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第 5 章 資料からみたアイヌ衣服における文様の地域的比 較

第 1 節 土佐林コレクションの樹皮衣・木綿衣とその文様

(1)概要

土佐林コレクション(早稲田大学會津八一記念博物館所蔵)のアイヌ衣服は、村井不二子ほ かによる「アイヌ衣服の復元的調査研究(1)」(1989)ほか全8冊で調査研究が行われている。

土佐林コレクションは、昭和37(1962)年10月、早稲田大学へ寄贈した土佐林義雄(1887年

~1957年)のコレクションで(村井ほか1989:27)、土佐林は、昭和14(1939)年からアイヌ 文様の研究を始めており(早稲田大学文学部考古学研究室編2004:6)、工芸美術の分野から アイヌの文様を調査した。北海道内だけでなく、昭和16(1941)年から3回ほど樺太も訪れ、

衣服や首飾りなど 200 点程収集し、没後遺族によって早稲田大学へ寄贈された資料である

(村井ほか 1989:28、早稲田大学文学部考古学研究室編 2004:6)。なお、土佐林義雄の経

歴については資料編第 8 表に示した。本論文では、この土佐林コレクションの衣服を研究 対象とするが、その理由としては、以下の3点が挙げられる。

①児玉コレクションなど他の資料と比較すると、従来あまり取り扱われていない24)

②収集点数が多く、保存状態が良好な物が多い。

③製作地域、製作年代の調査研究が進んでいない。

土佐林コレクションは、アイヌ衣服を中心に、現存する貴重な資料であるとされている が 25)、児玉コレクションなど他のアイヌ関連コレクションと比べると現時点では資料情報 の少なさが指摘されている 26)。土佐林コレクションの衣服の調査研究では、衣服の素材や 製作方法(装飾技法など)については細かく調査がなされている。しかし、先述したよう に土佐林コレクションには問題点もあり、衣服の製作地や製作年代が不明な物が多い。コ レクションの内容は、年代を経て損傷などがあるものも存在するが、使用されている材料 や技術の面では非常に質の高いものであるといわれている(村井ほか1989:26-27)。そのた め、土佐林コレクションの資料価値を明確にするためにも、製作地や製作年代の特定が急 務であると考えられる。

以上のことから、本論文では、地域別に衣服名称を中心とした調査・研究を行った児玉 作左衛門による『アイヌ民俗資料調査報告書』(北海道教育委員会 1968)に記されていた各 地域の衣服の伝承名や、収集地・年代の判明している木村謙次収集のアットゥなどの衣服 情報をもとに、土佐林コレクションのアイヌ衣服(山丹服、小袖、獣皮を除いた64点)の

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大まかな製作地、製作年代を推定することを目的とする。同時に、土佐林コレクションの 衣服に施される文様の分類からも検討を行い、いかにしてアイヌ文様が形成されてきたの かについても検討したい。

(2)所見

土佐林コレクションのアイヌ衣服は、上述したように、山丹服、小袖、獣皮を除いたも のが計64点残っている。これらの樹皮衣および木綿衣にそれぞれ資料番号を付し、資料1 から資料64 までの所見を以下に述べる。なお、全64点の資料は、資料編、資料番号1~

64で示した。

資料番号1

樹皮衣。保存状態は非常に良く、紺布の切り伏せが施されている。刺繍はすべて白糸で 行われており、白糸による刺繍の先端は尖らせる技法(オホヤンケ)が用いられている。切り 伏せ布の先端も、刺繍で尖らせたオホヤンケが施されている。白糸の刺繍は一本ではなく、

二重になっている。資料番号6と類似した印象を受ける。

資料番号2

樹皮衣。ところどころに補修跡が残っている。切り伏せ布は黒ではなく濃紺で、布の角 が尖らせてある(オホヤンケあり)。

資料番号3

樹皮衣。刺繍の白糸はすべて二重で、二本の間は色糸で刺繍が施されている。切り伏せ 布は濃紺で、布の角が尖らせてあり、オホヤンケが確認できる。

資料番号4

色裂置文衣。様々な色布、柄布、色糸が用いられており、上下分割の文様構成となって いる。切り伏せ布の角はオホヤンケの刺繍が施されており、モレウの先端にもオホヤンケ が付けられており、尖らせていた。前面下部のモレウは左右対称ではなく、非対称である。

資料番号5

白布切抜文衣。大幅の白布の切り伏せがされている。小花のような形の文様があり、薄 いピンク色の切り伏せ布が置かれている。白布の角はほぼすべての角にオホヤンケの技法 が確認できる。白布と白布の間など、所々にオレンジ色の色糸での「網」のような刺繍が 見られる。縫い方は箇所によって異なっているが、どれも網目状にジグザグと縫われてい る。アイウシの刺繍は袖部のみ見られる。

資料番号6

樹皮衣。資料番号3と同様で、白糸と白糸の刺繍の間(内側)に、色糸の刺繍が施されてい る。ただし、細部を見ると白糸の刺繍の縫い方がやや異なっており、資料番号 3 と同様の 構成に思われるものの、完全に一致しているわけではない。文様構成などの形式は類似し ていることから、恐らく同地域で作製された衣服であるが、技法に若干の違いが見られる ため、同一人物による作製かどうかは不明である。所々、オレンジ色の色糸で刺繍が行わ れており、刺繍の角にはすべてオホヤンケが付けられている。

