九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
日本語学習者の発音習得に影響を与える要因 : 中国 語を母語とする学習者を対象に
末延, 麻子
http://hdl.handle.net/2324/4475209
出版情報:Kyushu University, 2020, 博士(学術), 課程博士 バージョン:
権利関係:
日本語学習者の発音習得に 影響を与える要因
−中国語を母語とする学習者を対象に−
地球社会統合科学府 地球社会統合科学専攻
末延麻子
第 1 章 序章 ...1
1.1 研究背景...1
1.2 研究目的...2
1.3 論文の構成 ...3
第 2 章 第二言語習得に影響を与える諸要因 ...5
2.1 学習者の個人差...5
2.2 言語習得の個人差モデル ...5
2.3 外的学習者要因に関する先行研究...8
2.3.1 動機づけ ...8
2.3.2 学習ビリーフ ...9
2.3.3 学習ストラテジー...11
2.4 日本語の発音習得と諸要因の関係に関する先行研究...17
2.5 本研究で対象とする要因 ...25
第 3 章 研究課題・研究方法...29
3.1 研究課題...29
3.2 質問紙調査 ...29
3.3 発音タスク調査...31
3.3.1 中国語母語話者の日本語音声習得に関する先行研究 ...32
3.3.1.1 有声・無声破裂音...32
3.3.1.2 母音 ...41
3.3.1.3 特殊拍...43
3.3.1.4 アクセント・イントネーション...49
3.3.1.5 ナ・ラ・ダ行...53
3.3.1.6 外来語...54
3.3.1.7 中国語の方言差による日本語音声習得の差異 ...56
3.3.1.8 まとめ...57
3.3.2 本研究で使用する発音タスクの作成...58
3.4 発音タスクの母語話者評価...61
第 4 章 日本語の発音習得度と発音習得度に影響を与える要因の関係 ...64
4.1 調査目的...64
4.2 調査対象者 ...64
4.3 質問紙調査の結果 ...67
4.3.1 発音に対する考え方 ...67
4.3.2 発音学習ストラテジー...68
4.3.2.1 リソースの活用方法 ...70
4.3.2.1.1 物的リソース...70
4.3.2.1.2 人的リソース...71
4.3.3 発音に関する授業の受講経験...73
4.4 発音タスクの評価結果 ...74
4.4.1 発音タスクの項目別分析 ...76
4.5 発音習得度と要因の関係 ...80
4.5.1 日本語学習年数 ...80
4.5.2 発音に対する考え方 ...81
4.5.3 発音学習ストラテジー...82
4.5.3.1 物的リソース...84
4.5.3.2 人的リソース...85
4.5.4 学習機関 ...86
4.5.5 発音に関する授業の受講経験...88
4.5.6 日本滞在年数 ...88
4.6 上位群・下位群の比較分析...89
4.6.1 日本語学習年数 ...90
4.6.2 発音に対する考え方 ...90
4.6.3 発音学習ストラテジー...91
4.6.4 学習機関 ...94
4.6.5 発音に関する授業の受講経験...94
4.6.6 日本滞在年数 ...95
4.7 発音習得度に最も影響を与える要因とは ...95
4.8 要因間の関係 ...97
4.9 まとめ ...99
第 5 章 終章 ...104
5.1 各章のまとめ ...104
5.2 総合考察・結論...107
5.3 今後の課題 ...109
参考文献...111
巻末資料 1...121
巻末資料 2...124
巻末資料 3...127
図 1 第二言語学習/習得の個別性モデル(林, 2006: 52) ...6
図 2 第二言語習得の個人差モデル...7
表 1 日本語の発音習得に関わる要因研究の対象者属性 ...26
表 2 日本語と中国語の破裂音の比較 ...33
表 3 日本語と北京語の破裂音の VOT 値の分布(単位:ms)...34
表 4 上海方言の破裂音...36
表 5 北京・上海方言話者、日本語母語話者の日本語両唇破裂音の VOT 平均(単位:ms) ...38
表 6 北京・上海方言話者の母方言両唇破裂音の VOT 平均(単位:ms) ...39
表 7 評価者の詳細 ...62
表 8 対象者のデータ ...64
表 9 発音に対する考え方アンケート結果(N=46) ...67
表 10 発音学習ストラテジーのアンケート結果(N=46) ...69
表 11 リソースおよびその活用方法 ...71
表 12 日本語母語話者との接触頻度(N=46) ...72
表 13 日本語母語話者との接触場面・相手 ...72
表 14 評価結果(評価点順)...75
表 15 学習年数(N=46) ...81
表 16 発音に対する考え方と評価点のスピアマン相関の結果(N=46) ...82
表 17 プロマックス回転後の因子パターン行列...83
表 18 評価点とストラテジー3 因子のスピアマン相関の結果(N=46) ...83
表 19 単語の評価点とストラテジー3 因子の重回帰分析の結果(N=46)...84
表 20 接触頻度と評価点の回帰分析の結果(N=46) ...86
表 21 日本語学習を行った機関(N=46) ...86
表 22 中国での学習機関と評価点の回帰分析結果(N=41) ...87
表 23 対象者の滞在歴(N=46) ...88
表 24 上位群・下位群の評価点(N=20)...89
表 25 上位群と下位群の学習年数(N=20) ...90
表 26 発音に対する考え方の平均の比較(N=20) ...91
表 27 発音学習ストラテジー使用の比較(N=20) ...92
表 28 日本人との接触頻度の比較(N=20)...93
表 29 学習機関の比較(N=20) ...94
表 30 上位群と下位群の日本滞在年数(N=20)...95
表 31 単語評価点と各項目の回帰分析結果(N=39) ...96
表 32 文評価点と要因の回帰分析結果(N=39)...96
表 33 文章評価点と要因の回帰分析結果(N=39) ...97
表 34 発音に対する考え方と各要因の相関分析の結果(N=39) ...98
表 35 発音学習ストラテジーと各要因の相関分析の結果(N=39)...99
第1章 序章
1.1 研究背景
言語習得、特に発音習得の面においては、その習得に差が現れやすいと言われている。よ く、「あの人は言語のセンスがある」などと言ったり、同じクラスで同じように外国語の授 業を受けている友人の中でも訛りが残っている人がいたりするが、発音習得の差はどのよ うな要因に左右されるのだろうか。この発音習得の差は、様々な要因に起因すると考えられ ており、よく議論されるものに「年齢」がある。外国語の習得が容易な年齢は「臨界期」と 呼ばれ、この年齢を過ぎると習得が難しくなるという「臨界期仮説」について、賛成と懐疑 の立場から様々な議論が行われてきた。確かに、経験的に子供の時から外国語を勉強すると 発音が良くなるだろうと考えている人が多いだろうし、実際学習開始年齢が早いほど習得 には有利だという結果(Oyama, 1976)も出ている。しかし、臨界期を過ぎてから学習を始 めても母語話者のような発音を習得できるという結果が出ている研究(Bongaerets, 1999;
