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国際社会保障協会 (ISSA) のエコノミストによる反論 : Beattie

第 3 章 公的年金を巡る国際的な論争 41

3.2.1 国際社会保障協会 (ISSA) のエコノミストによる反論 : Beattie

McGillivray (1995) より

World Bank (1994) が発表された後に, 年金政策の在り方に関する国際的な論争が起

こった. その中で, とりわけ World Bank (1994) に強く反論したのが国際労働力機関

(ILO)および国際社会保障協会(ISSA)のエコノミストである. Beattie and McGillivray

(1995) はWorld Bank (1994) によって提起された改善策には様々な課題があると指摘す

る. その批判は, 次のようにまとめられている. 第1に, World Bank (1994) による既存 の公的年金への批判の多くは, 彼らが主張するものにも同様に, 場合によっては既存の公 的年金以上に強くあてはまる. 第2に, World Bank (1994) の提言は, 高齢者および年金 受給者をより大きなリスクに晒す. 第3に, 所得保障に要するコストをより大きくする. 第4に, 移行のためにより重い負担が現役世代に課される*8.

世界銀行による既存の公的年金の分析と評価に対する批判*9

Beattie and McGillivray (1995) は前半と後半の 2部構成になっている. 前半では,

World Bank (1994) が行った既存の公的年金の分析および評価を詳細に検証し,彼らの誤

解や見落としを指摘する.

*8Beattie and McGillivray (1995), pp.5-6.

*9以下,断りがない限りBeattie and McGillivray (1995), pp.6–13に基づいている.

第1に, 既存の年金制度の経済効果への批判に対してである. World Bank (1994) に よれば, 既存の年金制度は労働力とその生産性, 資本蓄積とその配分, 政府による公共財・

サービスの財源調達能力に負の影響を及ぼす. その1つとして, 社会保障負担の事業主 負担による影響がある. それを労働者の賃金や価格に転嫁できなくなった場合に失業が 発生する. そのことがヨーロッパの失業率を高めたとする. それに対して, Beattie and McGillivray (1995) は, Atkinson and Mogensen eds. (1993) を引用し, 負の影響が明ら かに観測された例はわずかであり, 観測された負の影響も非常に小さいと反論する. また, 社会保障負担の事業主負担が国民所得に占めるシェアは小さい. ヨーロッパの失業率の高 さを説明する場合は, 過去数年間にその地域で生じたことを軽視すべきではないと反論す る*10.

World Bank (1994) が1980年代のスウェーデンとアメリカを比較して, 公的年金が

熟練労働者の早期退職を促したと批判したことに対しては, 次のように反論する. World

Bank (1994) の分析結果によれば, 先進諸国の間でその影響は大きく異なる. 開発途上国

では負の影響が観測されるものの, その影響は小さい. 社会保障負担が社会全体に過大な 負担を課す一方で, 開発途上国において, 先進国がそれらの国々と同程度の経済力であっ た当時より多くの給付を受けることへの批判に対しては, 社会保障が世界的に認知されて いる現代と当時を比較する意味を疑問視する. 先進国において, 若年の貧困者よりも高齢 者のほうが多くの給付を受けることへの批判に対しては, なぜそうしてはいけないのかを 疑問視する. 将来の年金給付は隠れ債務であり, それが巨額であるとする批判に対しては, それらを今すぐに払い戻すのであれば問題になるが, そのことを前提としない限り問題に ならないと反論する.

第2, 公的年金に関する政治的リスクについてである. World Bank (1994) は年金 給付の減額を政治的リスクであると定義する. それに対しては, その定義自体を疑問視 し, 年金給付の減額が「既存の制度の否定 (repudiation of previous arrangement) 」か,

「ゲームのルールの変更 (a major change of the ”rule of the game”) 」かを見極めなけ ればならないと反論する. その例として, World Bank (1994) におけるスウェーデン, ギリス, アメリカ, および日本とアイスランドの比較を挙げた. Beattie and McGillivray

(1995) によれば, アイスランドの年金給付は無拠出のものであったために, 一切の移行措

置が講じられることなく所得制限が導入された. それ以外の国の給付は社会保険によるも のであったために, 既存の年金受給者の受給権を保護する目的で, 数十年を費やす移行措

*101980年代後半から1990年代前半にかけて,先進諸国の多くで経済危機が発生したことを指していると考 えられる.

