課税の経済分析
著者
西岡 英毅
内容記述
学位記番号:論経第64号, 指導教員:山下和久
博 士 論 文
課 税 の 経 済 分 析
平成 21 年度
大阪府立大学 経済学部
目 次
第 1 章 課税が人的資本蓄積に与える効果について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 第 2 章 課税・人的資本・信用制約 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 19 第 3 章 不確実性下の人的資本投資と逆オイラー方程式 ・・・・・・・・・・・・・・・ 60 第 4 章 二部門内生的成長モデルにおける 動学的ラッファー・カーブ再考 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 74 第 5 章 確率的労働所得と相対的危険回避度一定の 効用関数の下での消費の closed-form 解 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 156 第 6 章 日本の税制の効率性評価 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 165 −限界分析による解法− 第 7 章 経済成長モデルの数値解法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 200 −Mathematica によるアプローチ− 収録論文・出所一覧 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 227第
1
章
課税が人的資本蓄積に与える効果について
1.
序論
本章は,部分均衡の枠組で,課税が人的資本投資に与える効果について展望 している12 .第 2 節では,課税が人的資本投資に与える効果を分析する.まず 第一に,人的資本投資のコストが放棄所得のみである場合に,人的資本投資が どのように決定されるかを分析する.第二に,比例的労働所得税,比例的所得 税,累進的労働所得税が人的資本投資に与える効果をそれぞれ分析する.第三 に,労働供給が内生的な場合と人的資本投資の直接的費用が存在する場合のそ れぞれについて,比例的労働所得税が人的資本投資に与える効果を分析する.最 後に,人的資本の将来収益が不確実な場合に,比例的労働所得税が人的資本投 資に与える効果を分析する.第 3 節で結論を述べる.2.
課税と人的資本
2.1.
人的資本投資
分析をできるだけ単純にするために,次の非常に簡単な 2 期間モデルを考え る.個人は 2 期間生存し,1 に基準化された時間賦存量を毎期保有する.第 1 期 に,個人は人的資本にどれだけの時間投資するかを決定し,残りの時間を全て 1このトピックの技術的(technical)ではない入門的な説明に関しては,Rosen (2004) とSlemrod and Bakija (2004)を参照.
働き,労働所得を稼得する.この労働所得は消費されるか貯蓄される.人的資 本投資のコストは放棄所得(foregone earnings)のみと仮定する.第 2 期に,個 人は貯蓄からの利子と賃金を受け取る.この第 2 期の賃金は,第 1 期に人的資 本投資を行うことにより,第 1 期の賃金よりも高くなっている.個人は第 2 期 の所得を全て消費し,遺産を残さない.第 2 期の労働供給は外生的に 1 に固定 されていると仮定する. (1) C1+ S = w(1− h) + A, (2) S(1 + r) + ω(h) = C2. ただし,C1 は第 1 期の消費,C2 は第 2 期の消費,S は貯蓄,A は初期資産,h は人的資本投資,r は利子率,w は第 1 期の賃金率,ω(h) は第 2 期の賃金率を 表している.ω(h) は ω0(h) > 0 と ω00(h) < 0の条件を満たすものと仮定する. すなわち,第 2 期の賃金は,第 1 期に人的資本投資を行うほど高くなるが,そ の増加の程度は逓減する.個人は第 1 期の消費 C1 と人的資本投資 h に関して 効用を最大化する. (1) 式と (2) 式より,第 2 期の消費 C2 は以下のように表すことができる. (3) C2 = (1 + r)[A + w(1− h) − C1] + ω(h). したがって,この個人の最大化問題は以下のようになる. (4) max C1,h U (C1, C2) = U (C1, (1 + r)[A + w(1− h) − C1] + ω(h)). この最大化問題の 1 階の条件は以下の 2 式で表される. (5) U1− U2(1 + r) = 0, (6) U2[ω0(h)− (1 + r)w] = 0. ただし,Ui は効用関数の第 i 番目の変数による偏微分である3.(5) 式は,第 1 期の消費と第 2 期の消費の限界代替率が,1+利子率に等しくなるべきであるこ とを示している. 3すなわち,U 1=∂C∂U 1 と U2= ∂U ∂C2 が成立する.
(6) 式は以下のように変形することができる. (7) ω 0(h) 1 + r = w. 人的資本投資 h は (7) 式のみで決定することができる.この条件は,個人の生 涯資産 A + w(1− h) +ω(h)1+r を,h に関して最大化する条件であることが分かる4. したがって,個人の意思決定を 2 段階に分割することができる.第 1 段階では, 人的資本投資 h を富の最大化から決定することができる((7) 式を参照).第 2 段階では,人的資本投資 h を所与として,(5) 式から消費の時間径路を決定す ることができる5. (7)式において,追加的な人的資本投資の限界便益(現在価値のターム)は, ω0(h)/(1 + r)であり,一方,追加的な人的資本投資の限界費用は w である.(7) 式は,追加的な人的資本投資からの便益の増分の現在価値が追加的な人的資本 投資の機会費用に等しくなる点まで,人的資本投資がなされるべきであること を示している.
2.2.
比例課税
本節では非常に単純な設定で,人的資本投資のコストが放棄所得のみである 場合には,労働所得に対する比例税が限界条件のところでは(at the margin) 人的資本投資の意思決定に何の影響も与えないことを示す.さて,モデルに比 例的労働所得税を導入しよう. 比例的労働所得税率を τ とする.このとき,予算制約式は以下のように表す ことができる. (8) C1+ S = (1− τ)w(1 − h) + A, (9) S(1 + r) + (1− τ)ω(h) = C2. したがって,個人の最大化問題は以下になる. (10) max C1,h U (C1, C2) = U (C1, (1 + r)[A + (1−τ)w(1−h)−C1] + (1−τ)ω(h)). 4(1) 式と (2) 式より,個人の生涯の予算制約式は以下のように表すことができる. C − h) +ω(h)この最大化問題の 1 階の条件は以下の 2 式で表される. (11) U1− U2(1 + r) = 0, (12) U2[(1− τ)ω0(h)− (1 − τ)(1 + r)w] = 0. (12) 式は次のように変形することができる. (13) ω 0(h) 1 + r = w. (13) 式と (7) 式を比較することによって,労働所得に対する比例課税は人的 資本投資に関して中立的(neutral)であることは明らかである.この結果は, Boskin (1977)で導出されたものである.
2.3.
比例的所得課税
Heckman (1976) は,所得税が人的資本投資を促進させることを示している. 労働所得と利子所得に対する比例税率を τ とする.このとき,予算制約式は以 下のように表すことができる. (14) C1+ S = (1− τ)w(1 − h) + A, (15) S(1 + (1− τ)r) + (1 − τ)ω(h) = C2. したがって,個人の最大化問題は以下のようになる. (16) max C1,h U (C1, C2) = U (C1, (1+(1−τ)r)[A+(1−τ)w(1−h)−C1]+(1−τ)ω(h)). この最大化問題の 1 階の条件は以下の 2 式で表される. (17) U1− U2(1 + (1− τ)r) = 0, (18) U2[(1− τ)ω0(h)− (1 − τ)(1 + (1 − τ)r)w] = 0. (18) 式は以下のように変形することができる. (19) ω 0(h) 1 + (1− τ)r = w.ω00(h) < 0の仮定より,比例的所得課税が人的資本投資を促進させることは明ら かである.借入れ費用(borrowing cost)は利子所得税のために低下し,人的資 本投資の放棄所得費用は即時償却される(immediately written off).したがっ て,人的資本に投資することがより魅力的になる.これが,Heckman (1976) の 得た結果である.