Moyer, 1999; 戸田, 2006)もある。「年齢」以外にも、第二言語習得に影響を与えると言わ
れている要因は多い。「学習環境」・「教授法」や「母語」、「性格」、「言語(学習)適
性(Aptitude)」、「態度(Attitudes)」や「動機(Motivation)」、「学習ストラテジー(方
略)」「学習スタイル」、「目標言語が話されている社会への心的距離/感情移入(Empathy)」、
「不安(Anxiety)」、「学習に対するビリーフ(Belief)」、「学習への自信の度合い」、
目標言語を使用しなくてはならない環境や母語を使用できる環境がどの程度存在している かといった「言語使用環境」など様々ものがある。
日本語習得においては、これまで適性(向山, 2009; 小柳, 2012ab)、動機づけ(縫部・狩
野・伊藤, 1995; 李, 2003)、学習ストラテジー(伊東, 1994)、学習スタイル(板井, 2001)
などの面から研究が行われてきた。日本語習得の中でも特に発音習得に焦点を当てたもの として、小河原(1997ab, 1998)、戸田(2006)、福井(2007)、スィリポンパイブーン(2008)、
須藤(2013)、呉・磯村・波多野・金村・松田(2016)などがある。戸田(2006)の研究で
は、発音習得度と年齢、学習期間、学習動機や発音学習ストラテジーなどの「個人要因1」 の関係を調べ、臨界期を過ぎてから学習を始めた学習者の中にも母語話者レベルの発音を 習得している学習者がいることが明らかになった。インタビューを通して、彼らには共通点 があることも分かっている。小河原(1997, 1998)やスィリポンパイブーン(2008)の研究 では、高い発音向上意欲に根差した「自己モニター型ストラテジー」が発音習得に効果的で
1 戸田(2006: 9)
あるということが明らかになった。一方、呉ほか(2016)の研究では、アクセントおよび拍 の長さの習得において、発音学習ストラテジーはあまり大きな影響を与えないという結果 が出ている。この結果について、呉ほか(2016)は学習機関で行われる音声教育の影響や中 国語母語話者の学習に対する自律性の低さなどが原因ではないかと述べている。
発音習得は、学習者を取り巻く環境や学習者自身の持つさまざまな要因の影響を受け、そ の要因同士も影響しあっている。上述のように学習環境などの要因によって結果に差異が 出ることもあり、どの要因がどの程度発音習得度に影響を与えるのか、研究の蓄積が求めら れている。
1.2 研究目的
本研究は、中国語を母語とする日本語学習者の発音習得に、学習者のもつさまざまな要因 がどのように影響を与えているのか、さらに要因間はどのような関係にあるのかを明らか にすることを目的とする。言語習得にどのような要因が関わっているのか、あるいは関わる 可能性があるのか、要因間には、どのような相互作用があるのかといったことを丁寧に検討 することによって、第二言語学習者の学習・習得の個別性2への理解を深めることができる
(林, 2006)。学習者それぞれの持つ要因と発音習得度の関係について分析することは、学
習者研究において非常に意味のあることだと考える。日本語学習者の中でも、中国語を母語 とする学習者は1,004,625人と世界で最も多く(交流基金, 2018)、学習者を取り巻く環境な どの要因も多岐に渡るため、本研究のような学習者研究によって得られる結果は有益なも のであると言える。さらに劉(2014)によると、近年中国における日本語教育では、日本語 でコミュニケーションをスムーズに行うために、音声の果たす役割が重要視され、音声教育 に対する関心が高まっているという。
本研究では、「発音習得」を日本語の発音タスクの評価点により測定する。日本語の発音 タスクとは、日本語の単語や文などを読み上げ、録音するものである3。この発音タスクデ ータを日本語母語話者が評価し、その評価点をもって本研究の対象者の「発音習得度」とす る。発音習得度、本研究ではすなわち発音タスクの評価点数には、学習者の持つさまざまな 要因4が影響している。このような学習者のもつさまざまな要因は、学習者の「個人差」の 構成要素となる。本研究では、学習者の発音習得に影響を与える学習者の個人差を構成する いくつかの要因を対象として、日本語の発音習得度との関係およびその要因間の関係を明
2 林(2006)は、数多くの要因が習得過程に複雑に関わりあう様子が一人ひとり異なっていることを「個別性」とと らえ、第二言語学習/習得の個別性と呼んでいる。
3 発音タスク(筆者作成)の詳細は後述する。
4 本研究で対象とする要因は後述する。
らかにすることを目的とする。
1.3 論文の構成
第2章では、第二言語習得に関わる要因の研究についてまとめる。2.2において林(2006)
の言語学習の個人差モデルを示し、本研究の立場を述べる。2.3においては、第二言語習得 に関わる外的学習者要因について、学習環境要因との関係に注目しながら先行研究を整理 する。2.4においては、発音習得に関わる要因に焦点を当てた先行研究の研究結果をまとめ、
2.5において本研究で対象とする要因について述べる。本研究で対象とする要因は、外的学 習者要因である1)日本語学習年数、2)発音に対する考え方、3)発音学習ストラテジー、学習 環境要因である4)学習機関、5)発音に関する授業の受講経験、6)日本滞在年数の6つである。
第3章では、研究課題と研究方法について述べる。本研究は、中国語を母語とする日本語 学習者の発音習得度に、学習者の持つ様々な要因がどのように影響を与えているのか、また 要因同士はどのような関係にあるのか明らかにすることを目的とする。研究課題は以下の5 つで、課題(1)については相関分析、課題(2)については単回帰分析、課題(3)、課題(4)・(5) に は重回帰分析を用いる。
課題(1)
外的学習者要因(日本語学習年数、発音に対する考え方、発音学習ストラテジー)および 学習環境要因(学習機関、発音に関する授業の受講経験、日本滞在年数)は、日本語の発 音習得度とどのような関係があるのか。
課題(2)
各要因はどの程度発音習得度に影響を与えているのか。
課題(3)
発音習得度に最も影響を与えている要因は何か。
課題(4)
発音に対する考え方に影響を与えている要因は何か。
課題(5)
発音学習ストラテジーに影響を与えている要因は何か。
学習者が持つ様々な要因については質問紙調査によりデータを収集し、発音習得度は発 音タスクの評価により測った。3.3.1 では、本研究で使用する発音タスクの作成のために、
中国語母語話者に見られる日本語の発音特徴に関する先行研究について述べる。日本語学 習者全体に共通した問題も含まれているが、主に中国語母語話者にとって難しい、あるいは
間違えやすい点や習得順序などについて、破裂音、母音、特殊拍、アクセント・イントネー ション、ナ・ラ・ダ行、外来語、中国語の方言差の 7つの視点から整理する。3.3.2におい て本研究で使用する発音タスクを作成し、3.4において発音タスクの母語話者評価の実施方 法や評価者について述べる。
