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世界銀行による拠出建て積立方式の提言 : World Bank (1994) より 42

第 3 章 公的年金を巡る国際的な論争 41

3.1.2 世界銀行による拠出建て積立方式の提言 : World Bank (1994) より 42

*5

とりわけ給付建て賦課方式を強く批判した論者は,世界銀行のエコノミストたちであっ た. 彼らは新たな年金制度をデザインするべきと主張し, その論点として以下の5点を挙 げた.

1. 老齢期の所得保障は自発的なものであるべきか, あるいは強制的なものであるべき か. また, その境界をどの水準に設定するか(Should the system be voluntary or compulsory ? And at what levels ?).

2. 貯蓄と所得再分配の境界をどの水準で分けるべきか. また, それらの機能は1つの 制度に統合して供給するべきか, それとも機能を分離し, 財源や管理運営において 別の制度として提供すべきか(What should be the relative emphasis on saving versus redistribution ? And should these functions be combined or provided through separate financing and managerial arrangements ?).

3. 想定外の結果が起こるリスクを,年金受給者が負うべきか,それとも社会の他の構成 員が負うべきか(Who should bear the risk of unexpected outcomes ? pensioners or others in society ?).

4. 積立方式を採用すべきか, それとも賦課方式を採用すべきか(Should the system be fully funded or pay-as-you-go ?).

. とりわけ,勤労所得に応じて給付制限が課されるなど,引退時期に応じて社会保障資産が減少する場合,強い 影響を及ぼすことが予測される. 他方で, 早期退職する場合は従前の消費水準を維持するために必要とされる私 的貯蓄が大きくなるために,私的貯蓄を促進することが予想される. 公的年金の導入が貯蓄に及ぼす影響は, 換効果と引退促進効果の両方を考慮する必要がある.

*4フェルドシュタインの仮説を理論面から検証した研究にはBarro (1974, 1978)などがあり,否定的な結 果を得ている. 時系列データを用いて社会保障資産の側面を検証した研究にはHemming (1978), Hemming and Harvey (1983), Browning (1982) などがあり, やはり否定的な結果を得ている. 引退促進効果を検証し た研究には, Boskin (1977), Boskin and Hurd (1978), Disney et al. (1994), Meghir and Whitehouse (1997), Sheshinski (1978)などがあり,肯定的な結果を得ているが, Blinder et al. (1980) などは否定的な結 果を得ている.

*5以下, World Bank (1994), pp.1–23に沿っている.

3.1 公的年金の動揺と公的年金民営化論の台頭 43 5. 一元的に管理すべきか, それとも分権的および競争的に管理すべきか(Should it be

managed centrally ? or decentrally and competitively ?).

それらは, 政府が個人の長期的な消費, 貯蓄の選択に対してどの程度介入するべきかを問 うたものと考えられる. また,その手段として, より個人貯蓄に近いものと所得再分配に近 いものとの間のウエイトをどの水準で設定すべきかも問うたものであると考えられる.

上の5つの論点に対して, 世界銀行のエコノミストたちは, 以下の3本の柱 (pillar) か ら構成される年金制度 (Multi-pillar System, 以下, 世界銀行モデル) を主張した.

1. 公営の給付建て賦課方式 (publicly managed, unfunded, defined benefit)

2. 強制加入の民営拠出建て積立方式 (compulsory, privately managed, fully funded, defined contribution)

3. 個人貯蓄 (voluntary)

世界銀行モデルは, 政府が直接運営する公的年金の役割を最低限の生活保障に限定し, そ れを超える部分については, 一定水準までは加入を義務付けつつも, その運営を民間に委 ねるべきとしたところに特徴がある.

世界銀行モデルが手本としたのは, 世界銀行の強い影響を受けたピノチェト政権の下で, 1981年に実行されたチリの年金改革である. チリの年金改革は, 報酬比例部分の民営化に 特徴があり, 改革実行後にラテンアメリカ諸国へ影響を及ぼしていった. また, 1990年代 には, 社会主義からの移行期にあった東ヨーロッパ諸国へも影響を及ぼしていった.

