第 2 章 東北地方の後期旧石器石刃石器群の検討
3. 技術構造論研究
1990 年代以降の研究を特徴づけるのは佐藤宏之らによる構造論研究である。これらの目的
は石器群という多様な表現から類型的現実を抽出した上で、それらの背後を貫く構造性とそ の原理を把握することにあった(佐藤 1992)。代表例である佐藤の二極構造論 ( 佐藤 前掲 ) や田村隆の二項モード論(田村 1986・1989)などは、石器群の技術構造・技術的側面に注 目して、それらと社会・文化の間の関係態までを射程とした。
二極構造論(佐藤 1988・1992・2010b)において、東北地方の後期旧石器時代前半期は石刃・
縦長剥片技術とナイフ形石器、横長・幅広剥片技術と台形様石器という二極構造を呈し、両 者は互換性をもって共有されていたと説明される。本論で主たる対象とする後期旧石器時代 後半期は石刃への技術的収斂が進行した時期であり、二極構造の解体すなわち地域ごとの特 殊化・適応深化がおこった時期と捉えられる(第 2.4 図)。
田村隆は多様な形態の剥片を剥離する剥片モードと、規則的な形態の剥片(石刃)を剥離 する石刃モードの二項性を提示し、互いの推移や巡回によって石器群の構造を説明した(田 村 1989・2001)(第 2.5 図)。モードの二項性は、石材の選び方や使われ方、型式的形態、
廃棄の形態など様々なレベルで抽出される(田村 1989、仲田 2007、稲田 2010)。集団は剥 片モードと石刃モードの両方を保持し、また機能的な選択において使用することが出来るの であるから、その廃棄形態は多様になりうるとする。
これらの論によって前半期の台形様石器とナイフ形石器が編年的先後関係や集団の象徴と してあるのではなく、石器群内での構造差異に結び付くことが指摘された。とくに「狩猟・
採集戦略の分節性」(田村 1989)と二項モードの分裂は密接に関連するとされ、こうした技 術構造の分析から石器群内の居住や生業に関わる機能的構造にまで言及しうることが示され た。こうした研究に共通するのは、石器群に観察される(技術的)多様性をより柔軟に説明 しようとする姿勢であり、それまでの要素還元主義的な文化階梯論からの脱却を図ったもの と言える。そのために多角的な操作概念が提示されたことが評価できるが、石器群の技術構 造が強調され、研究者間で技術の指標や石器単位の分類基準が明示・統一されていない点に 批判もある(洪 2018a)。型式・類型化の問題について再検討する必要があることは論を待 たないが、同時に石器群の多様性の記述について、技術構造の視点については機能研究や石 器技術学(山中 1994、大場 2015a・b)、理化学的年代測定学などの外挿される情報によっ て補完されるべきと考える。
4. 石材環境と移動・居住に関する研究
研究史がこのように推移する中で、東北地方の地理的・地質的環境を背景とした後期旧石 器時代の行動論的(遺跡構造論的)な理解、あるいは技術組織 (Binford 1979) の理解を目 指した研究が進められている。特色としては、東北地方で主たる石器石材となる珪質頁岩の 分布と利用形態を扱った研究が目立つ。
東北地方における後期旧石器時代遺跡の分布や石器の特徴が異なる要因は、おもに石材消 費の不可逆性によって説明され(梶原 1991)、時期を追って特定石材への志向性が高まるこ とが指摘されてきた(鹿又 2015、吉川 2007)。鹿又喜隆は東北地方の後期旧石器時代石刃 石器群の石材組成の分析から、それぞれの石材消費形態および頁岩への依存度が異なること
を示し、この要因を石材獲得・消費戦略を包括した複雑な行動システムを反映しているとし た(鹿又 前掲)。また、村上裕二は東北地方における石刃製作技術および目的石刃の形状が、
頁岩原石の形状・サイズと相関することを明らかにし、時期差を超えたレベルで石材環境に 応じた多様な技術を発現させていることを示した(村上 2006)。
