本節においては,人的資本投資のコストが放棄所得(foregone earnings)の みである場合に,信用制約の下で課税が人的資本投資にどのような影響を与え るかについて分析する.まず第3.1節で自由に貸し借りが可能なケースについ て見た後,第3.2節で借入れの上限が外生的に決定されているケース,第3.3節 で借入れの上限が当該個人の能力や人的資本投資の水準,政府の政策等によっ て内生的に決まるケースについて分析する.
3.1.
信用制約のないケース人的資本投資のコストが放棄所得のみの場合には,予算制約式を以下のよう に書くことができる.
(60) a+b+ (1−t)w(1−h) = c1, (61) (1−t)αω(h) = c2+ (1 +r)b.
ただし,第2節のケースの人的資本投資と区別するために,人的資本投資を h で表している.第1期にこの個人は時間賦存量1のうち,h を人的資本投資に あて,残りの1−h の時間を働いて労働所得w(1−h)を得ている.労働所得に のみ tの税率で定率税が課税されているとする.ω(h)は第2節と同じ性質を満 たす,すなわちω0(h)>0, ω00(h)<0を仮定する.第2節と同様に,第2期には 時間賦存量1をすべて労働にあてるとする.このとき,この効用最大化問題の 1階の条件は次のようになる.
(62) −u0(a+b+(1−t)w(1−h))w+ 1
1 +ρu0((1−t)αω(h)−(1+r)b)αω0(h) = 0, (63) u0(a+b+ (1−t)w(1−h))− 1
1 +ρu0((1−t)αω(h)−(1 +r)b)(1 +r) = 0.
(62)式と(63)式より以下の式が成立する.
(64) αω0(h) = (1 +r)w.
(64)式は人的資本投資の限界収益率(αω0(h)/w−1)と利子率(r)が等しいこ とを意味している.この場合には,(64)式より明らかに定率税は人的資本投資
に影響を与えない12.このような,人的資本投資のコストが放棄所得のみで労 働供給が外生的に固定されているモデルにおいては,費用は実質的に税控除可 能であるから,定率税を課しても収益と費用が同じ割合だけ減少するので定率 税は人的資本投資に対して中立的である13.
3.2.
外生的信用制約外生的に決定された信用の上限に制約されている場合には,予算制約式は以 下のようになる.
(65) a+ ¯b+ (1−t)w(1−h) = c1, (66) (1−t)αω(h) = c2+ (1 +r)¯b.
このとき,この効用最大化問題の1階の条件は次のようになる.
(67) −u0(a+¯b+(1−t)w(1−h))w+ 1
1 +ρu0((1−t)αω(h)−(1+r)¯b)αω0(h) = 0.
u0(a+ ¯b+ (1−t)w(1−h))(1−t)wが h を追加的に1単位増加させたときの限 界費用であり,1+ρ1 u0((1−t)αω(h)−(1 +r)¯b)(1−t)αω0(h) が h を追加的に1 単位増加させたときの限界便益を表している.したがって(67)式は,h を追加 的に1単位増加させたときに発生する限界便益と限界費用を等しくするように h を決定するのが最適であるということを意味している.前者をもう1度 hで 微分すると正,後者をもう1度 h で微分すると負になることを容易に確かめる ことができるから,限界費用はh に関して逓増,限界便益は hに関して逓減す ることが言える.したがって横軸をh に代えて図1と同様の図を描くことがで きる.
(67)式をhとtで微分して整理することによって,以下の式を得ることがで きる.
(68) ∂h
∂t =− u00(c1)w2(1−h)−1+ρ1 u00(c2)αω(h)αω0(h)
u00(c1)(1−t)w2+ 1+ρ1 u00(c2)(1−t)(αω0(h))2+ 1+ρ1 u0(c2)αω00(h).
12課税の効果以外の効果に関しては第2.1節と同様の結果が成立する.すなわち,∂h∂α =
−αωω000(h)(h) >0(これは(9)式に対応),∂h∂a = 0(これは(10)式に対応),が成立する.した
(68)式の分母は常に負であるが,分子の符号は確定しないので,(68)式の符号 も確定しない.(68)式の分子の第1項は限界費用に−1 を掛けて1−t で割った もの(すなわち(67)式左辺第1項)をtで微分したものであり常に負である.し たがって,t の上昇によって(1−1t倍した)限界費用曲線が上にシフトすること が言える.一方,(68)式の分子の第2項は限界便益を1−t で割ったもの(すな わち(67)式左辺第2項)をt で微分したものであり常に正である.したがって,
t の上昇によって(1−1t倍した)限界便益曲線も上にシフトすることが言える.
