第 3 章 子どもの基礎的人間力を養成する実証的研究 1 (中学校)
第 1 節 子どもの基礎的人間力を養成するカリキュラムの実際 (中学校における実践)
本章では、埼玉県鷲宮町立束中学校において子どもの基礎的人間力を養成するために行 われた実践について述べる。まず、この実践のために筆者が開発したカリキュラムについ て述べた上で、カリキュラムの実銭とその評価について検証する。検証方法は、①筆者が 作成した子どもの基礎的人間力尺度の因子得点による分析、②カリキュラム終了後に子ど もからの授業評価として実施されたアンケート結果を分析および考察する。次に、実践か ら得られた成果をふまえて、これからの学校教育では、子どもの基礎的人間力を養成する 生徒指導プログラムを教育課程に位置付けられた授業として、すべての子どもを対象/. ... 学級で実施していくことが重要であることを実証的に論じる。
第
1 節 子どもの基礎的人間力を養成するカリキュラムの実際 (中学校における実践)
1 .実践までの経緯と実践校について ( 1 )実践までの経緯
筆者は、 2004(平成 16)年に生徒指導の重要な機能である教育相談(学校カウンセリ ング)の技法1)を生かした授業、具体的には心理教育の知見を取り入れた積極的(開発的) 生徒指導2)としてのプログラムについて、実践可能な試案を構想、した。
その理由は、筆者が勤務していた埼玉県鷲宮町立束中学校(以下、東中学校と略す) の子どもの実態をはじめ、教師から見て変わってきた子どもたちに対して、学校は、よ りよい教育を提供していくことが不可欠であると考えていたからである。特に、子ども の基礎的人間力が未熟もしくは「育ちそびれJている現状において、人間関係のありか を間違って学んでいるために生徒指導上の問題行動を繰り返す子どもに対しては、個別 指導だけではなく、グループ・アプローチ3)の活動を生かしながら集団の力を高めていく
ことが効果的な指導になると考えた。このことを言い換えれば学校は、すべての子ども に基礎的人間力を養成する機会を保証することが重要であり、そのためには、生徒指導 を機能論4)から領域論として捉え直すことが必要だ、ったのである。
さて、 2004(平成 16)年度当時、筆者は、束中学校において教務主任および研修主任 を務め、教育課程編成とその管理、生徒指導および教育相談の連絡調整に携わっていた。
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翌年の教育課程編成や校内研修のテーマ設定にあたり、東中学校における生徒指導上の 課題は、次の3点にあると考えていた。
①基本的な対人関係スキルが身についていない子どもへの具体的・効果的な指導
②固定しがちな子どもの人間関係の改善
③自分に自信がなく自己表現を不得手とする子どもへの支援
これらの生徒指導上の課題を解決していくためには、全校生徒を対象に、社会や人と 関わるスキル(基礎的人間力)を育むことが有効な手立てであり、束中学校における 生徒指導のねらいとも合致することであると考えた。
そこで、 は、管理職や学年主任、 教育相談係の主任、養護教諭ら に働きかけ、次年度より新たな授業として、生徒指導プログラムを束中学校の教育課程 に位置付けて取り組むことを提案した。この提案は、管理職や各主任からの同意を得る ことができた。次に、研修委員会、生徒指導委員会、教育相談委員会の各委員会で生徒 指導ブOログラムの趣旨と内容、ねらい、等を説明して、参加委員からの了解を得た。こ のような手続きをふまえて、年度末の職員会議で協議を行い、子どもの基礎的人間力を 育むための授業を、翌年から新たに設けることの合意形成を図ることができた。具体的 な取り組みについては、表II‑3‑1 ~こ示した通りである。
年度
平成 17
平 成 18
表II‑3‑1 束中学校における子どもの基礎的人間力養成のための
「社会的スキルの授業j導入までの経緯 月 内 谷t軒,
8 授業の実際を体験的に学ぶ職員研修の実施 9 教育課程編成委員会における原案の検討
10 職員会議で提案(次年度教育課程編成に関する議題として) 11 教育課程編成委員会で具体的実施方法の確認
12 職員会議で次年度のスキル教育開始に向けた共通理解
I 教育課程編成委員会で指導計画ならびに毎時間の授業案を協議 2 総合的な学習の時間全体計画への位置付けと年間指導計画作成 3 年度末学年保護者会でスキル授業の説明とシラパスの配布
4 校内研修会で内容の確認と通イ言葉の見直し、生徒・保護者への連絡
耐 115糊
しかしながら、少数ではあるが、次のような反対意見も出された。