2.4.
累進課税
累進課税の下では6,たとえ人的資本投資のコストが放棄所得のみである場合 でも,労働所得に対する課税は人的資本投資を抑制する.T (·) を労働所得税表 とし,0≤ T0(·) < 1 と T00(·) > 0 を満たすものと仮定する.T0(·) は限界税率を 表し,T00(·) > 0 は限界税率が逓増することを意味している.このような累進課 税の下では,予算制約式は以下のように表すことができる. (20) C1+ S = w(1− h) − T (w(1 − h)) + A, (21) S(1 + r) + ω(h)− T (ω(h)) = C2. このとき,個人の最大化問題は以下のようになる. max C1,h U (C1, C2) (22) =U (C1, (1 + r)[A + w(1− h) − T (w(1 − h)) − C1] + ω(h)− T (ω(h))). この最大化問題の 1 階の条件は以下の 2 式で表される. (23) U1− U2(1 + r) = 0, (24) U2[(1− T0(ω(h)))ω0(h)− (1 − T0(w(1− h)))(1 + r)w] = 0. (24) 式は以下のように変形することができる. (25) ω 0(h) 1 + r = 1− T0(w(1− h)) 1− T0(ω(h)) w. 6 本章では,「累進税」とは所得が高くなるにつれて限界税率が高くなる税であると定義する. 一般的には,所得が高くなるにつれて平均税率が高くなる税と定義するのが標準的であるが,ω(h) > w(1− h) と仮定する.このとき,T0(ω(h)) > T0(w(1− h)) が成立する. すなわち,人的資本投資の結果として,この個人はより高い労働所得を稼得し, それ故,より高い限界税率に直面している.したがって,(25) 式の右辺は w よ りも大きい.このとき,ω00(h) < 0の仮定より,労働所得に対する累進課税が人 的資本投資を抑制することは明らかである.費用は税控除可能だが,累進課税 のために収益はより重く課税される.したがって,累進課税は人的資本蓄積を 阻害する.これは,Boskin (1977) によって指摘された.
2.5.
内生的労働供給
第 2 期の労働供給が内生的な場合には,人的資本投資は個人の生涯資産最大 化からだけでは決定することができない.それは,総資産額の決定要因には労 働供給量が含まれているが,その労働供給量は効用最大化から導かれるからで ある. このモデルでは,予算制約式は以下のように表すことができる. (26) C1+ S = (1− τ)w(1 − h) + A, (27) S(1 + r) + (1− τ)ω(h)(1 − L) = C2. ただし,L は第 2 期の余暇である.第 2 期の労働供給は 1− L であるから,第 2 期の税引前労働所得は ω(h)(1− L) になる.個人は第 1 期の消費 C1,人的資本 投資 h,余暇 L に関して,効用を最大化する. max C1,h,L U (C1, C2, L) (28) =U (C1, (1 + r)(A + (1− τ)w(1 − h) − C1) + (1− τ)ω(h)(1 − L), L). この最大化問題の 1 階の条件は以下の 3 式で表される. (29) U1− U2(1 + r) = 0, (30) U2[(1− τ)ω0(h)(1− L) − (1 − τ)(1 + r)w] = 0, (31) U2[−(1 − τ)ω(h)] + U3 = 0.ただし,Ui は効用関数の第 i 番目の変数による偏微分を表す.(29) 式と (31) 式は通常の条件式であり,前者は第 1 期の消費と第 2 期の消費の限界代替率が 1+利子率に等しくなるべきことを意味し,後者は第 2 期の余暇と第 2 期の消費 の限界代替率が税引後賃金率に等しくなるべきことを意味している.(30) 式は 以下のように単純化することができる. (32) ω0(h)(1− L) = (1 + r)w. したがって,追加的な人的資本投資からの限界収益がその限界費用(すなわち, 非人的資産からの限界収益)に等しい点まで人的資本投資がなされるべきとい うことになる.第 2 期の労働供給が外生的な場合と同じように,(32) 式には税 率 τ は含まれていない.しかしながら,それは比例的労働所得課税が人的資本 投資に影響を与えないということを意味しない.というのは,(31) 式から分か るように,比例的労働所得課税は第 2 期の労働供給には確かに影響を与えてお り,したがって,(32) 式を通じて人的資本投資に確かに影響を与えているから である. (32) 式を τ に関して微分すると,以下の関係を得ることができる. (33) dh dτ = ω0 (1− L)ω00 dL dτ. ω0 > 0と ω00 < 0の条件が満たされているので,(33) 式右辺の係数 ω0/(1− L)ω00 は負である.したがって,もし比例的労働所得課税が余暇を増加させる(労働 供給を減少させる)ならば,課税によって人的資本投資は抑制される.すなわ ち,もし労働供給曲線が右上がりならば,比例的労働所得課税によって人的資 本投資が抑制されるといえる. 直観的には,この結果は簡単に理解することができる.比例税率 τ の上昇に よって,第 2 期の賃金率と第 1 期の賃金率が同じ割合だけ低下する.したがっ て,もし税率上昇に反応して労働供給が変化しないならば,人的資本投資には 影響を与えない.しかしながら,右上がりの労働供給曲線の場合のように,も し税率上昇によって労働供給が減少するならば,人的資本の利用率を減少させ ることによって人的資本の収益を減少させ,それ故に,人的資本投資を抑制さ
2.6.
直接的費用(
Direct Cost
)
本節では,授業料やテキスト代などの直接的費用(direct cost)をモデルに 導入する.これらの費用は税控除可能ではない.直接的費用を e とする.直接 的費用は放棄所得ではなく,放棄消費(foregone consumption)を表している. 人的資本投資は以下のコブ・ダグラス型生産関数によって生産されると仮定す る7. (34) H(h, e) = hδe1−δ. ただし,0 < δ < 1 である.このとき,予算制約式は以下のように表すことがで きる. (35) C1+ e + S = (1− τ)w(1 − h) + A, (36) S(1 + r) + (1− τ)ω(H) = C2. 関数 ω(H) は上と同様に定義され,ω0(H) > 0 と ω00(H) < 0を満たすと仮定 する.(35) 式において,直接的費用 e は税控除可能ではないが,放棄所得費用 wh は税控除可能であることを簡単に確認することができる. したがって,個人の最大化問題は以下のようになる. max C1,e,h U (C1, C2) (37) =U (C1, (1 + r)[A + (1− τ)w(1 − h) − C1− e] + (1 − τ)ω(hδe1−δ)). この最大化問題の 1 階の条件は以下の 3 式で表される. (38) U1− U2(1 + r) = 0, (39) U2[(1− τ)(1 − δ)hδe−δω0(H)− (1 + r)] = 0, (40) U2[(1− τ)δhδ−1e1−δω0(H)− (1 − τ)(1 + r)w] = 0. (39) 式と (40) 式から,以下の関係を導くことができる. (41) δ 1− δ = (1− τ)wh e . 7例えば,Ben-Porath (1967) を参照.(41) 式を (39) 式(あるいは,(40) 式)に代入することによって以下の関係が得 られる. (42) (1− δ)1−δδδ(1− τ)1−δw1−δω0(H) = (1 + r)w. (42)式を微分することによって,以下の結果を得ることができる. (43) dH dτ = (1− δ) ω0(H) (1− τ)ω00(H) < 0. したがって,人的資本投資のコストに税控除不可能な直接的費用が含まれて いる場合には,労働所得に対する比例課税によって人的資本投資が抑制される. 総費用の中に占める直接的費用のシェア(1− δ)が大きくなればなるほど,人 的資本投資がより阻害されることになる8.他方,もし人的資本投資のコストが 放棄所得のみであるならば(δ = 1 のケース),比例的労働所得税は中立的で ある.比例課税によって,人的資本投資の収益と放棄所得費用は同じ割合だけ 低下するが,税控除不可能な直接的費用は低下しない.すなわち,比例課税に よって費用よりも収益の方がより大きく低下する.このため,人的資本投資が 抑制されることになる.この効果は,税控除不可能な直接的費用のシェアが高 いほど大きくなることは明らかである.