世界銀行モデルの理念はWorld Bank (1994) にまとめられている. それによれば,先の 3本の柱から構成される年金制度は,世界各国が直面する少子高齢化に伴う,医療保健サー ビスや年金の需要の増大に対する処方箋として提示された.

World Bank (1994) は, 以下のような個人や市場の限界から, 引退後の生活保障をすべ

て個人の自発的な行動に委ねることには否定的であり, 政府による一定の介入が必要であ るとする.

1. 近視眼的であること (shortsightedness)

2. 多くの開発途上国においては貯蓄手段が十分でないこと (inadequate savings instruments)

3. 保険市場における市場の失敗 (insurance market failures)

4. 個人と金融機関の間の情報の非対称性, 将来について情報が不完全であること (information gaps)

5. 長期にわたる貧困 (long-term poverty)

その一方で, 過度の介入は資源配分の非効率を生み出す. 所得再分配システムの不備から, 再分配を受ける必要のない豊かな人々にその恩恵が及ぶことなどを疑問視し, 市場経済に 対して政府はどのように介入すべきかを問い直すべきとする.

World Bank (1994)による批判の背景には,既存の年金制度が以下の6つの理念に基づ

いてデザインされ, 運営されてきたとみなしていることがある.

1. 高齢者は貧しく,故に政府の救貧政策は高齢者に向けられるべきである(Old people are poor, so government programs to alleviate poverty should be directed to the old).

2. 公的な社会保障制度は累進的であり,貧しい高齢者へ所得再分配されている(Public social security programs are progressive, redistributing income to the old who are poor).

3. 社会保障制度は給付建て方式によってリスクから年金受給者を守っている (So-cial security programs insure pensioners against risk by defining benefits in advance).

4. 政府だけが年金受給者をインフレーションのような集団リスクから守ることが でき, ほとんどの国でそうしている (Only governments can insure pensioners against group risks, such as inflation, and most do so).

5. 個人は近視眼的だが, 政府は長期的な視野に立てる (Individuals are myopic but governments take the long view).

6. 将来世代の利益を守るために政府の行動が必要とされる (Government action is needed to protect the interests of generations yet unborn).

それらによれば, 高齢者は守られるべき社会的弱者であり, かつ個人は市場の不確実性に 晒されている. 一方で, 個人は近視眼的であり, かつ市場は不完全であり, 自助努力による 貧困への対応には限界がある. 政府は, そのような個人を守る役割を担わなければならな いというパターナリズムの立場に立っており, そのための手段の1つが給付建て方式であ る. それらは将来世代を守ることにもつながるとされている.

それらに対して, World Bank (1994) は, 既存の年金制度がそのように機能していると する評価は神話 (myth) に過ぎず, 現実には以下のような問題を引き起こしていると批判 する*6.

*6World Bank (1994), pp.1-2.

3.1 公的年金の動揺と公的年金民営化論の台頭 45 1. 公的年金基金が政府の稚拙な運営によって枯渇させられた.

2. 高い社会保険税の税率が労働市場を歪め, 経済成長を阻害している.

3. 現行の公的年金の多くは完全にはインフレ率に連動しておらず, 時間の経過ととも に実質価値が減価している.

4. 政府支出における老齢保障の割合が増大し, 他の重要な公共サービスを追い出して いる.

5. 世代間に受益と負担の格差がある.

6. 豊かな者の方が貧しい者よりも長生きすることが一因となり, 現在の年金制度に組 み込まれた所得再分配機能が十分に働いていない.

それらの主張に見られるように, 当時の世界銀行のエコノミストたちは, 少子高齢化とい う経済の縮小要因に直面する環境下では, 従来のような社会保障を維持し続けることは困 難とする立場に立つ.

