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二人の作品における戦後天皇制

ドキュメント内 深沢七郎論 (ページ 134-144)

4.2 深沢七郎と三島由紀夫の文学世界――天皇観と人生観の異同

4.2.1 二人の作品における戦後天皇制

前近代への憧れを抱いた深沢七郎は、土俗的物語を書いて、地縁血縁的共同体及び庶 民の生き方を再現した。故郷・郷土への愛着は深沢文学の出発点であり、前期作品の主 要な物語背景である。1950 年代末から勃興した安保闘争などの近代的政治事件は、近代 化・民主主義を拒否している深沢の「近代嫌い」を強めた。天皇の変質、混乱に因んだ 不信の情緒、それに盛り上がった「左翼」などの政治グループなどによって、『風流夢譚』

という作品が成就された。この小説において、深沢は伝統と近代の両方を統合した「天 皇」を通して、当時の社会への複雑な感覚を並べ立てた一方、「夢」というメカニズムで 作家自身のスキゾイド的特質を表出した。深沢が「人間天皇」の死を通して否定したの は、人々を混乱させた戦後社会であり、もっぱら伝統を捨てて「近代」に追いかけよう とする社会風潮、及び「人間宣言」で保身してきた「天皇制」なのである。安保闘争な どに基づいた混乱した社会情勢、「人形」のように振舞う「近代人」、純粋な「日本」の 最大の象徴である天皇までも近代化・民主主義に「腐蝕」されてしまったことによって、

226 三島由紀夫は深沢七郎のことを論じる前に野坂昭如の小説を評価した。途中まで感心して読む三島 由紀夫は、「ある部分から小説が離陸しちゃうんです。(中略)飛行場から離陸しちゃうと、あと機械 の動きなんですよ」と野坂の作品を批判した。

227 『新潮』 新潮社 1971 年 1 月特別号

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深沢の戦後社会への違和感は頂点に達してしまった。このような『風流夢譚』は、まさ に深沢の珍しい「心情小説」であると言っても過言ではないと考えられる。その基底に 流れている「風流」、それに「私」のリビドー的・土俗的本音は、この作品の見逃せない 重要なモチーフである。

では、三島由紀夫はどのような天皇観を抱いていたのか。次に『憂国』と『英霊の声』

を踏まえて、彼の天皇意識と創作目的を探究してみたい。『憂国』、『十日の菊』(『文學界』

昭和 36 年 12 月号)と『英霊の声』(『文芸』昭和 41 年 6 月号)は「二・二六事件三部作」

と呼ばれる。『十日の菊』は戯曲だから論外とする。

『憂国』の主人公は、近衛輜重兵大隊勤務の武山信二中尉と妻麗子である。二人は健 康的で美しい、理想の新婚夫婦であり、毎日「すべて厳粛な神威に守られ、しかもすみ ずみまで身も慓えるような快楽に溢れていた」。しかし、結婚して半年も経たない昭和十 一年、二・二六事件に巻き込まれた武山は、勅命によって親友である反乱軍の青年将校 たちを撃たねばならなかった。「皇軍相撃の事態」に悩んだ彼は、「俺は今夜腹を切る」

と決意し、麗子もそれに同意した。死を目の前にした二人の「最後の営み」は、普段以 上に激しく、狂おしく、自由な快楽の極まりであった。最後、それぞれ遺書を残した中 尉夫婦は、はじめに武山が割腹し、それを見届けた麗子が続いて自らの咽喉を突き刺し た。

この小説の創作について、三島は、「日本人のエロースが死といかにして結びつくか、

しかも一定の追ひ詰められた政治的状況において、正義に、あるいはその政治的状況に 殉じるために、エロースがいかに最高度の形をとるか、そこに主眼があつた」228と述べ た。伊藤勝彦は、この小説に「思想に殉じて死ぬ人間の至上の美しさ」229が漂っている と述べ、三島の狙いが成功したと認めた。一方、「討論を終へて」230というエッセイにお いて、三島は自身の天皇意識をはっきりと述べた。

