第3章 CIO のコア・コンピタンス
3.5. 日本におけるコア・コンピタンスと CIO 人材育成
日本でも経済産業省が2004年3月に情報経済基盤整備「情報システムの政府調達の 高度化に関する調査研究」として,CIO育成のための「日本版コア・コンピタンスと学 習目標」を策定し,公表している.日本版コア・コンピタンス並びに学習目標の詳細は,
巻末の資料を参照されたい.経済産業省のコア・コンピタンスに対する考え方としては,
CIOのコア・コンピタンスは基本的にはどの国でも変わらず,コア・コンピタンスが若 干変わるとともに,法や組織が異なるために学習目標が変わることに注目している.ま た,米国の学習目標は文章化されており,網羅性は高いがカリキュラムを作る際には,
一覧性が低いなどの問題がある,と指摘している.また,米国の学習目標は項目が多く,
十分に整理が行われていないとも言及している.
このことから,経済産業省は米国版CIOコア・コンピタンスを参考にして,日本の現 状に合わせたコア・コンピタンス・学習目標の取捨選択,あるいは追加を行い,学習目 標をタイトルレベルで作成している.日本版コア・コンピタンスと米国版コア・コンピ タンスの大きな違いは,日本の行政機関の特徴を加えたことと,アクセシビリティなど の重要項目を付加している点にある10としている.
日本版CIOコア・コンピタンスで評価できる点は,米国版に比べ,学習目標ごとによ く整理されている.そして,「13.社会環境と技術」という新しいコア・コンピタンス を追加し,米国版で不足している将来観測や,社会問題解決の領域まで踏み込んでいる 点である.しかし日本版コア・コンピタンスには次のような問題もある.
第一に,コア・コンピタンス/学習目標の量的問題である.経済産業省が発表してい る,日米CIOコア・コンピタンスの対比表は表6の通りである.日米の既存のコア・コ ンピタンスと学習目標の相違点を把握するために検証データとして紹介した.左側が米 国版であり,右側は日本版である.各学習目標の標記の仕方は全く同一ではないが,同 一とみなされるものは やじるし記号(→) で表されている.日本版で薄く色づけさ れている学習目標(たとえば1.6 官民の役割分担や,1.7予算策定と執行)は,経済産 業省が新規に追加した項目を表している.
すると,経済産業省が指摘する米国版学習目標の量的問題については,実際には日本 版のほうがそれをはるかに上回ることが分かるだろう.また,小項目レベル(巻末資料 参照)も同様であり,日本版は合計589項目で,米国版の370項目(1999年),564項 目(2004年),553項目(2006年)より格段に多い.
表 6 日米CIOコア・コンピタンス対比表
Table 6 The comparative table of CIO Core Competencies between Japan and US
出典:経済産業省が公表している日米CIOコア・コンピタンス比較表
第二に,日本版学習目標の項目の曖昧さである.米国版の学習目標は文章化されてい る一方で,日本版はキーワードで集約されている.カリキュラムを作成する場合の一覧 性を追及する目的としているが,How Toまで網羅されていない.たとえば次の日本版 コア・コンピタンス1.0政府・自治体1.7 予算策定と執行 を例に挙げてみる.
1.0(大項目=コア・コンピタンス)「政策・組織」
1.7(中項目=学習目標) 予算策定と執行
(小項目) ①予算制度
②予算策定プロセス
③予算案評価
④予算執行調査 ・・・
たとえば上記の場合,予算策定プロセスの策定なのか,あるいは既存プロセスの見直し なのか,予算執行調査のフレームワーク作りなのか,実施なのか曖昧である.
第三に,日本版コア・コンピタンス/学習目標の浸透率の低さである.本来CIOの核 であるコア・コンピタンスや学習目標は,CIOの活動の指針となるべきものであり,ま たCIOの導入や設置を実現化できない組織にとっては羅針盤となるべきものである.し かしながら,日本ではCIOを育成するための大学院レベルの教育機関はほとんど存在し ない.早稲田大学にCIO・ITコースが大学院レベルで2005年秋にスタートしたが,日 本のCIOの人材不足を補完するには,こうした教育機関が早急に設立され,環境体制が 整備されなければならない.
