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実践に活気を取り戻す

ドキュメント内 日本語教育実践はどのように改善されるか (ページ 67-75)

第5章 韓国の高校での事例:ナ先生の事例

2.2 実践に活気を取り戻す

3回目の3CF以降からは、ナ先生が筆者に教室に来て直接録画をして観察もしてほし いという要望があったため、2012年9月から月1回の予定だった授業観察が急遽、毎週2 回の頻度に変更することになった。週2回の授業観察についてはミレ先生にも同意を得 て、2012年9月から同年11月までは毎週、E大学でも授業観察を行うことになった。ち なみに、3回目の3CFで対象となった2012年9月11日の授業は授業観察を行わっていな い。本項で取り上げる2012年9月19日の授業からは、毎回、授業観察を行ったため、筆 者作成のフィールドノーツも併用して示す。

2012年9月19日の授業で、ナ先生は最初から前回の授業とは変わっていた。笑顔であ ったのである。前回の授業では、硬い表情で眉間にしわを寄せる様子もよく見られてい たが、この日の授業では、図6のように、笑顔で授業を始めていたのである。当然、生 徒たちの顔にも笑顔が移るかのように広 がっていた。和やかな雰囲気で授業を笑 顔で進めていたためか、生徒たちはナ先 生の質問にも自発的に手を上げて大きい 声で答えたりして先週と同じクラスの生 徒たちとは思えないぐらい積極的になっ ていった。以下にフィールドノーツを紹 介する。

・特に活気があるわけではないが、自発的に手を挙げて発表する生徒も5~6人いる。

驚いた。

・なぜこのように自発的に、また積極的になる生徒がいるのか。その原動力は何か?

・先週の観察ではあまりやる気のなさそうだった生徒も自発的に発表している。それは

「「賞点」」のためか?

・先週より全体的に集中している様子。その理由は?

・教師の板書を体勢を変えながら見ようとする生徒もおり、半分以上の生徒は授業に 集中している様子。

<2012年9月19日のフィールドノーツから>

図6 笑顔のナ先生と集中する生徒たち

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2012年9月19日の授業では、第5課「いっしょに行きませんか」の「書いてみましょ う」活動をしていたが、ナ先生は笑顔で前回の授業での学習内容を生徒たちに質問し、

手を上げて答えた生徒には黒板に名前を書いて「賞点」を10点あげていた。生徒たちの 中で笑いが上がり、楽しそうな様子であった。「賞点」とは、韓国の中高で近年よく使 われる生徒指導の一環であり、賞賛すべきことをした生徒に与える点数のことである。

一方、校則違反や授業態度の悪い生徒には罰点が課せられ、罰点がある点数以上になる と懲戒を受けることになる。ナ先生は、この「賞点」をこの日の授業で利用しているの である。ナ先生は、今回の授業では、前回のように一方的に進度を進めるのではなく、

これまで勉強した内容の中で、短い文を口頭で提示し、生徒たちに自主的に手を上げて 黒板に書いてもらう形で「書く」活動を進めていた。その時、生徒の出来によって10点 から5点の「賞点」をあげていた。「机の上に本があります」という短文を提示し、1人 の生徒を指名して黒板に書かせたが、「つ

くえうしるほと」と書いていた。これを書 いた生徒は、このクラス成績トップの生徒 であった。成績トップの生徒でも9月にな ってもまだひらがなすら覚えていない状態 であった。ナ先生はインタビューで日本語 の授業で英語や数学の勉強をしている生徒 もいると語ったが、この生徒もそのような 生徒である可能性があると考えられる。そ れでも、少しでも書けたため、「賞点」を

5点をもらった。その後、次々と短文を提示し、生徒たちに前に出てもらって書かせて いった。その時、生徒たちは「おい、○○、前に出て書けよ」とある生徒を名指してい たが、その生徒は日本のアニメが好きで日本語を独学している生徒であった。ナ先生は その生徒に「だいじょうぶ」を書かせてみたが、この生徒は意外なことに「だいしょ ぶ」と書いており、10点ではなく5点の「賞点」をもらうにとどまっていた。

この日は、生徒たちも一方的に教師の説明を聞いたり、TVを見ながら無気力に練習 を繰り返したりすることなく、生き生きしていて反応もよかった。授業が中盤に向かう ところで、ナ先生は提示した短文を2回ずつ書いてみるように指示し、机間巡視をした。

全体的に1人ひとり集中して書く練習を取り組んでいる様子であった。この生徒たちの 自発的かつ積極的な態度に筆者は少なからず衝撃を受けていた。これまで意欲もなく、

「幽体離脱」しているかのように見えた生徒たちが、意外とひらがなをかなり覚えてお り、単語もたくさん知っていたのであった。筆者は、目の前の光景を見て、ナ先生がイ ンタビューと1~3回目のカンファレンスで主張したように「日本語の学ぶことを諦めて いて、ひらがなすら覚えていない生徒が半分以上」とはとても思えなかった。これまで、

録画映像を見たり、授業観察をしたりしながら筆者の目にも明らかに反応がなく、ぼー 図7 ホワイトボードに賞点と生徒名を書く

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っとしていたり、寝ていたりしていた生徒は確かに数人いた。ところが、その生徒たち が、ナ先生の質問に手を上げて正確に答えており、ひらがなもすらすらと書けていたの である。以下にフィールドノーツを紹介する。

ナ先生が授業スタイルを反復学習から学生が自発的に参加する形へ変え、「賞点」を 利用しながら笑顔で授業を進めて和やかな雰囲気作りをすることで生徒たちの態度も変 わり、これまで見せなかった日本語学習の進捗も見せ付けていたのである。というのは、

結局、ナ先生の実践改善上の困難点は、専ら生徒側や教育制度にあるとは言えなくなり、

ナ先生自身の問題、つまり「制約による教師の思い込み」とそれによる実践改善のため の「意欲の無さ.....