天皇といふものが現実の社会体制や政治体制のザインに対してゾルレンとして の価値を持つことによって、いつもその社会のゾルレンとしての要素に対して刺激 的な力になり、その刺激的な力が変革を促して天皇の名における革命を成就させる といふことを納得させようとしたがうまくいかなかった。天皇は、いまそこにをら れる現実所与の存在としての天皇なしには観念的なゾルレンとしての天皇もあり 得ない、(をの逆もしかり)、といふふしぎな二重構造を持っている。

二・二六事件は、三島の言った「ザイン」と「ゾルレン」の二極性によって規定され た天皇像を、集約的に示すことである。つまり、人間として言動する天皇は、ザインの 地平にいると同時に、軍人精神を純粋に培養したゾルレンとしての超越性を持っている。

三島は天皇と青年将校との関わりに注目して、「エロースと大義との完全な融合と相乗作

228 三島由紀夫 「製作意図及び経過」 『憂国 映画版』 新潮社 1966 年

229 伊藤勝彦 「ゾルレンとしての自我 (三島由紀夫)」 『理想』 理想社 1977 年 10 月号

230 『三島由紀夫全集(34)』 新潮社 昭和 51 年 95 頁

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用」231を表現する『憂国』を作り上げ、絶対的観念としての「天皇」を押し出した。一 方、彼は古林尚との対談「三島由紀夫 最後の言葉」(1989 年 新潮社カセットブック)

において、二・二六事件で「偉大な神の死」を体験したことを言及した。後に、『憂国』

を通して絶対的天皇像を作り上げた三島は、1966 年に『英霊の声』で「偉大な神の死」

を語り出した。

『英霊の声』は、降霊会で世にも稀なる出来事を目撃した「私」の手記として書かれ た作品である。霊媒の川崎君に憑依するのは、二・二六事件で決起した将兵たちと、特 別攻撃隊の勇士の霊である。国のために戦争で命を落した「英霊」たちは、川崎君の口 を借りて、「強い怒り」を抑えつつも、敗戦後に「人間宣言」をした天皇を執拗に非難し 続けた。あまりに強い怨念の霊の力を受け止めたために、川崎君が息をひき取るところ で本作は終わる。彼の最後の死に顔は、「何者かのあいまいな顔に変貌している」。

この作品において、英霊たちは天皇制を護持するためにこそ、「人間天皇」を告発して いる。こうした告発に先立って、英霊たちは霊媒を通じて、物質文明に毒された敗戦後 の日本、及び日本人をも痛烈に批判した。

車は繁殖し、愚かしき速度は魂を寸断し、大ビルは建てども大義は崩壊し その窓々は欲求不満の蛍光燈に輝き渡り、朝な朝な昇る日はスモッグに曇り 感情は鈍磨し、鋭角は摩滅し、烈しきもの、雄々しき魂は地を払う。

血潮はことごとく汚れて平和に澱みほどばしる清き血潮は涸れ果てぬ。

天翔けるものは翼を折られ、不朽の栄光をば白蟻どもは嘲笑う。

深沢が「夢」を通して「人間天皇」の死を語り出したように、三島も「霊媒」という 無意識状態をきっかけとして、「人間天皇」を徹底的に批判した。英霊たちは、「現人神」

が「人間宣言」をしたことに対して、「などてすめろぎは人間となりたまいし」という怨 みの言葉を繰り返していた。降霊会に立ち会う「私」は、目撃者と語り手として、仮構 された死者の目差しで、「外国の金銭」に翻弄された戦後社会への失望と不満を語り出し た。

共に二・二六事件を背景とした『憂国』と『英霊の声』を並べて論じた研究成果は少 なくない。この二作の関連性、及び三島の創作意識の変化は、評論家たちの主な注目点 である。江藤淳は、「『憂国』が審美的なのに対して、『英霊の声』はイデオロギー的であ る」232と主張し、エロースを主題にした前者は清潔であるが、後者に漂っているのは「猥 褻」であると述べた。山本健吉も、「作者は思考停止のニヒリスト的な世界に於ける『美』