3.2 世界銀行への批判とスウェーデン方式の登場 49 置が講じられた. そのことを根拠に, アイスランドで採用されていた無拠出の年金給付こ

そ, World Bank (1994) が第1の柱としたものの一種であり, 彼らの指摘する政治的リス

クにさらされやすい. 既存のシステムの方が長期にわたる安定性,支払能力, および制度を 維持させやすいと反論する.

第3に, 人口動態への対応である. World Bank (1994) による, 積立方式こそ来たるべ き高齢化に耐えられるとする主張に対して, その評価は楽観的すぎると反論する. Beattie

and McGillivray (1995) によれば, 賦課方式であれ積立方式であれ, 現役世代の生産活動

によって生じた富を老齢世代へ分配することに変わりはない. 両者の違いはそれが社会保 障システムを通じて行われるか, 資本市場を通じて行われるかに過ぎない. どちらのシス テムの方が現役世代の負担をより重くするかは一義的には定義できない. そして, 賦課方 式は積立方式に対して明確な利点がある. 保険料の拠出者数と比べて年金受給者数が少な い時に蓄積された積立金を, 将来の負担軽減に活用できることである.

第4に, 財政方式についてである. World Bank (1994) は, 給付建て積立方式が成り立 つかどうかは将来の利子率, 死亡率, インフレ率, 賃金上昇率や制度への新規加入率などが 不確実であるために, 先験的には定義できないとする. その一方で, 拠出建て方式の持続可 能性を, 先に挙げた諸変数を利用して評価することを批判する. また, 拠出建て積立方式の 年金財政の健全性を検証する場合は, 財政全体ではなく加入者単位で行われなければなら ないと批判する.

第5に, 所得再分配についてである. World Bank (1994) は, 年金給付と保険料拠出の 間で「給付・反対給付均等の原則 (actuarial equivalence)」が満たされていなければなら ないが, 既存の公的年金はそれが達成されていない*11. 既存の給付裁定式の多くは, キャ リア終盤の賃金にリンクして給付水準を決定するため, キャリア終盤の所得が最も高くな る傾向がある高所得者に有利である. 他方で, キャリア終盤に賃金が変化しない, あるい は低くなる傾向がある低所得者に不利になる. さらに, 高所得者は長生きする傾向があり, それを通じて低所得者から高所得者からへの所得移転が生じる. そのような「意図せざる 所得再分配 (perverse redistribution) 」の発生を強く批判する.

そのような批判を, Beattie and McGillivray (1995) はおおむねを認めている. その上 で, 保険料拠出と年金給付の間で「給付反対給付均等の原則」が満たされていないことは, 低所得であった者の所得代替率を引き上げるための措置であると主張する. 既存の給付裁

*11なお, World Bank (1994)は「保険数理上の公正(actuarial fairness)」を満たす年金制度が望ましいと 主張する. それに対して, Beattie and McGillivray (1995), World Bank (1994)が「保険数理上の公正」

とするものは「給付反対給付均等の原則」である. 「保険数理上の公正」は, 「真のリスクを考慮して保険料を 設定する手法」であると指摘する(Beattie and McGillivray, 1995, p.11).

定式の下で高所得者の方が有利になっていることに対しては, 裁定の対象となる賃金プロ ファイルの期間を長くすることによって対応可能な, 制度設計上の技術的な課題である. 決して, 公的年金固有の課題ではなく, 社会保険固有の課題でもないと反論する.

「意図せざる所得再分配」が起こっていることに対しては,次のように反論する. 社会保 険方式の公的年金は, 異なるリスクグループに属する人々を同じ保険に加入させ, リスク 調整を行わない保険料を課し,年金給付を行う. 同時に,早世の受給権者から長寿の受給権 者への移転によって終身給付を行う. それらは, 民営であれ公営であれと同じと反論する.

また, World Bank (1994) が, 各被保険者が年金資金を市場で的確に運用した場合に達

成される内部収益率と比較して給付建て方式を批判することに対して, それは給付建て方 式が果たすべき社会的目的を無視するものと反論する. Beattie and McGillivray (1995) によれば,社会保険方式の公的年金の役割の1つは 保険料の拠出によって年金給付の受給 権を持たせ, 生活保護の受給に伴う差別から解放することである.

