第 4 章 石刃石器群の多様性と石器形態の関係
1. 対象資料の継続時期
層位的関係(相対年代)や放射性炭素年代から得られた絶対年代(第 4.1 表、第 4.1 図)
の確からしいものによれば、対象資料の石刃石器群はおおよそ①後期旧石器前半期後半、② 後期旧石器後半期前半、③後期旧石器後半期中半に区分できる4.1)。東北地方において、① より以前には台形様石器・局部磨製石斧などを主体とする石器群(工藤 2012、Sano 2016)が、
③と並行あるいは後出の石器群には両面加工尖頭器を伴う一群や細石刃石器群が続く。
①の時期については資料の帰属する具体的な年代が明らかでないため、扱いには慎重を要 する。岩井沢遺跡と懐ノ内 F 遺跡には同時期性を認めうるが、清水西遺跡との間には遺跡 の機能差とは別に年代が前後する可能性を考慮しておく。高倉山遺跡は東山石器群としては 稀有な放射性炭素年代をもつ遺跡であり、較正値で約 27,800 ~ 27,400calBP にあたる(鹿 又・熊谷編 印刷中)。測定試料によって 400 年ほどの差があることを考慮する必要があるが、
AT 降灰後にあたる年代的位置を得られたのは意義が深い。同時期には二側縁加工ナイフ形 石器を組成する上ミ野 A 遺跡 A 群の年代値が 27,500calBP 前後に与えられている。これ以 降は年代がとんで 23,500~23,000calBP 前後に白山 B 遺跡が、22,500~22,000calBP 前後に 白山 E 遺跡・高瀬山遺跡が位置する。白山 B 遺跡は前述したように杉久保石器群としては 典型的ではない特徴をもっており、年代差を含めて検討の材料になる。
こうしたなかで、石刃石器群は長期間に渡って形態分類上は「石刃」と呼称される石器を 中心に製作し続けている。これを素材とした基部加工ナイフ形石器が組成することが東北地 方の後期旧石器時代石刃石器群の特徴のひとつであり、共通性であるといえる。当然ながら 実際の資料全体はより多様であり、石刃-基部加工ナイフ形石器の結びつきも絶対的なもの ではないが、当該時期に進行した地域適応の深化(佐藤 1992)を想定する上で、その主体 を担った共通性として考えることができるだろう。
この共通性を軸にした場合、①器種組成(遺跡の利用形態)、②石器製作の技術基盤、③ 石器の機能などが人間行動の多様性を反映する検討材料となる。
2. 遺跡利用形態の多様性
石器が製作・使用された場である旧石器時代の遺跡は、なんらかの目的を以って人類が滞在 し、行動した場ということができる。その行動の基盤には、石材を効率的かつ管理的に消費し ながら移動を繰り返す遊動性(稲田 2001、山田 2011)があり、狩猟採集民としての生態(佐 藤 1995・2010a)が仮定できる。
狩猟採集民は好適な環境が得られる空間を繰り返し利用する傾向にあり、一か所における活 動の痕跡は高い確率で重複する(阿子島 1995)。堆積の速度が比較的緩やかであることが想定 される東北地方の旧石器時代遺跡については、とくに注意すべき問題であるといえよう。これ は型式学と層位学の不整合という問題もさることながら、より短期的な視点で石器器種組成や 空間分布から「場の機能」あるいは活動の単位(単位行動)(高倉 1999)を読み解こうとする 研究にとって大きな課題となる。反対に、遺物の組成・特徴と空間分布から遺跡の回帰的利用 の可能性やパターンなど遺跡利用形態に関する情報を抽出できるのならば、当該期の石刃運用 戦略の根幹に迫ることができるだろう。
したがって、本論では対象遺跡の出土石器について大枠の①器種組成、②石材組成に加えて、
③遺跡内の空間構造、④石器の破損率などの比較を通じて、遺跡利用形態の多様性の把握を試 みる。
(1) 器種組成