あるいは『魅惑』を造形しようとする」233と、『憂国』と作家の美意識との関わりを分 析した。

昭和四十一年六月、三島は『英霊の声』を発表した。この本は、『憂国』と『十日の菊』

と共に「二・二六事件三部作」としてまとめられている。その中で、作家はこの三つの

231 三島由紀夫 『花ざかりの森・憂国』 新潮文庫「解説」 新潮社 昭和 43 年

232 江藤淳・中村光夫 対談 「三島由紀夫の文学」 『新潮』 新潮社 1971 年 1 月号

233 山本健吉・円地文子・佐伯彰一 対談 「三島芸術のなかの日本と西洋」 『群像』 講談社 1971 年 2 月号

132 作品の関連性を以下のように述べた。

(前略)私は、『十日の菊』において、狙われて生きのびた人間の喜劇的悲惨を 描き、『憂国』において、狙はずして自刃した人間の至福と美を描き、前者では生 の無際限の生殺しの拷問を、後者では死に接した生の花火のやうな爆発を表現しよ うと試みた。さらに『英霊の声』では、死後の世界を描いて、狙って殺された人間 の苦患の悲劇をあらわそうと試みた。

三島は『憂国』と『英霊の声』を、「至福と美」と「苦患の悲劇」の作品と定義した。

『憂国』は、作家の情念的で心情的な美を追求した時の作品である。三島はこの作品を 通して、(妻と天皇からの)「裏切り」がなく、誠を尽くして死ぬロマンチシズム的な世 界を作り上げた。『英霊の声』において、彼の追求した至極の美は、政治によって裏切ら れてしまった。絶対であるはずの情念は、「などてすめらぎは人間となりたまひし」とい う呪詛の声に変わった。

「二・二六事件と私」234の中で、三島は「昭和の歴史は敗戦によって完全に前期後期 に分けられたが、そこを連続して生きてきた私には、自分の連続性の根拠と、論理的一 貫性の根拠を、どうしても探り出さなければならない欲求が生れてきていた」と述べた。

『英霊の声』では、「人間宣言」をした上で、「鬼畜米英」の価値観に身を委ねた天皇は、

英霊たちに「二重裏切り」をした。青年将校に恋い焦がれられた天皇像は、現実におい て幻滅されてしまった。死靈の口を借りて「天皇」への怨嗟を叫んだのは、「イデオロギ ーの相対性を信念としている筈の三島由紀夫の甚しい自己矛盾」235を伝えていると思わ れる。

4.2.2 「憂える国」に対して ―― 深沢の「生」と三島の「死」

これから、天皇のゾルレン性、神威、及び純粋性を追求した三島由紀夫と、権力と戦 後近代社会の両方を排除しようとした深沢七郎の天皇意識の異同を検討してみたい。

まず、深沢と三島の天皇観には、重要な共通点があるということを言っておきたい。

それは戦後民主主義と「人間天皇」への困惑である。前述のように、深沢は『風流夢譚』

において、「人間宣言」をした天皇をからかう反面、天皇の身に集約された伝統文化への 好感をも抱いている。「いまの天皇は非常に私の考える天皇ではいらっしゃらない」236と 言った三島の天皇批判の基底にも、「人間天皇」への違和感が横たわっている。戦後の「象 徴天皇制」が政治の舞台から表面的には遠ざけられた分、精神領域における民衆に対す るその呪縛性が、深沢と三島の創作に時々顕在化している。二人の作品に関して、『英霊 の声』はこの「呪縛性」を告発した作品であり、『風流夢譚』は「呪縛性」を脱却する作

234 三島由紀夫 「二・二六事件と私」 『英霊の聲』 河出書房新社 2005 年 10 月 5 日

235 中野美代子 「『憂国』及び『英霊の声』論――鬼神相貌変」 『国文学 解釈と教材の研究』 學 燈社 1976 年 12 月号

236 『討論 三島由紀夫 vs 東大全共闘』 新潮社 1969 年

ドキュメント内 深沢七郎論 (ページ 134-144)