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石刃石器群の機能的多様性

第 4 章  石刃石器群の多様性と石器形態の関係

第 3 節  石刃石器群の機能的多様性

 後期旧石器時代遺跡の機能的性格について、より直接的に推し量る方法として石器の使用 痕分析(阿子島 1989、御堂島 2005)がある。本論で対象とする資料については、先行研究 における優れた成果の蓄積があるが、使用痕分析は過去の調査においては実施されない場合 や、様々な条件によって使用痕分析が可能な点数が限られる場合もある。よって、こうした 先行研究が石刃石器群の機能的特徴をどの程度説明できるのか考察するため、その事例と成 果を定量的に把握する。

1. 使用痕分析の事例と石器の表面状態

 本論の対象遺跡の中で、使用痕分析あるいは石器表面の観察が実施された遺跡・資料は高 倉山遺跡、太郎水野 2 遺跡、清水西遺跡、上ミ野 A 遺跡(全次)、高瀬山遺跡、乱馬堂遺跡、

南野遺跡、白山E遺跡、白山B遺跡の 9 遺跡である。

 取り上げる事例すべてにおいて、埋没後光沢(阿子島 前掲)あるいは石器表面の風化といっ た「考古学的コンテクスト」(Shiffer 1979)に関わる属性が検討されている4.3)。慶應大学 調査によるお仲間林遺跡出土石器に関しては、石器表面に観察される「光沢」の形成要因と パターンが検討されているが、それらのほとんどが使用によるものではなく、埋没過程に由 来するものと判断されている(岡沢 1995)。同じように乱馬堂遺跡・南野遺跡の石刃・トゥー ル類の表面観察においても、刃部ではなく腹面や背面に光沢が散在する様子が確認され、使 用によって生じたものとは判断されていない(岡沢 前掲)。

 清水西遺跡でも埋没後の表面変化や輝斑が石器全面に見られ、微弱な痕跡を分析する精度 は保てないとされる(鹿又・熊谷 2015)。上ミ野 A 遺跡も同様に、必ずしも観察適した状 態ではないとされている(沢田・鹿又 2004)。一方、高瀬山遺跡や太郎水野 2 遺跡は石器表 面が非常に良好な状態であり、光沢面の観察に適していると判断されている(佐野・傳田 2012、山田 2008a)。  

 したがって、埋没後の状況によって使用痕分析で推定可能な精度には差があり、お仲間林 遺跡・乱馬堂遺跡・南野遺跡の分析結果を人間行動と関連付けることは困難であり、また清 水西遺跡や上ミ野 A 遺跡の分析結果は明瞭な痕跡が残ったもののみとなるため、ほかの対 象遺跡と比較する際には注意が必要になる。

2. 使用痕分析事例の定量的評価

 ここでは使用痕分析が実施された遺跡において、分析数と出土数の比、識別された機能な どから、遺跡の機能的性格について比較可能なデータを抽出し第 4.8 表にまとめる。

a. 高倉山遺跡

 高倉山遺跡はナイフ形石器、エンドスクレイパー、彫刻刀形石器について使用痕分析がお こなわれている(鹿又・佐野編 前掲)。ナイフ形石器は第 1・2 次調査の資料に限られるが、

他の器種は全点の観察が実現している。機能が推定された割合は、ナイフ形石器が 40% 前後、

エンドスクレイパーが 60% 前後となっており、残りは不明な使用痕か未使用とされている。

彫刻刀形石器とスポールの使用痕検出率は低く、機能は未解明である。狩猟や生皮加工の割 合が高く、狩猟と深く関係した遺跡の性格が議論されている。

b. 太郎水野 2 遺跡

 太郎水野 2 遺跡では 112 点全点に対して使用痕分析がおこなわれている(山田 前掲)。使 用痕の検出率は非常に高いが、その中でも石刃は比較的少ない傾向にある。この理由として 使用度の低さが指摘されており、着柄などの複合的な技術も用いられた形跡がないとされて いる。石器の機能は、ナイフ形石器も含めて肉・皮の加工に偏っている。

c. 清水西遺跡

 清水西遺跡はナイフ形石器・石刃・台形様石器など 56 点に対して使用痕分析がおこなわ れている(鹿又・熊谷 前掲)。肉眼観察によって使用痕分析に適さないと判断されたものは 分析されていない。明瞭な狩猟痕跡はなく、ナイフ形石器と石刃が木・骨角の加工、皮革加 工など似た用途に用いられている点に注目したいところだが、着柄痕の割合ではナイフ形石 器が 4 倍近い頻度を示す。

d. 上ミ野 A 遺跡

 上ミ野 A 遺跡第 1・2 次調査では、総数で 93 点の石器に使用痕分析がおこなわれている(沢 田・鹿又 前掲)。使用痕の検出率は器種ごとに差があり、エンドスクレイパーが高く、他の 器種は低い傾向にある。ナイフ形石器は木や骨角に対する Scrape が想定される。エンドス クレイパーは皮革加工、特に乾燥皮の加工に特徴が表れる。狩猟がおこなわれた形跡はなく、