第4章では、上記の研究課題を解明するために、質問紙調査と発音タスク調査のデータを 分析する。4.3では質問紙調査の集計を行い、対象者の各要因についての記述統計をまとめ る。4.4において発音タスクの評価点データ、各発音タスク項目の平均点などについて述べ る。4.5において、課題(1)・(2)に沿って発音習得度と各要因の関係を分析し、4.6では上位 群・下位群のデータの比較から4.5の分析結果を補足する。4.7において課題(3)、4.8におい
て課題(4)・(5)を解明する。
第 5章では第2章、第3章および第 4章の調査結果をまとめ、結論を述べた後、今後の 課題を述べる。
第2章 第二言語習得に影響を与える諸要因
2.1 学習者の個人差
第二言語習得に影響を与えると言われている要因にはさまざまなものがあり、「個人差
(Individual differences)」として扱われている。1960年代までは、第二言語習得に影響を与 える要因として教授法に焦点を当てた研究が多く、学習者ではなく教授法の効果について 言及したものが多かった(倉八, 1994)。しかし、教授法が同じでも習得に差が出ることが 明らかになり、徐々に学習者の個人差に焦点を当てた研究が増えていった。1970 年代以降 は特にコミュニケーション能力の育成が重視され、社会心理学的なアプローチ(須藤, 2013)
から習得に影響を与える学習者の個人差に関する研究が行われるようになった。しかし、個 人差にどのような要因が含まれるのかは研究者によって異なり、必ずしも統一されている わけではない(真嶋, 2015)。加えて要因間の関係や影響もあり、その分類法や、言語習得 への影響に関する見解も研究者によって異なっている。本章では、このような第二言語習得 に影響を与える、個人差を構成する要因に関する先行研究を概観する。まず、個人差にどの ような要因が含まれるのか、どのように分類されているのかを示し、本研究の立場を明らか にする。
2.2 言語習得の個人差モデル
第二言語習得に影響を与える要因には、習得に直接影響を与えるものと間接的に影響を 与えるものがあると言える。倉八(1994)は、第二言語習得の個人差を説明する要因として
「環境要因(文化的要因、教授法)」と「学習者の適性要因(知的要因、情意的要因)」を 挙げている。林(2006)は、第二言語習得に関わると考えられる要因として「社会文化的要 因」、「学習者要因」、「学習環境要因」を挙げ、以下の図1のようなモデルを提示してい る。図1の林(2006)の第二言語学習/習得の個別性モデルでは、社会文化的要因が学習者 要因と学習環境要因の背景にあり、学習者要因と学習環境要因は相互に影響している。その 働きによって言語習得が促され、所産という結果につながるという。このように、個人差に 関わる要因は、間接的に習得に影響を与えている社会文化的要因と、直接的に習得に影響を 与えている学習者要因・学習環境要因に分けることができると言える。
学習者要因
社会文化的要因
学習環境要因
図 1 第二言語学習/習得の個別性モデル(林, 2006: 52)
林(2006)では言及されていないが、学習者要因はさらに分類することができる。Ellis(2004)
は、第二言語習得の差を説明する学習者に内在する要因を「認知的要因(congnitive factor)」、
「情意的要因(affective factor)」の2つに分けている。倉八(1991)も同様に、学習者の要 因を「認知的側面」と「情意的側面」に分け、認知的側面には知能、外国語適性などがあり、
情意的側面には態度、動機などがあると述べている。山崎(2005)は、第二言語習得に影響 する学習者自身の個人差を、「一般的特性と考えられるもの(内的学習者要因)、すなわち、
生得的なものと、社会的・文化的な要因に影響を受けるもの(外的学習者要因)、すなわち、
他からの影響を受けることによって、第2言語学習に働きかける要因(山崎, 2005: 90)」に 分類している。本研究では、山崎(2005)の「内的学習者要因」と「外的学習者要因」に分 類する立場をとる。図1のモデルでは、学習者要因として「年齢」、「適性」、「動機・態 度」、「学習ストラテジー・学習スタイル」、「ビリーフ」、「性格・情緒」、「母語」、
「性別」、「教育経験」が挙げられている。このうち、内的学習者要因には年齢、適性、性 格・情緒、性別、母語、学習スタイルが含まれる。図1のモデルでは学習スタイルと表記さ
年齢 適性 動機・態度 学習ストラテジー・
学習スタイル ビリーフ 性格・情緒 母語 性別 教育経験
フォーマル 教師特性 教師教育/養成 教師経験 教授法 教材
教育期間/時間数 他の学習者 インフォーマル 目標言語との接触 目標言語話者との接触 多言語・多文化との接触
多言語・多文化社会に 対する態度
バイリンガリズム/
マ ル チリンガリズムへ の期待
言語政策 社会階層
習得過程
所産 言語的所産 情意的所産
れているが、スタイルには「認知スタイル」と「学習スタイル」があるとされている(Dörnyei
& Skehan, 2003)。認知スタイルは「人が新しい情報に接したときに、どのように情報を処 理し理解しようとするか」というもので、学習スタイルは「学習する際の個人の好みのタイ プ」である(真嶋, 2015: 127)。真嶋(2005)によると、学習スタイルは「場面や課題によ って無意識に好んで使うやり方で、長期的に見ても変化しにくいもの(真嶋, 2005: 117)」
であるという。本研究でも学習スタイルを変化しにくいものであると捉え、内的学習者要因 とする。外的学習者要因には、動機・態度、学習ストラテジー、ビリーフ、教育経験が該当 する。本研究は、林(2006)の図1のモデルを基盤に、学習者要因を内的学習者要因と外的 学習者要因(山崎, 2005)に分け、内的学習者要因は社会文化的要因や学習環境要因からの 影響を受けにくいものであるとする。図に表すと、以下の図2のようになる。内的学習者要 因は、外因の影響を全く受けないとは言えないが、受けにくいため、社会文化的要因・学習 環境要因からの影響を点線で表した。内的学習者要因は外因の影響は受けにくいが、そのほ かの要因には影響を及ぼすため、実線のままにしている。
図 2 第二言語習得の個人差モデル
次節より、第二言語習得過程に直接影響を与えている学習者の外的学習者要因、学習環境 要因に焦点を当て、先行研究を概観する。内的学習者要因は外因の影響を受けにくく、教育 や自律学習への応用が難しいため本研究では対象としない。外的学習者要因は、多くの先行 研究で研究対象となっている動機づけ、学習ビリーフ、学習ストラテジーの3つに焦点をあ て、先行研究の結果をまとめる。本研究は学習環境要因のうち、学習に関するインターアク ション5の対象となるものを学習のリソース(田中・齋藤, 1993)と考える。学習リソースは
「人的リソース」「物的リソース」「社会的リソース」の3つに分類でき(田中・齋藤, 1993)、
学習者は複数のリソースを利用している。このようなリソースとのインターアクションは、
学習者が意識的に学習に利用する場合には学習ストラテジーとなるという(田中・齋藤,
5 「インターアクションとは、相手に働きかけ、そのことによって相手も自分も変わっていく相互作用のことである から、いいかえれば、身のまわりの環境になんらかのしかたで働きかけ、その環境を変えながら自らも変わっていく活 動なのである(田中・齋藤, 1993: 44)。」
社会文化的要因
内的学習者要因 外的学習者要因
学習環境要因
習得過程 所産