遺跡内における石器製作の様相を把握することを目的として、①二次加工のある定型的な石 器(トゥール)、②石刃・剥片などの石器素材、③砕片(20 ㎜以下の剥片)、④石核の 4 区分 に分類し、その比率をみる(第 4.2 表、第 4.2 図)。東山石器群を中心とした同様の分析は会 田容弘(1993)や高倉山遺跡報告書(鹿又・佐野編 2016)で実施されている。結果、幾つか の遺跡について共通する傾向がみられた。各遺跡出土石器の詳細な器種分類は第 2.2 表に示す。
A. 高倉山・南野・白山 E
石刃(剥片)・砕片の割合が高く、石核が出土しない。トゥール類と石刃・剥片の割合が同 程度か、後者の方がやや高い。
B. 太郎水野 2・新堤
トゥールと石刃の割合がともに高く(40~50%)、石核および砕片がほぼ出土しない。
C. 白山 B・高瀬山・横道・お仲間林・上ミ野 A 遺跡 B 群
石核および剥片・砕片の出土比率が高い一方、トゥール類の比率が石刃のそれよりも低い。
上ミ野 A 遺跡 B 群は石核の出土量が少ないが、おおよその傾向が一致する。
以上の類型は素材生産を行う類型として C、行わない類型として A・B に分けられる。石 核の出土比率を基準にみた場合、トゥール・石刃の出土比率とは反比例する一方、剥片・砕 片の出土比率とは比例する傾向にある。乱馬堂遺跡は A 類に石核が伴うものと理解できる。
山屋 A 遺跡は A 類よりもトゥールの割合が低く剥片の割合が高いという特徴があり、剥片 剥離による便宜的な素材生産や使用が行われていた可能性が指摘されている(会田 1993)。
上ミ野 A 遺跡 A 群では剥片の生産と剥片素材のトゥールの製作が行われ、それに伴う砕片 が多く出土している。この傾向は清水西遺跡でも同様である。ただし、後者は搬入品と思わ れる石刃とナイフ形石器を多く伴う。岩井沢遺跡には石核(残核)と生産された石刃・縦長 剥片が多く残るが、トゥールであるナイフ形石器は少量しかみられない。傾向としては、C 類に近いものと考えられる。
A・B・C の 3 類型は組成の比率が段階的な様相を呈しており、石刃石器群の遺跡利用形 態の大枠を示しているものと考えておきたい。東山石器群のなかでは、お仲間林遺跡(C 類)
のような石材原産地に近い集中的な石刃製作の場から高倉山遺跡・南野遺跡などの拠点的な 消費遺跡(鹿又・佐野編 2016)(A 類)に石刃が供給される流れや、太郎水野2・新堤遺跡 などの小規模な消費遺跡・活動の場(B 類)へ石刃・トゥールが搬出されるような流れが想 定される。太郎水野 2 遺跡は他遺跡と比較して少量の出土であり、複数回の利用というより は限りなく単一の活動の痕跡と考えておきたい。またこれと比較して、乱馬堂遺跡のような 大規模な遺跡では、相当量の活動の重複があり、搬入した石核による石刃製作が行われたも のと考えられる。
杉久保石器群についても、基本的には製作遺跡あるいは拠点的な横道・高瀬山遺跡 HO 地点・白山 B などから消費遺跡的な白山 E 遺跡への行動の流れを想定することが出来るが、
後述する石材の利用形態に差があり、また山形県域においては製作遺跡が多い点に注意が必 要である。後期旧石器時代前半期と考えられる遺跡群に関しては、岩井沢遺跡に石刃の集 中的な製作遺跡、懐ノ内 F 遺跡・清水西遺跡に石刃の搬入先としての性格が考えられるが、
いずれの遺跡でも米ヶ森型台形剥片の剥離が行われるなど、後半期とは異なる技術構造が敷 かれていたものと思われる。
(2) 石材組成
対象遺跡出土石器の石材組成を第 4.3 表、第 4.3 図に示す。いずれの遺跡でも高い割合で 頁岩に依存していることが分かるが、器種組成の C 類にあたる遺跡ではとくに頁岩が 80%
から 100%となり高い割合を占める。頁岩原産地の近傍で原石を入手し、最小限の移動のの ち石刃を集中的に製作するという一連の工程(行動)を通時的な地域的特徴としてみること ができる。
