第 1 章 子どもの基礎的人間力養成についての先行研究と カリキュラム開発の要点
第 1 節 子どもの基礎的人間力養成についての先行研究とその検証
学校教育現場では、 1980年代以降、子どもの人間関係や社会性の育成に関わるプ口グラ ムが全国的に実践されるようになってきた その背景には、 1976(昭和 51)年の中央教 育審議会の提言を受けて 1977(昭和 52)年に告示された小中学校の学習指導要領により、
小学校は 1980(昭和 55)年度から、中学校は 1981(昭和 56)年度から実施された fゆ とりカワキュラムJの影響がある。特に、中学校では、週あたり 2時間の特別活動の時間 がおかれたことから「ゆとりある充実した学校生活Jを実現するために、多様な教育実践 に取り組むようになった。その典型が、鳥取大学教育学部附属中学校において学級活動の 時間に取り組まれた構成的グループ・エンカウンターの実践1)である。
しかし、本論文で問題としている子どもの社会性の基盤としての基礎的人間力養成の教 育活動という視点で取り組まれた先行研究は、国立教育政策研究所生徒指導研究センター
(2004年)の報告書 2)および滝 (2009年)のピア・サポートに関する 当たらない。
3)の他には見
ただ、 社会性"をキーワードとした研究をレビューすると、教育現場からは、多くの実 践研究が報告されている。それで、これまでの子どもの社会牲に演する研究の知見を整理 することによって、本論文で問題としている子どもの基礎的人間力養成の実証的研究の手 がかりを得ることにする。
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1 .子どもの社会性に関する研究の背景
日本の学校は、少年非行第3のピーク (1983(昭和 58)年)の頃、教育荒廃といわれ る現象が社会的な関心を集めるようになった。具体的には、受験競争の弊害、いじめ問題、
登校拒否、校内暴力、家庭内暴力等である。特に、神奈川県横浜市の中学生等による浮浪 者殺傷事件 4)、東京都町田市の中学校における事件 5)など社会に大きな衝撃を与える出来 事は、中学校における「荒れJ(暴力行為)の深刻な実態を社会に発信する契機となった。
当時の中学校は、全国的に荒れていて、校内暴力や授業妨害などにより授業が成立しな いことが日常化している学校も見られた。そのような状況を落ち若いた学習環境に回復し ていくために、生徒指導の見直しを図り、その機能を発捧していくことが強く求められる ようになる。そのために、教員特定研修としての f生徒指導講鹿J6)が開始された。本研
修は、『生徒指導の手引~ 7)の内容を周知徹底するとともに学校カウンセラー(相談教師) の養成を図るために、小中学校教諭と高等学校教諭を対象として実施された。なお、この 墳から「カウンセリング・マインドJ8)という和製教育用語が普及してし1く。
学校正常化のために開始された、この生徒指導講座において、カウンセリングに関する 包話的な研修が行われたことからカウンセリング技法の知見が学校に広まった。この研修 は、その後、地方自治体に移管される中で、 学校カウンセリング研修"と名称が変更され、
カウンセリング研修 (Appendix耳‑1‑1)の中級程度と位置付けられている。このようなカ ウンセリング研修を受講する教師が増えるにつれて、学校では、学級および学年単位にお いてグループ0 ・アプローチの技法を生かした教育実践が行われるようになる。また、この ような教青実践をまとめた書籍も刊行され、構成的グループ0・ェンカウンター、グループO
ワーク等のプログラムが学校に普及するようになった。これらの呉体的な内容については、
先行研究のレビューにおいて後述する。
前述の如く 1980年代の荒れた子どもへの生徒指導を機能させるための一助として、
校カウンセリングの技法が教育相談に関心を持つ教師を中心に普及していった。その後、
1990年代になると、現職教師の長期研修、大学院研修等において集団を対象とした心理教 育ブOログラムの実践的な研究が取り組まれるようになる。この研究の成果は、教師が所属 する研究会や学術団体等の研究紀要および学会誌などの誌面で報告されるようになった。
このような経緯の中、 1990年代以降の子どもの社会性に視点を当てた研究では、社会性尺 度の作成9)と社会性を育むために実施されたブOログラムの成果が報告されている。