1993)。次節では、外的学習者要因としての学習ストラテジー研究のほかに、学習リソース としての学習環境の視点から学習ストラテジーを捉えた先行研究、学習者と学習リソース の関わりに関する先行研究も概観する。なお、本研究の調査目的は発音習得に関わる要因に ついて明らかにすることにあるため、言語習得全体に焦点を当てた先行研究については結 果をまとめるに留まり、発音習得や発音習得に関連する話す能力に焦点を当てたものにつ いて詳述することとする。
2.3 外的学習者要因に関する先行研究 2.3.1 動機づけ
第二言語習得研究におけるmotivationの定義はさまざまで、さらにその日本語の定訳がな いことが指摘されている(守谷, 2002; 岡, 2017)。本研究では、motivationの訳語として「動 機づけ」を用いるが、先行研究に使用されている表記があればその表記に従う。ドルニュイ
(2005)によると、動機づけは「なぜ人が何かをやろうと決心するのか(why)、どのくら い熱心に取り組むのか(how hard)、そして、どのくらいの期間その活動に意欲的に取り組 むことができるのか(how long)を明らかにする(ドルニュイ, 2005: 5)」もので、特定の 行動の選択や行動に費やされる努力と行動の持続に関与するものである。
Dörnyei(1994)は、これまでの第二言語学習の動機づけ研究から得られた結果を、学習 場面特有の動機づけを構成する「言語レベル」、「学習者レベル」、「学習場面レベル」と いう 3つのレベルに分けている。言語レベルは統合的動機づけ、道具的動機づけから構成さ れる。統合的動機づけとは、学習者が目標言語を使うコミュニティーに溶け込み、その一員 として受け入れられたいという願望を表す。道具的動機づけとは、学習者が言語学習をする ことで、実際に何か利益を得たいという願望(ジョンソン&ジョンソン, 19996)のことで、
より良い仕事や待遇を得るためや、大学に入るためなど実用的なものである(守谷, 2002)。
学習者レベルには、達成欲求や自信、言語使用不安、自己効力感などがある。学習場面レベ ルには、コース要因・教師要因・グループ要因があり、学習者を取り巻く環境に関するもの である。では、日本語学習者はどのような動機づけを持つ傾向にあり、その動機づけはどの ような要因に影響を受けているのだろうか。縫部ほか(1995)は、ニュージーランドの大学 の日本語科の学生1〜3年生107名を対象に日本語学習動機を調査した。その結果、来日経 験がある対象者・日本語学習期間が長い対象者は統合的志向が高く、学習期間が長い対象者 は道具的志向が高いことが明らかになった。学習環境要因である目標言語との接触、学習期 間が学習者の動機づけに影響を及ぼすことを示した例である。一方、社会文化的要因が学習
6 岡秀夫(監訳)、窪田三喜夫・鈴木広子・堂寺泉・中鉢恵一・山内豊・金澤洋子(訳)
者の動機づけに影響した例として郭・大北(2001)を挙げることができる。郭・大北(2001)
は、シンガポールの大学で日本研究学科に在籍している 2年生の華人大学生 125名を対象 に、動機づけアンケートを行った。その結果、動機づけ構成要素は「統合的動機づけ」「道 具的動機づけ」「エリート主義」の3つに分類でき、「エリート主義」は日本語学習の成績 を予測する最も大きな要素であることが明らかになった。郭・大北(2001)は、この「エリ ート主義」はバイリンガル政策の影響を受けており、「学歴社会、エリート教育を重視する シンガポールの社会背景に関連すると考えられる(郭・大北, 2001: 136)」と述べている。
動機づけを考える上で、社会文化的要因のほかにもう一つ考慮すべき要因がある。中田・
木村・八島(2003)は「動機は、多面性と可変性を備えた学習者要因であり、人間の行動を 大きく左右する重要な要素である(中田・木村・八島, 2003: 2)」と定義づけした上で、「文 脈」と「時間」という視点から動機を捉えている。鹿毛(2013)は、1)個人のパーソナリ ティの一部としての「特性レベル」、2)社会的文脈に影響を受ける「領域レベル」、3)時 間経過と共に現在進行形で変化する「状態レベル」の3つの水準から動機づけを定義してい る。ドルニュイ(2005)は、動機づけモデルには「時間軸」を含むことが有益であるとし、
動機づけの段階を次のように整理している。初期の段階(行動前段階)においては、目標や 取り組む課題の選択につながる「選択的動機づけ(Choice Motivation)」が働く。第二に、
行動段階においてはその動機づけが特定の行動が続く間積極的に維持され、保護されなけ ればいけないとし、これを「実行動機づけ(Executive Motivation)」と呼んでいる。最後に、
行動後段階においては、「動機づけを高める追観(Motivational Retrospection)」が働き、学 習の経過を学習者自身が回顧的に評価する段階がある。例えば、自信や動機づけを高めるフ ィードバック、成績の評点などである。そしてこの行動後段階における評価は、次に取り組 む課題の種類を決定するものとなるという。
これらの先行研究から、動機づけは社会的文脈や時間などの影響によって変化する「可変 的」なものであり、そのプロセスは循環しているということが分かる。そのため、動機づけ と言語習得の関係は時間の流れに考慮した縦断的研究により行うことが望ましいと考える。
動機づけに焦点を当てて習得に与える影響を横断的研究により見る場合、学習者の学習期 間や学習環境要因などを統制し、ある時点を切り取って調査をすることになる。しかし、本 研究では対象者の学習年数や日本滞在年数が発音習得に与える影響についても分析の対象 とするため、対象者の「ある時点」を統制することが難しい。以上のような理由で、動機づ けに関しては本研究の分析対象には含めないこととする。
2.3.2 学習ビリーフ
言語学習者は、自身の学習に対する考えや信念、すなわちビリーフを持っており(島崎,
2006)、学習者のビリーフは学習の内容、過程、学習状況など学習におけるすべてに認識さ れるものである(鈴木, 2015)。学習者のビリーフを調査するために最もよく用いられるの
は、Horwitz(1987)が作成したBALLI(Beliefs About Language Learning Inventory)という
質問紙である。この質問紙は、「言語学習適性(Forein Language Aptitude)」、「言語学習 の難易度(The Difficulty of Language Learning)」、「言語学習の本質(The Nature of Language
Learning) 」 、 「学習・コミュニケーションストラテジー(Learning and Communication
Stratagies)」、「言語学習の動機(Motivations)」の5つの領域に分けられている。BALLI
を用いた学習者のビリーフの調査には日本語学習者を対象としたものも多くある。本研究 の対象者である中国語母語話者を対象に、BALLIの翻訳版やBALLIを元に作成した質問紙 を用いた研究には齋藤(1996)、板井(1997, 1999)、関崎(2009)、姚(2010)、吉兼(2010)、
張(2012)、朱(2019)などがある。学習者のビリーフ調査では、量的なもの以外にインタ
