第 4 章 公的年金の財政方式と世代間格差 , 世代内格差論を巡る論争 75
4.2 公的年金の所得保障機能と世代間相互扶助:共同体主義の立場から
彼らが批判するのは世代間相互扶助自体ではなく, それが社会保険を通じて行われている ことである. 人口高齢化が急速に進む環境下においては, 公的年金が2つの機能を併せ持 つ限り, 受益と負担の世代間格差は拡大することが予想される.
それに対して, 2つの機能を分離して,リスク分散機能に特化させた部分を積立方式化あ るいは民営化すれば, 現行制度のような世代間格差は発生しない. また, 運用を市場に委ね れば, それまでより高い運用利回りを実現できる. 一方で, 所得再分配機能もそれに特化し た制度に持たせ, 税財源によって運営すれば, それが世代間再分配であっても問題になら ない. それはあくまで公的扶助だからである. そのように, 彼らは制度が担うべき役割, 果 たすべき機能を1つに特化させることが望ましい. そして, 市場を政府は信頼すべきと主 張していると考えられる.
4.2 公的年金の所得保障機能と世代間相互扶助:共同体主義 の立場から
積立方式論の立場から, 多くの論者が既存の公的年金を批判する一方で, 社会保険方式 に所得再分配機能を導入した賦課方式の公的年金を積極的に評価する研究, 報告も多く現 れた. その1つである社会保障制度審議会 (1958) は, 国民皆年金の意義を 「一家の子女 が個人的に行う老齢者の扶養を, 社会連帯の立場における扶養に漸次切替え発展させよう というのである. われわれはすでに義務教育制度を確立した. これは, 父兄のもつ個別的 な教育費負担の責務を,社会連帯の責務に切替え,発展させたものにほかならない. この考 え方を, 老齢. . . (中略). . .にも及ぼそうとしているのである」と定義する. すなわち, 社会 保障制度審議会 (1958) は国民皆年金達成を通じて, 老齢世代の扶養を私的なものから社 会制度へ移行すべきと勧告したと言える.
また, 有澤他 (1979) は, 「私的年金とは異なり, 社会保険としての強制的な保険であ
ることを考慮すれば, 個人個人の過度の拠出と給付の対応関係」は望ましくないとする.
「給付に要する財源として, 個々の被保険者の拠出する保険料だけでなく, 一定の国庫負 担が行われていることを併せ考慮すれば, 社会保険方式による場合であっても, 所得再分 配機能や財源の効率的な配分を重視しなければならない」ためである. すなわち, 有澤他
(1979)は, 社会保険方式の基本理念に自己責任と社会連帯の両立を置いている.
さらに, 喜多村 (1983) は, 所得再分配を社会保険方式に導入することを「本質的使命」
であるとする. 喜多村 (1983) によれば, 公的年金は引退後等の生活保障政策の中心であ
り, そのことは成熟過程においても同様である. そのため, 相応の水準の給付が求められ, 目標とされる所得代替率の達成は不可欠な経過措置である. そして, 国民皆年金, 強制加 入はそのための仕組みである. その意味で, 既存の受給者が受ける年金も社会保険給付の 一部であり, 社会扶助給付ではなく, 受給制限を課されるべくもない. その実現には, 世代 間所得移転は不可欠とする*14. また, 積立方式に移行した場合は巨額の積立金が発生する が, それらの運用先の確保が困難であるとする.
続いて, 堀 (1991) は, わが国の公的年金の基本理念を, 「老人の生活の保障は家族によ
る扶養から徐々に公的年金によって維持されるように変わってきたのである. そして, 賦 課方式の年金制度は前の世代の老後の生活を後の世代が維持するという意味で家族による 扶養と同じであり, したがって以上のような流れは私的扶養から社会的扶養への流れと理 解することができる*15」と定義する.
堀 (1991) は, Johnson, Conrad and Thomson (1989) を引用し, 世代間の公平や世代 間所得移転を論ずる際には, 出生コーホート問題 (birth-cohort problem) と年齢グルー
プ問題 (age-group problem) を区別すべきとする. 具体的には, 出生コーホート問題は,
「拠出した保険料の総額と受給する年金の総額を比較して, 前の世代のほうがのちの世代 よりも収益性が高いこと」である. 年齢グループ問題は, 「老齢世代が受給する年金額と 勤労世代の所得額を比較して, 前者が高すぎること」である. 堀(1991) は, 後者を「老齢 世代の年金額と勤労世代の所得額を, 世代間の公平という観点から評価することは, 勤労 世代が老齢世代の年金の費用の大部分を負担し, かつ, 同時代の問題であるため, 極めて妥 当な視点であると考えられる」と評価する. それに対して, 前者については,「公的年金の 収益性が出生コーホートによって異なるという問題は, その出生コーホートを取り巻く社 会経済の状況が異なるため, 公的年金だけを取り出して世代間の公平を論ずるのにどれだ け意味があるのか」と疑問視する.
