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第 4 章 在家信徒の宗教的行為

第 4 節 信徒の積徳行為

カオダイ教では、信徒の積徳行為を、「功果(côngquả / コン・クワァ)、「功程(công trình / コン・チン)」、「功夫 (công phu / コン・フウ)からなる「三功(tam công / タム・コン)」 と総称する。

一つ目の「功果」とは、カオダイ教と社会の双方に有益な行為に携わることを指す。具 体的には、病気の信徒の見舞いや聖室の清掃活動などがあげられる。二つ目の「功程」と は「修行」を指し、教典に含まれる「五戒(ngữ giới cầm / グゥ・ゾイ・カム)」、「四大条規

(tư đại điều qui / トゥ・ダイ・ディェウ・クィ)」、「世律(thế luật / テェ・ルワット)」に明 記されている規則を守り、菜食を維持することを示す。そして三つ目の「功夫」とは、教 理、律法の理解のために教典を学び、毎日4回の礼拝(四時礼拝)ないし瞑想をおこない、

至高神と対峙することである。これは信徒に「知恵(trí huệ / チィ・トゥェ)」の獲得を促 す行為とされる。

このような「三功」から構成される積徳行為は、それぞれ相関関係にあり、三つをそれ ぞれに実現することで信徒は精神の「進化(tiến hoá / ティェン・ホア)」を遂げることがで きると考えられている。

ただし、ハノイ聖室に集う信徒がダオ・ミンと関連して語る積徳行為は、すべて「功果」

として捉えられている。「功果」には、元来「功程」である菜食、「功夫」としての読経、

そして「功果」に属する見舞い、清掃活動の 4 つの行為が含意される。信徒たちは、これ ら4 つの行為を、先述のような 3 つにもとづいた区分によって分類していない。この点か ら、信徒たちが「三功」の区分を明確に理解していないことが推測される。なぜならハノ イ聖室の信徒たちは、「功扶」に含まれる教理勉強や瞑想には、あまり取りくんでいないか らである。すなわちハノイ聖室の信徒は、第 3 章で述べた「修行」のなかでも、顕教的な 手段は取り組んでいるが、密教的な手段に関しては、取り組んでいないのである。では、

彼らの言う「功果」を構成する具体的な行為を、以下にみていこう。

4 - 1 読経

4-1-1 二つの読経期間

読経は、夏の最も暑い4月から8月にかけての約4 カ月間の「夏経」と、冬の霧雨が続 く12月から1月にかけての約1カ月の「冬経」から構成される10。双方ともに、夜7時か ら1時間、聖室の「宝殿」の「天板」前でおこなう。その後は、11時過ぎまでホアによる

10 「夏経」と「冬経」の期間は、双方ともに旧暦にしたがう。

説法がある。

読経に参加するのは、主に中心メンバーの女性信徒たちである。読経期間中の女性メン バーは、夜7時からの読経にあわせて、6時半ごろから聖室に「帰り」はじめる。その後、

客室棟一階の部屋で「白いアオザイ」に着替えて、7時5分前頃になると「宝殿」にあがる。

4-1-2 読経のとりくみ

信徒は、「宝殿」に入る際に、まず入口でのクン・ライの所作の一部-左手の親指を薬指 の付け根につけた状態で手を握り、その状態の左手に右手を重ね合わせて、額中央、胸、

下と直線的に下ろしてまた額中央に戻す行為-を 3 回繰り返す。その後、「天板」、関聖帝 君、観音菩薩それぞれの祭壇前でも同じ所作をおこなったのち、左右に別れて整列して待 ち、治事によってリン(鈴)が鳴らされたら、「天板」に向かって跪くか、あぐらをかき、

クン・ライを繰り返しながら、読経をはじめる。最初に、『四時供』を読む。ここまでは、

「四時礼拝」と同様の行為である。その後信徒は、読経期間中に読む経を唱えはじめる。

跪いた姿勢をとっていた信徒のなかには、ここで胡坐に座り直すものもいる。経は、『Kinh Cứu Khổ(救苦経 / キン・キュウ・コゥ)』を10回、『DiLạc Chơn Kinh(弥勒真経 / ジィ・

ラク・チョン・キン)』を1回読む。この二つの経では、治事の女性チュンが木魚を叩いて 拍子をとる。『四時供』ではクン・ライをともなうが、他の二つの経ではともなわない。お よそ1時間読経すると、通事のホイアンがリンを鳴らして、終了をしらせる。

読経を終えると、女性メンバーたちは「宝殿」から客室棟一階の部屋に移動して、「白い アオザイ」から普段着に着替える。そして事務室に集まり、椅子に座って、代表者のホア による説法を聞く。これが 2 時間以上続く。したがって読経期間中のメンバーたちの帰宅 時間は、毎晩深夜11時を過ぎる。

説法会における中心メンバーと代表者のホアとのやりとりは、第 3 章で述べたような問 答の繰り返しである。メンバーたちは、体力的にも精神的にも疲労が蓄積する。こうした 状況をみて、私は、「なぜ無理して読経に参加するのか」と尋ねたことがあった。すると、