ビューによる調査(臼杵, 2005など)も行われている。これまでの研究では、学習年数や成 績、レベル、日本滞在年数、日本語を専攻しているかしていないか、などの要因によって異 なるビリーフを持っていたり、ビリーフが変化することが明らかになっている(齋藤, 1996;
板井, 1997; 関崎, 2009; 姚, 2010; 張, 2012)。中国語を母語とする日本語学習者のビリーフ
を調査したもののうち、上級学習者を対象にした臼杵(2005)、吉兼(2010)の研究結果を 以下にまとめ、どのように日本語能力を向上させたのか見ていく。
臼杵(2005)は、上級の中国語人学習者を対象として、日本語学習を成功に導く秘訣につ いてインタビューによる調査を行っている。対象者は、中国で日本語を学び来日した学習者 17 名で、様々な日本語学習歴を持ち、職業も異なっている。彼らは中国現地入試(書類選 考、筆記試験、面接試験)により選ばれた50数名の留学生別科生のうち、来日後のプレー スメントテストの結果から最も高いレベルのクラスに入った学習者で、高い日本語能力を 持っていると言える。インタビューの結果は以下のようにまとめることができる。
(1) 自己に対して肯定的で、向上心があり、学習に対して意欲的である。
(2) 中国で日本人との接触があり、日本語を使う機会があった(4名を除く)。
(3) 日本語の授業に真面目に取り組むだけではなく、テレビやラジオの視聴、日本人との会 話などによってコミュニケーション能力を養うことにも努めている。
臼杵(2005)は(1)のような結果を「自己に対するビリーフ」あるいは「自己に対する モチベーションを高めるビリーフ」、(2)(3)のような結果を「認知的ビリーフ」と位置 付けている。臼杵(2005)の調査結果からは、日本語学習の初期を中国で過ごした学習者が 日本語学習を成功に近づけるために、自己に対する肯定感や学習に対して意欲的であるこ とが重要であることが分かる。
吉兼(2010)は、日本語学習全体に対するビリーフを明らかにする調査では、口頭能力の
向上を目指した指導に役立てるには十分ではないと述べ、上級話者7を対象としたビリーフ に関する調査を行った。対象者は、1) 中国を母語とすること、2) 大学・大学院入学前に、
日本または中国の教育機関で日本語を学んでいること、3) 現在、日本語を実際に使用して 専門科目を学んでいること、という3つの条件に該当する学習者13名である。吉兼(2010)
は、日本語学習者用に改訂されたBALLIを参考に、「話す技能」に焦点を当てて作成した ものを使用している。この質問紙は「1) 言語学習の適性」、「2) 言語学習の難易度」、「3) 言語学習の性質」、「4) 言語学習の動機」、「5) 学習方法」、「6) 会話場面」、「7) 発話 のモニター」、「8) 発話の正確さ」、「9) 学習の自己管理」、「10) その他」という10カ テゴリーに分類されている。この質問紙以外にもインタビュー調査を行い、質問紙調査の補 足を行っている。調査の結果、上級話者が「話す技能に関して困難であると捉えている点
(吉兼, 2010: 54)」は次のようなものだった。(1)話す技能は易しいものではなく、自分
の発音をモニターすることは困難なため、他者から誤りを指摘してもらい、上手になりた
い。(2)場面に合わせた自然な語彙の使い方が難しく、日本人らしい言葉を使いたい。(3)
相手に合わせた話し方をしたいと望んでいるが、うまくできないことに不安を感じている。
このような困難さを示すビリーフに対して、上級話者がこれまでに使用していたストラテ ジーで最も多かったのは、「実際に声に出して言う」というものだという。具体的には、シ ャドーイングをしたり、「自分で自分に話しかけたり(吉兼, 2010: 57)」、聞いて発音を覚 える、本や新聞を声に出して読む、などのストラテジーである。これらのストラテジーは、
次節で述べるRubin(1975)による学習成功者の特徴でも言及されているものとも合致して いる(吉兼, 2010)。これらのストラテジーは話す能力を伸ばすことにつながるだけでなく、
自らの発音に対する意識の向上にもつながり、発音能力を伸ばすことにもつながると考え られる。Horwitz(1987)が作成したBALLIの5つの領域内に「学習・コミュニケーション ストラテジー」が含まれていること、臼杵(2005)や吉兼(2010)の結果を見ると、学習ビ リーフは学習ストラテジーの選択に大きな影響を与えており、深く関わっているものであ ると言える。次節では学習ストラテジーに関する研究を概観し、これまで第二言語習得の分 野で行われてきた学習成功者の共通点や学習ストラテジーの分類、日本語学習者を対象と した学習ストラテジー研究についてまとめる。
2.3.3 学習ストラテジー
学習ストラテジー研究は、外国語学習に成功を収めた学習者を「学習成功者/よい学習者
(Good Language Learners)」としてその特徴を探る研究に始まる。学習ストラテジーは、
7 インタビュー方式の口頭能力測定であるACTFL-OPI(Oral Proficiency Interview)により上級と判定された。
「学習をより易しく、より早く、より楽しく、より自主的に、より効果的に、そして新しい 状況に素早く対処するために学習者がとる具体的な行動(オックスフォード, 1994)8」と定 義されており、いわば学習者の自律学習のストラテジーであると言える。学習ストラテジー に関する先行研究は、Rubin(1975)、Stern(1975)、O'Malley & Chamot(1990)、オック スフォード(1994)などが代表的である。Rubin(1975)はアメリカのカリフォルニアとハ ワイで授業観察を行い、学習者などにインタビューを行った。学習成功者に共通した特徴を 以下のようにまとめている。(和訳部分は竹内, 2003を参考に、下線部分は筆者が変更)
(1) The good language learner is a willing and accurate guesser.
推測を厭わず、なおかつ上手に推測する。
(2) The good language learner has a strong drive to communicate, or to learn from a communication.
コミュニケーションへの強い意欲があり、実際のコミュニケーションから学ぶ。
(3) The good language learner is often not inhibited.
積極的で、間違えることを恐れない。
(4) In addition to focusing on communication, the good language learner is prepared to attend form.
言語の持つパターンを分析し("母語"や学んだことのある言語と比較)、言語形式に注 意を払っている。
(5) The good language leaner practices.
発音したり、文を作ったり、練習をする。
(6) The good language learner monitors his own and the speech of others.
自分の発話や相手の発話を観察(モニター)し、自身の間違いから学ぶ。
(7) The good language learner attends to meaning.