2.7.
不確実性
課税によって危険資産の期待収益が減少するために,危険資産への投資が抑 制される傾向がある.他方,Domar and Musgrave (1944) 以来,課税はまた危 険資産の分散を減少させるために,危険資産への投資が促進される傾向にある ことが認識されてきた. これまで本章では,人的資本投資の将来収益が確実な場合に,課税が人的資 本投資に対して与える効果を分析してきた.しかしながら現実には,人的資本投 資の将来収益は不確実である.本節ではモデルに不確実性を導入する.人的資本 のリスクは保険を掛けることもできないし,分散することもできない(neither insurable nor diversifiable).モラル・ハザード問題のために,市場は人的資本 リスクに対して保険を供給することはできない.次の単純なモデルを考える.危険資産(人的資本)と,収益が固定された安 全資産(非人的資本)の 2 種類の資産のみが存在するものとする.個人は第 1 期 に,自分の時間賦存量の価値 w を危険資産 wh と安全資産 w(1− h) に配分す る.単純化のために,この個人の第 1 期の消費は一定で 0 に設定されているも のと仮定する.また,第 1 期の初期資産も 0 であると仮定する.第 2 期には,こ の個人は全ての所得を消費する.もしこの個人が第 1 期に働き,第 1 期の労働 所得を非人的資本に投資するならば,第 2 期には時間 1 単位当たり w(1 + r) を 得ることになる.もしこの個人が第 1 期に人的資本に投資するならば,第 2 期 には時間 1 単位当たり w(1 + ˜x) の確率賃金を得ることになる.ただし,˜xは確 率変数であり,その確率密度関数は f (˜x) で,˜x の定義域(support)は [−1, z] である(0 < z < ∞ とする)9.この個人の時間賦存量は 1 に基準化されてい る.彼は自分の時間賦存量の h の割合を人的資本に投資し,1− h の割合を非 人的資本に投資する.このとき,この個人の第 2 期の消費 ˜C2 は以下のように なる10. (44) C˜2 = w(1 + ˜x)h + w(1 + r)(1− h) = w[(1 + r) + (˜x − r)h]. この個人の第 1 期の消費は外生的であるから,彼は第 2 期の消費の期待効用を hに関して最大化する. (45) max h E[U ( ˜C2)]. 9µ≡ E[˜x] と定義する.このとき,ω(h) は本小節の w(1 + µ)h に対応している.したがっ て,w(1 + ˜x)h = ( 1+˜x 1+µ ) w(1 + µ)h = ˜yw(1 + µ)h = ˜yω(h)が成立する.ただし,˜y≡1+µ1+˜x は平 均が 1 で定義域(support)が [0,1+z1+µ]の確率変数である.ここでは単純化のためだけに,ω0(h) が h から独立で,それゆえに ω00(h) = 0であると仮定する.粗収益率が人的資本投資の水準か ら独立であるという仮定は非常に制限的であり一般的ではないが,単に説明の単純化のためだ けにこの仮定を置いている.Eaton and Rosen (1980) は,ω0(h)≥ 0 かつ ω00(h)≤ 0 のより一 般的なケースを分析している.この仮定に関してより詳細は,Levhari and Weiss (1974) を参 照.また,h = 0 のときに,第 2 期の労働所得が 0 になることに着目するかもしれない.これは 単に測定の問題であり,この仮定は単純化のためだけになされる.第 2 期の労働所得を,h = 0 のときに w になるように,w(1 + ˜x)hではなく w[1 + (1 + ˜x)h]と再定義する.第 2 期の労働所 得をこのように再定義しても,同じ結果が得られることを容易に確かめることができる. 10 さしあたり,単純化のために A = 0 と C1= ¯C1 = 0を仮定する.確率賃金に加えて,こ れらの仮定はこれまでの節の仮定とは異なっている.しかしながら,これらの制限的な仮定は 後に緩められる.
E[˜x] > rを仮定する.この仮定によって,h > 0 で内点解を得ることができる. この期待効用最大化問題の 1 階の条件は次式になる. (46) w· E[U0( ˜C2)(˜x− r)] = 0. すなわち,第 2 期の消費の限界効用で評価した,安全資産に対する危険資産の 超過収益の期待値は 0 になる. 比例的労働所得課税の下では,(44) 式は以下のようになる. (47) C˜2 = (1−τ)w(1+˜x)h+(1−τ)w(1+r)(1−h) = w[(1+r)+(˜x−r)h](1−τ). このとき,1 階の条件は以下のようになる. (48) (1− τ)w · E[U0( ˜C2)(˜x− r)] = 0. (48) 式を τ に関して微分すると,以下の式が得られる. (49) ∂h ∂τ = 1 (1− τ)2w E[U00( ˜C2) ˜C2(˜x− r)] E[U00( ˜C2)(˜x− r)2] . 2階の条件から,(49) 式の分母は負である.Arrow-Pratt の絶対的危険回避度を RA≡ −U00/U0 とする.RA は定数であると仮定する.このとき,(49) 式の分子 を以下のように書くことができる. E[U00( ˜C2) ˜C2(˜x− r)] = −RA· E[U0( ˜C2) ˜C2(˜x− r)] (50) =−(1 − τ)whRA· E[U0( ˜C2)(˜x− r)2] < 0. ただし,2 番目の等式の成立には (47), (48) 式を用いている.したがって,∂h/∂τ > 0が成立すると結論付けることができる.すなわち,比例的労働所得課税によっ て,人的資本投資が促進されると言える11. 次に,Arrow-Pratt の相対的危険回避度を RR≡ −U00C˜2/U0 とする.RRは定 数であると仮定する.このとき,(49) 式の分子を次のように書くことができる. (51) E[U00( ˜C2) ˜C2(˜x− r)] = −RR· E[U0( ˜C2)(˜x− r)] = 0. ただし,2 番目の等式の成立には (48) 式を用いている.したがって,このケー スにおいては,比例的労働所得課税によって人的資本投資は影響を受けないと 言える.
このモデルの設定では,τ の上昇は第 2 期の初期資産の減少と同値であり ((47) 式を参照),それ故,比例的労働所得課税は比例的資産課税と同値である ことが分かる.したがって,危険資産に対する需要の資産弾力性が 1 より小さい (大きい)ならば,τ の上昇によって,危険資産に投資されるポートフォリオの 割合が高く(低く)なる12.相対的危険回避度が至るところで減少 [everywhere
decreasing](至るところで増加 [everywhere increasing])ならば,危険資産に対 する資産需要弾力性が 1 よりも大きい(小さい)ことを簡単に確認することが できる13.したがって,τ の上昇によって,逓増的(逓減的)相対的危険回避度 の場合には,危険資産に投資されるポートフォリオの割合を高く(低く)する ことになる. さらに,絶対的危険回避度が至るところで減少(至るところで増加)ならば, 危険資産に対する需要の資産弾力性は正(負)になる14.以上の議論より,危 険回避度(資産弾力性)と,課税が人的資本投資に与える効果との間の関係を 表 1 のように要約することができる. 危険回避度 本投資に与える効果税率上昇が人的資 至るところで減少 ↓ 一定 不変 至るところで増加 ↑ > 1 ↓ 1 不変 < 1 ↑ 一定 ↑ 至るところで増加 ↑ < 1 相対的危険回避度 絶対的危険回避度 > 0 至るところで減少 0 < 0 表1 危険資産に対する需 要の資産弾力性 > 1 1 付録 A において,(49) 式を ∂h∂τ =−1−τh (η− 1) と変形できることを示す.た だし,η は危険資産に対する需要の資産弾力性である.この式において,τ の 上昇が h に与える効果を 2 つの効果に分解することができる.大雑把に言うと, τ の上昇が h に与える効果は,τ の上昇が (1− τ)wh に与える効果から,τ の 12より詳細については,付録 A を参照.危険資産に対する需要の資産弾力性については,付
録 A で定義する.Atkinson and Stiglitz (1980), p.104 も参照.
