第5章 韓国の高校での事例:ナ先生の事例
2.3 学生たちとの討論会後の挫折
ナ先生は、2012年10月11日にG高校に授業観察と2CFのために訪問した筆者に、中間 テストの後、S組の日本語科目の成績の平均点が100点満点で30点台にとどまっている ことを吐露していた。そして、その日に教科書は進めず、日本語成績向上のための討論 会を開いたのである。討論会の後はすぐ2CFを行ったが、その理由についてナ先生は以 下のように語っている。
トピック<教育12-420>と<学習者4-4>から(日本語訳)
崔:ところで、(討論会は)最初から、僕が来る前からやろうと思ってたんですよね?
ナ先生:だから、僕がこの紙とマーカーを…昨日…全部用意しておいたんだよね。
崔:試験の結果が、やっぱりこういうのをやってみようと思ったのに影響したんですか?
ナ先生:うん…、いや、そうじゃなくて、最近、頭の中で…、前回、僕が言ってたじゃな い?教科書だけをひたすらするのじゃなくて、それよりもっと高次元のものを楽しい感じ でやってみたら、教科書とは自然と接することができる…、じゃ、どんな活動がいいかを すごく悩んだんだけど、それがうまくつかめないんだ。<中略>なんか、学生中心に、なん
20 トピック名の横の数字は、1回目のカンファレンスであることを示しており、回数の示す数字の上付きの数字は、
2012年10月だけに行った2CFを意味する。つまり、<教育12-4>は、2012年の10月だけに行った1回目の2CFの中で、
4個目のトピック<教育>という意味である。
図9 本論文使用の省察シート
72
か学生たちが自発的に、主体的にやってみるのがずっとやりたいんだから…。で、急に (中間テストの後に)授業をするのもあれだなと思って、授業じゃなくて他のものをやらせ てみて、やらせてみて、発表もさせたりして、で、子どもたちに真剣に考える機会を与え るのもいいかな…と思って、そうしながらやってみたんだね。
上記の語りから、ナ先生は日本語の成績の向上といった目先のことを考えていたので はなく、「学生が中心になって参加する高次元の活動の一環」として討論会を開いたこ とが分かる。以下に、その討論会の様子を簡単に紹介する。
討論会は、ナ先生から「なぜ日本語の成績がこんなに低いのか」、「どうすれば日本 語の成績が向上するのか」を議題として出し、生徒たちを6つのグループに分け、机の 配置を変えて6つの島を作るように指示した。6つのグループにはそれぞれ司会者、書記、
代表発表者の3人を決めてもらった。ナ先生は、グループごとにA3用紙1枚とマーカー1 本を配り、書記は出揃った意見をそのA3用紙にマーカーで整理するように指示した。
討論会は、活発に行われており、誰1人も討論会を苦手とする様子は見られなかった。
討論会の様子は、図10に示す。討論会の後の2CFで、ナ先生はこの生徒たちの世代は日 本の「ゆとりっ子」にあたると説明し、いわゆる「開かれた教育」を受けて「学生人権 の尊重」に恵まれている世代と語っている。そのため、授業でも自分の意見をはっきり 言い、行動も自由で、「授業ではじっくり座って先生の話を聴く」という授業観はあま り持っていない世代と説明している。
グループ討論は、約20分間で行われ、20分後はそれぞれのグループが作成したA3用 紙を教室前方の黒板にマグネットで貼り、グループの代表発表者がそれを見ながら全体 に向けて自分のグループの意見を発表する流れで進められていた。それぞれのグループ の意見は、以下の図11から図16までにをそのまま紹介する。複数出た意見には下線を、
頻繁に出た意見には二重下線を引く。
図10 日本語成績向上のための討論会の様子
73 1班の意見
<なぜ日本語の成績がよくないのか?>
1. 重要度が低い。
2. 独島(日本名、竹島)紛争のため。
3. 日本語に興味がないから。
<改善策と意見>
1. 日本語に興味が持てるような媒体が必要。
2. 敵に勝つためには敵国の言語と文化を知るべき だ。
3. 日本からかわいい女子高生を先生に招聘。
4. 日本を敵と見なすべきだ。
2班の意見
<なぜ日本語の成績がよくないのか?>
1. 興味がなくなったから。
2. 山勘で答える子たちが多いから。
3. ひらがなとカタカナが分からないから。
4. 外国語は英語1つでもう精一杯だから。
<改善策と意見>
1. 参加度と興味度の高い授業。
2. アニメ・日ドラを活用する授業。
3. テストの難易度を下げる。
4. 索漠な男子校の雰囲気一新のために美貌の 女教師を招聘する。(ただし!美貌の持ち主で はない場合は副作用が起こりうる。)
図11 1班の意見
図12 2班の意見
74
3班の意見
<なぜ日本語の成績がよくないのか?>
1. 科目に対して興味・必要性が×。
2. 日本が独島(日本名、竹島)を自分の領土だと 言い張って、韓国の女子芸能人を変態みたいな 目で見るから。