具体的には, 手厚い社会保障は負担を増大させる一方で, 他の公共サービスをクラウ ディングアウトさせる. また, 負担の増大は経済成長を阻害する. それらは受益と負担の 世代間格差を拡大させる. 他方で, 現在の社会保障制度は, 長期的には所得保障機能を十分 に果たせず, かつ政府の年金基金の管理能力にも厳しい限界があると指摘する.

一方で, World Bank (1994) が主張する年金制度には, 以下の 5つの利点があるとす

*7.

1. 公的な強制加入の柱における移転によりどのグループが利得を得て, どのグループ が損をするかを, 世代間および世代内の両方について明確に評価する. それは, (中 低所得者から高所得者への) 意に反したあるいは信頼のおけない所得再分配と貧 困を抑制する (Make clear decisions about which groups should gain and which should lose through transfers in the public mandatory pillar, both within and across generations. This should reduce perverse or capricious redistribution and poverty).

2. 民営強制加入の柱は保険料の増大と給付の関係を密接にする. それは実効税率を 引き下げ, 脱税を防ぎ, 労働市場の歪みを是正する (Achieve a close relationship between incremental contributions and benefits in the private mandatory pillar.

This should reduce effective tax rates, evasion, and labor market distortions).

3. 第2の柱における積立方式と分散管理を通じて長期貯蓄を増大させ, 資本市場を深

*7World Bank (1994), pp.22-23.

化させ, 成長させる (Increase long-term saving, capital market deepening, and growth through the use of full funding and decentralized control in the second pillar).

4. 公営と民営,年金給付の政治的決定と市場による決定,財源調達の基盤としての賃金 の増大と資本所得の利用, 広範囲の金融商品, すなわち公債と社債, 株式と債券, 国 内と海外へ投資する能力を組み合わせて, リスクを最大限分散する (Diversify risk to the fullest because of the mix of public and private management, political and market determination of benefits, the use of wage growth and capital income as the basis for finance, and the ability to invest in a wide variety of securities, public and private, equity and debt, domestic and foreign).

5. 不公平で非効率な制度設計を強いる政治的な圧力から制度を保護する (Insulate the system from political pressures for design features that are inefficient as well as inequitable).

World Bank (1994) によれば, それまで支配的であった報酬比例の給付建て賦課方式

は, 3本の柱がそれぞれ果たすとされる3つの機能を1つの制度にすべて持たせることを 意図してデザインされている. そのことは資源配分, 所得再分配の両面において問題を起 こしている. 加えて,賦課方式の下では, 人口高齢化や制度の成熟化に伴って所要の給付財 源が増大し, 後代ほど保険料率が上昇する. そのために世代間格差が拡大する.

また, 年金制度に組み込まれている所得再分配機能により, 古い世代の高所得者ほど大 きな所得移転を受ける. その一方で,後の世代の中所得者層,場合によっては低所得者層で すら負の移転を受ける. 拠出建て積立方式においてはそのような移転は発生せず, 受益と 負担の関係を正常化できる. 所得再分配を目的とする給付建て賦課方式の年金給付によっ て, 低所得者から高所得者への意図せざる所得移転も防げる.

加えて, 負の所得移転は, 保険料を負担するグループにとっては税と同じであり, 税負担 が大きいほど脱税を誘発する. 社会保険税の負担が困難で, それらを雇用者に転嫁できな い雇用主は雇用を抑制し,それは経済成長を阻害する. また,十分な年金給付を受けられる 高齢の労働者の早期退職を促し, 熟練の労働力が失われる, 拠出建て積立年金は労働市場 に対して中立的な制度であり, 給付建て賦課方式によって生じている労働供給の歪みを是 正できるとする.

さらに, 賦課方式による年金は消費に回されるため, 国内の貯蓄が減少する. その貯蓄 は埋め合わされないため, 資本蓄積不足が起こり, 資本市場を発達させる機会が失われる. また, 公的年金が積立金を持つ場合は, 政府が基金を運用する. その運用先の大部分, 場合