1.2 生存基盤の崩壊と再構築 ―― 「土俗志向」作家である深沢七郎
2.2.3 小説創作と音楽 ――「マンボ」から「交響詩」へ
『楢山節考』の土俗的旋律から、『笛吹川』の自然の交響楽を経て、『千秋楽』の近代 的メロディーまで、深沢は楽譜を書くように様々な物語世界を作り上げた。彼の作品の 根底に流れている音楽的感覚は、文章と共に余韻長く響いている。では、深沢の叙述リ ズムに潜む音楽的要素をどのように理解すればいいのか。次に、今までのテキスト分析 を踏まえて、深沢の音楽的素質に着目して、彼の作品における「文字」と「音楽」との 関係を解明するつもりである。
深沢七郎は、中学一、二年生のころにギターを父さんに買ってもらい、ギターを弾く ことが好きになった。中学卒業後、彼は家の習わし通りに住込奉公に行ったが、父から
「ヒチローは印刷屋はよせ」、「クスリ屋をやらせろ」と言われて薬屋に住み込んだ。そ の後、深沢は数か所の奉公先を経て流転の生活を送りながら、三人の師よりギターを習 った。1938 年(二十四歳)、彼は九州の支店に転勤して博多に住むようになった。翌年、
159 深沢七郎 「生態を変える記」 『深沢七郎集』(第九巻) 筑摩書房 1997 年 13―14 頁
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博多から戻った深沢は、第一回のギター・リサイタルを丸ノ内明治生命講堂で開いた。
この演奏会で、彼は日本で初めてナイロン弦を使用した。1952 年頃、深沢のクラシック ギターのリサイタルは神田 YWCA で十八回まで続いた。
勉強嫌いで仕事嫌いな深沢は、常に音楽と小説の世界に耽っていた。特に戦時下、小 説とギターに夢中になることは彼の「乱世」から逃れる手段である。160
私がギターを弾いたり、小説を書いたりすることは、そんなこと(筆者:戦争)
から逃れることが出来たからかもしれない。ギターも小説も一室にとじこもって いればいいのである。(中略)
その頃、そんな、自分だけの世界、――ギターや小説のこと以外は考えていな かったほかに、もう一つの私のたのしみがあった。それは食糧事情が悪かったの でどうしても自分たちの食べるものを自分たちで探さなければならないのだった。
(中略)私はその頃、闇で珍しいものを探すこと、ギターをひくこと、小説を書 くこと、――のたのしいことのほかは仕事がなかったのだった。161
音楽と小説は、深沢の人生を精神的に支える最も重要なものであると言えよう。近代 社会にうまく対応できず、近代人の生き方を強く抵抗している彼は、いつも音楽と小説 に没頭し、部屋の中でギターを弾いたり小説を書いたりしながら「自分だけの世界」を 楽しんでいた。深沢が最初に創作したのは短歌、詩、短編小説のような短いものばかり である。この「字を書くこと」について、彼は以下のように述べた。
勉強はできなかったが字を書くことは好きだった。(中略)
私が初めて書いた小説は「アレグロ」という題だった。音楽でアレグロという のは、速さだけではなく、音の質である。速く、鋭角的な音で出てくる曲なので、
私はそんな味の小説を書きたかったのだ。が、筋書は少年の恋愛物なので、ただ 書いてみただけですぐ破いてしまったのだ。162
この発言は深沢創作の出発点の一つ――「音楽のような作品を書く」、という意志を明 示したものである。彼が初期に短編小説しか書かない理由は、「マンボやロカビリーやウ エスタンのような小説」を作ろうとしたところにある。ロンド、フーガ、変奏曲などは、
彼の特に好んだ音楽様式である。代表作の『楢山節考』は、楢山節を主幹としておりん の楢山まいりのプロセスを語っている。その土俗的旋律とテンポは作品全体を貫き、山 里の死生感覚のインパクトを最大限にアピールした。楢山の絶対的掟と主人公の生声が 交差して、人間と自然の対話を語り出した。音楽のリズムとメロディーを文章で再現す ることが深沢の望みであることは、間違いないと思われる。
他の短編作品の中で、深沢が近代的音楽を重要な主題として描いた最も典型的なのは
160 深沢七郎は 20 歳の時(昭和 9 年)徴兵検査で丙種合格であったが、戦争中に再検査して丁種にな ったから戦場に行かなかった。
161 深沢七郎 「ギターと小説と」 『深沢七郎集』(第八巻) 筑摩書房 1997 年 183-184 頁
162 深沢七郎 「深沢七郎ギター教室」 『深沢七郎集』(第八巻) 筑摩書房 1997 年 349 頁
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『東京のプリンスたち』163である。この作品は、教師を殴って退学になったり、人妻相 手に小遣い稼ぎをしたり、親の金をちょろまかしたりする、要は都市ジプシーのような 高校生たちの生活を描いている。この学生たちは、ジャズ喫茶でロカビリーやロックの リズムを体に染み込ませ、クラシックを聴く大学生に悪態をついた。彼らにとって、女 の子との「ラブ」は面倒なことである。宇宙のことを考え、煙草の煙の充満したジャズ 喫茶でエルヴイスの音楽の中に体を揺らすこれらの「プリンスたち」は、近代的若者の ニヒリズム的感覚を伝えている。
深沢はこの小説においてロックなどの音楽様式、及びその時代の代表歌手の唄を何度 も取り上げた。
(洋介は)マンボ...
をきくと、なぜだか知らない悲しさが胸にこみあげて来るの だ。腹の中をかきむしられるような、苦痛に似た快感だ。マンボも好きだが、そ れよりエルヴィス・プレスリーの唄.............
は手や足がこきざみにゆれて、身体中の力が 出きってしまうのだ。(中略)
友達とロカビリーの唄.......
