第 3 章 現代の宇宙観測と未来を目指す長期計画
3.6 宇宙線・ニュートリノ観測計画
(1) 分野の現状
山梨県明野村に建設された100 km2をカバーする空気シャワー観測装置AGASAによる 1990年から2002年までの13年間の観測から、1020 eVを超えるエネルギーを持つ宇宙線 が11例報告された。これはGreisen-Zatsepin-Kuz'min (GZK)効果から予想されるカット オフを超える宇宙線が存在することを示唆し、その解釈を巡り様々な議論が沸き起こった。
この結果を受けた次世代の実験として、アルゼンチンに3,000km2の有効面積を持つ地上 検出器と4か所の大気蛍光ステーションを建設したPierre Auger国際共同実験の初期結 果が最近報告された。得られたエネルギースペクトルにはGZK 効果が効いていることが 示唆され、最高エネルギー領域の宇宙線の到来方向分布が近傍の活動銀河核と相関がある という示唆とともに話題を呼んでいる。日米共同のTelescope Array実験は、AGASAの 10倍の面積の地上検出器と3か所の大気蛍光検出ステーションを建設し、ユタで2008年 本格稼働を開始しており、待望の北天の観測結果がまもなく提供される。
より低エネルギーの宇宙線のエネルギースペクトルには、1015 eV付近に“Knee”と呼ば
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れる構造があり、スペクトルのべきの値が低エネルギー側の-2.7 から高エネルギー側の -3.0に変化することは早くから知られてきた。宇宙線が銀河系に閉じ込められなくなって 漏れ出していく可能性や、高エネルギー宇宙線の起源と考えられてきた超新星残骸におけ る粒子加速の限界に対応している可能性などが指摘されてきたが、このエネルギー領域で は、宇宙線の化学組成の情報は非常に限られていることもあり、それらの起源と伝播につ いての統一的な理解には至っていない。最近の大型気球実験や、AMS-01・PAMELA な ど衛星搭載実験の進展により、低エネルギー側では精度の良いデータが揃いつつあるが、
検出面積や観測時間に限りがあり、高エネルギー側では統計量を稼ぐのは難しいため、空 気シャワー現象を利用した間接的測定によらざるを得ない。日中共同チベット空気シャワ ー装置や、ドイツのKASKADE実験の結果は、モンテカルロ計算のモデルに依存する面 もあり、一致した結果が得られていない。また、最近PAMELA 実験から数十GeV 以上 で陽電子の過剰が報告され、気球搭載のATICとPPB-BETSから報告されている600 GeV 付近の電子スペクトルのピークと合わせ、その成因に大きな関心が寄せられている。
宇宙線荷電粒子は、宇宙の磁場で曲げられてしまうので、到来方向がわからない。よっ て宇宙線の加速源を特定するには、加速源で生成される2次的な中性粒子(X線、ガンマ 線、ニュートリノ)を用いることが有効である。じっさい宇宙線の電子成分に関しては、
それらが発するシンクロトロンX線を手掛かりに、パルサー星雲、超新星残骸、活動銀河 核からのジェットなどで、TeVを越すエネルギーまで加速が起きていることが明らかにな った。ガンマ線バーストも加速源として注目されている。しかし宇宙線の主体であるハド ロン成分は、光子放射率が低いことから、その加速場所に関する手掛かりは乏しかった。
ここに新たな進展をもたらしたのが、昨年打ち上げられたフェルミ・ガンマ線宇宙望遠 鏡 [§3.5.1 (1)] である。その初期結果により、星間分子雲から放射される広がった0.1〜
10 GeVのガンマ線は、宇宙線ハドロンが水素原子などと衝突して作られるπ0粒子が、二
体崩壊したものとして説明できることがより確実となった。これにより今後、地球から離 れた場所での宇宙線強度が調べられ、また宇宙線ハドロンの加速源が特定されると期待さ れる。ATICの報告した電子の過剰ピークは、フェルミでは確認されていない。
天体からの高エネルギーニュートリノ探索は、これまで地下の核子崩壊実験装置や、深 海や湖、南極の氷を利用した実験で試みられてきたが、検出が期待できる感度には届いて いないのが現状である。
(2) 目指す目標
荷電粒子としての原子核成分や電子成分に加え、ガンマ線やニュートリノを含めた宇宙 線の諸成分を、最高エネルギーに至るまで広域で精度良く測定し、地球に降り注ぐ高エネ ルギー宇宙線はどこでどのようにして誕生し、地球まで飛来するのかという、1912 年の 宇宙線発見以来の「宇宙線起源の謎」を解明することが最終目標といえる。方法としては、
荷電粒子を直接間接にとらえる方法、高エネルギー宇宙線の加速や伝搬の過程で生じるニ
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ュートリノを探査する方法、同様に2次光子を用いる方法、などに大別される。
