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実践が元通りになる

ドキュメント内 日本語教育実践はどのように改善されるか (ページ 82-104)

第5章 韓国の高校での事例:ナ先生の事例

2.4 実践が元通りになる

筆者は、生徒たちとの討論会とカンファレンスをきっかけにナ先生が2012年9月のよ うに実践を分析して、組み立て直すことで刷新を図ることを期待していた。しかし、そ の次の授業で、ナ先生は進度は進めず、生徒たちに前回の授業での討論会の映像を少し 見せて、残りの時間は日本ドラマを見せていたのである。ナ先生が討論会の映像を見せ たのは、生徒たちに自分たちの様子を見せて討論会の振り返りを個別的にしてほしいと いう理由からであった。実際に、生徒たちは興味津々に討論会での自分たちの様子を見 ていた。また、日本ドラマを見せた理由は、進度もそこまで遅れたわけではなく、以前 見せたドラマの完結編を見せたかったからであった。生徒たちに自分たちの討論会の様 子を見せたのは、日本語の授業に対してまた考えさせる機会を提供したという点で筆者 も評価していた。しかし、ドラマを見せたのは、討論会によって生徒たちの自発的な参 加がせっかく活発化したことを十分生かしたこととは評価しにくかった。ナ先生が201 2年5月の3CFの時のように、また「楽にできる授業」をしていたと考えざるを得なかっ たのである。これに対してナ先生は以下のように認めている。

79 トピック<教育22-16>(日本語訳)

ナ先生:僕がこう適~当に諦めてしまうのがさ、いちいち気にするとキリがないから、僕 ももう適当~に諦めてしまうみたいなんだ。でも、相当諦めてるようね、今日こう見たら。

崔:うんん……、でも、もうこのぐらいだと、もう「聞きたい子だけ聞いてね」という…

ナ先生:そうなっちゃったね。<中略>2学期になるとね、もっともっと大変になるんだ、

子どもたち間の(実力の)ギャップが広がるから。ついてくる子たちも少なくて答えてくれ る子たちも……日本語は…、第二外国語、外国語だという心理的な負担がすごく大きいみ たいなんだ。そこで、入試でも第二外国語を取り入れようとしないみたいだし。子どもた ちに負担を与えるからって。

上記の対話でナ先生は、自ら「諦めている」と語り、生徒たちの日本語学習の動機付 けと実践の改善のための「意欲を失っている」自分を認めている。そして、生徒たちの 意欲の無さは大学入試制度にあることを2012年5月のカンファレンスの時と同じく主張 している。実践の言語化と分析に続く再構築の対話のパターンは見られず、現実を主張 する傾向に戻っていたのである。自分の実践が置.......

かれている「社会の文脈」を理解して.................

いるにもかかわらず、その理解から実践を分析し、変化を与えようとしていなかった......................................

の である。その背後には「制約による教師の思い込み」があったのである。ナ先生にとっ ては入試制度による学習意欲の無さが現実であろうが、それを語るだけでは実践に何ら の変化は起きず、自身も無気力になるしかないということは、2012年5月と9月の経験 を通してナ先生も実感しているものであった。現実を語らず、実践を分析して次の実践 を組み立て直すことで大きな実践と生徒たちの変化を味わったナ先生である。そのナ先 生の実践が「ピア・サポート」開始直前のような状態に戻ったのである。これについて 筆者とナ先生は筆者考案の省察シートを見ながら以下のような対話をしていた。

トピック<教育22-17>から(日本語訳)

ナ先生:だから、僕の授業のキーワードはいつもこれなんだよ、「水準別授業」。教室内 での自己水準別授業、自分の水準に合うものを自らしてもらいたいということで、自己主 導学習、え……、だから、これが言い換えると、学生中心の授業ということなんだ、自己 主導、学生中心の学習、協力学習。だから僕が望むのはただ日本語の時間にね?自分に合 うものを生徒たちにやってもらいたいんだ。自分の…、僕にしがみつかないで自分に合う ものを自分でやりながら分からないものを隣の友達にも聞いてみたり、また僕にも聞いて みたりして、ね?けど、それがなぜできないのか?じゃ、まずは入試制度なんだ。うん、

僕がここ(省察シート)に「学習者の学習動機の皆無」と書いたんだけど、学習動機の無さ

…の理由は、

崔:原因は入試制度?