13例えば,Atkinson and Stiglitz (1980), p.111 を参照.Arrow (1970), Ch.3 も参照. 14例えば,Atkinson and Stiglitz (1980), p.111 を参照.Arrow (1970), Ch.3 も参照.
上昇が (1− τ)w に与える効果を引いたものになる.まず第 1 に,τ の上昇に よって純資産 (1− τ)w が減少し,それ故,危険資産に対する需要の資産弾力性 が正ならば,危険資産に対する需要 (1− τ)wh が減少する.この効果はこの式 の右辺の第 1 項,すなわち− h 1−τη,によって表されている.第 2 に,τ の上昇 によって純資産 (1− τ)w が減少し,それ故,危険資産の分散 (1 − τ)2w2h2σ2 が小さくなる.ただし,σ2 は確率変数 ˜x の分散である.危険資産の分散が小さ くなるので,τ の上昇によって,危険資産に投資されるポートフォリオの割合 が高くなる.この効果はこの式の右辺の第 2 項,すなわち 1−τh ,によって表さ れている. 絶対的危険回避度が定数の場合には,1 番目の効果は 0 で,2 番目の効果は正 である.したがって,トータルの効果は正,すなわち,τ の上昇によって人的 資本投資が促進される.相対的危険回避度が定数の場合には,1 番目の効果は 負で,2 番目の効果は正である.しかしながら,危険資産に対する需要の資産 弾力性が 1 であるから,2 つの効果はちょうど相殺される.したがって,トータ ルの効果は 0,すなわち,τ の上昇は人的資本投資に影響を与えない.
Eaton and Rosen (1980)のように,0 でない初期非人的資産 A と,0 でない 定数の第 1 期消費 ¯C1を導入することによって,上の分析を拡張することが可能 である.この場合,比例的労働所得課税はもはや比例的資産課税と同値ではな い.このケースでは,第 2 期の消費は以下のようになる. ˜ C2 = (1− τ)w(1 + ˜x)h + (1 − τ)w(1 + r)(1 − h) + (1 + r)(A − ¯C1) (52) = w[(1 + r) + (˜x− r)h](1 − τ) + (1 + r)(A − ¯C1). 最大化のための 1 階の条件は明らかに (48) 式と同じである.この 1 階の条件式 を τ に関して微分すると,以下の式を得ることができる. ∂h ∂τ = 1 (1− τ)2w E[U00( ˜C2)( ˜C2− (A − ¯C1)(1 + r))(˜x− r)] E[U00( ˜C2)(˜x− r)2] (53) = RR (A− ¯C1)(1 + r) (1− τ)2w E[U0( ˜C2)(˜x− r)C2˜1 ] E[U00( ˜C2)(˜x− r)2] . ただし,2 番目の等式の成立には (48) 式を用いている.上述したように,(53) 式の分母は負である.付録 B において,以下の不等式が成立することを示す. 1 1
ただし,最後の等式の成立には (48) 式を用いている.C2∗ は ˜x = rのときの第 2 期の消費,すなわち C2∗ = w(1 + r)(1− τ) + (1 + r)(A − ¯C1)である.したがっ て,(53) 式と (54) 式より,∂h/∂τ の符号は A− ¯C1の符号と等しくなる.比 例的労働所得課税によって,A > ¯C1の場合には人的資本投資が促進されるが, A < ¯C1の場合には人的資本投資が抑制される15.上の段落で,τ の上昇が h に 与えるトータルの効果は,A = ¯C1のときには 0 になることを示した.A > ¯C1 のときには,a1x˜の分散が a1x + a˜ 2の分散と等しいので(a1 と a2はどちらも 定数とする),第 2 の効果は変化しない.しかしながら,A = ¯C1のときよりも A > ¯C1のときの方が C2の減少分がより小さいので,第 1 の効果の絶対値の大 きさはより小さくなる.したがって,第 1 の効果が負,第 2 の効果が正,第 2 の効果が第 1 の効果よりも大きいという理由から,トータルの効果は正になる. 同様の議論によって,A < ¯C1のときには,トータルの効果は負になる. 第 1 期の消費が内生的に決定されるより一般的なケースにおいては,Eaton and Rosen (1980)は ∂h/∂τ が 2 つの効果に分解できること,すなわち,C1 が 一定に保たれた場合に τ の変化が h に与える効果と,τ の変化によって誘発さ れた C1の変化が h に与える効果の 2 つに分解できることを示した.Eaton and Rosen (1980) は,RA が非増加関数の場合(このとき,危険資産に対する需要 の資産弾力性は非負になる)には,第 2 の効果が正になることを証明した.直 観的には,τ の上昇によって C1が減少し,C1が一定に保たれたケースと比較 すると第 2 期の初期資産を高め,そのために人的資本投資を増加させるからで あると言える.したがって,もし第 1 の効果が正ならば,比例的労働所得課税 が人的資本投資に与える効果は正になる.しかしながら,上の分析から容易に 推測できるように,第 1 の効果は正にも負にもなる可能性がある.第 1 の効果 が負の場合,比例的労働所得課税が h に与える効果は曖昧な結果をもたらす.
3.
結論
本章では,部分均衡モデルの枠組で課税が人的資本投資に与える効果につい て分析した.労働供給が外生的で,人的資本投資のコストが放棄所得のみの場合には16,人的資本投資の将来収益が確実であるケースにおいて,比例的労働 所得税は人的資本投資に関して中立的であることを示した.他方,人的資本投 資の将来収益が不確実であるケースにおいては,リスクに対する態度に応じて, 比例的労働所得税は人的資本投資を促進させる場合も,抑制させる場合もあり 得る.しかしながら,危険回避度が一定の場合には,より確定的な結果を得る 傾向にあると言える.
付 録
A
このモデルにおいては,w は資産として解釈することが可能なので,X ≡ wh を危険資産に対する需要として解釈することができる.このとき,危険資産に 対する需要の資産弾力性 η を以下のように定義することができる. (A.1) η≡ w X ∂X ∂w = 1 h ∂(wh) ∂w = 1 h ( h + w∂h ∂w ) = 1 + w h ∂h ∂w. (A.1)式より,以下の関係を得ることができる. (A.2) w h ∂h ∂w = η− 1. したがって,危険資産に投資されるポートフォリオの割合に対する需要の資産 弾力性は,危険資産に対する需要の資産弾力性から 1 を引いたものに等しい.換 言すると,弾力性のタームでは,w の変化が h に与える効果は,w の変化が wh に与える効果から w の変化が w に与える効果を引いたものに等しいと言える. 他方,(48) 式を w に関して微分することによって,以下の式を得ることがで きる. (A.3) ∂h ∂w =− 1 (1− τ)w2 E[U00( ˜C2) ˜C2(˜x− r)] E[U00( ˜C2)(˜x− r)2] . 16たとえ直接的費用が存在する場合でも,直接的費用が完全に税控除可能な場合には,このしたがって,(49),(A.2),(A.3) 式より,以下の式を得ることができる. (A.4) ∂h ∂τ =− w 1− τ ∂h ∂w =− h 1− τ(η− 1). (A.4)式より,以下の関係を得ることができる. (A.5) ∂h ∂τ > 0, η < 1のとき ∂h ∂τ = 0, η = 1のとき ∂h ∂τ < 0, η > 1のとき これはまさに,表 1 で要約した結果である.
