第 5 章 「基部整形石器」に関する東アジア的視点
第 3 節 石器機能形態学再考
石器の機能と形態の間には、「使うために作る」という明快な論理からなる関係性が予想 されてきた。しかし、技術形態学と機能形態学の分立を論じた山中一郎 (1979) が鋭く指摘 するように、機能形態学的研究には前提となる機能研究の困難さと、技術形態学が機能形態 学に先行しなければならないという方法論上の問題があった。では、技術形態学的な詳細な 検討と分類のもとに機能研究がなされたならば、機能形態学的な石器の機能と形態の関係が 抽出されたかといえば、そうでは無かった。技術形態学的な分類と石器機能は必ずしも整合 的ではなく、その要因は考古資料の形成過程(ライフ・ヒストリー)のなかに求められる。
ある程度直接的に技術(行為)の産物といえる石器形態は、しかし、機能面では多用途であ りうる上に変形を伴う。筆者の理解するところでは、状況性や環境条件を考慮した上での、
まさに技術組織論的なシステム論でしか石器の機能と形態の関係は言及できない。この理解 の上でなお機能形態学的研究を進めようとすれば、一括資料や石器群単位でのパターンや傾 向を捉える方向に舵を取らざるを得ないが、そうすると今度は技術形態学的な分類がもつ解 像度に左右されることになる。少なくとも、ここまでの方法では山中の論じたとおり、独立 した機能形態学は成立しえない。
本論では対象を個々の石器ではなく「石刃石器群」という一括資料を単位とするまとまり に設定し、その多様性を捉えるために、機能と形態の関係を定量的に記述する方法を模索し た。そのためにはまず石器の「かたち」を客観的に記述する必要があり、そのために本論で はサイズ計測にかかわる基準の明確化、合成変量(判別式や TCSV)の扱いなどについて先 行研究の課題点を論じた。そして、それらをさらに進める方法として幾何学的形態測定学に よる石器形状の解析と、三次元計測データに基づく解析を試行した。これらはいずれも、現 在まで考古学的分析の基本操作であった分類操作を避けて「かたち」の理解を進めることが
出来た点で意義がある。
このようにして得られた形態情報(とくに幾何学的形態測定学によるもの)は、既に論じ たように、それ自体は幾何学的な情報でしかない点を繰り返し注意しておきたい。形状・形 態の変異は量的に捉えられるが、あくまでもサンプル内の変異であり、サイズや型式のよう に、明確な基準さえあれば他の考古資料や民族資料と比較可能という性格のものではない。
こうした制約があったとしても、筆者は技術でも機能でも定義づけられない「無色の」形態 情報を入手することを目的に新たな分析手法を導入したのである。
これは山中の論じたものとはやや異なる、独立した機能形態学的研究の確立に向けて必要 な方法論的試行と位置付けておきたい。一方で実験使用痕研究との組み合わせなど、山中が 機能形態学の成立過程に求めていた試みも実施し、並行する形で進めた。
技術組織論的な研究では、各技術の構造に関する情報は独立した方法で取得され、相互が 有機的に関連することを前提に統合される。石器の製作技術と機能も当然ながら関連し、両 者間には相互的な反応が予想されるのであるから、両者を取得した石器の形態情報および実 験研究の成果と比較することが有効と考えた。
本論での実践を通して、石刃石器群(とくに基部加工ナイフ形石器)の機能と形態の相互 的関係には、予想されたように遺跡ごとの状況性が大きく関わることが示された。例えば、
ある場所では鋭敏に機能を反映した形態が抽出されるが、別の場所では多種の機能的要請に 特定の形態が応答し、ほかは未使用のまま維持されるといった現象がそれである。総じて、
石刃石器群の石器機能と形態の関係は特殊化するか、普遍化するかの二極化と漸移的な偏り で説明できると考える。本論が目的とした石刃運用戦略についても、素材選択性と合わせて 考察することで遺跡ごとに異なる石材(石刃)の消費に対する姿勢・意図が推測可能になり、
共時的・通時的な運用戦略の差異として検討することができた。今後の課題としては、破損 資料のように本論で扱わなかった資料への拡張や、筆者が自ら機能研究を修めることによる 研究の独立性を高めることなどが挙げられる。また、こうした「機能形態学」の考えは石器 研究以外にも拡張可能であると考えられ、広く考古学全般に応用していく努力をしていきた い。
終章註