「日々忙しいので新たな負担は不要であるJ
r
このようなことを中学校でわざわざ教え る必要はなし¥Jr
何をやるのかよく分からないのでやりたくなしリ教育課程に位置付けるために、授業時間は「総合的な学習の時間Jを運用した。その 理由は、総合的な学習の時間のねらいめに示された、「学び方やものの考え方を身に付け、
問題の解決や探究活動に主体的、創造的に取り組む態度を育て、自己の生き方を考える ことができるようにすることJは、子どもの基礎的人間力を養成することであり、子ど もの人間関係に関する力(社会的スキル)を身に付けさせようとする生徒指導ブOログラ ムの授業自標に照らし合わせて合致するからである。
( 2 )生徒指導プログラムとしての授業を具現化するための諸準備
2005 (平成 17)年度、はじめに、東中学校の子どもの実態をふまえた教育課程を編成 した。その中に、生徒指導プログラムとしての授業を新たに導入して、授業の名称、を「ス キル」とした。その理由は、授業内容が人間関係、に関わる「社会的スキルjを取り入れ ていることを、子どもに分かりやすく示した方が浸透すると考えたからである。
なお、この「社会的スキルの授業jは、前章で論じたように子どもの基礎的人間力養 成のための授業である。
学校全体で取り組むことは、筆者にとっても初めての試みであるために、初年度は各 15時間のカリキュラムとした(表n‑3・2)0また、何のために、誰が、どの時間で、
どのように、何を行うのかを明確にするために、全体計画 (Appendix
n ‑
3・1)の作成、年間指導計画 (Appendix
n ‑
3 ・ 2~3-4) 、授業で使用する教材( 1時間毎の指導案および 使用資料)6)を事前に準備した。「社会的スキルの授業jの担当者は、カウンセリングの技法を取り入れた授業(心理 教育)を展開していくので、学校カウンセリングに関する研修会に参加しており、その 研修のレベル7)が中級から上級である教師を充てることを原則とした。また、教員実技研 修会の開催眠保護者に向けた情報発信9)や、生徒の学習ガイダンス資料である「学習案 内J(Appendix立‑3‑5)の作成、通信票(通知表)の評価欄追加(総合的な学習の時間の コメント織に、「社会的スキルの授業Jの評価繍を挿入)、要録への記録(総合的な学留 の時間の学習活動として文章でその状況を記載)等、公教育のカリキュラムとして遺漏 がないように綿密に諸準備を進めた。
発案から実施まで着実な準備を進めることで、平成 18年度は「社会や人と関わる力を
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l司めるためのスキル教育」、平成 19年度は 「他者との関わり方や 教育Jを実践するに至った。
表II‑3‑2 学年別カリキュラム
学 年.11寺期 i年 2年 3年
科目 J [10週]I n [15週] 皿[10週] 合計
1[10週]I n [15週] 皿[10週]
ぷg、吉iH
1 [10週] 日[15週] 日1[10週]
国 語 40(4) 60(4) 40(4) 140 30(3) 45(3) 30(3) 105 30(3) 45(3) 30(3) 社会 30(:‑3) 45(3) 30(3) 105 30(3) 45(~-3) 30(~-3) 105 20(2) 45(3) 20(2) 数 学 30(3) 45(3) 30(3) 105 30(~-3) 45(3) 30(3) 105 30(3) 45(3) 30(3) 理科 30(3) 45(3) 30(3) 105 30(3) 45(3) 30(3) 105 30(3) 30(2) 20(2) 音楽 10(1) 25(2) 10(1) 45 10(1) 15(1) 10(1) 35 10(1) 15(1) 10(1) 美 術 20(2) 15(1) 10(1) 45 10(1) 15(1) 10(1) 35 10(1) 15(1) 10(1) 保 体 30(3) 30(2) 30(3) 90 30(3) 30(2) 30(3) 90 30(3) 30(2) 30(:‑3) 技家 20(2) 30(2) 20(2) 70 20(2) 30(2) 20(2) 70 10(1) 15(1) 10(1)
‑
央.....よ百S舌~. 30(3) 45(3) 30(3) 105 30(3) 45(3) 30(3) 105 30(3) 45(3) 30(3)
総
.,.....‑会] 10(1) 35(2) 30(3) 75 20(2) 30(2) 20(2) 70 20(2) 30(2) 20(2) スキル 10 (1 ) 15 (1) o 25