B
付録 B においては,不等式 (54) が成立することを証明する.証明は Eaton and Rosen (1980)の証明と同様である.不等式 (54) 式は以下である. (B.1) E[U0( ˜C2)(˜x− r) 1 ˜ C2 ] < 1 C2∗E[U 0( ˜C 2)(˜x− r)]. ˜ x = rのときの第 2 期の消費を C2∗ と定義する.すなわち,C2∗ は以下のように 表される. (B.2) C2∗ ≡ w(1 + r)(1 − τ) + (1 + r)(A − ¯C1). 最初に,˜x = rの場合には,U0( ˜C2)(˜x− r) は 0 に等しい.次に,˜x ∈ [−1, r) の場合には,U0( ˜C2)(˜x− r) は常に負であり, ˜C2 < C2∗(あるいは 1 ˜ C2 > 1 C2∗)が 成立する17.このとき,明らかに,以下の関係が成立する. (B.3) ∫ r −1 U0( ˜C2)(˜x− r) 1 ˜ C2 f (˜x)d˜x < 1 C2∗ ∫ r −1 U0( ˜C2)(˜x− r)f(˜x)d˜x, ただし,f (˜x) は ˜xの確率密度関数である. 最後に,˜x∈ (r, z] の場合には,U0( ˜C2)(˜x− r) は常に正であり, ˜C2 > C2∗(あ るいは 1 ˜ C2 < 1 C2∗)が成立する.このとき,明らかに,以下の関係が成立する. (B.4) ∫ z r U0( ˜C2)(˜x− r) 1 ˜ C2 f (˜x)d˜x < 1 C2∗ ∫ z r U0( ˜C2)(˜x− r)f(˜x)d˜x. 17C˜2 は ˜xに関して単調増加であることに注意.したがって,以下の不等式が成立すると結論付けることができる. (B.5) ∫ z −1 U0( ˜C2)(˜x− r) 1 ˜ C2 f (˜x)d˜x < 1 C2∗ ∫ z −1 U0( ˜C2)(˜x− r)f(˜x)d˜x. すなわち,(B.5) 式は以下のように表すことができる. (B.6) E[U0( ˜C2)(˜x− r) 1 ˜ C2 ] < 1 C2∗E[U 0( ˜C 2)(˜x− r)]. これはまさに不等式 (54) である.
参考文献
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[12] Trostel, Philip A. (1993), “The Effect of Taxation on Human Capital,”
第
2
章
課税・人的資本・信用制約
1.
序論
人的資本は担保にはならず,したがってこれを担保にして人的資本投資のた めに資金を借り入れることは困難である.さらに,人的資本の期待将来収益で 支払うことを見越して借りるとしても,人的資本の将来収益が不確実であるの に加え,貸し手が借り手の努力を監視(monitor)できないので借り手側のモラ ルハザードにより借り手が債務を履行しない可能性がある.この理由からも人 的資本投資のために資金を借り入れることは難しい.このような理由により,人 的資本への投資が過少になることが主張されてきた.(アメリカのデータを見る と,例えば所得階層によって大学への進学率にはっきりと差が出ている.これを 短期の信用制約の影響が大きいからであるとする実証研究がある一方で,最近 では短期の信用制約の影響はほとんど無いとして長期的要因を重視する実証研 究もあり,短期的な信用制約が与える影響について論争中である.近年の展望 に関しては,Card (2001), Carneiro and Heckman (2002), Cameron and Tabor (2004)等を参照.)本章の目的は,信用制約の上限に縛られている個人に対する課税がその個人 の人的資本投資の決定にどのような影響を与えるのかを分析することである. 従来の研究では,借入れの上限が個人の能力や人的資本投資の水準にかかわり なく外生的に決定されている外生的信用制約モデルを用いて分析を行ってきた. これに対して Lochner and Monge-Naranjo (2002) は,借入れの上限が個人の能 力や人的資本投資の水準を通じて将来稼得収入によって内生的に決定される内
で示すように,外生的信用制約モデルより内生的信用制約モデルの方がより現 実にあった効果を導き出すことができるからである.さらに Keane and Wolpin (2001)の実証分析においても,信用制約が人的資本の水準や年齢によって変化 することが示されている.ただ,Lochner and Monge-Naranjo (2002) の分析は 少し定性的な分析も行ってはいるものの基本的にはシミュレーション分析である から,理論的に効果を分析して,その効果が能力や初期資産といった各種のパラ メータとどのような関係にあるかを明瞭に示しているわけではない.本章では 借入れの上限が内生的に決定されるという Lochner and Monge-Naranjo (2002) がモデルの中で導出した結果を与えられた前提として,簡単な 2 期間モデルを 用いて人的資本投資に対する定率税の効果に分析の焦点をあて,理論的にその 効果を広範に分析した. 本章の構成は以下の通りである.第 2 節では人的資本投資のコストが授業料 や教科書代といった直接的費用のみである場合に,定率税・能力や初期資産と いったパラメータの変化が人的資本投資にどのような影響をあたえるのかを分 析する.まず第 2.1 節で信用制約がなく自由に貸し借り可能なケースを分析す る.次に第 2.2 節で,借入れの上限が個人の能力や人的資本投資の水準にかかわ りなく外生的に決定されるケースを分析する.最後に第 2.3 節で借入れの上限が 個人の能力や人的資本投資の水準を通じて内生的に決定されるケースを分析す る.第 2 節のモデルでは,外生的信用制約モデルと内生的信用制約モデルとで は定率税の効果に関して全く異なる結論が導かれることを示す.要するに,外 生的信用制約モデルによる分析ではミスリーディングな結論を導き出す可能性 があることを示す.第 3 節では人的資本投資のコストが放棄所得のみである場 合に,定率税が人的資本投資にどのような影響をあたえるのかを分析する.第 2節と同様に,自由に貸し借り可能なケース,外生的信用制約のケース,内生 的信用制約のケース,の順に分析していく.第 4 節では,第 2 節と第 3 節のモ デルを結合して,人的資本投資のコストが直接的費用と放棄所得からなる一般 的なケースを分析する.この一般的なケースが現実を最も良く描写していると 考えられるが,この一般的ケースにおいては第 2 節や第 3 節のような明確な結 果が得られるわけではない.しかしながら,その効果は第 2 節の効果と第 3 節 の効果を合わせたものであり,どちらの効果が強いかは人的資本投資の総コス
トに占める直接的費用の比率に依存することが示される.最後に第 5 節で結論 を述べる.
2.
人的資本投資のコストが直接的費用のみであるケース
本節においては,人的資本投資のコストが授業料や教科書代といった直接的 費用(Direct Cost)のみである場合に,信用制約の下で課税が人的資本投資に どのような影響を与えるかについて分析する.まず第 2.1 節で自由に貸し借り が可能なケースについて見た後,第 2.2 節で借入れの上限が外生的に決定され ているケース,第 2.3 節で借入れの上限が当該個人の能力や人的資本投資の水 準,政府の政策等によって内生的に決まるケースについて分析する.2.1.
