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持続可能性 , 将来世代の負担能力と世代間格差:「程度の問題」としての

第 4 章 公的年金の財政方式と世代間格差 , 世代内格差論を巡る論争 75

4.3 持続可能性 , 将来世代の負担能力と世代間格差:「程度の問題」としての

積立方式を支持する論に対して, 内部収益率の世代間格差をゼロにしても現役世代の負 担は減らないと論じたのが野口 (1982) である. 野口 (1982) は, 「現時点の労働世代から 年金受給世代に対して, 税および社会保険料を通じて所得移転がなされているものと考え

られる. . . (中略). . .しかし, このこと自体は公的年金の性格から当然予想されることであ

り, さほど重要な問題でないと思われる. 事実, 多くの国の公的年金において, 程度の差こ そはあれ, 類似の所得移転が生じている」と指摘する. そして,仮に「年金制度を全廃した としても, 将来世代の負担が軽減されることにはならない. なぜなら, その場合には, 老人 は家庭内で, あるいは公的扶助制度によって扶養されねばならないからである」とする.

その一方で, 野口 (1984) は世代間格差を批判する. ただし, 他の研究とは異なり, 世代 間格差を程度の問題として捉えている. なぜなら, 賦課方式自体は否定せず,世代間格差を 持続可能性の側面から論じているためである. 野口 (1984) は,「年金制度による世代間移 転が今後ますます巨額化することを考えると, ・・・, この視点からの年金制度の検討は,

*20神野(2007), pp.322–323.

*21権丈(2006)は「産業化を原因とする私的・社会的老親扶養制度転換を与件とすれば,これまで先進国で試

行錯誤しながら積立方式から段階的保険料方式に転換していき,成熟段階では賦課方式に落ち着いていった歴史 的事実は, 合理的な側面を持っていたように思える」と述べている(権丈, 2006, pp.129–130).

4.3 持続可能性, 将来世代の負担能力と世代間格差:「程度の問題」としての世代間格差論83 強制加入の年金制度の長期的維持のために不可欠」とする.

将来にかけて少子高齢化の進行が予想される下では, 年金受給者を支持層とする政党の 影響力が増し,給付水準の引き下げが困難になる可能性がある. しかしながら, 将来世代の 能力を超える負担を課すことはできず, それでも課すならば公的年金は破綻せざるを得な い. その回避のためには,一定水準の所得代替率の達成を目標に,拠出建ての要素を導入す べきとする.

当然ながら,それらは公的年金を弱体化させる. それを補うために,「退職年齢の延長と か高齢者雇用機会の創出, 企業年金や個人年金による補完等の方向を積極的に開発するこ とにより対処すべき」とする. すなわち, 野口 (1984) は一定の所得代替率の維持を前提に 給付建て賦課方式から拠出建て賦課方式へシフトする. そして, 支給開始年齢および保険 料を引き上げていくべきと主張している.

また, 世代間の公平を論じる際には, 公的年金のみならず, 他のチャンネルを通じた世代 間移転も考慮すべきとする. とりわけ強調するのが, 年金受給世代から現役世代への移転 である. それらが相当の規模に達することが予想されるためである.

具体的には, 次の点が挙げられている. 第1に, 資本蓄積を通じた移転である*22. 第2 に, 正の遺産である. 第3に, 社会資本である*23. 第4に, 技術開発や教育などである*24. それらは, 「現在の年金受給世代は年金制度を通じて多額の移転を労働世代から得ている が, · · ·(中略)· · · それを正当化するもの」と評価している. そして, 現在の現役世代も, 的年金を通じた世代間移転を正当化できるよう, 後の世代へ十分な財産を残さなければな らないと結論付けている*25.

以上のことから, 野口 (1982; 1984)は, 社会保険を通じた所得再分配を否定していない ことが読み取れる. 公的年金の成熟期における世代間所得移転を疑問視していないためで

ある. また, 野口 (1984)が, 世代間格差は制度を破綻させない程度, すなわち, 保険料負担

が現役世代の負担能力に対して過大にならない程度に収めるべきとすることからも読み取 れる. それらから, 野口 (1982; 1984) は世代間格差を程度の問題とみなしていると言え

*22「労働の限界生産力は資本ストックの増加関数であるから,資本蓄積が大きいほど,後の世代は高い所得を 享受できる. この意味で,貯蓄者は, のちの世代の福祉向上に貢献している」とする.

*23社会資本建設当初の「資金の提供者たる納税者は,後世代が享受する便益に見合う報酬を得ていない. した がって, これを通じて,後世代に対する所得移転がなされると考えられよう. これは稲田献一教授が正しく指摘 するとおりである」とする.

*24それらも,「後世代の福祉向上に重要な役割を果たす. このうち一部分は, 例えば特許料収入のような形で 技術開発の当事者世代に帰属するが, 相当部分は後世代への移転と考えることができよう」とする.

*25「現在の労働世代は、将来世代に対して、年金以外のルートを通ずる世代間移転を積極的に増加させる義 務を負っていることがわかる. すなわち,資本蓄積,技術開発,教育資本などにより将来の生産能力を涵育する必 要がある」とする.

る. また, 世代間移転を論じる際は, 公的年金だけでなく資本蓄積や社会資本, 技術進歩, 遺産などの要素も考慮すべきと主張していることも重要である.