堀(1991) はまず, それまで行われた世代間格差の推計方法は,過去に拠出された保険料
の価値を正当に評価していないとする*16. 利子率は物価上昇率ほど大きく変動せず, 物価 上昇率が利子率を上回れば 保険料の過去拠出分は減価し, 実質賃金が上昇しても減価する
*14喜多村(1983)は「世代間においてあまりに損得が生じることは, 公平の観点から適当ではない,高山助教
授の指摘のとおりである. そこで実際には,前述のように積立主義と賦課主義の中間的方法(修正積立主義)を 採っている. これは一言で言えば, 制度創設当初からある程度(積立主義によるよりは低め)の保険料を徴収し, 制度の成熟にしたがって保険料負担を徐々に引き上げるというものであるが,積立主義と異なり,最終的には積 立金の存在を前提としないというものである. 」とも述べ,世代間格差を緩和する措置を採っているとする.
*15堀(1991)は,その指摘を論文において繰り返し行っている.
*16「拠出保険料総額はインフレによって相当減価しているのに,それは全く考慮されていないのである. この ような取り扱いは,経済学的には正しいかもしれないが(すなわち, 利子が物価上昇をカバーしている), 保険料 拠出者には著しい不公平感を抱かせるものである」 とする.
4.2 公的年金の所得保障機能と世代間相互扶助:共同体主義の立場から 81 ためである. その不公平の解消のため, 利子率ではなく名目賃金上昇率, すなわち標準報酬 月額の再評価率で過去拠出分の保険料の現在価値を算出すべきとする.
次に, 堀 (1991) はわが国の公的年金の沿革を論じた. 「わが国の公的年金は 1942年
に積立方式で出発したものの, 戦後の物価や賃金の上昇に対応するために給付水準を引き 上げざるを得なくなり, 賦課方式の枠組みを取り入れた修正積立方式へ移行せざるを得な かった. その上, 当時は公的年金は成熟過程にあり, 果たすべき所得保障機能の強化ために 早期成熟化措置を講じた. 必然的に, 内部収益率の世代間格差が生じるものの, それは必要 かつ妥当であった*17」とする*18.
その理由として, 堀 (1991) は次の点を挙げた. 第1に, 公的年金は生活保障の役割を担 うためである. 物価や賃金の上昇などのマクロ経済変動によってその機能が毀損させられ た場合, その回復のために年金給付を引き上げ必要が生じる. しかし, その財源を年金受給 世代に負担させることは困難であり, 賦課方式の要素を導入せざるを得ない.
第2に, 公的年金は老齢期の所得保障機能を担っているためである. 制度の成熟過程に 老齢年金受給者となる世代は, 給付水準が低くなる傾向にある. そのことは「中高年齢者 の生活の保障をも目的として導入された年金制度の意義を薄れさすものとして政治的には 許されず,多くの国で早期成熟化措置が」採用され, 賦課方式の要素が導入された. 公的年 金を積立方式で運営しつつ早期成熟化措置を講じれば, 若年世代にその時点の老齢年金の 給付財源を負担させると同時に, 自らの年金給付の財源も積立させる, いわゆる二重の負 担が生じる. 早期成熟化措置を講じなかった場合も, 高齢者を家庭内で扶養しつつ, 自らの 積立も行う意味で, 二重の負担が生じる.
第3に, 積立方式の下では, 制度の導入当初は給付を行わなず, 拠出だけさせるため, 巨 額の積立金が蓄積される. そのような状況下では, 給付の改善や保険料の引き下げの要求 が高まることが予想される*19.
以上のように, 堀 (1991) は, 人口高齢化が進む環境下において賦課方式を採用すれば, 内部収益率の世代間格差が必然的に発生することを認めている. その一方で, 歴史的事実 や現実的制約, そして何より公的年金が果たすべき役割から, 修正積立方式への移行と早 期成熟化の実施は妥当であり, 公的年金において内部収益率に世代間格差が発生すること
*17早期成熟化措置とは,「老齢年金の受給資格期間を短縮する措置」および「この短縮された年金の額を通常 の算定方式による額よりも増額する措置」を言う. また,権丈(2006)は,「今日観察される世代間格差が一切な い状態は,年金制度の発足当初から積立方式で運営しておくか, もしくは年金制度を持たない社会を作っておく しか方法はなかった」(権丈, 2006, pp.175–176)と指摘する.
*18第2章を参照されたい
*19「国民年金が発足した当時, 給付を行わないで拠出だけさせるのは,資本蓄積のためであり資本側の収奪で あるとして,制度の導入そのものに大きな反対運動が起こった」とされる.