対して A 類の遺跡についてみると、東山石器群に属する高倉山遺跡・南野遺跡などでは 20%程度の割合で玉髄が第二の石材として用いられ、エンドスクレイパーの素材として選 択される傾向が指摘される(鹿又・佐野編 2016)。玉髄製石刃が生産された遺跡(玉髄製の 石刃核など)や、原石の採取可能な地点などは明らかになっておらず(阿部ほか編 1995)、
頁岩製石刃とは異なる地点を介在した受給のシステムがあったと考えるべきだろう。高倉山 遺跡では玉髄製石刃の剥離面接合が存在し、遺跡間の行動連鎖としてあまり離れていない段 階か、遺跡内の別地点で玉髄による石刃製作が行われていたと予想される。消費遺跡におけ る石材(石刃)の補充の戦略に関わる事柄として、今後の課題となる。
これに関して、山形県域でも頁岩の採取可能な地域(おもに開析作用を受ける河川流域)
が限られていることが指摘されており(秦 2007・2012)(第 2.6 図)、新庄盆地などの遺跡 密集地域はそうした頁岩分布から数 km ~十数 km ほど距離があることが知られる。製作遺 跡と消費遺跡における頁岩の比率の差は、生活・生業の場と頁岩製石刃の製作地が異なるこ とに起因するとも考えられる。
ここで、各遺跡で出土している黒曜石製石器の産地推定研究を確認する。清水西遺跡出土 黒曜石製剥片は、山形県月山系・宮城県宮崎系・北海道置戸(訓音府川産)などが混在す ることが推定されている(佐々木 2015)。新堤遺跡で少量ながら用いられている黒曜石につ いては、近年の産地分析で青森県・深浦系 1 と推定されている(渋谷・佐々木 2018)。同じ く東山石器群に比定される岩手県・小出Ⅳ遺跡出土の黒曜石製石器では深浦Ⅰ系統、秋田県 二重鳥 A 遺跡では深浦系 1(吉川・佐々木 2017)、新潟県樽口遺跡 A-KH 文化層・B-KH 文 化層出土黒曜石製石器でも深浦産と推定されたことから(立木編 1996)、東山石器群あるい は後期旧石器時代後半期の一時期の東北日本において深浦産の黒曜石を用いる傾向が強いこ とが示されつつある(渋谷・佐々木 前掲)。また、前後する石器群として、上ミ野 A 遺跡 A 群出土の黒曜石製石器や山形県丸森 1 遺跡(後期旧石器前半期、25,400 ± 100yrBP-25,460
± 90yrBP)でも深浦産の黒曜石が利用されることが確認されている(鹿又ほか 2015)。
山形県域の杉久保石器群では、横道遺跡・高瀬山遺跡 HO 地点・白山 B 遺跡などの石刃 製作遺跡(C 類)で主に頁岩・凝灰岩などの在地石材を用いた石器製作が行われているが、
消費遺跡と考えられる白山 E 遺跡(A 類)で多くみられる黒曜石製のトゥール・石刃など がどういった脈絡で持ち込まれたものか明らかでない。白山 E 遺跡・白山 B 遺跡出土黒曜 石製石器の産地分析(鹿又・熊谷編 印刷中)では、白山 E 遺跡の黒曜石製ナイフ形石器 1 点(第 2.63 図 12)が秋田県・男鹿系、ほかの資料は宮城県・宮崎系と推定されている。先 行する東山石器群とは異なる地点から黒曜石を入手している点に注目したい。白山 E 遺跡 に持ち込まれた形態は、重量にして半分以上がナイフ形石器の破損品である。こうした特徴 からは、杉久保石器群がその広い遊動領域のなかに点在する石材(山形県域ならば頁岩)を、
その場で集中的に製作した石刃あるいはトゥールのかたちで運搬し、各地で補充と消費を段 階的に行っていく過程が想定できる。検証のために、中間地域の当該期石器群との比較が課 題となるだろう。
(3) 遺跡の空間構造
第 4.4 表に対象遺跡の立地・標高と、空間構造の要素として遺物集中・遺構・礫群の有無、
礫器などの特徴を一覧にして示した。
前提となる研究として、高瀬山遺跡や高倉山遺跡では出土石器・礫のファブリック解析(傳