高齢者を中心に「『功果』だから仕方がない」という答えが口ぐちにかえってきた。

写真18 「夏経」に取り組む女性信徒たち

4 - 2 菜食

カオダイ教の「修行」には、菜食も含まれることは前章で述べた。『新律』の第3章「ダ オを守る人(về người gữi đạo)」の第12条には11、動物性食品や特定の植物性食品の忌避が 明記され、出家者と在家信徒それぞれに菜食が課せられている。乳製品に加えて、ねぎや ごま、にんにくなどの嗜好性のある調味料を使用した植物性食品も忌避の対象となる[CƠ QUAN PHỔ THÔNG GIÁO LÝĐẠI ĐẠO 1999: 120]。カオダイ教の信徒は、ダオに含まれる 五戒にもとづき、殺生を慎み、他者の生命に対する慈悲の姿勢を示す「功果」として、ま た心身を十分に研鑽し、健康を保つための個人の「修行」として菜食を捉えているとの解 釈もある[Bui1991]。

4-2-1 菜食の3つのレベル

菜食には、取り組む期間の長短に基準にして、3つのレベルがある。一つ目は「束の間の 菜食」を意味する「ルック・チャイ(lục chay)」のレベルである。「菜食を探す」期間、つ まり信徒が菜食の意義を見いだす期間とも捉えられている。ルック・チャイでは、ひと月の うちに1日、8日、14日、15日、23日、そして30日(旧暦)の6日間を菜食の日とする。

二つ目は、「初級の菜食」を意味する「タップ・チャイ(thấp chay)」のレベルである。タッ プ・チャイでは、ひと月のうちで、1日、8日、14日、15日、18日、23日、24日、28日、

29日、30日の 10日間を菜食の日とする12。そして、最終的には、「完全な菜食」を意味す

11『新律』第3章「教えを守る人(về người gữi đạo)」第12条。

12 ルック・チャイの期間中で、30日のない月は29日を代替日とし、タップ・チャイの期

る「アン・チャイ・チュオン(ân chay trương)」のレベルに達することが理想とされる。

菜食の取り組みは、信徒個別の意思に任されている。新たな入信者は、練習期間内の「修 行」として、ルック・チャイからはじめ、その後タップ・チャイに移行することが求めら れる。その後、徐々に期間を延ばしていく。期間を延ばしていく場合にも、ある程度の規 則があり、1月、7月、10月のそれぞれの月を菜食期間としたのち、180日間連続して菜食 にとりくみ、その後 1 年間の菜食を維持した後、アン・チャイ・チュオンへと完全に移行 することが理想とされている。

この規則に従って、出家者と在家信徒では菜食への取り組み方が異なる。出家者は生涯

「完全な菜食」を守ることが原則とされる。この場合、出家後すぐにアン・チャイ・チュ オンに入るものもいれば、上述の段階をへて徐々に菜食を習慣化していくものもいる。

一方在家信徒も、出家者同様に徐々に菜食の期間を増やし、それを常態化していくこと が奨励されるが、アン・チャイ・チュオンを厳格に守らなければならないわけではなく、

個人の意志や生活スタイルにあわせて、上述した三つのレベルのいずれかを選択する。し たがって、菜食期間以外は、動物性の食品も摂取することもできる。

なお、在家信徒は、自らが動物を食用として屠殺することは、五戒の一つである殺生の 禁止に反するため禁忌とされる。

写真19 南部地域からハノイ聖室を訪れた信徒夫婦(左側)を菜食でもてなす ハノイ聖室の男性信徒(右側)

4-2-2 在家信徒の菜食へのとりくみ

ハノイ聖室の在家信徒は、私に対してダオ・ミンを説明するときに、必ずといっていい ほど菜食をとりあげる。とりわけ高齢の信徒にその傾向が強い。「ダオ・ミンでは菜食を守

間中では、27日が代替日となると、細かく規則化されている。

写真20 信徒が儀礼用に自宅でつくった菜食料理

らなければならない。」という語りは、調査期間中よく耳にした言葉である。

彼女たちにとっての菜食とは、「束の間の菜食」を意味するルック・チャイか、「初級の 菜食」を意味するタップ・チャイへの取り組みを示唆している。したがって、彼女たちの 多くが、ひと月のうち、6日間、ないし10日間を菜食で過ごしている。

「完全な菜食」を守るものは、代表者のホア以外に、礼生のヒエンと道友のランとラッ プの3名のみである。ヒエンは言う。

「私は入信後すぐにアン・チャイ・チュオンをはじめて、今までずっと続けている。今ま でずっとだよ。他の人は『苦しい(khổ)』ことだと言うけれど、私はすぐに慣れて、『苦し い』と思ったことは一度もない。菜食は、身体を健康に保ってくれる。ダオ・ミンではア ン・チャイが『修行』のひとつだからね」

彼女は、入信してから20数年来、菜食を維持してきたという。私がヒエンの自宅を訪ね ると、彼女は昼ごはんを私にふるまいながら、以上のように、菜食について必ず語ってい た。

4-2-3 「苦しい修行」としての菜食

ヒエンの語りにもみられるように、ハノイ聖室の信徒は、菜食を「苦しい修行」として も捉える傾向がある。とりわけ若手の信徒は「日中働いているのに、菜食をしていては疲 れてしまう」といって、菜食への取り組みを肯定しない。そのため、6日間のルック・チャ