてある。
このように、ホアが期待をかけて指導してきた女性たちが、それぞれに個別の理由で出 家を拒んだため、現在のハノイ聖室には、ホアの後継者となる出家者がいないのだ。また、
彼女たち以外にも、聖室の管理をまかせようと期待していた男性信徒アインサウ夫婦やア インマイ夫婦も、それぞれの妻が病気になるなどして、聖室を任せるには難しい状況だ。
アインマイは、妻も熱心な信徒で、ハノイ聖室の活動を支えることが期待されていた夫婦 だった。だが、数年前に妻が軽度の脳腫瘍を患い、身体の半身に麻痺が残ったため日常生 活がままならなくなった。アインマイは、妻の介護と仕事のために聖室活動に参加するこ とが難しくなった。しかし姉のホイアンが中心メンバーであり、妹のハーイも信徒である ことから、ホアやハノイ聖室との関係が完全に絶たれることはなく、また、アインマイ自 身も頻繁にホアと連絡をとったという。「現在は妻の様態も安定し、少しずつ聖室を訪れ儀 礼に参加できるまでに回復したため、ホアの代行を務める程度の余裕を持てるようになっ たのだ」と彼は語る。ただし、ホアが望むような出家者として、聖室に止住しながら信徒 たちを統括していくことは不可能な状況である。近年は、ホアの体調が悪化していること もあって、少しずつ仕事を移行しているが、聖室に止住することを、アインマイ当人は考 えていない。
このようなホ・ダオの現状に対するホアの不満が顕在化する機会が、夏と冬の読経の時 期である。読経期間は、第2章でも述べたように、陰暦の1月1日から2月1日までの「冬 経」と、4月 1日から 8月 1日までの「夏経」のふたつの期間からなる。中心メンバー13 名が主な参加者で、時々他の信徒もそれに加わる。期間中は毎日19時から1時間、「宝殿」
で読経に取り組む。そして読経後は、ホアによる説法が定例となっている。ただし、近年 はこの時間が、ホ・ダオの現状に対する批判に費やされる。以下に示すのは、ある日の説 法会でのホアの発言である。この日の説法会は、カオダイ教史の一節の読み聞かせであっ た。途中ホアが、信徒たちに対して、内容についての問いを投げかけたところ、その答え が明確ではなかったことをきっかけに、それまで穏やかだった説法の時間は一変した。
「『礼生』も『通事』も職位があるだけで、何の意味もない。あなたたちはダオを理解し ているのですか。『師』の教えを理解しているのですか。それでも『礼生』や『通事』の 職がつとまるのですか。あなたたちがこのような状態だから、いつまでたってもうちの ホ・ダオは堕落した状態なのです。儀礼日もわからない愚かものばかりなのです。この ようなホ・ダオを率いている私の責任を理解するものなど、うちのホ・ダオにはいない のです。『聖室』のなかにはいつも私一人だけで、他にはこの『聖室』のことを心配する ものなんて、誰一人いない。私が死んだら、いったいこの『聖室』はどうなってしまう のだろう。これほどの責任をひとりで背負っている私の心臓は、私の体は、そう長くは もたないでしょう。もうすぐ死んでしまうでしょう。あなた方は、それを望んでいるの でしょう」