意味の理解に十分な注意を払う。
(Rubin, 1975: 45-48)
学習成功者はコミュニケーションへの意欲が強く、学んだ言葉を実際のコミュニケーシ ョンの中で使用することで練習し、コミュニケーションの中で新しい言葉を学び、間違える ことで成長していく。第二言語の学習を成功させるためには、コミュニケーションを意欲的 に行うことが重要だと述べている。しかし、Rubin(1975)によると上述した共通の特徴は、
タスクの種類、レベル、学習者の年齢、学習環境、個人の学習スタイルや文化圏の違いなど によって異なる可能性があるという。学習環境要因やほかの学習者要因が学習ストラテジ
8 オックスフォード(1994: 8-9)、宍戸通庸・伴紀子による訳
ーに影響を与えていることを示すものである。Stern(1975)は、自身の教師としての経験や 学習者としての経験などから、学習成功者とそうでない学習者を比較し、共通点を導き出し た。先に述べた Rubin(1975)とも共通する特徴がいくつか見られる。どちらの研究でも、
学習成功者は学習に対して積極的で、コミュニケーションに意欲的であり、コミュニケーシ ョンの中から学んでいる。また、自身の間違いに気づき、そこから学び、修正している。
O'Malley & Chamot(1990)のストラテジー研究は、アメリカで英語を学ぶ学生の観察や インタビューをもとにしてまとめられたもので、Rubin(1975)やStern(1975)のように共 通点を示すものではなく、ストラテジーを機能別に分類したものである。O'Malley & Chamot
(1990)は、学習ストラテジーを「メタ認知ストラテジー(Metacognitive strategies)」、「認 知ストラテジー(Cognitive strategies)」、「社会・情意ストラテジー(Social/affective strategies)」
の3種類に分類している。メタ認知ストラテジーは、自分の学習を計画したり、結果のチェ ックや評価を行ったりするもので、認知ストラテジーは、新しい言葉の意味を推測したり、
要約したり、インプットに対してどのように対処するのかということが含まれている。社 会・情意ストラテジーは、質問したり、問題解決のために仲間と協力したり、感情をコント ロールする自己対話などである。
オックスフォード(1994)も同じ頃に質問紙調査を用いてストラテジー調査を行った。こ の質問紙はSILL(Strategy Inventory Language Learning)と呼ばれ、これまで研究者の主観で 分析されてきた結果を複数の研究者が同一の基準で報告できるようになった。オックスフ ォードの分類は非常に網羅的で、ストラテジーのリストは多岐に渡るものである。オックス フォードの分類では、ストラテジーは大きく直接ストラテジーと間接ストラテジーに分類 されている。直接ストラテジーは、言語4技能に直結するもので、間接ストラテジーは、間 接的に学習を管理したり整理したりするようなものだという。直接ストラテジーは「記憶ス トラテジー」、「認知ストラテジー」、「補償ストラテジー」の3つのグループに分かれて いる。記憶ストラテジーは、新しい情報の蓄積と想起を助けるもので、記憶術のようなもの である。認知ストラテジーは、学習者がいろいろな方法を使って外国語を理解し、発話する のに役立つもので、コミュニケーションを通して練習したり、新しい表現を分析したりする ものである。補償ストラテジーは、学習者が外国語を理解したり、発話したりする際に、足 りない知識を補うために使うもので、文法や語彙不足を補うものである。間接ストラテジー は、「メタ認知ストラテジー」、「情意ストラテジー」、「社会的ストラテジー」の3つか ら成る。メタ認知ストラテジーとは、学習者が自らの学習を順序立てたり、計画したり、評 価したりして言語学習の過程を調整するものである。情意ストラテジーは、感情、動機づけ、
態度を調整するもので、肯定的感情や態度は言語学習を一層効果的にするという。社会的ス トラテジーは、学習者がほかの学習者とのコミュニケーションを通して学習していくのを
助けるもので、質問したり、他の人々と協力するといったものである。
竹内(2003)によると、学習ストラテジーの抽出や分類がある程度進むと、学習ストラテ ジーの選択や使用に、どのような学習者要因や環境要因が影響を及ぼしているのかに関心 が寄せられるようになったという。Rubin(1975)が指摘するように、学習ストラテジーに はさまざまな要因が影響を与えている。そのため、上述したような研究結果をそのままアジ ア圏の学習者に適用するには注意が必要で、学習者要因や環境要因を考慮に入れた研究を 行う必要がある(伴, 1999; 竹内, 2003)。では、日本語学習者はどのような学習ストラテジ ーを使用しており、どのような要因が学習ストラテジーに影響を与えているのだろうか。
宮崎・ネウストプニー(1999)は、SILLを使用して日本語学習者の学習ストラテジーを 調査し、学習ストラテジーの選択に大きな影響を及ぼすと言われている学習スタイルとの 関係を明らかにしている。「言語学習を成功させるには欠かせない(オックスフォード, 1994:
115)」メタ認知ストラテジーをよく使用している学習者の学習スタイルを分析したところ、
成績上位グループに当てはまる学習スタイル9であったという。一方、尹(2011)の調査結 果では、プレイスメントテストの平均点が低かったクラスの学習者は、平均点が高かったク ラスの学習者に比べてメタ認知ストラテジーを多く使用する傾向があった。メタ認知スト ラテジーの下位区分である「自分の学習をきちんと評価する(オックスフォード, 1994: 118)」
ストラテジーの使用に有意差が見られ、平均点が低い学習者の方が「より強い向上心と学習 意識をもって意欲的に第二言語学習に取り組んでいる(尹, 2011: 35)」可能性があると指摘 している。プレイスメントテストの平均点が高かったクラスの学習者は、低かったクラスの 学習者に比べて学習年数も長く(高クラスの平均学習期間:34.50ヶ月、低クラスの平均学 習期間:27.20ヶ月)、平均点が高かったクラスは、あるいは以前にはメタ認知ストラテジ ーを使用していた可能性もある。メタ認知ストラテジーは言語学習を成功させるためには 欠かせない(オックスフォード, 1994)が、学習のどの時期に使用することが最も効果的な のかについては明らかになっていない。学習スタイル、日本語能力や学習年数以外にも、
様々な要因が学習ストラテジーに影響を与えている。朴(2010)は、学習ストラテジーと1) 来日経験の有無、2)日本語学院での学習経験の有無、3)日本語に対する態度(好き・嫌い)
などの要因の関係を分析している。対象者は韓国の大学で日本語を専攻する学習者 233 名 である。t検定の結果、1)来日経験のある学習者の方がストラテジーを多く使用しているこ と、2)日本語学院での学習経験の有無によるストラテジー使用頻度には差がないこと、3) 日本語が好きな学習者の方が学習ストラテジーを多く使用していることが明らかになった。
朴(2010)の質問紙では日本語能力の自己評価(上級・中級・初級)に関する質問項目も見
9 外向型・感覚型・思考型・判断型
られるが、自己評価レベルと学習ストラテジーの関係については分析の対象とされていな
い。朴(2010)の結果から、日本語能力や学習年数のほかに来日経験や日本語に対する好き・
嫌いが学習ストラテジーの選択に影響を及ぼしていることが明らかになった。