より基礎的な研究として、珪質頁岩の産出地点・状況の握把(秦 1998・2007・2011・
2012、沢田・高橋 2015 など)が進み、具体的な行動とその領域が明らかになることが期 待されている(第 2.6 図)。また、これまで東北地方においては少数の出土であったため重 視されてこなかった黒曜石製石器の産地推定が進められ(鹿又・佐々木 2015、鹿又ほか 2015、佐々木 2015・2016、渋谷ほか 2016、吉川・佐々木 2017、渋谷・佐々木 20181、加 藤 2018 など)、広域の移動領域が明らかになりつつある(第 2.7 図、第 2.8 図)。
一方、移動・居住形態を生業活動と関連づける視点もある。資源利用の意思決定には周辺 の資源環境が影響し(中沢 2011)、その配置・構造の変化によって移動様式や道具の在り方 も変化する(国武 2015)。この場合、石器群に観察される諸々の特徴は、計画的な資源利用 および居住形態の双方に適応した結果と解釈される。例えば、宮城県域で確認される「遠隔 地石材(頁岩)性石刃石器群」(大場ほか 2006)は日本海側の珪質頁岩を用いた搬入品と推 定され、脊梁山脈を横断する「移動中」あるいは「移動先」における石材の維持・消費や使 用の構造を中心とした技術組織(Binford 前掲、阿子島 1989)が使用痕分析などの方法を 通して解釈される(鹿又 2003)。以下に、いくつかの地域・石器群ごとに展開された研究例 を参照したい。
山形県・新庄盆地周辺における東山石器群は、器種組成と使用痕分析から多様に分化した 遺跡機能が(鹿又・佐野編 2016)、出土量や遺跡空間構造の違いから幅広い時間幅をもつ利 用形態や製作遺跡と消費遺跡の分化が推定されている(鹿又 2017)(第 2.9 図)。この様相 を民族考古学的視点から捉えたとき、居住核地域(Binford 1983)のように繰り返し利用さ れる日常的な活動の場と考えられた(鹿又・佐野編 前掲)。
会田容弘は同様の対象について、主要な石器形態(型式)を基本的なものとしながらも、
その他の器種と製作技術は可変的であり、原石産地からの距離に影響される石材保持要因と、
狩猟生産活動に関わる要因の少なくとも二つによって決定されると述べる(会田 1993)( 第 2.10 図 )。これらの要因について、会田自身の指摘による石材の欠乏に応じて石刃以外の剥 片製作が複合される様子(会田 1992)や、太平洋側など原石産地から遠隔の地において石 材を節約する技術の存在(大場ほか 前掲)など石材経済と製作技術の関係を捉える視点は 多く存在する。一方、狩猟活動やその周辺活動に関わる石器の機能的側面や維持・管理のシ ステムから移動・居住形態を検討する取り組みは少ない2.3)。これは前提として機能研究が 必要となり、地域・領域まで広げた研究が困難であったことが理由として考えられる。
新潟県を含めた日本海側の広域に分布する杉久保石器群の製作と居住行動に関しては沢田 敦の研究(沢田 1994・1996・2003)や、森先一貴の研究(森先 2004)がある2.4)。こちら は基本的に、拠点的な遺跡での一括した素材生産を基調とした「異所製作戦略」で特徴づけ られ、多種の石材を等質的に利用することが指摘されている。森先は東山石器群を「乱馬 堂型石器群」と定義し、杉久保型石器群との移動・居住戦略上の対比(第 2.4 表)から両者
は同型の石刃(石材)運用システムを採用しつつ、リスク管理(Torrence 1983・1989)に 対するシステムが変化していると考察した。また、機能研究の面からは、杉久保石器群に おいて製作遺跡・消費遺跡を問わず加工具の使用痕跡が明瞭でない様子(橋詰 2009、Iwase 2010、岩瀬 2012、佐野・傳田 2012、鹿又 2012b など)は、最終氷期最盛期の後半におけ る森林環境に適応した結果として理解される(岩瀬 2013)。