• 検索結果がありません。

特殊拍

ドキュメント内 九州大学学術情報リポジトリ (ページ 49-55)

第 3 章 研究課題・研究方法

3.3 発音タスク調査

3.3.1 中国語母語話者の日本語音声習得に関する先行研究

3.3.1.3 特殊拍

日本語の特殊拍には、撥音「ン」、促音「ッ」、長音「ー」などがある。CLの撥音に関 する問題点として、拍感覚が日本語母語話者と異なるため、中国語にある音節で代用してし まうことなどが指摘されている。坂本(2003)は、CLの場合特に撥音に問題が見られ、「え ん」「うん」「おん」を中国語の類似音[en]、[un]、[on]で代用してしまうと述べている。こ れらの類似音は撥音と知覚するには長さが十分ではなく、2音が連続して発音されるため日 本語とは全く違う音になる。これは、母語の前の/ン/を[n]で代用して、舌先を歯茎につけて しまう調音点の問題が大きい(松崎・河野, 2018)が、音韻的音節(拍)の捉え方が違うた めに生じてしまう問題でもある。日本語では特殊拍も1拍として数えられるが、他言語の母 語話者にとって特殊拍を1拍として感じられないことが多いため、特殊拍はCLにとってだ けでなく、他の母語を持つ日本語学習者にとっても習得が困難な項目である。戸田(2003)

は、日本語学習者の特殊拍の知覚と生成についての先行研究を整理し、考察を加えている。

戸田(2003)によると、知覚においては、アクセントと語音位置が影響し、その影響は日本

語能力に左右される可能性が高いという。また、初級段階では L1の干渉を強く受け、母語 話者とは異なる知覚判断基準で特殊拍を知覚し、その後学習が進むにつれて判断基準の修 正が行われるが、初級段階で設定した基準が既に母語話者とは異なるため、誤聴が起こりう ることが明らかになっている(戸田, 2003: 76)。特殊拍の習得にはさまざまな要因が影響を 及ぼしているため、母語干渉だけでは説明できない部分や日本語母語話者の特殊拍習得と も類似する部分があり、母方言の差が大きいCLの特殊拍の習得においては学習者間の相違 点が多く見られると考えられる。本節では、撥音に関する習得研究、長音・促音に関する習 得研究の順に先行研究を概観する。

撥音の調音は、音環境による変化、特に後続音による影響を受けてさまざまに変化するこ とが分かっている。一般的に、以下のような変化が起こると言われている。

(1) 後続音が両唇音[p][b][m]の前では[m]:サンポ [sampo]、

(2) 歯茎音[t][d][n][ɾ][ts][dz]、歯茎硬口蓋音[tɕ][dʑ]の前では[n]:ホント[honto]

(3) 硬口蓋音[ɲ]の前で[ɲ]:コンニャク[koɲɲakɯ]

(4) 軟口蓋音[k][ɡ][ŋ]の前で[ŋ]:サンコ[saŋko]

(5) 母音や半母音、[h][s][ɸ]の前で鼻母音に:タンイ[taĩi]、オンセイ[oɯ ̃seː](ただし前後の 母音の組み合わせにより鼻母音の音色も絶妙に変わる)

(6) 丁寧な発音、休止の前:口蓋垂鼻音[N]

(松崎ほか, 2018; 高田, 1982)

CLの撥音の聴覚的知覚について調査を行った内田(1995)は、撥音の聞き取りが難しい 原因について探るために、撥音の有無で意味が異なるミニマルペアを使った用いた知覚実 験とその困難点に関するインタビューを行った。その結果、難しいのは、「撥音とされる鼻 子音に後続して、同じ種類の鼻子音が連続する場合(内田, 1995: 84)」であることが分かっ た(例:「骨/ホネ[hone]/」と「本音/ホンネ[honne]/」)。内田は、「鼻子音の持続時間 の相違が、撥音の有無を定めているものである(内田, 1995: 85)」と述べ、母語話者が撥音 だと判断する基準(閾値)と上級・初級 CLが撥音だと判断する基準の比較実験を行った。