第 3 次調査の場合と同じく「石器を準備する段階」と評価される。剥片素材の生産と日用品 の加工が主な活動だったと考えられる。

 上ミ野 A 遺跡第 3 次調査では、74 点を対象とした使用痕分析がおこなわれている(傳田 ほか 2012)。ナイフ形石器の使用痕検出率が低く、エンドスクレイパーが高い傾向は第 1・

2 次調査と共通している。一方で彫刻刀形石器が積極的に利用されている点で異なり、この 傾向は太郎水野 2 などと類似する。ナイフ形石器には一部に狩猟痕跡の存在が示唆されたも のの、積極的な評価には至っていない。

e. 高瀬山遺跡

 高瀬山遺跡 HO 地点の調査では、計 66 点に対して使用痕分析がおこなわれた(佐野・傳 田 前掲)。ナイフ形石器には投射の可能性があるものの、その蓋然性は高くない。そして、

彫刻刀形石器を含む他の石器器種は鋭い縁辺が保存されているため、未使用と判断された。

 また、本論では対象としていないが、高瀬山遺跡 2011 年調査(大場 2012)の出土資料 についても使用痕分析が行われ(鹿又 2012b)、ナイフ形石器に衝撃剥離と着柄痕が観察さ れる一方、彫刻刀形石器にはファシット(彫刻刀面)と縁辺のいずれも使用痕が観察されな いため未使用とされた。

f. 白山 E 遺跡

 白山 E 遺跡出土石器のうち 30 点が使用痕分析に適すると判断され、ナイフ形石器 4 点・

彫刻刀形石器 11 点・彫刻刀スポール 10 点・石刃 5 点などが高倍率法により分析された。

主に彫刻刀形石器の縁辺に骨角の加工(sawing や cutting)が多く観察された。ファシット および彫刻刀スポールにはこうした痕跡がみられないことから、彫刻刀スポールの作出目的 が刃部再生や整形・保持のための加工であった可能性(佐野 2011a)が指摘される(鹿又・

熊谷編 印刷中)。

g. 白山 B 遺跡

 白山 B 遺跡出土石器のうち高倍率法の分析対象となったのはナイフ形石器 1 点、彫刻刀 形石器 5 点、彫刻刀スポール 3 点、エンドスクレイパー 1 点、二次加工ある石刃 1 点、二 次加工ある剥片 3 点、石刃 10 点の計 24 点である。このうち使用痕が確認されたものが 8 点あるが、いずれも発達せずポリッシュ・タイプも多様で特定が難しいとされた。軽度の多 様な作業が行われた結果と考えられ、遺跡の石器製作場所としての性格が反映しているもの と考えられた。特筆すべきものとして、彫刻刀形石器のブランクあるいはエンドスクレイパー と、技術形態学的には 2 種類の分類が可能であった石器について、実際に乾燥皮のスクレイ ピングの使用痕が確認され、用途がスクレイパーとしてのものであったことが明らかとなっ ている(鹿又・熊谷編 印刷中)。

3. 小結

 以上のようにみてきた使用痕分析の結果を比較すると(第 4.7 表・第 31 図)、すべての遺 跡に共通する器種であるナイフ形石器4.5)の機能的多様性が目立つ。作業・対象物ともに多 様に用いられていることが分かるが、狩猟以外に使用される作業には、上ミ野 A 第 1・2 次 調査を除いて皮革加工は含まれない。

 一方、エンドスクレイパーの機能は基本的に皮革加工に集中し、またどの遺跡においても 使用痕が検出される率が高い。言い換えれば、他の器種の使用頻度や多用途性に影響されに くい専門性をもつといえる。彫刻刀形石器と彫刻刀スポールは遺跡によって使用痕の検出率 が異なり、使用する頻度が異なることが分かる。また、高瀬山遺跡のように埋没後の表面変 化がなくても使用痕がみられない場合なども、その遺跡の機能を推定する手がかりになる。

高瀬山遺跡の場合は豊富な接合資料が共伴することからも、製作遺跡としての性格が強く、

石器が使用される場ではなかったことが想定されている(今ほか 2012)。このことは、白山 E 遺跡と白山 B 遺跡における彫刻刀形石器の使用痕検出率の違いからも補強できる。

 近年の先行研究では、岩瀬彬(2018)が東北地方の後期旧石器時代前半期から後半期に かけて自らの成果を含む石器の使用痕分析事例の集成を行い、個別資料に推定された機能と 対象および機能した部位の情報から道具の多用途性を推定している。結果、石器以外の道具 を製作した痕跡は前半期石器群で低く、石刃石器群では中程度、細石刃石器群では高頻度に 表れていることや、石器の多用途性は反対に前半期石器群から細石刃石器群へかけて減少す る傾向にあることが示唆されている(岩瀬 2018)。