第 8 章 被用者年金の適用拡大に関する財政分析 153
8.5 被用者年金の適用拡大が年金財政に及ぼす影響
8.5.2 シミュレーションの結果
8.5 被用者年金の適用拡大が年金財政に及ぼす影響 161 積立金残高は, 厚生年金財政の黒字が2020年度から2065年度まで続いたため, 2020年 度から拡大し続け, 2065年度に最大の574.2兆円に達する. その後は, 財政収支の赤字化 とその拡大に従って減少し, 2105年度には131.9兆円まで減少する.
積立金比率は, 財政収支が赤字を記録している2010年代には低下し, 2015年度には2.6 まで低下するものの, 財政収支が黒字化する2020年度以降は上昇に転じる. その後は, 財 政収支黒字の拡大に伴って大きく上昇し, 黒字が最大化する2035年度には5.0に達する. その後は, 財政収支黒字の減少に伴って伸びが鈍化し, 2050年度に最大の5.9を記録した 後に低下に転ずる. 財政収支が赤字化する2070年度以降は,赤字の拡大と共にその低下速 度は速まり, 財政期間が終了する2105年度には1に達する.
適用拡大ケースの財政収支は, 2010年度では基本ケースと同様に赤字であるものの, そ の規模は5.5兆円であり, 基本ケースより0.5兆円小さい. 黒字に転ずるのも基本ケース より早く2015年度である. その後は財政収支黒字が拡大し, 2035年度には最大の17.3兆 円に達する. 基本ケースと同様にその年度以降,黒字の規模は減少に転じ, 2070年度に1.9 兆円の赤字に転ずる. その後は赤字が拡大し, 2105年度には29.2兆円に達する.
表8.5 シミュレーションにおける前提条件 名目賃金
上昇率
名目長期
利子率 物価上昇率 名目積立金 運用利回
合計特殊 出生率
2009 0.10% 1.10% −0.40% 1.50% 1.26
2010 3.40% 1.40% 0.20% 1.80% 1.26
2011 2.70% 1.70% 1.40% 1.90% 1.26
2012 2.80% 2.00% 1.50% 2.00% 1.26
2013 2.60% 2.30% 1.80% 2.20% 1.26
2014 2.70% 2.60% 2.20% 2.60% 1.26
2015 2.80% 3.00% 2.50% 2.90% 1.26
2016 2.50% 3.55% 1.00% 3.40% 1.26
2017 2.50% 3.55% 1.00% 3.60% 1.26
2018 2.50% 3.55% 1.00% 3.90% 1.26
2019 2.50% 3.55% 1.00% 4.00% 1.26
2020 2.50% 3.55% 1.00% 4.10% 1.26
注.2021年度以降は,2020年の値が一定で推移すると仮定している.
積立金残高の推移は, 財政収支が黒字に転ずる2015年度以降増大し, 財政収支が黒字を 記録する2065年度にかけて651.2兆円まで増大する. その後は, 財政収支の赤字化とその 拡大に伴って減少し, 2105年度には152.0兆円まで減少する.
図8.1 被用者年金適用拡大効果: 長期時系列 厚生年金 国民年金
財政収支
-40 -30 -20 -10 0 10 20
2010 2020 2030 2040 2050 2060 2070 2080 2090 2100 ()
ᇶᮏࢣ࣮ࢫ 㐺⏝ᣑࢣ࣮ࢫ
-1.2 -1.0 -0.8 -0.6 -0.4 -0.2 0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0
2010 2020 2030 2040 2050 2060 2070 2080 2090 2100 ()
ᇶᮏࢣ࣮ࢫ 㐺⏝ᣑࢣ࣮ࢫ
積立金残高
0 100 200 300 400 500 600 700
2010 2020 2030 2040 2050 2060 2070 2080 2090 2100 ()
ᇶᮏࢣ࣮ࢫ 㐺⏝ᣑࢣ࣮ࢫ
0 5 10 15 20 25 30 35 40
2010 2020 2030 2040 2050 2060 2070 2080 2090 2100 ()
ᇶᮏࢣ࣮ࢫ 㐺⏝ᣑࢣ࣮ࢫ
積立金比率
0 1 2 3 4 5 6 7
2010 2020 2030 2040 2050 2060 2070 2080 2090 2100 ᇶᮏࢣ࣮ࢫ 㐺⏝ᣑࢣ࣮ࢫ
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0
2010 2020 2030 2040 2050 2060 2070 2080 2090 2100 ᇶᮏࢣ࣮ࢫ 㐺⏝ᣑࢣ࣮ࢫ
積立金比率は, 財政収支が黒字化する2015年度の2.7を境に反転し, 財政黒字の拡大に 伴って大きく上昇し, 財政黒字が最大化する2035年度には5.5に達する. その後は財政黒 字の減少に伴い積立金比率の上昇も鈍化し, 2050年度の6.3をピークに低下し始める. そ
8.5 被用者年金の適用拡大が年金財政に及ぼす影響 163 の低下は財政赤字の拡大と共に大きくなり, 2105年度には1.1に達する.