高山 (1992) も, 世代間格差を制度を破綻させない程度に納めるべきと主張した研究で

ある. 高山 (1992) は,「公的年金は「世代と世代の助け合い」の制度」であると明確に述

べている. そして, 積立方式の公的年金は, 制度の成熟過程において年金受給世代に十分な 保障を提供できない*26. 提供するためには, 現役世代へ二重の負担を課さなければならな い*27. 二重の負担を避けるためには, 保険料の水準を相当に低く抑えざるを得ず, 拠出さ れた保険料と運用益のみでは十分な給付財源を得られないことが予想される. また, 賦課 方式から積立方式へ移行する場合にも二重の負担が発生する. そのため, 積立方式により 制度を創設し, 運営し続けることは事実上不可能とする*28.

当然, 少子高齢化が進む下で賦課方式の公的年金を運営し続ければ, 後の世代ほど公的 年金の負担は重くなるものの, その際, 古い世代ほど私的扶養負担が重かったことを考慮 しなければならないとする. また, 過去に蓄積された積立金は, 現在の年金受給者が被保 険者であった時期に, 賦課方式の下で必要とされるより多くの負担をしてきた結果である. それらは,将来の負担の増大を緩和するものとして, 積極的に評価している. それらをもっ て, 世代間格差論において批判の対象となる高齢世代を擁護している. もっとも,年金受給 世代に対しても, 現役世代や将来世代に無理な負担を課すことは認められないとする*29.

それらから, 高山 (1992) , わが国は今後も少子高齢化が急速に進み, 公的年金は厳し い財政制約に直面するものの, それらは克服不可能な課題ではないとする. 支給開始年齢 の引き上げ, 給付水準の引き下げ, 保険料の引き上げによる現役世代と年金受給世代の間 のバランス調整を通じて, 公的年金を持続させられると評価するためである*30.

高山 (1992) によれば, 公的年金給付は「現役と OBの間で所得を分け合うしくみ」で

あり, パイを作り出している現役世代の意思, 能力を考慮しない運用は現実的ではないと

する. 確かに, 1973年改革において60%を目標にするとされた所得代替率は, 1985年改

革において中長期的な引き下げが決定された. 所得代替率が現役世代と高齢者の所得分配 のバランスを崩すほど高まることが予想されたためである. 今後も, 再び所得代替率が許

*26「制度創設時において既に高齢になっていたものに年金は支給されない. また,その時にすでに壮年に達し ていたものは低額の年金しか受給することができない」とする.

*27「その時にすでに高齢になっていたものや壮年に達していたものの老後は事実上,年金制度に頼ることがで きないので従来通り子供や孫が私的に世話を」しなければならない. 同時に,若年者は,「年金制度の創設によっ て自分の老後は子供や孫にたよらず自分および自分と同世代のものだけで若い時から保険料を拠出して準備しな ければ」ならないためとする.

*28高山(1992), pp.4–6.

*29高山(1992), pp.9–14.

*30高山(1992), pp.47–63.

4.3 持続可能性, 将来世代の負担能力と世代間格差:「程度の問題」としての世代間格差論85 容できないほどに上昇した場合には, 再び給付水準は調整されるという展望を示している.

さらに, 年金財政の健全性を高めるために経済成長が重要な役割を果たすことにも言及

している. 高山 (1992) によれば, 負担水準の上限は, 「現役とOBの間の所得バランスが

適正であると大方のものが考える限り, その引き上げは実現する公算が」ある. それは, 現 役世代の生活水準の向上に依存するところが大きいとする. その展望は, 経済成長による 現役世代の実質所得の増大, 生活水準の向上は, 現役世代の負担能力をそれを超えて増大 させることを想定していると考えられる.

ただし, 高山(1992)は, それらの展望はわが国における政治の成熟に強く依存している

とする. 高山 (1992) によれば, 各国は 年金財政の持続可能性を確保するために「現役と

OBが互いにゆずりあって, 折り合いをつけて」きた. すなわち, 現役世代と引退世代が譲 り合うことができずに世代間対立を続ける限り, 年金財政の破綻は現実のものになるとす る. それは全国民に対する強い警告である*31.

加えて, 「欧米の主要国では「年金を政争の道具としない」という点ですでに与野党は 合意して」いることを挙げる. 高山 (1992) によれば, 欧米主要国では公的年金が引退後の 生活設計の中心になっているため, 「政治が年金不安や不信を一層増幅させてはいけない という考え方が支配」している. 高齢化に伴う負担増は不可避であり, 互いに負担を分か ち合うことの重要性を国民が熟知しているためとする. それらの指摘は, 現在のわが国に 対しても強い警告を与えるものだろう*32.

以上のように, 高山(1992) は現実的な公的年金改革議論をすることを強く求める. 前提 として, 積立方式による公的年金の創設も, 途中からの移行も, 積立方式固有の極めて困難 な課題に直面するため実行可能性がない. 他方で,賦課方式の下では, 人口高齢化が進むほ ど後の世代の負担が重くなることは事実であるものの, それを指摘する際には公的年金が なかった, あるいは十分ではなかった時代のことに十分配慮しなければならないとする.

その上で, 公的年金改革議論は, 現役世代と引退世代の間で所得を分配するシステムで あることを意識しなければならない. そのため, 引退世代の生活水準を著しく下げること も,現役世代に過大な負担を課すことも認められない. 両者が成熟した関係を築き, 互いに 無理な要求をし合わないことこそ, 公的年金を破綻させない唯一の道である. それを受け 入れられなければ, 誰も望まない公的年金の破綻が現実のものになると強く警告する.

ここまで, 野口 (1982; 1984),および高山 (1992) の主張を整理した. 両者の共通点は, 世代間格差を「程度の問題」とみなしている点だろう. 大多数の先進諸国は賦課方式を採

*31高山(1992), pp.65–67.

*32高山(1992), pp.199–203.