7.1) すべての遺跡が類型化されるわけではなく、A 類の活動がより重複した遺跡(乱馬堂遺跡)や 小規模な製作遺跡(白山 B 遺跡)など、境界的な性格の遺跡を含む。
7.2) 鹿又喜隆(2015)が述べるように、東北地方の後期旧石器時代における頁岩への依存度は通 時的に高い様相を示す。また、とくに東山石器群に相当する時期では頁岩製石刃を消費すると石材 の分布域に戻るような行動パターンが想定されている(鹿又 前掲)。この事実を踏まえて山形県域 の石刃石器群を考える場合、頁岩の分布域を主体的に、そのほかを客体的に考えがちだが、おそら く東北地方と周辺地域を含む各地に異なる資源の分布があり、必要に応じて等価に利用されていた と考える方が自然と思われる。東山石器群とその前後の時期では深浦系の黒曜石が開発され利用さ れていた(渋谷・佐々木 2018)とされるが、筆者は黒曜石の獲得のみのために広域移動を行った とは考えない。専業集団の派遣であれ集団自体の移動であれ、資源獲得目的か季節的な移動に「埋
め込まれた」活動と考えておきたい。その傍証としては、石材資源の希薄な宮城県域にも少数なが ら東山石器群に属する遺跡が分布しており、狩猟活動以外の活動を目的に領域が利用された可能性 が提示される(第 6 章 2 節参照)。
7.3) 吉川耕太郎は東北地方の前半期石器群について日本海沿岸と奥羽脊梁地域に分け、それぞれ石 器製作と消費の様相から遺跡を類型化している(吉川 2007)。岩井沢遺跡はⅣ類とされ、集約的な 石刃製作遺跡ではあるものの後半期のような広域をカバーする性格ではなく、より範囲の狭い地域 内における「社会的紐帯」を象徴する製作遺跡として位置付けた。
7.4) ここでいうネットワークとは理念上のものであり、特定の遺跡から遺跡へのヒトやモノの移動 あるいは活動の連鎖を措定するものではない。遺跡間接合などが存在すればその限りではないが、
本論の対象資料には含まれていない。「本来存在した可能性のある」、あるいは民族誌から推測され る連鎖した活動によって形成される場のネットワークを復元すべき母集団と仮定して、我々が目に する考古資料・遺跡群はそのなかから複数のバイアス(立地による発見の頻度、発掘面積、調査精 度、形成過程など)を受けて抽出された標本(サンプル)であることを前提とする。筆者が述べる 遺跡間ネットワークとは、標本にかかるバイアスの精査を経て、信頼のおける検定基準(民族誌デー タ、形態的・技術的類似などの考古学的指標、工学的指標などの多角的な基準)によって妥当と認 められた、近似したものが存在した可能性の高い遺跡間連鎖の復元モデルを指す。
7.5) 場(遺跡)の回帰的な利用と短期的な利用、そして偶発的な利用は、おそらく隣接した領域を 含んで(第 6 章第 2 節)重層的に展開されており、末端の活動ほど発見される確率が下がることが 前提となる。とくに狩猟活動の場そのものは特殊な例(鹿又 2014)や陥し穴などの検出例(佐藤 1999) 以外からは推定することが難しい。これは東山石器群のみならず、旧石器時代遺跡すべてに 当てはまることといえよう。
7.6) ただし、前後する時期の基部加工ナイフ形石器に狩猟具としての機能を指摘する研究(Sano 2016)もあり、当該時期の石器機能の総体については引き続き検討が必要となる。
7.7) かつて森先一貴(2004)は、石器の幅の出現頻度(ヒストグラム)および礫面付きの資料の頻 度などを根拠として乱馬堂型石器群(東山石器群)の石刃製作遺跡では意図的・計画的にエンドス クレイパーの素材(厚手石刃)を一括準備し、尖頭形石器(ナイフ形石器)の素材には工程内で生 じるものが利用(あるいは各遺跡で補充)されると指摘した。筆者は長幅散布図および楕円フーリ 解析(第 4 章)による石刃・トゥール間の選択性の分析、ナイフ形石器のねじれ・湾曲の分析など を通して、森先が捉えたこの現象は、製作時の意図的な作り分けではなく、第二の選択(搬出後~
搬入された遺跡内までのトゥール製作時に発生する選択)の結果と考える。
7.8) 規格的で小型な杉久保型ナイフ形石器は、石器横断面分析からは高速投射の可能性が示唆され ている。森林棲の動物相に対して有効な弓矢技術が使用されたか、最寒冷期・極相期に伴って大型 動物が南下していれば、こうした動物を追う移動性の高い生活と開けた環境に適した投槍器の利用 の組み合わせが説明しやすいが、推論に留まる。