。
15( 1) o 15 o 15 (1 ) O選択 20(2) 30(2) 20(2) 70 40(4) 60(4) 50(5)
道 徳 10(1) 15(1) 10(1) 35 10(1) 15(1) 10(1) 35 10(1) 15(1) 10(1) 学級活動 10(1) 15(1) 10(1) 35 10(1) 15(1) 10(1) 35 10(1) 15(1) 10(1) 1年合計時数 980 2年合計時数 980 3年 合 計11寺数
※ ( )内は、週あたりの援業時数を示す
合 計
105 85 105 80 35 35 90 35 105
70 15 150
35 35 980
※1 :年の 「スキルJ は、平成18年度はE期の15(1)のみ。平成19年度より 25時間となる。
てσ成 18年度のタイトノレを 「社会や人と関わる力を高める」としたのは、当時の東中'詮 校の子どもは、総合的な学習の時間における体験学習 (国際理解教育、福祉教育、環境 教育)や、社会体験事業(職場実習)、ボランティア活動、等で学校外の様々な大人との 関わりが急増していたことを反映させた。翌年には、「他者との関わり方や自己表現をゐ ぶJとした。それは、筆者を中心とした校内研修推進委員が、平成18年度の東中学校の 一どもの実態や、各学級の状況から、相手に自分の思いや気持ちを適切に伝える自己表 現のスキノレを高めることが必要であると分析したことによる。
上に述べたように、「社会的スキノレの授業」は、単に 的な社会的スキルの習得だけ を目指すのではなく 、全ての子どもの基礎的人間力を教育課程に位置付けられた積極的 止徒指導としての授業の中で養成していくことを目指す点に特徴がある。
( 3 )実践校について
中学校は、首都 ] R線の駅を最寄り駅とする田園風景に図まれた郊外にあり、 静かで落ち着きのある件まいを見せている中学校である。通学してくる子どもの大半は、 駅前の新興住宅地や集合住宅に居住しているが、鷲宮町教育委員会が始めた通学区域の 弾力化により学区外より通学してくる子どもの割合が増加している。2006(平成 18年)
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度現在での学校規模は 10学級、全校生徒は336名(表
n
‑3‑3)、教職員数は22名である。束中学校の子どもの状況は、全体的に落ち着きのある学習環境にある。周囲の学校か らの評価をふまえた特徴は、次の2点である。
①高校受験の指標とされる業者テストの偏差値において高い層の子どもが多い
②部活動や学校行事への取り組みが活発で良好である
しかしながら、子ども同士の人間関係は極めて固定化されており、必要がない限り、
特定のグループ。以外のクラスメイトと関わろうとしない。生徒指導上の問題では、不登 校、小さな器物破損、いじめ問題がみられた。具体的には、不登校の出現率は全国平均 並み 10)であるが、引きこもり傾向や長期化する生徒がみられた。校舎内外では、スイッ チ類の破損や掲示物への悪戯が頻発していた。いじめについては、毎年実施している「人 権;意識アンケートJの調査結果
( A p p e n d i x n ‑ 3
・6 )
に、子どものいじめの実態が表され ていた。表E網3‑3 東中学校2003(平成 15年)度‑2006(平成18年)度の在籍生徒数
学 年 性 2003 年度 2004 年度 2005 年 度 2006 年 度
1 年 男子 5 9 48 64 女子 48 6 9 45 2 年 男子 64 58 48 女子 6 5 46 69 3 年 男子 5 9 64 57 女子 7 3 66 47
合 計 368 3 5 1 330
2.子どもの基礎的人間力養成のための f社会的スキルの授業Jのねらいと評価 ( 1 )ねらい
46 57 66 46 50 7 1 336
社会性の基盤となる子どもの基礎的人間カの主要な力である人間関係に関する力(社 会的スキル)の育成を目的とした、教育課程に位置付けられた授業を実施することは、
すべての子どもに基礎的人間力養成の場と時間を保証する積極的な生徒指導になる。
し1換えれば、生徒指導上の諸問題の予防および開発促進的な指導となるのである。
ところで、 一般に授業では、目標(ねらし¥)と評価が表裏一体の関係となっており、
評価のあり方が関われる 本プログラムの全体計画や年間指導計画については、事前に 準備を整えることができた。評価については、可能な限り多面的で具体的な評価をする
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