学習ストラテジーは、学習者が学習リソースを選択し、自らの学習に有効であると考えて インターアクションするときの方法であるとも言える(田中・斎藤, 1993)。オックスフォ ード(1994)の社会的ストラテジーもまた、他人とのインターアクションに関わるものであ る。しかし、学習者は日本語母語話者や教師だけでなく、教科書やテレビ番組、周りの環境 とのインターアクションを通して学習を進めている。このような学習に関するインターア クションの対象となる学習リソースは、「人的リソース」、「物的リソース」、「社会的リ ソース」の3つに分類することができる(田中・齋藤, 1993)。以下より、学習ストラテジ ーを学習リソースの視点から捉え、学習者と学習リソースの関わりに関する先行研究を概 観する。
副島・李・武藤(2015)は、日本語を学ぶ機会(教室活動、授業外の予習・復習、その他 の日本語を使用した言語行動などを含む)に関わる学習ストラテジーや動機づけのうち、ど のようなものが日本語力に影響を与えるかについて調査を行った。中国の大学、ロシアの大 学で日本語を学ぶ学生を対象とし、海外の日本語専攻の学習者データとして共通した特徴 を明らかにし、両国の差を分析した。学習ストラテジーと動機づけのデータを合わせて因子 分析を行った結果、以下のような因子が見つかった。
(1) 実践使用重視
習った事をすぐ整理し、実際の言語場面で使用していくことによって身に付ける。また、
分からないことがあったらすぐに教師に確認するといった学習ストラテジー (2) 日本文化理解
日本語や日本の歴史、文学に興味がある。日本の音楽や芸能界に興味があり、観光旅行を 楽しみたいといった統合的動機づけ
(3) 漠然とした日本語や日本語への興味
親や知人の勧めや学習者が多い、難しそうといった日本語への漠然とした興味や、日本の ファッションやTVゲームなどへの漠然とした関心などの統合的動機づけ
(4) サブカルチャー活用
日本の漫画やアニメ、テレビドラマやサブカルチャーに興味があるといった統合的動機 づけと、日本語の勉強においてもラジオやCD、音楽、インターネットなどのリソースを活 用する学習ストラテジー
(5) 用意周到
授業は予習復習をしてから臨み、教室外でも日本語を使うよう努力するといった学習ス トラテジー
(6) キャリア
日本語はツールとして重要なもので、日本語を学ぶことは人気もあり、将来的に就職に有 利である、といった実用を考慮した道具的動機づけ
(副島ほか, 2015: 40-42)
これら 6 つの因子のうち学習ストラテジーとリソースに関するものを見ると、サブカル チャーに対する興味から学習を始めた学習者は、日本語学習にもラジオやCD、音楽やイン ターネットなどのリソースを活用している。授業の予習復習をすることで教材を活用、授業 中には教師、教室外では人的リソースを用いている学習者もいることが分かる。成績により 学習者を比較した結果、中国語を母語とする学習者のうち、成績の良い学習者は「実践使用 重視」の学習ストラテジー因子を使用することが明らかになった10。この結果から、教師や 教室外の人的リソースの活用が日本語能力の向上に効果的である可能性が示唆される。
王(2015)は、中国の大学の日本語学科に所属する優れた11学習者2名(学習者A・B)
を対象に、学習動機と学習ストラテジーについて調査を行っている。学習者 Aは学習が進 むにつれ、ニュースなどのリソースを活用するようになり、字幕なしでNHKのニュースを 見たり、ウェブ版の朝日新聞の記事を読んだりしていたという。一方、学習者 Bはアニメ やドラマなどを活用するようになり、2名の学習者が使用するリソースについての意見は分 かれている。学習者 A は、アニメやドラマなどの有用性を認めていたが、自分に適する方 法ではなかったと述べている。人的リソースについての意見も異なり、学習者 A は授業中 に積極的に発言し、授業外でも周りの同級生は教師に分からないことを聞いていたが、学習 者 B は教師に聞く機会があまりなく、教師という人的リソースを活用しきれていなかった と述べられている。王(2015)の結果からは、日本語能力の高い学習者が必ずしも人的リソ ースを積極的に活用しているわけではなく、学習者によって選択するリソースやその活用 方法も異なり、学習過程で自分に合うリソースを見つけていることが分かる。
朴・田中・梅田・野崎・江島(2009)は、メディア接触と学習ストラテジーの関係につい て、中国で日本語を専攻している学習者と日本の大学に在籍する中国人留学生を比較して いる。朴ほか(2009)のいうメディアとは、1)活字メディア(新聞、雑誌、本)、2)音声
10 ロシアの大学で日本語を専攻する学習者のデータ分析では、「実践使用重視」において成績による差は見られなかっ た。
11 調査期間である1年次〜3年次において日本語の授業成績が優秀で、同じクラスの学生に日本語のよくできる学生 を尋ねると、この2名の学習者の名前が必ず出てくるという。
メディア(ラジオ、CDなど)、3)映像メディア(テレビ、映画など)、4)コンピュータ
(インターネットなど)、5)人(先生、家族、友人など)の5つである。これら5つのメ ディアへの接触頻度を学習環境により比較したところ、中国国内の学習者の方が「人」を多 く利用し、日本在住の留学生の方が「活字」を多く利用していた。朴ほか(2009)は、中国 国内では日本語の新聞や雑誌の入手が難しいためではないかと推察している。メディア接 触頻度から学習ストラテジーの使用を比較したところ、メディア接触頻度によって使用す る学習ストラテジーに差が見られ、メディア接触の多い学習者は、少ない学習者より使用す る学習ストラテジーが多いことが明らかになった。さらに、成績により学習ストラテジーの 使用頻度を比較したところ、補償ストラテジーとメタ認知ストラテジーを多く使用してい たという。学習年数については、中国国内の学習者は2〜3年生という記載があるが、日本 在住の留学生については学年や学習年数は記されていないため、学習年数とメディア接触 および学習ストラテジーとの関係は分析されていない。メディア接触の成績による比較も 行われていないため、成績とメディア接触の関係も明らかにはされていない。
以上に概観した先行研究の結果が示すように、学習ビリーフや学習ストラテジーには 様々な要因が影響を及ぼしている。学習ビリーフは、学習年数や成績、レベル、日本滞在年 数、日本語専攻であるかどうかなどの要因に影響を受け、上級学習者は向上心があり、学習 に意欲的であることが分かった。学習ストラテジーは、日本語能力や学習年数、来日経験や 日本語に対する好き・嫌いによりその使用に異なる点が見られ、メタ認知ストラテジーの使 用は日本語能力の向上に効果的である可能性が示唆された。さらに、教師や教室外の人的リ ソースの活用は日本語能力の向上に効果的だが、必ずしも全員が人的リソースを活用して いるわけではなく、学習の過程で自らに合ったリソースを見つけていることが明らかにな った。また、リソースの活用は、学習環境により異なる可能性があり、多くのリソースを活 用する学習者は多くの学習ストラテジーを使用していた。しかし、以上にまとめた先行研究 のうち、口頭能力に焦点を当てた吉兼(2010)を除いては、発音習得に関係するものではな く、結果をそのまま日本語の発音習得に応用できるわけではない。次節より、学習者の発音 習得に焦点を当て、諸要因との関係を分析した先行研究を概観する。
2.4 日本語の発音習得と諸要因の関係に関する先行研究
本節では、発音習得に焦点を当て、発音習得に影響を与える要因に関する先行研究を概観 する。これまで、第二言語習得研究においては、発音習得に成功した学習者が成功した要因 について、高い動機付け、目標言語が話されている国の文化に対する共感、ネイティブスピ ーカーのように発音したいという願望、インプットの量などが挙げられている(Moyer, 1999;
Bongaerets, 1999)。上述したオックスフォード(1994)は、各学習ストラテジーが4技能の