基本ケースと適用拡大ケースを比較すると, 両者はおおよそ似た動きをする. 短期から 中期に掛けては財政収支を改善するものの, 長期的にはやや悪化させる傾向がある. 図8.1 によれば, 適用拡大により2010年度の財政収支は0.5兆円改善しているが, その規模は 2035年度にかけて 2.4兆円まで大きくなる. 一方, 黒字が減少し始めるとその差は徐々 に小さくなり, 赤字に転じる直前の2065年度の黒字は基本ケースの方が300億円大きく なっている. 2070年度に赤字に転じて以降は適用拡大ケースの赤字の方が大きく, その差 は徐々に大きくなり, 3.4兆円に達する.
他方で, 積立金残高については適用拡大ケースの方が一貫して大きい. 両者の差は, 2010 年度の1.5兆円から財政収支が赤字に転じる2070年度の75.9兆円まで一貫して拡大す る. その後は, 赤字の差が拡大するにしたがって小さくなり, 2105年度には20.0兆円に達 する.
積立金比率については, 2010 年度を除いては一貫して適用拡大ケースの方が大きい. 2015年度の0.024以来2035年度の0.53まで, 黒字の差の拡大に伴って大きくなる. その 後は, 黒字の差の縮小, 財政収支の赤字化, 赤字の逆転に伴って差は縮小し, 2105年度には 0.06まで小さくなる.
続いて, 被用者年金適用拡大の影響を, ストック面から検討する. 表 8.6は, 被用者年 金適用拡大の効果をバランスシートに示したものである*14. 表 8.6によれば, 適用拡大 によって保険料収入は現在価値で 100年間に 1,197.4兆円から1,258.2兆円へ60.8兆円 増大し, 国庫負担は330.4兆円から354.9兆円へ24.5兆円増大している. それに対し, 年 金給付は 1,004.9兆円から1,041.8 兆円へ36.9兆円, 基礎年金拠出金は660.8兆円から 709.8兆円へ49.0兆円増大している. その結果, 資産は 1,666.4兆円から1,752.7兆円へ 86.4兆円, 負債は1,665.6兆円から1,751.5兆円へ85.9兆円増大し, 純債務は基準ケース の−0.7兆円から−1.2兆円へ0.5兆円減少する結果となった.
国民年金財政への影響
図8.1によれば, 国民年金の財政収支は基本ケースでは2010年度以降黒字が続き, 2035 年度にかけて1,440億円から7,198億円まで増加する. 保険料単価引き上げの一方で, 未 加入者への被用者年金適用やマクロ経済スライドの導入, 国庫負担率の引き上げに伴って, 基礎年金拠出金単価の実質的な負担が抑制されたことが影響している. それに対し, 黒字 は2035年度を境に減少し始め, 2070年度に1,393億円の赤字に転ずる. 高齢化率が最大
*14本章は, 年金純債務の定義としてopen groupを採用している.
表8.6 被用者年金適用拡大効果: バランス·シート (兆円) 基本
ケース
適用拡大 ケース
厚生年金 資産 1,666.4 1,752.7
保険料 1,197.4 1,258.2
国庫負担 330.4 354.9
積立金 138.6 139.6
負債 1,665.6 1,751.5
年金給付 1,004.9 1,041.8
基礎年金拠出金 660.8 709.8 純債務 −0.7 −1.2
国民年金 資産 197.4 179.8
保険料 80.3 71.8
国庫負担 107.1 98.0
積立金 10.0 10.0
負債 196.2 178.5
基礎年金拠出金 196.2 178.5 純債務 −1.2 −1.3
Replacement Ratio 50.3% 52.0%
化したことが原因である. その後は赤字幅が増大し, 2105年度には9,046億円に達する. 基本ケースの積立金残高は, 2035年度まで黒字が拡大し, 2065年度まで黒字が継続し たこと伴って, 2010年度の10.1兆円から2065年度にかけて33.0兆円まで増大する. そ の後は財政収支の赤字化と, 赤字の拡大により減少し, 2105年度には 17.0兆円まで減少 する.
