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土俗的眼差しの異同 ―― 「人間」を凝視した深沢七郎

ドキュメント内 深沢七郎論 (ページ 179-184)

1.3 母性と自然 ―― エクストリームエコフェミニストである深沢七郎

2.2.4 土俗的眼差しの異同 ―― 「人間」を凝視した深沢七郎

日本戦後文壇の「異端児」である深沢七郎は、「土俗志向」に基づいたライフスタイル と人生観を貫き、東アジアを席巻した近代化の風潮に徹底的に対峙していた。「私は下層 民衆の出身であり、現在も相変わらず民衆の一人です。私が民衆の運命に共感するのは、

私自身が民衆だからなのです」329と言った莫言も出身地の土俗的原風景を創作基盤とす る作家である。本節では、深沢と莫言の創作意識を比較して、彼らの土俗的世界に基づ いて「近代」を見つめる眼差しの異同を試論したい。

私は、一九一四年一月二十九日、山梨の片田舎町――石和に屁と同じ作用で生 れた。人間は誰でも屁と同じように生れたのだと思う。生れたことなどタイした ことではないと思っている。(中略)だから、死んでゆくこともタイしたことでは ないと思う。生まれて、死んで、その間をすごすことも私はタイしたことではな かったのである。330

深沢は、人間の死生を「生理作用」と定義し、生も死も「タイしたことではない」と いう自然観と人生観を抱いている。土俗風土への憧れ、及び自然的ライフスタイルへの 追求は、彼の創作エネルギーの源であろう。松永伍一は、「土着と放浪――父性原理と母 性志向」(『国文学 解釈と教材の研究』昭和 51 年 6 月臨時増刊号)において、深沢の土 俗への愛着が母性原理に由来したものであると論述した。川島秀一は、「笛吹川――深沢 七郎『笛吹川』」(『国文学 解釈と教材の研究』2005 年 3 月号)で、川の生命への象徴 性を解明し、それを踏まえて深沢の「始原の想像力」の問題を試論した。一方、土俗志 向に関わった深沢の「流浪」のライフスタイルも頻繁に注目された問題である。松本鶴 雄は、「深沢七郎における『農』の思想」(『国文学 解釈と鑑賞』1972 年 6 月号)にお いて、彼の土着的描写が都市流浪者の想像に基づいたものであり、従来の「農民文学」

と無縁なものであると主張した。饗庭孝男は、「遊行僧の唱導性――深沢七郎の『楢山節 考』と『笛吹川』」(『文学界』1994 年 7 月号)において、民俗学の面から深沢の風土性 と流浪性を結びつけて分析した。総体的に見ると、「土俗」と「流浪」は深沢文学のキー ワードである。特に甲府・甲州地域の庶民的な世界と彼の創作との関わり、それに自然 風土への未練が彼の母親への愛着及び庶民への憧れと同質なものであるという問題も常

328 深沢七郎 「夢辞典」 『深沢七郎集』(第十巻) 筑摩書房 1997 年 233-234 頁

329 莫言・藤井省三 対談 「“伝奇世界”から覗く中国民衆のエネルギー」 『中央公論』 中央公 論社 2003 年 11 月号

330 深沢七郎 「自伝ところどころ」 『深沢七郎集』(第八巻) 筑摩書房 1997 年 12 頁、36 頁

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に言及されている。土俗的世界への愛着に基づいて現実社会を眺めるのが、深沢の基本 的創作姿勢である。

次に、莫言の特色を解明するために、まず中国郷土文学(土俗文学)の流れと特徴を 簡単に述べておきたい。

社会的激変のもたらした衝撃と新旧思想の衝突を表現することは、中国文学の重要な モチーフである。二十世紀初頭、西欧文明と土俗文化、工業文明と農業文明の対立が浮 上してきた。「封建社会」から抜け出した転換期に、魯迅をきっかけとして、農村の生存 様態を描く「郷土文学」が数多く現れてきた。五四運動331前後、文学・思想革命の先駆 者たちは都市に集まり、近代文明の洗礼を受けていた。その中でも、魯迅は土俗的世界 を踏まえて、封建的農村社会の欠点を鋭く批判し、新しい文化理念を押し出した。一方 で、周作人は地域性、「土」の力及び人間性が郷土文学の三大要素であると指摘した。風 土人情と自然風物の一方、封建モラルの弊害、無産階級の不幸、習俗と「革命」に翻弄 された弱者たちの悲劇など、愚蒙と文明の衝突は、この時期の郷土文学を貫いた主題で ある。

毛沢東が 1942 年 5 月に「延安文芸座談会での講話」を発表した以降、農村の政治・経 済・階級闘争などの問題を取り扱う作品は、郷土文学の主流になっていった。趙樹理と 孫犁は、農民の楽観と勇気を再現しながら、「民族解放闘争」を唱える政治性を備えた作 品をたくさん作り上げた。1950 年代から 1970 年代末まで、政治的イデオロギーはどん どん芸術創作に浸透していた。国内の政治情勢に合わせて、共産党の功績と政策をむや みに持ち上げた文学創作は次第に歪んでいってしまった。「政治立場」と「革命覚悟」は、