※日本の女子は、9割以上がブスだ。
<改善策と意見>
1. 文法は練習問題のあるプリントで教える。
2. 授業時間に参加を促す。Only日本語。
3. 美人先生を招聘する。
4. 韓国語訳のある単語リストを配る。
4班の意見
<なぜ日本語の成績がよくないのか?>
1. 興味×、面白さ×
2. カメラ恐怖症☆(☆は強調の意味) 3. テストが難しい。
4. ☆teacher is not fun。(☆は強調の意味) 5. にわか勉強ができない。
6. 大学受験と関係ないから(必須×) 7. 一回、遅れてしまうと挽回ができない。
<改善策と意見>
1. テストで簡単なものを出す(難しすぎる)。
2. カメラを退けてもらう☆。
3. にわか勉強ができるように問題を出す☆。
4. 成績が向上した人には賞品をあげる。
5. 遅れても挽回できるように問題を出す。
6. 映像を見せる(アニメ・日ドラ・映画) 図13 3班の意見
図14 4班の意見
75
上記の討論会での生徒たちの意見を見ると、S組の生徒たちは自分たちの日本語成績 の不振の理由として主に「日本語に興味がないから」、「日本語は大学入試と関係がな
5班の意見
<なぜ日本語の成績がよくないのか?>
1. 大学進学や進路に役に立たない。
2. 社会的な雰囲気のため。
3. 尖閣諸島をめぐる国際的問題。
4. ギャルさんがいるから。
<改善策と意見>
1. 日本見学。
2. 日本の女優を招請。
3. 招請した女優の映像を鑑賞。
6班の意見
<なぜ日本語の成績がよくないのか?>
1. 日本語の勉強をしないから(入試と無関 係)。
2. 日本語に興味がない。
3. 先生が生徒とコミュニケーションをしなが ら興味を促していないし、生徒たちをちゃん と導いてくれない。
4. 主要科目と日本語が中間・期末テストで一 緒になっているから
5. 日本語を文法中心に学んでいないから。
<改善策と意見>
1. 日本語学習のメリットを教えてほしい。
2. 先生が面白い授業をしてくださる。
3.日本語にはあって韓国語にはない文法の違 いを説明してくださって、文章を書く能力が 養えるようにしてもらいたい。
図15 5班の意見
図16 6班の意見
76
いから」を挙げていることが分かる。これは第4章で検討した韓国の日本語教育上の問 題点としての「学習者不熱心」の明白な証拠と言える。なお、「ナ先生の授業が面白く ないから」という理由も3つのグループから出ており、生徒たちはナ先生の授業に対し て面白くないと考えていることも分かる。3つの主な成績不振の理由は、どれもナ先生 を十分挫折させるようなものであると考えられたが、ナ先生は10月限定の2CFの1回目 の場で生徒たちの意見について以下のように語っていた。
トピック<教育12-5>から(日本語訳) 崔:全部もう(前から)出てた話ですよね?
ナ先生:うん…、全部出てたんだけど、うん…これをこういうふうに1回書いてみて、話 し合ってみて、発表することで次の時間に僕がこう入った時、この子たちが…「あ…、先 生がこういう時間を持たせるまでだったんな」と思ってくれて、少しは僕に心を開いてく れないんじゃないかな…、もうちょっと心を開いてくれないんじゃないかって…。<中略>
ひたすら進度進めるよりはこういう、1時間作ってこういうのをやってみることで子ども たちももう1回…「うぉ~!」と、改めて、「改めて(日本語で)」……日本語の授業につ いて考えられるんじゃないかな、と考えてるんだ。
上記の対話から、ナ先生は生徒たちから実質的な意見をもらうことを目的として討論 会を開いたわけではなく、生徒たちが討論会をきっかけに日本語の授業について真剣に 考える機会を与えるとともに「日本語の先生」に心を開いてくれることを期待して討論 会を開いていたことが分かる。なお、日本語が大学入試と無関係であるため、興味を持 ってくれないという点はナ先生自身が誰よりも痛感していることであり、特に初めて聞 くようなものではなかったことも分かる。ところが、討論会直後の2CFでナ先生は録画 映像で生徒たちの討論会の様子を見ながら徐々に落ち込みはじめ、「制約による教師の 思い込み」が復活してくるようになる。以下に関連する対話を紹介する。
トピック<教育12-9>から(日本語訳)
ナ先生:でもさ、僕はこういう授業がすごくいいと思うのは、このようにすると子どもた ちが主人公になるんじゃない?それはすごくいいと思うんだ。
崔:ええ……。
ナ先生:けど……、これが果たして授業に繋がるのだろうか…
崔:ううん…、授業になるといきなり首ががっくと…(うつむくジェスチャー) ナ先生:うん、やらない、やらないと思う。
上記の対話では、表では平気そうに淡々と発言していたナ先生であったが、生徒たち の発言と行動を映像を通してもう1回見ていくにつれて、挫折感が高まっていき、「生