調査語は、鼻子音の持続時間の側面のみで、撥音として最小対立するミニマルペア3セット

(撥音と後続する鼻子音の融合部分の音声は[n] [m] [ŋ]の3種類)を用いた。具体的には、

「骨」「本音」、「独楽」「コンマ」、「性(さが)」「山河」の3つである。その結果、

母語話者は撥音と判断する基準が確率しているが、CLは確固とした閾値が必ずあるわけで

はなく、鼻子音持続時間の範囲と単子音と判断される持続時間の範囲から判断していると いう仮説を提示している。

生成の側面については、中東(2003)がある。中東(2003)は、CLの撥音生成実験を通 して、「誤用」という観点ではなく「音声的バリエーション」という観点からCLの撥音習 得の実態調査を行った。調査対象者は、日本在住のCL31名(中国北部出身28名、南部出 身3名)である。日本滞在歴は半年〜8年、学習歴は半年〜24年だった。調査語は258の単 語と、その一部を含む 13 の短文で、両唇鼻音[m]、歯茎鼻音[n]、硬口蓋鼻音[ɲ]、軟口蓋鼻 音[ŋ]、口蓋垂鼻音[N]あるいは鼻母音を含むものである。結果を以下にまとめる。

(1) 後続音が両唇子音[p][b][m]([ɸ]は除く)の場合は、[m]が現れる頻度が最も高く、先行 母音が/o/、/a/の時[ŋ]の現れる確率が高い。(/o/>/a/)

(2) 後続音が歯茎子音[t][d][n][ɾ][ts][dz]、後部歯茎子音[tʃ][dʒ]の場合は、[n]が現れる頻度が 最も高く、先行母音が/o/、/a/の時[ŋ]の現れる確率が高い。(/o/>/a/)

(3) 後続音が硬口蓋子音[ɲ]の場合は、[ɲ]として現れる頻度が最も高く、先行母音が/o/、/a/

の時[ŋ]の現れる確率が高い。(/o/>/a/)

(4) 後続音が軟口蓋子音[k][g]の場合、先行母音にかかわらず[ŋ]が出現しており、数値のば らつきが非常に少ない。

(5) 語末の場合、先行母音が/o/と/a/の場合には[ŋ]が現れ、先行母音が/i/、/e/、/u/の場合には [n]が現れ、口蓋垂鼻音[N]は観察されなかった。

(6) 後続音が母音・半母音・摩擦子音の場合は、先行母音が/i/、/e/、/u/の場合には鼻母音が 現れることが多く、2番目に多かったのは[n]だった。先行母音が/o/、/a/の場合は[ŋ]が現 れる確率が高かった。(/o/>/a/)

(1)〜(4)の結果で現れる頻度が多かった発音は日本語母語話者と同じだったが、先行母音 の影響によるゆれも見られた。(5)の場合日本語母語話者の発音には[N]が現れるが、学習者 の母語には[N]がないため他の音で代用されていた。結果について、中東(2003: 9)は「多 くの場合、日本語母語話者と同様、後続する音の別により実現音声が決まるが」、「撥音に 先行する母音の別と、先行母音の調音位置が関係するという母語話者にはない別の規則が 働いている可能性」があると述べている。

有声・無声破裂音の習得では、母方言に有声破裂音を持つ上海方言話者と北方方言話者を 比較したものが多かったが、促音については、広東語や閩南語を母方言に持つ学習者に注目 した研究がいくつか行われている。北方方言には促音にあたるものがなく、促音の一拍分が 短かったり(太田・スナイダー・刈安, 2009)、初級学習者の場合、促音であると知覚する

ためにはかなり多くの無声閉鎖区間が必要(内田, 1993)であるなど、知覚・生成の両面に おいて困難であるとされている。学習者は、実際「小さい『っ』が入っている場合、わかる ものとわからないものがあり、わかるものでも書くことになると『っ』が抜けがち(仇, 2017:

293)」だと自身でも認識しているようである。一方、粤方言(広東語の上位区分)や、閩 方言(閩南方言の上位区分)、客家方言には入声音があり、促音と同様単独では使用されず、

聴覚的に詰まった感じがするという点で似ている(阿久津, 1989; 李, 2014; Ren, 2019)。し かし、阿久津(1989)は、閩南語母語話者について、必ずしも日本語の促音や撥音が習得で きているわけではなく、誤りも大変多く、それは日本語と台湾語の音節構造の違いによるも のだとしている。西端(1996)も同様、促音の問題は閩南語話者にも見られたため、入声音 の存在は促音に影響を与えていないと述べている。Ren(2019)は、日本語母語話者10名と 閩方言話者 22 名を対象に生成実験を行った。閩方言話者は、福建省出身の閩南語話者で、