信用制約のないケース(自由に貸し借り可能なケース) まず自由に貸し借りが可能なケースにおいて,人的資本投資の決定を見た後, 能力や資産等のパラメータが変化したときに人的資本投資にどのような影響を 与えるのかを分析する.特に,定率税がどのような影響を与えるのかに焦点を 当てる.分析を単純にするために,以下の非常に単純な 2 期間のライフサイク ルモデルを考える.個人の効用関数は次のように表されるとする. (1) U (c1, c2) = u(c1) + 1 1 + ρu(c2). ただし,c1, c2 はそれぞれ第 1 期と第 2 期の消費を表し,ρ は時間選好率である とする.u(c) は (2) u(c) = c 1−σ 1− σ, の iso-elastic 型を仮定し,σ > 0 とする.ただし,σ = 1 のときには u(c) = ln c となる.このとき,−u00c/u0 = σ が成立し,1/σ が消費における異時点間の代 替弾力性を表している1.この個人は初期資産 a≥ 0 を保有し2,消費 c1 と人的 1第 1 期と第 2 期の消費の価格をそれぞれ p 1, p2,生涯所得を W として p1c1+ p2c2 = W の予算制約式の下で (1) 式の効用を最大化する問題を考えたとき,−∂ ln(c1/c2) ∂ ln(p1/p2) = 1/σ が成立す資本投資 e を行う.ただし単純化のために,第 1 期には働く機会がなく労働所 得がないと仮定する.第 1 期の予算制約式として以下が成立する. (3) a + b = c1+ e. ただし,b は b > 0 なら借入れ,b < 0 なら貯蓄を表す.第 1 期に e の人的資 本投資を行った結果,第 2 期には α· ω(e) の労働所得が得られるとする3.ただ し α は各個人の能力を表すパラメータであり(α > 0),α の値が大きいほど高 い能力を表す.すなわち,たとえ同じ水準の人的資本投資 e を行ったとしても, 能力の高い個人ほど高い賃金が得られると想定している.関数 ω(e) に関して は,ω0(e) > 0,ω00(e) < 0 の性質を満たすものとする.利子率を r とし,第 2 期には遺産を残さず全て消費してしまうと仮定すると,第 2 期の予算制約式と して以下が成立する. (4) αω(e) = c2+ (1 + r)b. (1), (3), (4)式より,この個人の効用最大化問題を次のように書くことができる. (5) max e,b U (c1, c2) = u(a + b− e) + 1 1 + ρu(αω(e)− (1 + r)b). このとき,最大化のための 1 階の条件は次のようになる. (6) −u0(a + b− e) + 1 1 + ρu 0(αω(e)− (1 + r)b)αω0(e) = 0, (7) u0(a + b− e) − 1 1 + ρu 0(αω(e)− (1 + r)b)(1 + r) = 0. (6)式と (7) 式より以下の式が成立する. (8) αω0(e) = 1 + r. すなわち,人的資本の限界収益率(αω0(e)− 1)と利子率(非人的資本の限界収 益率)が等しいという条件になる.(8) 式を微分して整理することによって以下 の式を得ることができる. (9) ∂e ∂α =− ω0(e) αω00(e) > 0, 3単純化のために,第 2 期の労働供給は外生的に 1 に固定されているとする.
(10) ∂e ∂a = 0. (9)式より,能力の高い個人ほど常に人的資本により多く投資することが言え る.さらに (10) 式より,本節のような自由に貸し借りが可能なケースにおいて は,初期に保有する資産の大小が人的資本投資に影響を与えることはないと言 える. 次に,定率税が人的資本投資に与える影響について分析する.労働所得にの み定率税 t が課税されるとすると,予算制約式は次のように変更される. (11) a + b = c1+ e, (12) (1− t)αω(e) = c2+ (1 + r)b. この予算制約式を効用関数に代入して最大化のための 1 階の条件を求め,変形 すると次の式を得ることができる. (13) (1− t)αω0(e) = 1 + r. (13)式を微分して整理することによって,以下の式を得ることができる. (14) ∂e ∂t = ω0(e) (1− t)ω00(e) < 0. したがって,定率税率切り上げによって人的資本投資が抑制されることになる. 本節のモデルにおいては,人的資本投資のコストとして直接的費用のみを考え 放棄所得は無視しているのでこのような結果が得られることになる.コストは 税控除可能ではないので,課税によってコストは低下せず収益のみが低下する ので,人的資本投資が抑制されるということになる.
2.2.
外生的信用制約(Exogenous Credit Constraints)信用の上限が外生的に決定されており,その上限に制約されている個人を考 える.信用制約の上限を ¯b とする(すなわち b ≤ ¯b)と,信用上限に縛られた (制約条件が binding な)個人の予算制約式を以下のように書くことができる.
(16) αω(e) = c2+ (1 + r)¯b. もっと借入れをしたいが信用の上限に制約されて借入れが制限されている個人 を想定しているので ¯b≥ 0 を仮定する.このとき,この個人の効用最大化問題 は次のように書ける. (17) max e u(a + ¯b− e) + 1 1 + ρu(αω(e)− (1 + r)¯b). この問題の最大化のための 1 階の条件は次のようになる. (18) −u0(a + ¯b− e) + 1 1 + ρu 0(αω(e)− (1 + r)¯b)αω0(e) = 0. (18)式において,u0(a + ¯b − e) は e を追加的に 1 単位増加させたときの限界 費用を表す.すなわち,e を追加的に 1 単位増加させることは c1 を追加的に 1 単位減少させることになり u0(c1)だけ効用が減少するので,これが限界費用に なっている.一方,e を追加的に 1 単位増加させると第 2 期に労働所得が αω0(e) だけ増加する.これを第 2 期の消費の限界効用で評価して第 1 期の価値に割り 引いたものが 1+ρ1 u0(αω(e)− (1 + r)¯b)αω0(e) であるから,これが e を追加的 に 1 単位増加させたときの限界便益を表していることになる.したがって (18) 式は,e を追加的に 1 単位増加させたときに発生する限界便益と限界費用が等 しくなる点に e を決めるのが最適であるということを意味している.以下の (19), (20)式の計算で明らかになるように,u0(a + ¯b− e) を e で微分すると正, 1 1+ρu0(αω(e)− (1 + r)¯b)αω0(e) を e で微分すると負になるから,限界費用 MC は e に関して逓増,限界便益 MB は e に関して逓減することが言える.以上の 関係を見たのが図 1 である. (18)式を微分して整理することによって,以下の式を得ることができる. (19) ∂e ∂a = u00(c1) u00(c1) + 1+ρ1 u00(c2)(αω0(e))2+1+ρ1 u0(c2)αω00(e) > 0, (20) ∂e ∂α =− 1 1+ρu00(c2)αω(e)ω0(e) + 1 1+ρu0(c2)ω0(e) u00(c1) + 1+ρ1 u00(c2)(αω0(e))2+1+ρ1 u0(c2)αω00(e) . (19)式と (20) 式の分母は同一であり,常に負になる4.(19) 式の分子も常に負 4両式の分母は (17) 式を 2 回微分したものに等しく,この分母が常に負であることは (17) 式の効用最大化問題において最大化のための 2 階の条件が成立していることを意味している. これ以降は一つ一つ言及することはないが,以下の節の分析においても同様に,2 階の条件は 成立していることが確認できる.