その目的の達成には, 公的年金導入時点ですでに年金支給開始年齢, あるいは壮年に達 していた世代に対しても十分な給付を行う必要がある. その場合, 保険料の拠出と年金給 付額の関係を弱めざるを得ず,拠出建て方式の採用は困難である. そのために, 給付建て方 式を採用し, 給付水準を公的年金の社会的目的と, (現役世代の) 負担能力の間のバランス で形成される世代間の合意によって決定することが必要である. その際, 制度が成熟する 前に年金を受給し始めた世代は, 自分の親世代を私的に扶養してきたことも忘れてはなら ないと主張する.

最後に, World Bank (1994) は公的年金を巡る問題を世代間対立の文脈で論じ, ある世

代以降は負担が受益を上回ることを強調するが, それは誤解である反論する. Beattie and

McGillivray (1995) によれば, 実際に損をするのは, 既存の制度の最後の世代である.

らは保険料を払わされる一方で, 給付はわずかしか, あるいは全く受けられない. 制度の創 設者たちはそのことを認めているものの, 制度を途中で廃止することを一切想定しておら ず, その「問題」を軽視しているとする.

世界銀行の提言への批判*12

後 半 は, World Bank (1994) に よ る 提 言 を 批 判 し た も の で あ る. Beattie and McGillivray (1995) は, World Bank (1994) による提言をすべての関係者, すなわち労働 者や年金受給者, 雇用主に加えて, World Bank (1994) の提言を採用する政府にとっても

「リスクの高い戦略 (a high-risk strategy) 」であると評する.

*12以下, 断りがない限り本節はBeattie and McGillivray (1995), pp.13–20に沿っている.

3.2 世界銀行への批判とスウェーデン方式の登場 51 第1のリスクは, 年金受給額の不確実性である. 拠出建て方式の下では拠出した保険料, 年金商品購入時の利子率, 基金が達成した内部収益率, 運用時に課される手数料および蓄 積された年金資産を年金給付に変換する際の条件に依存する. そのため, 年金受給権者の 引退後の所得は不確実になる. それはWorld Bank (1994)が指摘した「政治的リスク」よ りも大きいと批判する.

各論においては, 年金市場における情報の非対称性を指摘する. 年金商品の購入者は資 産運用の情報に関して売り手に対して不利であり, 意に反した年金商品を購入させられる 可能性がある. それに対して, 保険の供給者にとって被保険者の余命の予測は困難であり, そのリスクに応じて予定金利を高く設定する必要がある. また, 女性は男性と比較して長 生きする傾向があり, 他の条件が同じであれば, 女性がフローの年金受給において不利に なる可能性があることも指摘する. 各被保険者の余命が不確実である点に関して, World

Bank (1994) はその限界の克服のために政府が責任を果たすべきと主張する. その点に対

しては, 「第 2の柱」を政治的判断から解放すべきとした主張と矛盾する (paradoxical) と反論する.

World Bank (1994) による, 強制貯蓄方式の下では「第1の柱」も含めて政治リスク

から独立とする主張に対しては, 次のように反論する. まず, 各時点で給付水準が十分で はないという社会的合意が形成された場合, 「政治リスク」を抑えることは容易ではない. また, 給付建て方式の下では外部環境に応じて給付水準を修正させ続けなければならない. それは社会的ニーズや国家の給付能力に対する国民による評価を反映する. その国民的合 意の実現には民主的な手続きを経なければならず, 国民の許容範囲から逸脱できない. 民が自分では十分にコントロールできないリスクに直面する可能性がある以上, それらは 国民にとって望ましいと主張する.

第2のリスクは, 積立金の運用に関するものである. World Bank (1994) は, 多くの開 発途上国では給付建て部分積立方式が採用されていると主張する. それに対しては次の ように反論する. 開発途上国の公的年金が保有する積立金は, 賦課方式の下で本来設定さ れるべき水準より高い保険料を課したために蓄積された. それらは社会資本の建設等に 利用されている. 拠出建て方式の下では, そのような制度運営は実行不可能である. さら に, 金融市場が未成熟な開発途上国において必要とされることは, 投資先を多様化するこ とではなく規制の構築であり, それはWorld Bank (1994) も認めていると主張する. 一

方, World Bank (1994) による, 積立金が政府による運用の失敗で空費させられたとする

批判に対しては, そのことを認めている. その上で, そのような政府の甘えを許さないシス テムであることが賦課方式の利点の1つであると主張する .