分子をさらに変形すると,
u00(c1)w2(1−h)− 1
1 +ρu00(c2)αω(h)αω0(h) (69)
= 1
1−tu0(c1)
[u00(c1)
u0(c1)(a+ ¯b+ (1−t)w(1−h)) ]
× (1−t)w(1−h) a+ ¯b+ (1−t)w(1−h)w
+ 1
1−t 1
1 +ρu0(c2) [
−u00(c2)
u0(c2)((1−t)αω(h)−(1 +r)¯b) ]
× (1−t)αω(h)
(1−t)αω(h)−(1 +r)¯bαω0(h)
= 1
1−tσu0(c1)w
[ (1−t)αω(h)
(1−t)αω(h)−(1 +r)¯b − (1−t)w(1−h) a+ ¯b+ (1−t)w(1−h)
] . 仮定より (1−t)αω(h)(1−t)αω(h)−(1+r)¯b ≥ 1と a+¯(1b+(1−t)w(1−t)w(1−h)−h) ≤1 が成立するから,(69)式の 符号は非負になる.したがって,∂h/∂t≥0が常に成立する.a= 0かつ¯b= 0の 場合にのみ∂h/∂t= 0 になるが,それ以外の場合は(たとえa= 0であっても)
∂h/∂t >0が成立する14.すなわち,定率税率の切り上げによって人的資本投資 が必ず増加するという結果が得られた.定率税の仮定のため (1−(1t)αω−t)w0(h) = αωw0(h) が成立し,代替効果が存在せず所得効果のみが発生するので限界便益が必ず上 昇するが,この上昇の大きさが限界費用の上昇の大きさを上回っているので,税 率切り上げによって人的資本投資が常に増加するのである.
14課税の効果以外の効果に関しては第2.2節と同様の結果が成立する.すなわち,
∂h
∂a =u00(c u00(c1)w
1)(1−t)w2+1+ρ1 u00(c2)(1−t)(αω0(h))2+1+ρ1 u0(c2)αω00(h)>0(これは(19)式に対応),
∂h
∂α =− 1+ρ1 u0(c2)ω0(h)
h
1−σ(1−t)αω(h)c
2
i
u00(c1)(1−t)w2+1+ρ1 u00(c2)(1−t)(αω0(h))2+1+ρ1 u0(c2)αω00(h)(これは(21)式に対応),
∂h
∂¯b = u
00(c1)w+1+ρ1 u00(c2)(1+r)αω0(h)
u00(c1)(1−t)w2+1+ρ1 u00(c2)(1−t)(αω0(h))2+1+ρ1 u0(c2)αω00(h)>0(これは(22)式に対応),
∂h
∂r =
1
1+ρu00(c2)¯bαω0(h)
u00(c1)(1−t)w2+1+ρ1 u00(c2)(1−t)(αω0(h))2+1+ρ1 u0(c2)αω00(h)>0(これは(23)式に対応),
が成立する.
3.3.
内生的信用制約借入れの上限が内生的に決定される場合,予算制約式は次のようになる.
(70) a+φ(1−t)αω(h) + (1−t)w(1−h) = c1, (71) (1−t)αω(h) = c2+ (1 +r)φ(1−t)αω(h).
このとき,この効用最大化問題の1階の条件は次のようになる.
−u0(a+ (1−t)[φαω(h) +w(1−h)])[w−φαω0(h)]
(72)
+ 1
1 +ρu0([1−(1 +r)φ](1−t)αω(h))[1−(1 +r)φ]αω0(h) = 0.
第2節と同様,c2 >0のために1−(1+r)φ >0,内点解のためにw−φαω0(h)>0,
を仮定する.u0(a+ (1−t)[φαω(h) +w(1−h)])(1−t)[w−φαω0(h)]がhを追加的 に1単位増加させたときの限界費用であり,1+ρ1 u0([1−(1 +r)φ](1−t)αω(h))[1− (1 +r)φ](1−t)αω0(h)が h を追加的に1単位増加させたときの限界便益を表し ている.したがって(72)式は,hを追加的に1単位増加させたときに発生する 限界便益と限界費用を等しくするようにhを決定するのが最適であるというこ とを意味している.前者をもう1度h で微分すると正,後者をもう1度 hで微 分すると負になることを容易に確かめることができるから,限界費用は hに関 して逓増,限界便益はh に関して逓減することが言える.したがって横軸を h に代えて図2と同様の図を描くことができる.
