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2 欧州各国における電力・ガス小売市場の競争評価

2.7 アイルランド

2.7.2 料金規制の存廃状況

2.7.2.1 電力小売市場

(1) 規制料金撤廃に向けたロードマップ 1) 概要

アイルランド規制機関CERは、規制料金撤廃に当たり一定の閾値を設定の上、その是非に ついて判断しており、2011年4月には規制料金を完全に廃止した。規制料金撤廃の検討に当

たり、2009年2月、CERは、「規制撤廃に向けたロードマップ案156」(以下、「ロードマップ

案」という。)を発表しており、2010年1月までパブリック・コンサルテーションを実施して

きた。2010年4月には、最終版として「規制料金廃止に向けたロードマップ157」(以下、「ロ

ードマップ」という。)が発表され、市場画定の考え方、評価指標及びその閾値等について 詳細が示された。

2) ロードマップの詳細

① 市場画定の考え方

電力小売市場における競争レベルを評価するに当たり、CER は、境界(boundaries)を設定 する必要があるとしている。ロードマップ案では、市場画定(Relevant Market Definition)に関 して以下に示す3つの論点が示された。

・ 論点1: 電力とガスを、それぞれ別の小売市場として捉えるか

・ 論点2: 電力市場は、国境によって画定されるか

・ 論点3: 顧客分類の違いによって、別の市場として捉えるか

これを受けたコンサルテーションを経て、ロードマップでは、以下の方向性が示された。

(論点 1: 電力とガスを、それぞれ別の小売市場として捉えるか)

コンサルテーションでは、BGE社から、“消費者は、電力とガス間のスイッチングに関し て、一定の支出を生じることなく簡単に実行できるということはないため、この 2 つは別 の市場として捉えるべきである”とする意見が寄せられた。CER は上記見解について同意 しており、“電力小売市場とガス小売市場は、別個の市場として評価されるべきである”と いう結論に達した。

(論点 2: 電力市場は、国境によって画定されるか)

当該論点は、アイルランド単一市場(Single Market for Ireland Only)を巡る問題である。ロ ードマップ案では、“北アイルランド地域は、スイッチングシステムに係る制約が存在して

156 CER「Review of the Regulatory Framework for the Retail Electricity Market –Proposals on a Roadmap for Deregulation-」

<http://www.cer.ie/docs/000818/cer09189.pd >

157 CER「Review of the Regulatory Framework for the Retail Electricity Market –Roadmap for Deregulation-」

<http://www.cer.ie/docs/000818/cer10058.pdf >

おり、そのため現状ではアイルランド単一市場の一部を構成するとみなすことは出来ない”

とする考えが示された158。最終的にCERは、アイルランド市場と北アイルランド市場は別 の市場として扱い、その境界は国境によって画定されることとした159

(論点 3: 顧客分類の違いによって、別の小売市場として捉えるか)

ロードマップ案において、CERは、1)大規模需要家、2)中規模業務用需要家、3)小規模業 務用需要家、4)家庭用需要家からなる 4 つの関連市場を提案した。また公衆用電灯(Public

Lighting)も関連市場として取り扱うことを提案しており、上記の4つのどこに分類したらよ

いか問題提起を行った。コンサルテーションでは、CERによる4つの関連市場については、

広範な賛同があった。以下、コンサルテーションにおける主な意見とCERの見解を示す。

表 2-44 4つの関連市場に係る主な意見とCERの見解

(出所) CER「Review of the Regulatory Framework for the Retail Electricity Market –Roadmap for Deregulation-」よりMURC作成

検討の結果、CERは、当初の通り、上記4つの関連市場としての定義が適切だという結 論に至った。また公衆用電灯については、中規模業務用として分類することとした。

158 コンサルテーションでは、当該見解についてBGE社やESB PES社が賛成を表明したのに対し、NIE は当該見解に対し異議を唱えた。CERは、NIE社に一定の理解を示しつつも、北アイルランド地域の小売 供給事業者は、アイルランド市場において無制限の競争が出来るものの、逆に“北アイルランド地域外”の 小売供給事業者が、北アイルランド地域に進出することは(システム制約上)出来ないことを指摘した。

159 この市場画定の考え方は、ロードマップ案でも示された通り、2012年に予定される調和プロジェクト (Harmonization Project)が完了した段階で再度検討することとした。

分類 主な意見 CERの見解

拮抗購買力 (countervailing buyer power)

“拮抗購買力”は、市場画定よりも、競争レベルの計 測時において、より適切な指標となる(ESRI社、アイ ルランド競争当局)

拮抗購買力は、市場画定において利用すべきでない とする見解に賛同。拮抗購買力は、競争的市場分析 の一部として利用されるものであり、市場画定とはそ れほど関係性がない

代替連鎖 (chain of substitution)

“代替連鎖”による影響が、業務用需要家市場におい ても起こりうるか問題提起(NIE社、ESRI社)

代替連鎖に係る懸念は、起こり得ない。具体的に は、業務用需要家は、一般的に、電力使用量の把握 にあたり隔絶されたメータリングポイントとなっている ため。

供給側の視点から、単純に“小規模需要家”と“大規 模需要家”という2つの分類にすべき(NIE社)

欧州委員会の市場定義通知(Market Definition Notice)では、需要側の視点も重要であることを指摘 EUの定義に従い、大規模(LEUs)、小中規模業務用

(SMEs)、家庭用の3つに分類すべき(ESBIE社)

アイルランド市場を鑑みつつ、EUガイドラインにも準 拠し、市場画定

既存の電気料金構造を踏襲。卸取引におけるリスク や供給費用管理が考慮されていない(VP&P社)

市場画定にあたって、需要家側の詳細条件は特に 考慮しない

需要家分類

② 評価指標の検討 (市場分析)