ナ先生:このう……徹底的に入試制度の下で子どもたちが生きてるんだけど、ええ……日

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本語は入試から外れてるということなんだね。<中略>実際の僕の授業はどうなのかという と、うまく…、うまくいかないから僕が今やってるのは、あのう…、それが、それ…、今、

そのうまくいってない理由は学習の動機づけがないという話なんだね。学習動機がなぜな いのかというと、入試に苛まれてる子たちなんだから、入試科目から外れてると、「ひゅ

……」と休みたくなるんだ。うん、みんな入試から入試から外れてるとそれはまた違って くるんだ。でも、入試でいくつか、いくつかの科目に子どもたちが押しつぶされそうにな ってる状態で、日本語という科目が…こうあるんだけど、「こいつは入試から外れてるん です」っていうから「ああ、この時間には休んじゃってもいいんだね、休みたい」という ふうに思っちゃうわけ。

上記の省察シートを媒介としたナ先生と筆者との対話では、ナ先生が「今の」自分の 実践をありのまま言語化している。上記の対話から、ナ先生の目指す授業は「学生中心 の水準別授業」であるが、入試制度のため、生徒たちに日本語学習意欲がなくて目指す 授業が出来ず、実践の改善が難しいと捉えていることが分かる。入試制度が実践の改善 を妨げる原因であると捉えているため、改善策も当然実践に求めるのではなく、空虚な 制度批判になるしかない状態になっていることも分かる。実践を取り巻く文脈が厳しす ぎるため、実践改善上の問題点に徐々に気づかなくなるという悪循環に陥っているとも 言える。また、このナ先生の自分の実践上の問題点を実践から求めない傾向が更に強く なっていることも分かる。2012年9月での「ピア・サポート」を通して、あれほど楽し く、躍動感あふれる授業に変化させたのにもかかわらず、「制約による教師の思い込 み」が復活していたのである。結局、ナ先生の実践はどうなったのであろうか。次は、

「ピア・サポート」遂行期間の最後のナ先生の授業の様子を紹介する。

第3章の2.3で前述したが、2012年10月はナ先生からの要望があり、ナ先生と筆者、

ミレ先生と筆者の2人ずつで2CFだけを2回ずつ行うことで「ピア・サポート」のデザイ ンを一時的に変更していた。2012年の11月にはまた「ピア・サポート」のデザインを 変更させ、3CFを1回だけ3時間半以上にわたって行うことにした。

2012年11月の3CFで対象となったナ先生 の授業は、2012年11月13日に実施した第6 課「がんばってください」の「書いてみま しょう」活動であった。図17のように、こ の日は生徒たちが授業が始まったにもかか わらず、席に座っていなかったり、雑談三 昧だったりしていて非常に騒がしい雰囲気 であった。しかも、日直の生徒がいるにも かかわらず、誰も前の授業の板書を消して おらず、ホワイトボードにはそのまま板書 図17 授業が始まっても騒がしいS組の様子

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が残っていた。ナ先生は自分で前の時間の板書を消し、マルチメディア機材のセッティ ングを黙々とし、生徒たちを黙って見つめて落ち着くまで待っていた。何分を待ってい てもなかなか生徒たちに落ち着く様子は見られず、多くの生徒たちの机には教科書も置 いていなかった。結局、黙って見ていたナ先生は生徒たちに授業態度について怒り出し、

図18のように20分にわたって長い説教をするに至った。

ナ先生の長い説教を聞いていた生徒たち は、1人ひとりうつむきはじめ、クラス全体 に重苦しい空気が漂っていた。授業観察を していた筆者も呼吸ができないほどの息苦 しさを感じていた。長い説教の後、ナ先生 はようやく授業内容に戻り、教科書の進度 を進めていたが、ナ先生が質問をしても生 徒たちの反応はほとんどなく、教室内に教 師と生徒との間に見えない壁があるような 感じであっ た。ナ先生は「ピア・ サポー ト」前のインタビューで「生徒のことは何

でも理解できる」、「怒らないで生徒と接する」と語っていたが、それとは相反する行 動に出ていた。しかも、生徒を優しさで巧みに授業に取り戻すことなく、「とりあえず、

集中して頑張るのだ」という発言を繰り返しており、生徒たちの意欲を十分導き出すこ とはできなかった。以下にその日のフィールドノーツの一部を紹介する。

2012年11月の3CFで、ミレ先生と筆者は、生徒たちのサポートのための教室運営と 副教材の作成などを助言していたが、ナ先生はそれに対して以下のように語っていた。

・教師は、生徒たちの騒いでいる様子をじっと黙って見ている。

・教師が我慢できず、騒々しさと授業準備不足(教科書を出している生徒が半分にも満たな かった)について怒りはじめた。

・教師は何分間も説教中。説教に生徒たちは黙っている。

・説教とはいえ、権威的に怒っているようには見えない。

・これまで溜まったものでもあったのか、説教が10分以上続いている。教師の説教をちゃん と聞いているかどうかは分からないが、ほとんどの生徒はうつむいている。

・教師の説教中、一番後ろの席の生徒は寝はじめた。

・15分経過。今も教師も説教は続いている。説教の影響か、教室の空気が重くて息苦しい。

・息苦しさから教師と生徒との間に見えない壁があるような感じがした。

<2012年11月13日のフィールドノーツから>

図18 説教をするナ先生とうつむく生徒たち

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