廈門大学で日本語を主専攻にする学習者である。調査語は、/k/、/p/、/s/の3つの子音、子音 に先行・後続する母音を/a/、/e/、/i/に設定した2モーラ(非促音)と3モーラ(促音)の無 意味語の最小対語9対18語である。調査語は日本語の場合「それは__です」の中に入れ て読み、促音と非促音に先行する母音の時間的長さ、促音と非促音に後続する母音の時間的 長さ、子音の長さについて母語話者と閩南語話者を比較した。閩南語母語話者の促音におけ る先行母音と子音の長さは非促音より長く、後続母音は非促音より短かった。これは母語話 者と同じ傾向であり、母方言である閩南方言の入声による正の転移が起こっていると結論 づけている。Ren(2019)では、阿久津(1989)や西端(1996)とは異なった結論になって おり、閩南語母語話者の促音習得については更なるデータが必要であると考える。

張・劉・石(2015)や佳(2018)は、広東語母語話者を対象とした促音習得の研究を行っ た。張ほか(2015)は、広州にある大学で日本語を学ぶ広東語母語話者10名、北京の大学 で日本語を学ぶ北京方言話者10名、母語話者6名を比較する生成実験を行った。調査語は、

広東語としては/p/、/t/、/k/ の入声を持ち、かつ日本語として促音を持つ単語9個(/p/:合 唱、雑誌、接触 /t/:失敗、物価、絶対 /k/:楽器、学校、作家)である。分析の結果、広東 語母語話者の促音は日本語母語話者と質的な違いがなく、母方言に入声がある広東語母語 話者は促音を習得しやすいことが分かった。一方、佳(2018)の調査結果では少し異なる結 果が出ている。佳(2018)は、北方方言話者14名、広東省出身で広東語母語話者の15名、

母語話者10名を比較する調査を行った。調査語は、促音・非側音の日本語無意味語と、そ れらと広東語の発音が最も近い入声・非入声の無意味語を作成した(以下、佳, 2018: 3-4)。

日本語 広東語

(1) ぱっぱ 答爬(daappa)

(2) ぱった 八他(baatta)

(3) ぱっか 百卡(baakka)

(4) ぱっさ 八沙(baatsa)

(5) ぱぱ 巴爬(bapa)

(6) ぱた 巴他(bata)

(7) ぱか 巴卡(baka)

(8) ぱさ 巴沙(basa)

(表記はローマ字表記法)

子音長、子音長:先行母音長の比、子音長:後続母音長の比、子音長:語長の比について 分析した結果、広東語母語話者は母語話者とも北方方言話者とも異なる特徴を持つことが 分かった。広東語母語話者が生成する独自の特徴は、子音の時間長や促音の先行母音ではな く、促音の後続母音が先行母音より顕著に長いことにある。この特徴は広東語を生成する際 のパターンと似ており、広東語話者は、母方言の先行・後続母音の長短を入声韻尾の先行・

後続母音と同じように生成していると見られる。しかし、この特徴が母語話者にどう聞こえ るかは明らかにされておらず、今後の課題だとしている。

日本語母語話者は、発話速度によって促音や長音の生成の特性が変わらないが、CLにと っては促音・長音をさまざまな話速で正しく安定して発音することが難しい(賈・森・粕谷,

2006)。賈ほかの調査では、さらにCLにとっては長音より促音の方が話速変化に対して発

音が難しいということが分かった。また、母語話者に近い促音の発音を習得しているCLも、

母語話者とは全く異なる方法で話速変化に対応しており、話速が遅くなった場合、促音や長 音の長さを不自然にならない程度にやや長くなるように制御することで、短子音・短母音と の違いを際立たせるという方略を用いていることが分かった(賈ほか, 2006; 440-441)。上

級CL(日本語能力レベルにおいて上級)は、長音や促音の判断に高度の注意を払っている

様子が見られ、「典型的な長音や促音、また逆に、典型的な2音節の音声の内的基準からの 逸脱の程度を指標」として判断しており、適応的とも考えられる聴覚的判断を行っている

(内田, 1993)。促音習得に関しては、広東語話者と閩南語話者の比較や、レベル別の習得

度、書き取りテスト調査などとの関係を調べることで、さらに実態を調査する必要があると 考える。

長音(・短音)習得は、レベルによる差やアクセント型による習得順序に関してもさまざ まな考察が行われている。内田(1993)の長音の知覚に関する記述については上述したが、

CLは上級レベル(日本語能力において)になっても確かな基準と言える長短の境界がなく、

ドキュメント内 九州大学学術情報リポジトリ (ページ 49-55)