第8章 結論―日本語教育実践の改善はどのような営みか
1. 日本語教育実践の改善上の壁―「実践の固定化」
本節では、研究課題3である「研究課題1と2を踏まえ、日本語教育実践はどのように 改善されるか」を解決する。そのため、RQ7と8に答える。
RQ7の「実践に変化がない状況が続くと、どのような状態を生むのか」への答えとし
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ては「実践の固定化」という概念を提示する。まずは、冒頭の問題提起で述べた「実践 の反復性・一回性・不確実性」と実践の改善の困難さに戻り、今回の「ピア・サポー ト」の事例と関連付けて述べる。そして、「化石化」について検討し、実践に変化がな い状況が続くと、どのような状態を生むのかに答えるためには、「化石化」という概念 で説明するのでは無理があることを指摘する。そこで、実践の改善上の壁として「実践 の固定化」という概念を提示する。
冒頭の問題提起で述べたように、日本語教育実践は「反復性・一回性・不確実性」を 持つ。そのため、実践の改善は常に困難さを伴うものである。実践者は次第に「実践の 反復性・一回性・不確実性」が実践に問題状況を起こすことが身体で分かり、過去の経 験から脱問題状況化を図ろうとして実践知を総動員する。この過程は実践と実践者が存 在するかぎり、延々と続くものであると考えられる。
問題は、今回の「ピア・サポート」の事例から分かったように、実践の脱問題状況化 の打開を実践者自身が止めてしまうことなのである。言い換えれば、実践者自身が実践 の改善を止めてしまうことである。今回の「ピア・サポート」の事例において、遂行初 期は、ナ先生も、ミレ先生も実践の改善を自分自身が止めていた。しかし、「ピア・サ ポート」を通し、ナ先生も、ミレ先生も「決まり切っていた自分の実践」が直視でき、
自分の目指す方向へ変化できるという成果が得られている。つまり、実践の改善を実践 者自身が止めていた理由は、「教育制度、生徒の学習意欲の無さ(ナ先生)」と「パター ン化した授業への満足(ミレ先生)」で異なっていたが、実践が決まり切っているという ところで共通しており、「ピア・サポート」で実践が決まり切っている状況から脱却で きたのである。このように考えると、「実践に変化がない状況が続くと、実践が決まり 切ってしまう現象」が起き、この「実践が決まり切ってしまう現象」を実践の改善のた めに克服しなければならないものであることが分かる。そこで、実践の改善の困難さの 克服のためには、上記の現象を包括的に説明できる概念が必要となる。
それでは、「実践が決まり切ってしまう現象」に関してどのような概念がすでに検討 されてきたのであろうか。金田(2006:31-35)では、実践改善と教師成長の壁として
「化石化」ということばを用いて論じており、「化石化」には2つの状態があると述べ ている。1つ目は「授業の化石化」である。「授業の化石化」は「授業実施の時、ある 方法を絶対のものであると信じ、それ以外の方法を試そうとしない(p.32)」状態を指す。
2つ目は「学習者理解や授業探求における化石化」である。「学習者理解や授業探求に おける化石化」は「学習者や授業に関する問題点の原因は、自分の努力では工夫しよう がないという解釈しか出さない(p.32)」状態を指す。この説明から考えると、「化石 化」は実践の改善を教師本人が放棄している状態であると理解してもよいであろう。
そこで、金田(2006)で提示している「化石化」という概念は、日本語教師の成長と実践 の改善を阻害するものとして非常に説得力があり、分かりやすいものであると評価でき る。「実践が決まり切ってしまう現象」を「化石化」の概念で説明することも可能であ
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しかし、「化石化」という概念の裏を返すと、文字通り、「元の状態には戻れな い」ということを含意している。「化石化」という語感上、「化石化」は防ぐしかなく、
一回「化石化」してしまうと、後戻りはできなくなるという状況を指すものになりうる。
更に、実践が「化石化」してしまうと、二度と変化は起こりえないとの意味にもなりう る。実践は決まりきってしまう場合はあるが、実践者の努力や改善のための支援を通し て変わりうるものであり、決して二度と変化が起こりえないものになってしまうとは考 えられない。今回の「ピア・サポート」の事例において、ナ先生もミレ先生も見事に
「実践が決まり切ってしまう現象」から脱却できていたことからも分かる。従って、実 践に変化がない状態が続き、「実践が決まり切ってしまう現象」を「化石化」という概 念で説明することには無理がある。そこで、本論文では、実践に変化がない状態が続き、
「実践が決まり切ってしまう現象」を固定しているものの.........
いくらでも変化が起こり...........
うる..
という意味を強調するために「化石化」ではなく、「実践の固定化」という概念を提示 する。これでRQ7に答える。
「実践の固定化」には、教育制度、現場の特性、教師の自分の実践に対する意識によ って2つの状態があると考えられる。1つ目は、膠着状態としての「実践の固定化」であ る。膠着状態としての「実践の固定化」は、実践者が実践の改善を図ろうとしても、実 践者と実践を取り巻く諸文脈の影響でそれが難しい状態を指す。そのため、膠着状態と しての「実践の固定化」の場合は、実践者自身に実践の改善が難しいという自覚がある。
実際に、ナ先生の場合は「どうせ生徒たちは日本語の授業を聞いてくれないから」と言 い、実践の改善を諦めてしまうことが根強く見られていた。そのため、せっかく活気を 取り戻した実践が「ピア・サポート」遂行初期の状態に元通りになるという結果となっ た。つまり、膠着状態としての「実践の固定化」は、「制約に因る教師の思い込み」と 同時的に生じ始め、実践の停滞を強化しつづけ、実践者に実践の改善自体を放棄させる という面で深刻さがある。
2つ目は、安定状態としての「実践の固定化」である。安定状態としての「固定化」
は、実践者が現在の自分の実践に慣れていたり、満足していたりしており、実践の改善 の必要性を感じない状態を指す。今回のミレ先生の事例のような海外の大学の現場の場 合は、同じレベルのクラスを長年担当し、同じ教科書を使って同じカリキュラムで何年 も授業を行うことが多く、実践がパターン化しやすい。このような状況の中で、実践者 はパターン化した実践にやりやすさを感じ、わざわざ変化を与える必要性と必然性を見 出せなくなることも多い。そのため、安定状態としての「実践の固定化」の場合は、実 践者に実践の改善が難しいという自覚は殆ど無い。実際にミレ先生の場合は、「ピア・
サポート」初期に「パターン化しているからやりやすい」と語っていた。2012年2学期 に担当していた読解のクラスに対しては「何年もやっている科目だから改善させる必要 性を感じない。だから共同研究(『ピア・サポート』のこと)から抜けたい」と発言して
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おり、実践の改善の難しさに自覚は見られなかった。実践を改善させる必要性を実践者 が感じないというのは、実践者が「今」の実践に「安住」していることを意味する。
「今」の実践に安住していては、実践に変化など起きない。こういった意味で、安定状 態としての「実践の固定化」は、実践者を新しい実践を創っていくことなく、無自覚に 旧慣に固執している状態に陥っているという点で深刻さがある。
それでは、「実践の固定化」を克服し、停滞している実践に変化を起こすためには何 が必要であろうか。次節では、この点について述べ、RQ8の「停滞している日本語教育 実践に変化を起こすためには何が必要か」に答え、研究課題3を解決する。