」であったことになるのである。「ピア・サポート」を通して、痛烈な 自己反省をしたナ先生は、実践の改善のための「意欲」を取り戻し、授業を組み立て直 したことが、この授業で見事に成果として現れたと言える。まさに「協働的エンパワー........

メント」が「ピア・サポート」を通して起きていた.......................

と言えるのである。また、生徒たち の集中度も高く維持されており、ナ先生が育てたいと語っていた「凝集力」の向上も見 られていた。

授業の後半になって、ナ先生は1人の生徒を指名して日本語で曜日名をひらがなで書 かせていた。その生徒は、教室の右側の後ろに座っていて、いつも雑談をしていたり、

寝ていたりする生徒の1人であった。ところが、その生徒はすらすらと「げつようび」

をひらがなで立派に書けていたのである。ナ先生にも、筆者にも驚くべき瞬間であった。

他の生徒たちもその生徒が曜日名をひらがなで書いていく様子に注目していた。ナ先生 が残りの曜日名を口頭で教えると、今度は全ての曜日名をひらがなで書いていき、教室 では拍手が上がっていた。ナ先生は、その生徒に「賞点」20点をあげていた。その後は、

生徒たちが各自、書く練習をするように指示し、ナ先生は机間巡視をしながら生徒たち を1人ひとりサポートしていった。

個人で練習をした後、ナ先生が提示する単語をひらがなで書いてみる人がいるかを聞 いたら、あちらこちらで手が上がっていた。1人の生徒に前に出てもらって「あさごは ん」を書かせた。「あさごん」と書いたが、ひらがなをかなり覚えていた。また、図8

・生徒たちが意外とたくさんの単語を知っている!これはやはり反復練習のためか。

・反復練習+活気がシナジー効果をもたらしたのか。

・K君がこんなに上手だったのか?!やっぱり何も言わないで黙っていてもかなり学習は 進んでいる生徒はいるものだった。「見えるものが全てではないのだ」!

・2回ずつ書いてみろという教師の指示にほとんどの生徒が従っている。今日の授業では なぜこのように集中度が高いのか?騒がしさもなく、寝ている生徒も1人もいない。

<2012年9月19日のフィールドノーツから>

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を見れば分かるように、この生徒の間違い を見て「はい、はい!」と手を上げる生徒 が数人いた。最後までこの集中度と楽しい 雰囲気は続いていた。先週と同じクラスと は思えないほどの変化であったのである。

ナ先生が授業に変化を与えたことで、同年 の5月と9月前半と同じクラスの生徒たち とは思えないほど、変わっていたのである。

以下にフィールドノーツを紹介する。

思春期の生徒たちは敏感なものである。嫌な顔をしてしぶしぶと授業をする教師と笑 顔で楽しそうに授業をする教師ぐらいは見分けられるのである。また、嫌な顔でしぶし ぶと授業をする教師には同じ態度を取り、楽しそうに授業をする教師にはまた楽しそう に反応するのは、教師なら誰もが経験する通常的なことと言える。ナ先生が笑顔を取り 戻して、反復学習を一時的にでも止めて、「賞点」を利用して生徒たちの参加を促した 授業に変えたことは、そういう意味で、生徒にはすぐ伝わっており、そこで授業態度も 変わり、日本語への興味と学習進捗状況も見せていたと考えられる。教師が変われば、

生徒も変わり、授業も変わり、互いも意欲的になるということが上記の事例で明らかに 確認できるのである。そういった点で、現在の韓国の高校の日本語教育の現場で実践の 改善のための意欲を失っている教師たちに上記のナ先生とナ先生の実践と生徒たちの変 化は大きな示唆を与えるに違いないと考えられる。

上記のナ先生の授業の変化から、実践者が「意欲を取り戻し」、実践に新しいことを 試すことで実践者の目指す方向へ変化は起こることが確認できた。以下にそれに関連す る5回目の3CFでのナ先生の語りを紹介する。

・生徒から「するとやるの違い」について質問が出た。授業終了間際になっても自発的に質 問をしてくる生徒がいるのを見ると、普段も日本語に興味を持っている生徒は複数いるよ うだ。

・廊下側の一番後ろの赤いジャンパーの子がこんなに日本語授業に関心があったのか。

先週は終始雑談をしていたのに別人のようだ。

・W君がここまで上手だったとは知らなかった。W君のほかにもたくさんの単語を知っている 生徒は複数いた。

・50分が経過し、授業はもうすぐで終了するにもかかわらず、集中度は維持されている!

これは教師が休むことなく質問をして答えてもらっているというやり方のためなのか。

<2012年9月19日のフィールドノーツから>

図8 意欲的に手を上げて発表する生徒たち

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