そのほか,高度IT人材の不足を解消するために,2006年1月からスタートした「IT 新改革戦略」の元で,大学院などの高度 IT 人材育成の拠点整備に向けた取り組みが推 進されており,高度 IT 人材育成もこの枠組みに含まれる.日本政府の各府省庁/自治 体における高度 IT 人材の育成は,役割やスキルを標準化しつつ,それぞれの組織に見 合う適切なコア・コンピタンスを構築することに始まる.官民の差はあるものの,高度 IT 人材には 差異 や 特異性 を追求し,IT とイノベーションの融合の実現のため の使命がある.その IT リーダーの資質・条件の骨格が,コア・コンピタンスであると するならば,時宜に見合ったコア・コンピタンスを構築し,組織の独自性と効率的なシ ステムを生み出してこそ,組織全体のアーキテクチャーの寄与に貢献することができる だろう.
さらに,2006年7月26日には「重点計画2006」がIT戦略本部で決定された.「世 界に通用する高度 IT 人材の育成,産学官連携体制の構築」に関し,様々な視点から論 じられている.高度 IT 人材の育成に向けた総合的な取り組みとして,プロジェクト・
マネジメント,IT アーキテクト,IT コーディネーター,組み込みソフトの専門家など の高度IT人材の育成推進,さらに産業界における高度IT人材の需給のミスマッチを解 消するのが狙いである.具体的には,
―大学などにおける実践的高度IT人材の育成
―世界に通用する高度IT人材育成拠点の形成
―高度情報通信人材育成プログラムに関する調査・開発 IT教育の確立
―社会における高度IT人材の育成
―インターネットなどを用いた遠隔教育の促進,が挙げられる.
また,政府機関における情報セキュリティ人材分野の戦略的な人材育成の必要性を唱 えている.同時に 2006 年度に情報セキュリティ関連の高等教育機関での多面的,総合 的能力を有する人材育成などの推進を重点計画として述べている.
2006年8月 31日には,「電子政府推進計画」が各府省 CIO連絡会議で決定された.
内容は各府省のPMOなどを整備し,多くの業務システムにおける最適化を推進するた め,これらを担う内部人材を計画的に育成する事が必要であり,CIO連絡会議の下に総 務省が中心となって2006年度末までのできる限り早期に各府省の実態などを把握の上,
内部研修の充実・強化,民間研修の積極的な活用や PMOなどの部門における人事交流 の推進などを目的とするものである.各府省は同指針に基づき,「情報システムに精通し,
業務改革を推進する内部人材の具体的な育成を図る」と言及している.
既にCIO補佐官制度が開始されて4年が経ち,同時に業務・システム最適化計画も同 様な段階であり,今後PMOの設置からシステム開発という次の段階に入る.IT人材育 成は各府省でいろいろな形式で実施されている.たとえば経済産業省の場合は次の通り である.2,3 年前から各プログラムにつき10 名から 20名位の規模で,次のような研 修を実施している.
・ 情報政策,技術,産業基礎研修(7日間)
・ ITスキルアップ基礎研修(8日間)
・ システムアドミニストレーター基礎研修(4ヶ月及び15日間)
・ 情報関連法令研修(7日間)
・ 情報セキュリティーアドミニストレーター研修(4ヶ月及び15日間)
・ IT調達技術法研修(8日間)
・ CIO/CTO研修(3日間)
対象職員は,新人事制度で,情報分野で将来登用されることを希望する人たちという 事で,講師はほとんどが経済産業省の情報政策課などの職員だが,「CIO/CTO 研修」
のみ,外部ITコンサルタントの講師をむかえて研修を実施している.
経済産業省の研修はもとより省庁によっても人材育成策は異なる.言うまでもなく高 度IT人材育成の標準化モデルは皆無である.日本版CIOコア・コンピタンスの普及と 人材育成の早急な定着が望まれる.人材不足の原因は,こうしたCIOに求められるニー ズを満たす研修プログラムや大学院教育が十分に整備されていない点にある.