積立金比率の推移は, 2010年度から2020年度にかけて2.22から2.18まで若干低下す るものの, その後は黒字の拡大に伴って上昇し, 黒字が最大化する2035年度には3.0に, その直後の2040年度には最大となる3.1に達する. その後は, 黒字の減少に伴って徐々に
8.5 被用者年金の適用拡大が年金財政に及ぼす影響 165 低下し始め, 2070年度には2.6まで低下する. その後, 高齢化率が最大化したことに伴っ て急速に低下し, 2105年度には1まで低下している.
それに対し, 適用拡大ケースの財政収支は, 2010 年度では 1,487億円であり, その後 2030年度にかけて一貫して拡大し, 8,224 億円に達する. その後は, マクロ経済スライド に伴う給付抑制効果が失われたことに伴って財政収支は悪化し, 2070年度には889億円 の赤字に転じる. その後は高齢化がピークに達することに伴って赤字が拡大し続け, 2105 年度には9,483億円へ達する.
積立金残高は, 財政赤字が拡大する 2030年度にかけて急速に増大し, 2035 年度には 24.1兆円へ達する. その後は財政収支黒字の減少に伴って積立金残高の増大も鈍化し, 財 政収支が赤字に転ずる直前の2065年度に最大の36.7兆円へ達する. その後は財政収支の 赤字化に伴って減少し, 2105年度には21.4兆円まで減少する.
積立金比率は, 2010年度の2.45から2020年度の2.54まで若干上昇した後, 2040年度 にかけて急速に上昇し, 3.65に達する. その後は財政黒字の減少に伴って徐々に低下始め, 2070年度には 3.1に達する. その後は財政収支の赤字化とその拡大に伴って急速に低下 し, 2105年度には1.3に達する.
基本ケースと適用拡大ケースを比較すると, 図 8.1に示すように, 国民年金財政は財政 期間の終盤まで改善することがわかる. 2010年度時点ではその差は50億円でありさほど 大きくないものの, 適用拡大ケースの財政収支黒字の拡大に伴って拡大し, 2030年度には
1,360億円に達する. その後, 財政収支黒字の減少と共に縮小し, 両者が財政収支赤字に転
じる2070年度には500億円まで減少する. その後も差は縮小し続け, 2095年度には逆転 し, 適用拡大ケースの財政収支赤字の方が40億円大きくなる. その後はその差が拡大し, 2105年度時点では適用拡大ケースの財政収支赤字の方が440億円大きくなる.
それに対し, 積立金残高は適用拡大ケースの方が一貫して大きい. 2010年度時点ですで に110億円大きく, その後も, 適用拡大によって2090年度まで財政収支が一貫して改善 するのを背景に, 両者の差は一貫して大きくなり, 2095年度には最大の4.7兆円に達する. その後は財政収支の逆転を背景に縮小し, 2100年度時点では4.6兆円, 2105年度時点では 4.4兆円まで減少している.
積立金比率についても適用拡大ケースの方が一貫して高い. 2010年度の時点で適用拡 大ケースの方がすでに0.23大きい. その後は財政収支黒字の差の拡大に伴い積立金比率 の差も拡大し, 財政収支黒字の差が最大化する 2030年度には0.61, 2035 年度には最大 の0.63に達する. その後は財政収支黒字の差の縮小と共に徐々に縮小し, 2105年度には 0.33になる.
続いて,国民年金財政への影響をストック面から検証する. 表 8.6のように, 国民年金財 政の純債務は基本ケースの−1.2兆円から−1.3兆円へ0.1兆円減少する. その内訳は, 負 債は, 基礎年金拠出金が, 被用者年金の適用拡大に伴う被保険者数の減少により基本ケー
スの196.2兆円から178.5兆円へ減少したことに伴い, 17.8兆円減少している. 資産は基
本ケースの 197.4兆円から 179.8兆円へ 17.6兆円減少している. 保険料収入が基本ケー スの 80.3兆円から71.8兆円へ8.5兆円減少したことに加え, 基礎年金拠出金が減少した ことに伴い, 国庫負担が107.1兆円から98.0兆円へ減少したためである.
所得代替率の変化
ここで, マクロ経済スライドの適用による所得代替率に着目する. 2004年改革において は, 所得代替率の目標を1973年改革以来の60%から50%へ引き下げることが決定され たが, 表 8.6では, 基準ケースの50.3%から52.0%へ1.7%上昇している. すなわち, 所 得代替率を 52.0%まで引き下げれば公的年金財政の財政収支が均衡するといえる. その 意味で, 被用者年金を適用拡大した上で所得代替率を50%まで引き下げれば, 年金財政の 健全性を大きく改善できる可能性が示されたと言える*15.