CER は、競争レベルの評価に使用する定量的・定性的指標について様々な角度から検討 しており、最終的にロードマップでは以下の評価指標が示された。

・ 各市場における小売供給事業者数

・ 既存事業者(及びその関連会社)及び独立系供給事業者の各市場シェア

・ 新規参入、拡大及び退出障壁(例: 埋没費用、スイッチングシステム及びプロセス、ブ ランディング、関連市場におけるスイッチングレベル、非差別的ネットワークアクセ ス及び卸電力商品へのアクセス)

ロードマップ案では、評価指標としてスイッチングレベルが含まれていなかったが、コ ンサルテーションを経て当該指標が追加された160,161

(HHI に関する議論)

評価指標としてHHIが含まれていないことに対する指摘に対して、CERは、アイルラン ド競争当局(Competition Authority)のコメントを引用する形で、“HHIは市場集中度に関する 有用な指標である一方で、市場における競争レベルを規定する唯一の決定要素であるわけ ではない”と述べた。以下、CERのHHIに対する主な見解を示す。

・ HHI は、企業合併に伴う集中度増大等を計測する指標である。それに対しロードマッ プで議論しているのは、価格設定の柔軟性を許容するに当たり、競争が十分進展して いるかどうかを検証するものである。

・ HHIが単一卸電力市場 (SEM: Single Electricity Market)において使用される場合、その文 脈から、ライセンスを受けた全ての小売供給事業者は、強制プール(gross mandatory pool) から電力を購入する必要があり、原則として、発電事業者との間で代替価格の交渉は 出来ないことが示唆される。このような卸電力市場における発電事業者の選択に対す る小売供給事業者側の制約は、小売供給事業者側における拮抗購買力の効果を減少さ せることになる。それ故、HHI は、発電事業者の市場集中度に係る指標として、支配 力計測において非常に重要な意味を持つ。

・ ただ電力小売市場の場合、顧客は、小売供給事業者の変更や(特に大口顧客の場合)拮抗 購買力の行使等により、市場支配力を抑制することが潜在的に可能である。従って、

市場支配力の評価指標としてのHHIの重要性は、卸電力市場と比較すると小さい。

160 スイッチングの重要性については、数多くの事業者が指摘した。例えばESB社は、業務用需要家部門 において、市場シェアは毎年殆ど変化しないもののの、スイッチング率はかなり高いレベルにあることを 指摘した。これにより市場シェアの変化が小さくとも、高いスイッチング率が達成されていれば、競争が 進展している可能性について示唆した。またAirtricity社及びVP&E社は、複数回スイッチ(multiple switch) の存在について指摘しており、長期におけるスイッチングパターンを見るために時間を跨いで検証するこ とを提唱した。後者の指摘に対し、CERは、全てのスイッチングは、顧客選択の表出として考えられるた め、singlemultipleを特に区別しないとした。

161 この他にも競争の持続性(sustainability)に関する議論があった。例えばBord Gais社は、(既存事業者で ある)ESB社が市場シェア低下への対応策として価格を下げた場合でも、CERによる長期的な競争評価が必 要であるとした。

(競争市場を規定する他要因)

ロードマップ案では、埋没費用、非差別的ネットワークアクセス、ESB 社のブランド、

ESB 社の再統合、卸電力市場の流動性などに関する指標が提案された。特に卸電力市場の 流動性に関して、効果的な小売競争環境において、卸電力商品の利用可能性(availability)が 充足されることは必要条件だとしている。ただ価格規制の撤廃が、卸電力商品に影響を与 えることはないためと考えられるため、このような卸電力市場の流動性に対するネガティ ブな影響がもし存在しないのであれば、卸電力市場の流動性とは無関係に評価するとして いる162

③ 閾値の検討

CER は、事業者及び消費者に対して明確性を与えることを目的として、関連市場におけ る定量的評価の閾値に焦点を当てて分析している。

(評価基準~閾値の設定)

ロードマップ案では、料金規制を廃止する条件として、以下の3点を挙げていた。

・ 関連市場において、少なくともアクティブな小売供給事業者が3社存在すること

・ 関連市場において、最低2 社以上の独立的小売供給事業者が、少なくとも10%以上の シェア(消費量ベース)をそれぞれ持つこと

・ 定義された期間において、ESB PES社及びESB Independent Energy社163の合計シェア(消 費量ベース)が、大規模市場の場合は 40-50%、中規模業務用市場の場合は 40-50%、小 規模市場の場合は40-50%、家庭用市場の場合は55-60%となること

コンサルテーションの結果、CER は、業務用市場における閾値に関しては、ロードマッ プ案で示されたものが適切であるとの結論を下した。一方、家庭用市場に関しては、より 低い閾値が適切だとする結論に至った164。またスイッチングレベルが、競争的市場の決定 に関わる上記基準に加えて設定された。以下、設定された閾値を示す。

設定された閾値

・ 関連市場において、少なくともアクティブな小売供給事業者が3社存在すること

162 別の枠組みである単一卸電力市場(SEM)委員会において、並行して卸電力市場の流動性に関する検討を 実施していたことも指摘している。

163 既存事業者であるESB社の小売供給事業部門

164 当時の顧客調査では、家庭用需要家において、かなりの程度の固執性(stickiness)が存在することがわか っており、これが市場を非競争的にしていると指摘されていた。また事業者からは、家庭部門に対しても 業務部門と同様、40-50%という閾値を適用することを示唆する意見もあった。その理由として、ESB PES

社及びESB Independent Energyの合計シェアが60%という環境下では、この2社は、潜在的に利益を上げ

る形で、上記のような固執性を持つ顧客に対して値上げすることにより、市場支配力を濫用しうると指摘 されていた。