いずれに効果的であるかということも述べている。本研究に最も関連する「話す(speaking)」
技能、あるいは四技能全てを伸ばすのを助けるものとして挙げられているストラテジーの うち、発音習得に関係があるものを以下に示す。
記憶ストラテジー(直接ストラテジー)
(1) 記憶した音を表現する
学習者が聞いたことを記憶するのに音の視覚表象よりむしろ聴覚表象を使うストラテジ ーで、新しい語を学習中の言語か母語か、あるいは別の言語の中でよく知っている単語や音 と結びつけることである(オックスフォード, 1994: 63)。
認知ストラテジー(直接ストラテジー)
(2) 繰り返す
ネイティブ・スピーカーのまねをして、発音、構文、語彙、イディオム、イントネーショ ン、ジェスチャー、文体(スタイル)の技能を伸ばす(オックスフォード, 1994: 68)。
(3) 音と文字システムをきちんと練習する
意味の理解よりも音(発音とイントネーション)の認識に焦点を置いている。ネイティブ スピーカーの発音と比較したり、鏡を見ながら発音して何度も練習する(オックスフォード, 1994: 69)。
メタ認知ストラテジー(間接ストラテジー)
(4) 自己モニターをする (5) 自己評価をする
自己モニターは、言語技能のあらゆる面で起こるエラーをモニターする、つまりエラーを 認め、修正するという学習者の意識的な決心に焦点が置かれる(オックスフォード, 1994:
140)。自己評価は、四技能と一般的言語知識を評価することである。学習者が自己評価を 具体的にすればするほど、評価の正確さが増す。具体的な自己評価の方法として、自分の発 話をテープレコーダーに吹き込み、自分の発音をネイティブスピーカーと比べたり、会話中 や電話中に何回聞き返されたか数えるというものがある(オックスフォード, 1994: 143)。
社会的ストラテジー (6) 訂正してもらう
このストラテジーは「自己モニターをする」ストラテジーと関連がある。会話では、相手 を困惑させたり、相手に不快感を与えたりする問題を訂正してくれるように会話の相手に
頼むことができる(オックスフォード, 1994: 151)。
オックスフォード(1994)のこれらのストラテジーは、日本語学習者の発音習得に関する 先行研究においても発音能力が高い学習者が使用することが報告されており、非常に興味 深い。日本語教育においては、年齢要因などを含め発音習得の個人差に影響を与える要因に 関する研究は数が少ない。戸田(2006)は、母語や目標言語を話す国に到着した年齢、学習 開始年齢、渡日回数、学習期間、学習動機、発音学習の有無、教師訂正の有無、目標言語が 話されている社会への心的距離、発音学習ストラテジーなどを対象にしたアンケートを行 い、発音評価12との関連を調査している。分析の結果、「学習開始年齢」と「他者意識型ス トラテジー」の 2つの要因から全体の 61%の分散が説明されることが分かった。「他者意 識型ストラテジー」は、「日本人や他の学習者からの、自分の発音に対する評価を気にする」、
「下手だと思ったり、間違ったと思ったら言い直して発音する」といったストラテジーであ る。このストラテジーの使用からは負の相関が見られたことから、戸田は「他者の反応や評 価をあまり気にせず、積極的な態度で学習機会を最大限に活用し、他者と協力して発音を練 習する機会を増やす(戸田, 2006: 26)」ことが有効なのではないかと述べている。しかし、
戸田(2006)の主な目的は日本語音声の習得に年齢要因の関与があるかということ、日本語 の発音習得成功者に共通する特徴を明らかにすることであるため、アンケートの他の項目 と評価点の量的分析の結果については触れられていない。戸田(2006)は、調査結果におい て発音が母語話者レベルであるという評価を受けた対象者を「発音の達人」と呼び、彼ら13 にインタビューを行った結果、以下のような特徴が見られた。
(1) 音声的側面に焦点を当て、メタ言語として日本語音韻を学習していること
意味を重視し発話の内容にのみ理解が向けられるのではなく、音声的側面に注意を向け て発音学習を行った経験がある。
(2) 発音に対する意識化がなされていること
発音学習者に対するインタビューでは、発音を意識する、注意する、気を付けるという表 現が繰り返し使われていた。発音に意識を向けた練習が必要である。
(3) 豊富なリソースを活用していること
テレビ、ラジオ、ドラマ、アニメなどから豊富なインプットを得ている。
12 評価の対象になった発音タスクは日本語の単語、文、スピーチ・会話である。
13 発音タスクの総合評価が日本語母語話者の平均から2標準偏差以内だった6名。国籍は、韓国3名(母方言:釜山 1ソウル2)・中国3名(母方言:上海2広東1)。学習年数は示されていないが、学習開始年齢と調査時の年齢から推 察すると、3年〜10年前後であると考えられる(戸田, 2006: 23内の表1を参照)。
(4) 音声化した発音学習方法を実践し、継続していること
「(3)豊富なリソースを活用している」時、シャドーイングや真似をするという音声化した 学習方法を実践しており、習慣になっている。
(5) 学習初期にインプット洪水を経験していること
(6) 音声に関心があり、自ら高い達成目標を設定していること
インタビュー調査の対象者6名のうち、4名は日本語の使用頻度や日本人との接触頻度が 高く、2名は必ずしも高いとは言えなかった。「日本語使用頻度と日本人との接触頻度には かなり個人差があるようである(戸田, 2006: 49)」が、彼らの多くは日本人との接触場面を 発音学習のために上手く利用していることが明らかになった。戸田が行ったインタビュー の結果から、発音学習成功者は、認知ストラテジーと社会的ストラテジーを使用していると 言える。戸田は発音に対する考え方についてもインタビューを行っている。「日本語母語話 者のように話すことはどの程度重要か」「日本人の発音と同じだと思われたいか」「発音が 悪くても通じれば良いか」という 3 つの質問に対する答えには、対象者間に違いが見られ た。6名の対象者は総合評価で母語話者レベルであると判定されているが、このうちより厳 しい基準をクリアした4名は、「日本人の発音と同じだ」と思われたいと願っており、発音 が悪くても通じれば良いとは考えていなかった。一方の2名は、4名と比較して日本語母語 話者レベルを達成目標とはせず、発音が多少不自然でも通じれば良いと考えており、より高 い目標をもつ学習者の方が発音習得度が高いことを示している。
日本語の発音学習成功者の共通点を探る研究は戸田(2006)以外には見当たらないが、日 本語の発音習得と要因の関係に関する研究には、小河原(1997, 1998)やスィリポンパイブ
ーン(2008)、呉ほか(2016)、羅(2017)、李(2016, 2017, 2020ab)などがある。小河原
(1997, 1998)は発音学習動機と発音学習ストラテジー、スィリポンパイブーン(2008)は アクセント習得に影響を与える発音学習動機・ストラテジー・ビリーフ、呉ほか(2016)は 発音学習ストラテジー、羅(2017)や李の一連の研究は発音学習や発音に対するビリーフに 関する研究である。
小河原(1997)の対象者は、1年以内の日本語学習歴がある初級日本語学習者で、調査は 発音学習動機と発音学習ストラテジーからなる質問用紙と、発音テストにより行われた。発 音テストは、学習者別に行われ、一定の長さをもつ文章の音読や、教師と学習者の話し言葉 によるロールプレイなどを通して発せられる学習者の日本語の発音に対して、担当教師が 評価したものである。小河原(1997)で見つかった発音学習ストラテジーの因子は、以下の 5つである(小河原, 1997: 75-77)。