ただし一口に「宇宙線の起源」といっても、その内容は多岐にわたる。電子だけでなく ハドロン成分(陽子)の加速源を特定すること、そこでの到達エネルギーを陽子と電子と 独立に知ること、加速のメカニズムや効率を解明すること、ハドロン成分の化学組成を知 ること、太陽系近傍で測定された宇宙のフラックスとスペクトルを、加速源候補の足し合 わせで再構築すること、宇宙線の銀河系内での伝搬を定量的に解明すること、GZK 限界 や超GZK 粒子の存在に決着をつけること、などが列挙される。さらにダークマター粒子 の崩壊もしくは対消滅の信号を探査し、地上の加速器で到達できない>1 TeV のエネルギ ー領域で未知の素粒子現象を探査するなどの野心的なテーマも検討されている。
3.6.2 観測装置の諸計画
(1) 最高エネルギー宇宙線観測計画
Pierre AugerやTelescope Arrayのような大規模実験でもなお、得られる最高エネルギ ー宇宙線の数は統計的に十分とはいえないため、さらに次の世代の実験が構想されている。
Pierre Auger実験は北半球にもより巨大な装置の建設計画を持っているが、これまでと同
様の手段を用いる地上観測は限界に近いと考えられるため、宇宙からの蛍光観測を行う
JEM-EUSOや、シャワーからの電波観測など、新しい検出法が検討されている。
【JEM-EUSO】
口径約 2.5m で約60 度の視野を持つ超広視野望遠鏡を、国際宇宙ステーション日本実 験棟(JEM)の曝露部に搭載することを目指すJEM-EUSO実験では、最高エネルギー宇 宙線が空気中で起こすシャワーの発する蛍光を 400km の高度の宇宙から観測し、
200,000km2という巨大な有効面積をカバーすることができるため、3 年間の観測で最高
エネルギー宇宙線1000例以上の観測が期待できる。
(2) 高エネルギー宇宙線観測計画
“Knee”領域宇宙線の観測状況の改善を図る地上空気シャワー装置では、チベット空気シ ャワーアレイを増強する YAC が提案されている。一方、飛翔体を用いて一次宇宙線を直 接観測するCALET計画が検討されている。
【CALET計画】
宇宙線中の高エネルギー電子を観測すると、エネルギー損失が大きく近傍からしか飛来 しないという特性から、粒子の加速源が特定しやすいという利点がある。この観測を主目
的とするCALET実験は、国際宇宙ステーションのJEM曝露部に搭載することを目指し
ており、これまでの気球実験に比べ飛躍的に大きな統計量を稼ぐことが可能である。この 装置ではGeV領域のガンマ線や“knee”領域までの荷電宇宙線の測定も行うことができる。
特に数十GeV のガンマ線に対しては、Fermi ガンマ線宇宙望遠鏡より高いエネルギー分 解能を持ち、宇宙ダークマターが対消滅して生じるガンマ線により高い感度を持っている。
87 (3) ニュートリノ観測計画
最高エネルギー宇宙線が荷電粒子である限り、宇宙背景放射の光子との衝突(GZK 効 果)の際に、荷電パイ中間子が生成され、その崩壊から高エネルギーニュートリノが生み 出される。また、宇宙線を加速する天体では、高エネルギーハドロンと周囲の物質との相 互作用からニュートリノが放出される。ニュートリノは物質との相互作用断面積が小さい ため、その検出には膨大な標的質量が必要である。しかし、太陽ニュートリノなどの低エ ネルギーニュートリノに比べ、高エネルギーニュートリノの反応で放出される荷電粒子は 元のニュートリノの方向を保持するため、放出している天体を特定することが可能である。
日本も参加して南極で米などが建設中のIceCubeは1立方kmの氷をカバーし、2012年 に完成予定であるが、外側への拡張と、電波検出装置の付加も検討されている。EUが共 同で推進しているKM3NeTも、同様の規模の装置を地中海の深海に展開することを目指 している。両者が北半球と南半球をカバーすることにより、活動銀河核など高エネルギー 天体からのニュートリノ探索が全天で可能になる。最高エネルギー宇宙線観測装置でもニ ュートリノが起こす上向きや山体からの横向き空気シャワーからの蛍光により観測が可 能であり、Ashra 実験の準備もハワイ・マウナロアで進められている。しかし、GZK ニ ュートリノの検出にはこれらの装置でも十分とはいえず、さらに高感度の装置が必要であ る。JEM-EUSO では年に数例の検出が期待されており、電波や音波による検出法も検討 されている。
一方、陽子崩壊の探索を主な目的とする100万トンクラスの大型水チェレンコフ検出器 として検討されているハイパーカミオカンデは、ニュートリノをプローブとした天文学の 観測装置でもあり、超新星爆発や過去の超新星爆発に由来するニュートリノや、太陽ニュ ートリノの観測を高精度で行い、超新星爆発過程の解明や、ニュートリノの性質の研究を 行うことができる。