ところで、社会性については既述の如く多義的かっ多様な捉え方をされているのが現状
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である。社会性の については第I部第3 1節2項 (66頁参照)で論じたが、社会 性を厳密に定義すると対象が狭くなるので、本節では、社会性をあまり厳密に定義せずに、
事業名や施策、研究論文タイトノレなどに 社会性"に関する語句が使用されている 1990 年代以降に教育現場で行われた、小学校から高等学校までの子どもを対象とした社会性に 関する実証的な研究をレピ、ューすることにする まず、教育行政が主体となって取り組ま れた研究事例を整理する 次に研究者による学術論文を中心に整理して、その特徴につい て考察する。
2. 先行研究としての子どもの社会性に関する研究 ( 1 )教育行政主導型の実践事例
1990年代には、地方自治体における教育委員会独自のカウンセリング研修がもたれる ようになる。また、各教育委員会では、学校カウンセリングの考えを生かした生徒指導 としての子どもの人間関係づくり、子どもの社会性を育む教育ブOログラムを、教育施策 の一環として実施するようになる。この動向は、全国都道府県政令都市教育委員会にみ られるが、本節では筆者が収集することのできた研究および実践事例に限定して考察す る。本節で取り上げる 13の研究および実践事例は、表
n
‑1‑1に整理した通りである。表耳‑1・1 子どもの社会性についての教膏委員会の研究と実践事例
番 号 年 度 教 育 委 録 会 対 象 学 校 キーワード エピヂンス
① 1998 治 i、',1),1,、'r~ヒ教育センター指導相談 fns 小 中 学 校 人 間 関 係 づ く り 、 モ デ ル プ ロ グ ラ ム ×
② 1999兵"ド県、7教 育 研 修 所 心 の 教 育 総 { t で ン タ ー 小中学校、高校 「心び)教fJ'J、 ス ト レ ス マ ネ ジ メ ン ト x
③ 2001 {!d"[県 教fTセ ン タ 小 中 学 校 対 人 関 係 パ1主 O
④ 2001 Yi子保守総<f教fTセ ン タ 小 学 校 子i会 件 、 社 会 的 ス キ ル 、 交 流 活 動 O
⑤ 2002 )11蛤rli総fT教 ガ セ ン タ ー 小 中 学 校 尺f主作成、検ポEf受業、十i会14: O
⑥ 2004お111県 総 介 教 育 で ン タ 小 中 学 校 子L:;',;J'rj スキルベ f芝、十l:~"的スキルトレーニング O
法パ"ノ¥ 2005栃 木 県 総 介 教 育 セ ン タ 小 中 学 校 人 間 関f系 づ く り 、 ブ ロ グ ラ ム ×
⑧ 2005さ い た ま 市 教 育 委u会 小 中 学 校 人 間 的 係 ブ ロ グ ラ ム 、 質 問 紙 パf支 O
⑨ 2006 T‑然保教育会11会 小 中 学 校 「 人 間 関 係 機 築 の た め の 実 践 プ ロ グ ラ ム 」
「智子かな人fllll}¥]f,系づくり文会民主ブログラム」 O
⑩ 2006 s(城県教育会u会 小 中 学 校 t‑J人 関 係 ス キ ル 、 機 成l下jグループ・ ン カ ウ ン タ ビ ア ・ カ ウ ン で リ ン グ 、 ピ ア ・ サ ポ ー ト ×
⑮ 2006 .¥1,)11 [x:教 育 委u会 小 中 学 校 r rti t<:科J、 ス キ ル 教 育 ×
⑫ 2007 tlt 凶作[メー教育委社会 中 学 校 rll 科J、i'lLよ炎現 (assertiontraining) ×
⑬ 2008横 浜 市 教 育 会 討 会 小 中 学 校 社 会 的 ス キ ル ×
嚇
8 0
・表 II‑1‑1,こ示した研究および実践事例は、大きく 3つに分類できる。第 1は教育セン ターが行った研究、第2は教育特区における学習指導要領に縛られない試行的な実践、
第3は教育委員会が啓発するために研修資料として作成および配布したものである。
教育センターの研究では、プログラムの効果を検証するために尺度が作成され、エピ デンスペースの研究が目指されている。教育特区での実践は、実施プログラムや教科用 図書が作成され、教育評価を課している点に特徴がみられる。以下、それぞれの研究お よび実践の概要について述べる。
①埼玉県立北教育センタ一指導相談部 (1998)10)