88 資料番号7

色裂置文衣。切り伏せ布の形状(裁断)が真っ直ぐでなく、均一になっていない。布の角を 尖らせたオホヤンケは背面上部の箇所の一部のみに見られる。白布にオホヤンケは見られ ない。背面下部など所々、青糸で並み縫いがされている箇所もある。前面下部では、青糸 の上から黄色の糸での刺繍が施されており鮮やかになっている。また、前面上部の切伏せ は左右非対称である。

資料番号8

色裂置文衣。多数の色布の継ぎ接ぎがある。茶色の布のすべての切り伏せ布の角に、刺 繍によるオホヤンケが見られる。白布の切り伏せにも刺繍のオホヤンケがある。文様構成 は資料番号 7 と類似しているが、オホヤンケの有無の違いから、同一人物ではないと考え られる。このオホヤンケは、元々付けたとみられる古い刺繍と、のちに付け足したと考え られる新しい刺繍のオホヤンケの 2 種類があった。また、前面中央、背面上部にはシクの ような文様があり、釣鐘形の文様もみられるため、非常に個性的で特徴的な衣服である。

資料番号9

色裂置文衣。柄布(青糸と黄糸を織ったもの)と柄布(カメの柄)の、2 種類の布で構成され ている。白布の切伏せは細めで、布の角を尖らせたオホヤンケと刺繍によるオホヤンケの 両方の技法が使用されており、オホヤンケを丁寧に作っている印象を受けた。オホヤンケ の部分の糸は他の刺繍の糸とは別の糸が使用されている。

資料番号10

色裂置文衣。衿が取れているが、いつどこで取れたかは不明。切り伏せ布の角は、布を 尖らせたオホヤンケと刺繍されたオホヤンケの2種類が使用されている。特徴的なものは、

モレウである。前面下部、背面上下のモレウを見ると、モレウの先端が長く細くなってい る。この形は他の資料でみられない独特な形状であった。

資料番号11

色裂置文衣。白布の切り伏せは細めで、衿、袖部分の置布の角はオホヤンケはなく刺繍 によるオホヤンケのみである。前面下部にはオホヤンケのない切り伏せ布もあり、まばら である。布の角を尖らせたオホヤンケの不十分な箇所を刺繍のオホヤンケで補っている印 象を受ける。

資料番号12

色裂置文衣。背面上部に特徴的な四角い切り伏せ布が置かれている。中央にはシクがみ られる。オホヤンケも施されており、所々に金糸で補修の跡が残っている。刺繍は全体的 に丁寧であり、資料番号11とほぼ同様で、布の角の足りない所を刺繍によるオホヤンケで 補強している。

資料番号13

白布切抜文衣。白布の切り伏せ布の角には刺繍のオホヤンケがある。ただし、赤布には オホヤンケはなく、長方形の切り伏せ布の縁を並み縫いして縫い留めてあるだけである。

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前面、背面ともに、赤布の切り伏せで所々補修しているようにも思える。背面の切り伏せ 布にも、刺繍のオホヤンケがあるものとないものとがある。所々にシク文のような図形の 文様が見られ、三角形のような文様が連続している。

資料番号14

白布切抜文衣。資料番号13同様に、シクのような形に似た三角形の文様が、白布の切り 伏せ布の上から色糸で刺繍されている。衿部の白布の切り伏せ布の上に付けられたシクは 大きく分かりやすい。切り伏せ布は白布および赤布どちらの角もオホヤンケがある。ただ し、刺繍によるオホヤンケは非常に短く、また、布を縫い留める縫いも非常に細かい。前 面、背面同様で、全体的に、オホヤンケの短さと縫いの細かさ(小ささ)から、これまでの資 料とは異なった人物による作製だと考えられる。

資料番号15

白布切抜文衣。白布による切り伏せが置かれ、角は布の先端が小さく尖らせてあり、刺 繍によるオホヤンケも施されている。茶色の切り伏せ布にはオホヤンケはあまりみられな い。文様構成は資料番号11と12 に似た印象を受ける。モレウの先端にもオホヤンケがあ る。先端の布が足りない部分が刺繍され、オホヤンケが施されている点が説く直的である。

また、前面下部および背面下部に、三角形の文様やシクがみられる。ダイヤ形のようなシ クには上下左右の先端に刺繍のオホヤンケが付されている。前面下部の三角形の切り伏せ は珍しく、特徴的である。

資料番号16

色裂置文衣。切り伏せされている白布の真ん中を、かなり太めの紺糸で並み縫いされて いる。白布の幅は小さいが、オホヤンケは前面下部および背面上部の切り伏せなど一部箇 所のみにみられる。袖部にはない箇所も多く、すべての切り伏せの角にオホヤンケが付さ れているわけではない。背面上部衿付近の切り伏せの文様が非常に特徴的である。前面下 部には白布の上から紺糸で刺繍されたシク文がみられる。

資料番号17

色裂置文衣。白布の切り伏せの角は刺繍で縫われており、また、布が足りていない所に は刺繍によるオホヤンケが付けられている。ただし、すべてではなく所々にオホヤンケが 見られる。前面向かって左袖部の白布の角は、小さくほんのわずかな刺繍による短いオホ ヤンケがあるが、右袖部にはない。この資料の特徴は、前面下部の身頃に目立つシク文が2 つある点である。前面下部には釣鐘形の刺繍も見られる。

資料番号18

色裂置文衣。切り伏せ布の角を尖らせてあるが、刺繍によるオホヤンケは見られない。

ただし、背面の切り伏せ布には紺糸で白布の中心から縫われ、先端へ縫い続いている。特 徴的なのは、袖部である。白布の上から施された紺糸による刺繍で、角で縫い方向を変え る際に、糸を交じるように輪っかのように重ねて方向転換している点である。このような 刺繍の方法はこれまでの資料には見られないものである。