であるから,(19) 式の符号は常に正になる.すなわち外生的に決定される信用 の上限に制約されている場合には,初期資産の多い個人ほど常に人的資本によ り多く投資すると言える.一方,(20) 式の分子の第 1 項は負,第 2 項は正であ るから,(20) 式の符号は確定しない.(20) 式の分子の第 1 項は,第 2 期の人的 資本の限界収益を一定としたときに α の上昇による c2 の増加により c2 の限界 効用が低下して限界便益を低下させるために e を減少させる効果を表す.これ は,能力が高いほど生涯所得も高くなるので正常財である第 1 期の消費も第 2 期の消費もともに増加させるが,第 1 期の消費を増加させるためには人的資本 投資を減少させなければならないという所得効果を表している.一方,(20) 式 の分子の第 2 項は,α の上昇によって第 2 期の人的資本の限界収益が増大する ために一定の限界効用で評価した限界便益を増加させることによって e を増加 させる効果を表す.能力が高いほど同じ人的資本投資の水準でも高い労働所得 を第 2 期に実現するので,第 1 期に人的資本に投資せずに消費をすることの費 用を押し上げる,すなわち第 1 期の消費の価格を高めるので第 1 期の消費を減 らし人的資本投資を増加させるという代替効果を表している.所得効果と代替 効果が逆の方向に働き,符合が確定しないというわけである.そこで,(20) 式
の分子の第 1 項を以下のように変形する. 1 1 + ρu 00(c 2)αω(e)ω0(e) = 1 1 + ρu 0(c 2)ω0(e) [ u00(c2) u0(c2) c2 ] αω(e) c2 =− 1 1 + ρu 0(c 2)ω0(e)σ αω(e) c2 . これを用いると,(20) 式を次のように変形することができる. (21) ∂e ∂α =− 1 1+ρu0(c2)ω0(e) [ 1− σαω(e)c2 ] u00(c1) + 1+ρ1 u00(c2)(αω0(e))2+1+ρ1 u0(c2)αω00(e) . 仮定より αω(e)/c2 ≥ 1 が成立しているから,σ > 1 なら ∂e/∂α < 0 が常に 成立する.σ < 1 でも σ > c2/(αω(e)) である限りは,∂e/∂α < 0 が成立する. 0 < σ < c2/(αω(e)) である場合にのみ,∂e/∂α > 0 が成立する5.すなわち, 多くの実証研究で確認されている異時点間の代替弾力性(1/σ)が 1 より小さ いという通常のケースにおいては,能力の高い個人ほど人的資本に対する投資 が少ないという結果が得られたことになる.異時点間の代替弾力性がかなり大 きい場合にのみ能力の高い個人が人的資本により多く投資するが,そうでない 場合には能力の高い個人の方が人的資本への投資が少ないことになる.これは, 能力の高い個人も能力の低い個人も皆同じ借入れの上限 ¯b に制約されていると いう外生的信用制約モデルの仮定に問題があると言える.なお,借入れが全く できないという制約に縛られている場合(¯b = 0)には,αω(e)/c2 = 1 が成立 しているから,σ > 1 なら ∂e/∂α < 0,σ = 1 なら ∂e/∂α = 0,σ < 1 なら ∂e/∂α > 0,と言うことができる. 以上の関係を図 1 で見ることができる.α が高くなっても限界費用曲線はシ フトしないが,限界便益曲線はシフトする.(20) 式分子第 1 項で表される所得 効果の大きさ(絶対値)が (20) 式分子第 2 項で表される代替効果の大きさ(絶 対値)を上回る場合には,限界便益曲線を下方にシフトさせるので,e が低下 する.一方,所得効果の大きさ(絶対値)が代替効果の大きさ(絶対値)を下 回る場合には,e が増加することになる. 次に,借入れの上限が増加した場合,ならびに借入れのコストが上昇した場 合に,人的資本投資にどのような影響を与えるかを見る.(18) 式を微分して整 5初期の資産が少なく借入れを多くする個人ほど c2 αω(e) が小さくなるので,代替効果がかな り大きくないと,たとえ能力が高くても高い教育を受けることはないことを意味している.
理することによって,以下の式を得ることができる. (22) ∂e ∂¯b = u00(c1) + 1+ρ1 u00(c2)(1 + r)αω0(e) u00(c1) + 1+ρ1 u00(c2)(αω0(e))2+1+ρ1 u0(c2)αω00(e) > 0, (23) ∂e ∂r = 1 1+ρu00(c2)¯bαω0(e) u00(c1) + 1+ρ1 u00(c2)(αω0(e))2+1+ρ1 u0(c2)αω00(e) > 0. したがって,借入れの上限が増加してなおかつ信用制約に縛られている個人は, 人的資本投資を増加させる.また,借入れのコストである利子率が上昇すると, より多くの額を返済するために人的資本投資を増加させることになる. 最後に,定率税が人的資本投資に与える影響について分析する.定率税 t を 労働所得にのみ課税すると,予算制約式は以下のようになる. (24) a + ¯b = c1+ e, (25) (1− t)αω(e) = c2+ (1 + r)¯b. 例えば (1− t)α = α∗ とおいて (24), (25) 式と (15), (16) 式を比べると,t 上昇 の効果と α 低下の効果は定性的に同じであることが予想できる.この予算制約 式を効用関数に代入して最大化のための 1 階の条件を求めると次の式を得る. (26) −u0(a + ¯b− e) + 1 1 + ρu 0((1− t)αω(e) − (1 + r)¯b)(1 − t)αω0(e) = 0. (26)式を微分することによって,以下の式が得られる. (27) ∂e ∂t = 1 1+ρu00(c2)(1− t)α 2ω(e)ω0(e) + 1 1+ρu0(c2)αω0(e) u00(c1) + 1+ρ1 u00(c2)((1− t)αω0(e))2+ 1+ρ1 u0(c2)(1− t)αω00(e) . (27)式の分母は常に負になるが,分子の第 1 項は負,第 2 項は正であるから, (27)式の符号は確定しない.ところで,(27) 式の分子の第 1 項を以下のように 変形できる. 1 1 + ρu 00(c 2)(1− t)α2ω(e)ω0(e) = 1 1 + ρu 0(c 2)αω0(e) [ u00(c2) u0(c2) c2 ] (1− t)αω(e) c2 =− 1 1 + ρu 0(c 2)αω0(e)σ (1− t)αω(e) c2 − 1 0 (1− t)αω(e)
これを用いると,(27) 式を次のように変形することができる. (28) ∂e ∂t =− 1 1−tu0(c1) [ σ(1−t)αω(e)c2 − 1 ] u00(c1) + 1+ρ1 u00(c2)((1− t)αω0(e))2+ 1+ρ1 u0(c2)(1− t)αω00(e) . 上で予想した通り,(28) 式は (21) 式と符号は逆であるが(t 上昇と α 低下の効果 が定性的に同じであるから),同様の式であることが分かる.したがって,図 1 を t低下の効果を見たものと解釈することができる.仮定より (1−t)αω(e)/c2 ≥ 1 が成立しているから,σ > 1 なら ∂e/∂t > 0 が常に成立する.σ < 1 でも σ > c2/((1− t)αω(e)) である限りは,∂e/∂t > 0 が成立する.0 < σ < c2/((1− t)αω(e)) である場合にのみ,∂e/∂t < 0 が成立する.なお,借入れが全くでき ないという制約に縛られている場合(¯b = 0)には,(1− t)αω(e)/c2 = 1 が成 立しているから,σ > 1 なら ∂e/∂t > 0,σ = 1 なら ∂e/∂t = 0,σ < 1 なら ∂e/∂t < 0,と言うことができる.多くの実証研究で確認されている異時点間の 代替弾力性が 1 より小さい通常のケースにおいては,定率税率切り上げによっ て人的資本投資が増加するという結果が得られた.これは制約のない自由に貸 し借り可能なケースとは逆の結果が得られたことを意味している.このような 結果が得られるのは,次の第 2.3 節で見るように,能力の高い個人も能力の低 い個人も皆同じ借入れの上限 ¯b に制約されているという外生的信用制約モデル の仮定に問題があったからであると言えよう.