(72)式をhとtで微分して整理することによって,以下の式を得ることがで きる.
∂h
∂t =− {
u00(c1)[w−φαω0(h)](φαω(h) +w(1−h)) (73)
− 1
1 +ρu00(c2)[1−(1 +r)φ]2αω(h)αω0(h) }
/G.
ただし,
G≡u00(c1)(1−t)[w−φαω0(h)]2+u0(c1)φαω00(h) (74)
+ 1
1 +ρu00(c2)(1−t)([1−(1 +r)φ]αω0(h))2 1 0
− 00
と定義する.Gは常に負であるが,分子の符号は確定しないので,(73)式の符 号も確定しない.(73)式の分子の第1項は限界費用に−1 を掛けて1−t で割っ たもの(すなわち(72)式左辺第1項)を t で微分したものであり常に負であ る.したがって,t の上昇によって(1−1t倍した)限界費用曲線が上にシフトす ることが言える.一方,(73)式の分子の第2項は限界便益を 1−t で割ったも の(すなわち(72)式左辺第2項)を t で微分したものであり常に正である.し たがって,t の上昇によって(1−1t倍した)限界便益曲線も上にシフトすること が言える.
分子をさらに変形すると,
u00(c1)[w−φαω0(h)](φαω(h) +w(1−h)) (75)
− 1
1 +ρu00(c2)[1−(1 +r)φ]2αω(h)αω0(h)
= 1
1−tu0(c1)
[u00(c1)
u0(c1)(a+ (1−t)[φαω(h) +w(1−h)]) ]
× (1−t)[φαω(h) +w(1−h)]
a+ (1−t)[φαω(h) +w(1−h)][w−φαω0(h)]
+ 1
1−t 1
1 +ρu0(c2) [
−u00(c2)
u0(c2)([1−(1 +r)φ](1−t)αω(h)) ]
×[1−(1 +r)φ]αω0(h)
= 1
1−tσu0(c1)[w−φαω0(h)]
[
1− (1−t)[φαω(h) +w(1−h)]
a+ (1−t)[φαω(h) +w(1−h)]
] . 仮定より (1−t)[φαω(h)+w(1−h)]
a+(1−t)[φαω(h)+w(1−h)] ≤1が成立するから,(75)式の符号は非負になる.
すなわち,∂h/∂t≥0 が常に成立する.a = 0であれば∂h/∂t= 0,a > 0であ れば∂h/∂t > 0 になる15.第3.2節と同様に,定率税のため代替効果が存在せ ず所得効果のみが発生するので限界便益が必ず上昇するが,この上昇の大きさ
15課税の効果以外の効果に関しては第2.3節と同様の結果が成立する.すなわち,
AA≡u00(c1)(1−t)(w−φαω0(h))2+u0(c1)φαω00(h) +1+ρ1 u00(c2)(1−t)([1−(1 +r)φ]αω0(h))2+
1
1+ρu0(c2)[1−(1 +r)φ]αω00(h)と定義すると,
∂h
∂a = u00(c1)(wAA−φαω0(h)) >0(これは(32)式に対応),
∂h
∂α =−α1u0(c1)(w−φαω0(h))
h w
w−φαω0(h)−σγi
AA ,ただしγ≡ a+(1−a+(1t)[φαω(h)+w(1−t)w(1−h)−h)]
(これは(33), (34), (38)式に対応),
∂h
∂φ =−φ1u0(c1)(w−φαω0(h))
h
σ(1−γ)+wφαω0(h)
−φαω0(h)+1−(1+r)φ(1+r)φ (σ−1)i AA
(これは(34), (39), (43)式に対応),
∂h
∂r =−u0(c1)(w−φ(r)αω0(h))
“φ0(r)
φ(r)
h
σ(1−γ)+w−φ(r)αω0(h)φ(r)αω0(h)
i
+(σ−1)1−(1+r)φ(r)(1+r)φ(r)hφ0(r)
φ(r)+1+r1 i”
AA
が限界費用の上昇の大きさを上回っているので,税率切り上げによって人的資 本投資が常に増加することになる.このケースでは,外生的信用制約モデルも 内生的信用制約モデルも,定性的な結果にほとんど差がないことになる.