この時期の郷土文学のキーワードであり、作家を評価する基準になっていた。

文化大革命が終了してから 1980 年初頭まで、「傷痕文学」という変形した郷土文学が 現れた。これらの作品は文革時代を背景として、「知青」(文革時代に農村へ下放された 知識青年)、官吏、それに普通民衆の悲惨な境遇を描き、文革が人々に与えた心的創痕を 暴き出した。政治イデオロギーの束縛から「解放」した作家たちは、芸術的には悲劇意 識を持ちこみ、中国当代文学史において、はじめての悲劇ブームをもたらした。文革時 代に少年期を送った莫言の作品には、その重苦しい記憶と共に、カーニバルに参加する ように「批闘」の場面を楽しんだ人々の狂った状態が語られている。他人を傷つけた「犯 罪者」たちはもちろん、残酷なことを眺めていた「傍観者」たちもまた同様に、文革の トラウマを抱えていた。暴力と苦しみの一方で、「心の内奥で、誰でも観客である」と悟 った莫言は、「人性」を諦観する作家なのである。

1980 年代後半、「新写実主義」332や「先鋒派」333作家たちの創作には土俗的要素と風

331 1919 年のヴェルサイユ条約の結果に不満を抱き発生した中華民国時の北京から全国に広がった抗 日、反帝国主義を掲げる大衆運動。5 月 4 日に発生したのでこの名で呼ばれ、五・四運動、5・4 運動 とも表記される。

332 1976 年、文化大革命が終息を告げると、文芸界では「第二の解放」という声があがった。80 年代 に入ると、「新写実主義」作家たちは、新中国成立以後、事実上タブーであった人道主義や愛をテーマ に現実を鋭くえぐり、中国従来の現実主義的作品と違う趣を示した。

333 1980 年代後半登場。語り方と生存状態の不安定性を重要視した先鋒派作家たちは、中国の伝統的 創作パターンに挑んだ。記号化、個性的叙述、反逆と自由意識など、彼らは前衛的姿勢で人間の運命 と生存実態を探求していた。

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景はまだ色濃く残ってはいるが、郷土文学が次第に衰えていったのもまた事実である。

経済発展、商業文明と都市文化の衝撃で郷土・土俗的叙述は辺縁化されると同時に、郷 土文化自体も崩壊の危機に瀕している。さらに、土俗的生活を送った経験のない若い作 家たちによって作られた郷土文学は、神秘性と伝統的魅力を失ってゆき、「土俗的魂」の ない文字の塊になってしまった。このような背景の下に、1980 年代以来土俗世界を舞台 として、マジックリアリズムや内的独白などの手法で農村の人間百態を力強く描き出し た莫言は、貴重な「郷土作家」であったのだろう。苦しみのあまり出たユーモアを通し て、刹那的な慰めと解放感を求めたキャラクターたちを通して、彼はブラックユーモア とリアリズムの結びつきを達成した。

土俗的感受性と独自のブラックユーモア的叙述などは、深沢七郎と莫言の共通した特 質である。しかし、「土俗志向作家」である深沢と違い、農民出身の莫言は土俗世界に根 を張った人間である。

私は農民の子どもとして生まれ、(中略)幼年期から農作業をしてきましたから、

農民の思考、行動様式が身に染み付いています。農民の願望、現代の農民の情念に たいへん近いものを抱いています。私の眼差し、感受性は農民のそれです。334

「農民」である莫言は、『赤い高梁』『蛙鳴』『豊乳肥臀』『転生夢現』などの作品にお いて、「中国近現代史を背景にして苛酷な運命に打ちのめされてもしたたかに生きる庶民 の原始的エネルギー」335を描き出した。深沢が、甲州の土俗的歌謡を踏まえて『楢山節 考』を作ったのに対して、莫言は、高密県の民間芸能である「茂腔」(作中に中国語で同 音の「猫腔」で表記される)という芝居に基づき『白檀の刑』336を創作した。『楢山節考』

のおりんは、楢山節が示した掟と生活様式に従って至福の楢山まいりを期待していた。

『白檀の刑』の主人公孫丙は、「茂腔」劇団の座長であり、芝居的発想の持ち主でもある。

他のキャラクターも同様に、芝居の思考によって定義・描写されている。土俗的旋律に 基づいた深沢と莫言の創作は、民謡化した小説、或いは小説化した民謡であると言えよ う。

深沢と莫言の作品には、出生地の方言と土俗風景の描写もたくさん出ている。しかし、

彼らによって構築された土俗的世界は同質なものではない。莫言は「中国の大地に生き る農民の目線から現代中国の歴史を描いてきた作家」337であるのに対して、深沢は「大 庶民」への憧れを踏まえて「幻想的異常性」(神谷忠孝語)の備えた土俗的物語世界を作 り上げた作家である。「農民の息子」と「庶民を眺める人」は、莫言と深沢創作の根本的 差異を決定づけている。土と血の生々しい匂い、ホルモンに満ちた『蛙鳴』の不気味な

334 莫言 「中国の村と軍から出てきた魔術的リアリズム」(特別インタビュー) 『海燕』 大連報 業集団 1992 年 4 月号

335 宇梶紀夫 「農民文学者としての莫言――その人と文学」 『農民文学』 日本農民文学会 2013 年 10 月号

336 2001 年に作家出版社(中国)に発表され、日本語訳本(吉田富夫訳)は 2003 年七月に中央公論新 社によって出版された。

337 吉田富夫 「莫言の世界――高密県の一角から人間存在の根源を探る」 『中央公論』 中央公 論社 2012 年 12 月号

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