2.3.
内生的信用制約(Endogenous Credit Constraints)本節では Kehoe and Levine (1993),Kocherlakota (1996) が発展させた内生 的信用制約のモデルを人的資本形成のモデルに応用した Lochner and Monge-Naranjo (2002) が導出した結果,すなわちある個人の信用の上限はその個人の 将来稼得収入(future earnings)の一定割合になるように決まるという結果6, 6 このモデルにおいては,不確実性がなく情報が完全な世界が想定され,したがって貸し手 も借り手の能力について完全に知っていると仮定される.貸し手は借り手が債務を履行しない 場合でも罰することに限界があるので,借り手が債務不履行をするインセンティブが生じない ような金額,すなわち借り手が返済すると期待される金額までしか貸し出さない.一方,この 貸出金額に対しては借り手にとっても債務を履行する方が合理的であるので,均衡では債務不 履行が発生しない.この結果,信用の上限は将来稼得収入の一定割合に決まることになる.
を(モデルから導出するのではなく)前提として分析を進める7.したがって,
Lochner and Monge-Naranjo (2002)のモデルにおいては,借入れ制約の上限は 能力や人的資本投資の水準に関係なく全ての個人に一律に ¯b で与えられている のではなく,個人の能力や人的資本投資の水準を通じて将来の稼得収入によって 決まってくる.すなわちこの場合,信用制約を以下のように書くことができる. (29) ¯b = φαω(e). さしあたり,φ を正の定数であるとする.(29) 式より信用の上限は能力と人的 資本投資水準の増加関数になっていることが分かる.(29) 式を (15) 式と (16) 式 に代入することによって,この個人の効用最大化問題を次のように書くことが できる. (30) max e u(φαω(e) + a− e) + 1 1 + ρu([1− (1 + r)φ]αω(e)). ただし,c2 > 0 が成立するように,1− (1 + r)φ > 0 を仮定する.このとき,こ の問題の 1 階の条件は次のようになる.
− u0(φαω(e) + a− e)(1 − φαω0(e))
(31) + 1 1 + ρu 0([1− (1 + r)φ]αω(e))[1 − (1 + r)φ]αω0(e) = 0. 内点解を得るために,さらに 1− φαω0(e) > 0 を仮定する8. 7実際には,本章のような 2 期間モデルにおいては,借り手が債務を返済しなくても債務不 履行に対する罰則を受けることはないので借り逃げする債務不履行のインセンティブが生じ,
Lochner and Monge-Naranjo (2002)が導出した内生的な信用制約の上限をモデルから導き出
すことはできない.しかしながら,本章においては,内生的に信用の上限が決定されるという 前提の下で,人的資本投資決定に与える効果の分析に焦点を当てたいのでこのような極めて単 純なモデルを採用している.Lochner and Monge-Naranjo (2002) も同じ前提の下に定性的な 分析を試みている.しかしながら彼らの分析は対象がかなり限定されているのに対し,本章で は広範に分析を行っている. 8 もし 1− φαω0(e)≤ 0 の場合には,(31) 式は常に正になる.(31) 式をもう一度 e で微分す ると,以下で導出する (34) 式の A になり,A は常に負になる.すなわち,dUde > 0,dde2U2 < 0が 成立する.このとき,e を増やせば増やすほど効用が増加することになり,端点解になってし まう.なお c1= φαω(e) + a− e より,−dcde1 = 1− φαω0(e)であるから,1− φαω0(e) > 0の
第 2.2 節と同様に,(31) 式において u0(φαω(e)+a−e)(1−φαω0(e))は e を追加 的に 1 単位増加させたときの限界費用を表し,1+ρ1 u0([1−(1+r)φ]αω(e))[1−(1+ r)φ]αω0(e) が e を追加的に 1 単位増加させたときの限界便益を表していること になる.したがって,やはり (31) 式は e を追加的に 1 単位増加させたときに発生 する限界便益と限界費用が等しくなる点に e を決めるのが最適であるというこ とを意味している.以下の (34) 式の計算で明らかになるように,u0(φαω(e)+a−
e)(1−φαω0(e))を e で微分すると正,1+ρ1 u0([1−(1+r)φ]αω(e))[1−(1+r)φ]αω0(e) を e で微分すると負になるから,限界費用は e に関して逓増,限界便益は逓減 することが言えるので,この場合も図 1 と同様の図を描くことができる. (31)式を微分して整理することによって,以下の式を得ることができる. (32) ∂e ∂a = u00(c1)(1− φαω0(e)) A > 0, (33) ∂e ∂α =− B A. ただし, A≡ u00(c1)(1− φαω0(e))2 + u0(c1)φαω00(e) (34) + 1 1 + ρu 00(c 2)([1− (1 + r)φ]αω0(e))2 + 1 1 + ρu 0(c 2)[1− (1 + r)φ]αω00(e),
B ≡ −u00(c1)(1− φαω0(e))φω(e) + u0(c1)φω0(e)
(35) + 1 1 + ρu 00(c 2)[1− (1 + r)φ]2αω(e)ω0(e) + 1 1 + ρu 0(c 2)[1− (1 + r)φ]ω0(e), と定義する.A は常に負であり,したがって (32) 式は常に正であることが言え る.したがって,初期の資産が大きい個人ほど人的資本により多く投資すると 言える.しかしながら B の符号は確定しないので,(33) 式の符号も確定しない.
B の第 1 項と第 2 項は限界費用に−1 を掛けた −u0(φαω(e) + a−e)(1−φαω0(e)) を α で微分したものであり常に正である.したがって,第 2.2 節の外生的信用 制約のモデルとは異なり,α が高くなると限界費用曲線が下にシフトすること が言える.能力の高い個人ほど人的資本投資を増加させても借入額を増加させ
ることができるので犠牲にしなければならない第 1 期の消費が僅かで済むとい う意味において,限界費用が下がるのである.B の第 3 項と第 4 項は限界便益 1 1+ρu0([1− (1 + r)φ]αω(e))[1 − (1 + r)φ]αω0(e) を α で微分したものであり,第 3項が所得効果で e を減少させる効果を持ち,第 4 項が代替効果で e を増加さ せる効果を持っている.以上の関係を図に描いたのが図 2 である. 図 1 の場合とは異なり,α が高くなると限界費用曲線も下方にシフトする.こ のために,たとえ B の第 3 項の所得効果の大きさ(絶対値)が B の第 4 項の 代替効果の大きさ(絶対値)を上回り,したがって限界便益曲線を下方にシフ トさせた場合でも,限界費用低下の効果が限界便益低下の効果を上回れば e を 増加させることになる. B をさらに変形する.まず,B の第 1 項と第 2 項の和は以下のように変形で きる. − u00(c 1)(1− φαω0(e))φω(e) + u0(c1)φω0(e) (36) = 1 αu 0(c 1) [ −u00(c1) u0(c1) (φαω(e) + a− e) ] φαω(e) φαω(e) + a− e(1− φαω 0(e)) + 1 αu 0(c 1)φαω0(e) 1 [ φαω0(e) ]