児童生徒の人間関係づくりに関する研究、小・中学校におけるモデル授業を提示。
実践された検証授業がないために、プログラムの効果については不明である。
②兵庫県立教育研修所心の教育総合センター (1999)ll)
「心の教育J,こ関わる小学校から高等学校までの授業実践研究を報告。ストレスマ ネジメントを応用した取り組みが多いただしプログラムにおける校種聞の系統性 は見られず、教育現場からの実践報告に止まっている。
③佐賀県教育センター (2001年)12)
どもの対人関係の実態を調査し対人関係に関する尺度作成を行い、小学校で、は「積 極的な自己理解、他者を尊重する姿勢、良好な友人感jの3因子を、中学校では 欲的で建設的な自己理解、自由な告己表現、他者を尊重する資勢」の3因子を抽出し ている。
④岩手県立総合教育センター 中間 (2001年)13)
小学校5年生の社会性を「自己理解力、他者への共感的理解、役割取得j としてと らえ、社会的スキルの指導と地域との交流活動を行う中で、子どもたちの社会性が高 まったことを報告している。
⑤川崎市総合教育センター (2002年) 14)
小学校6年生と中学校2年生を調査対象として尺度作成ならびに検証授業。そこで は、社会性の表出を支える3要素を「基本的信頼感、学級活動J意欲、学級活動スキノレj
として捉え、それぞれの因子を抽出。「学級活動スキルJの因子構造は、「関わる力j
(人間関係調整力).倉JIる力J(課題達成力)の2つであったことを報告している。
⑥富山県総合教育センター 宝田 (2004年)15)
小学校4'"'‑‑6年生、中学校全学年を対象に調査を行い、社会的スキル尺度を作成O
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また、中学生用学校生活適応感尺度(友だちとのふれあい、自己有用感の2因子構造) と対人的自己効力感尺度(対人葛藤解決、対人サポートの2因子構造)を作成して、
中学生における社会的スキルトレーニングを実施することで社会的スキルの育成の効 果を検証している。
⑦栃木県総合教育センター (2005年)16)
児童生徒の人間関係づくりのために、具体的な技術の習得に向けた訓練としてのプ ログラムを提示。栃木県内の教師向けに冊子やweb上で配布している。プログラムの 検証は行われていない。
③さいたま市教育委員会 (2005年)
「潤いの時間」で人間関係プログラム (HumanRelation Training、通称HRT)を 2005年9月より実施。ブ。ログラムは、独自に作成された質問紙尺度によって検証され ており、児童生徒の人間関係づくりに一定の効果のあったことが報告されている。
⑨千葉県教育委員会 (2006年)17)
f人間関係構築のための実践プログラム J~心の教育実践ブρ ログラムの実践研究J を 千葉県2006アクションプランに基づき実施、現在も、事業名や名称の変更がある が、継続して「豊かな人間関係づくり実践プ口グラム J を実施している。研究指定校 では、プログラムの有効性を検証し、効果のあることを報告している。
⑬茨城県教育委員会 (2006年)
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し、ばらさ教育プラン』による児童生徒の対人関係スキルの向上(構成約グルー プ・エンカウンター、ピア・カウンセリング、ピア・サポート)の研修資料を作成する。⑪品川区教育委員会 (2006年)18)
「市民科Jを新設し教科として実践。そのねらいは、「教養豊で品格のある人間を てることを臼指し、児童・生徒一人一人が自らのあり方や生き方を自覚し、生きる筋
を見付けながら自らの人生観を構築するための基礎となる資質や能力を育J むこと にある。授業内容は将来の社会の形成者に必要となる様々なスキル教育も織り込まれ ている。教科としての実践であるために、教青評価までを課している。
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世田谷区教育委員会 (2007年)19)「日本語科 J を 新 設 し 教 科 と し て 実 践 し て い る 表 現 J の 内 容 に 自 己 表 現 (assertion training)を採り入れているが、プログラムの検証はされていなし、。
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