を聞くのは、食事をするのと同じように、どうしてもな ければ困る時間なのだ。
引用以外にも、「シンフォニー」、「シャンソン」、「ジャズ」などの音楽も学生たちの生 活に度々登場した。この様々な音楽様式の中でも、『東京のプリンスたち』を貫いた主旋 律と言えば、やはりエルヴィス・プレスリーの唄である。ロックのリズムを通して、こ の作品は青春期の迷いと社会への懐疑を抱えた学生たちの焦燥や興奮を語っている。こ れらの音楽は、『東京のプリンスたち』の登場人物の語りの不変な焦点化子である。学生 たちの言動に従って展開した無秩序でわがままな叙述は、実は「音楽」という要素で統 合されている。言い換えれば、この小説の語りとリズムは自由奔放であるが、その中心 には対抗文化を代表するロックという音楽的軸がある。
一方、学生たちが喫茶店のような所で音楽に陶酔し、現実社会を離れた「独立」と「自 由」を求めることは、深沢自身の「自分だけの世界」に耽る体験の再現でありながら、
作家のニヒリズム的特質を示したのである。しかし、「ロック」に代表された既成概念や、
体制に対する反抗心や怒りに魅了されたこれらの若者は、結局プレスリーの「アイ・ニ ード・ユア・トゥナイト」の「破裂しそうなリズム」に眠るようになった。その無気力 で消沈した姿は、彼らの世間に対する「受け身」という基本的姿勢を表していると考え る。「ロック」に内包された「反抗性」とその自由的雰囲気に憧れを抱いているが、結局 現実生活を変える努力もせずに生きていた「プリンスたち」に関する描写は、深沢の特 異な「変調」の手法に因んだ表現であろう。
「速く、鋭角的な」テンポで構築された短編作品のほか、深沢は『笛吹川』と『千秋 楽』などの長篇小説を通して、様々な音楽を表現することを試みた。次に、これらの小 説に出た音楽的特質をまとめ、深沢の音楽に基づいて小説を創作する技巧を究明してみ
163 「中央公論臨時増刊・文芸特集号」(1959 年 10 月)に発表され、単行本『東京のプリンスたち』(中 央公論社・1959 年 11 月)に収録。本論の引用は『深沢七郎集』(第二巻)によるものである。
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前章で言及した「『笛吹川』あとがき」において、深沢は自分の「音楽優先」の創作理 念と手法を詳しく述べた。
私は小説を書くとき、先ず筋書きを考える。次に、どんな形式で書こうかと考 える。一度使った形式を二度使うのが嫌いだからだ。形式の方が筋書より先にき............
まる時もあるし、形式の都合で筋書が変わることもある.........................
。(中略)楽曲では同じ旋 律が反復されるが、そのたびに少しずつ変形する。私も文章を増減させ、それが うまくこの形式に嵌るときなどは楽しい。作曲形式に A―B―A の形がある。(中略)
小説では中間部の次に第一部が現れることは出来ないが終曲はなるべく第一部の 旋律と同じにしている。(傍点筆者)
つまり、深沢にとっては、「形式」が小説創作の一番大事な問題なのである。好きな音 楽形式に従って文章を組み合わせることは、彼の拘った創作手法である。しかし、長篇 小説のリズムコントロール及び形式選択の難しさが、明らかに短編小説を上回っている。
『楢山節考』の「元唄の主題と変奏」及び『東北の神武たち』の「動悸」の書き方を試 みてきた深沢は、「形式」の重複を避けようとした。短編作品の速いテンポを突破し、「序 曲(独奏)―二重奏―クライマックス(合奏)―終曲(余韻)」のような厖大な旋律を備 えた『笛吹川』は、彼の「音楽的小説」の野心作であると言えよう。
後作の『千秋楽』において、深沢が交響詩のような穏やかなリズムを取った原因は、
二つあると考える。一つ目には彼の言った「一度使った形式を二度使うのが嫌いだ」と いう理由である。速いテンポと雄大な作品を書いてきた深沢が、平穏なリズムでの「作 曲」を試みるのは不思議なことではない。二つ目の理由は、音楽形式と小説の主題との 合致にあると思われる。つまり、歌詞と旋律をよく繰り返す、叙述性の目立った交響詩 は、ドンチョーの二ヶ月間の楽屋生活に一番ふさわしい形式である。その上、主人公が
「鏡」という道具を通して「コロス」164のように傍観的な叙述を行った。『風流夢譚』事 件から復活した深沢は、近代的人間と距離を取るために、わざわざ傍観性の目立った古 代演劇のような音楽形式を取ったのではないかと考えられる。
まとめると、深沢七郎にとって、文学と音楽の実質は一緒である。両者とも文字、或 いは音符などの記号を通して、心情を表すものである。作家自身も明言したように、文 学と音楽の共通性に基づいて、音律性の溢れる作品を書くのは、彼の小説創作の出発点 である。日本の土俗的旋律と西洋音楽を踏まえて書かれた『楢山節考』と『東京のプリ ンスたち』、それに一層膨大な音楽様式を生かして創作された『笛吹川』と『千秋楽』は、
共に作家の創作理念を実行し、徹底した典型作・成功作であると言えよう。人間の哀歓 を共にする音楽家である深沢七郎。様々な音楽形式の特色と小説の主題が共鳴して、『楢 山節考』の衝撃力、『笛吹川』の自然倫理、『東京のプリンスたち』の彷徨いとニヒリズ
164 古代ギリシア劇の合唱隊のこと。コロスは観客に対して、観賞の助けとなる劇の背景や要約を伝え、
劇のテーマについて注釈し、観客がどう劇に反応するのが理想的かを教える。また、劇によっては一 般大衆の代わりをすることもある。